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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
6章 精霊様に感謝を捧げよう
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288話 さようなら

 




 心臓が貫かれるような痛みを覚え、ルヴィアは呼吸を失った。

 頭の中の冷静な部分が、当たり前だと、覚悟していたじゃないかと、そう訴えかける。

 それを他人が他人に訴えかけているように、遠くで聞く。


 息が苦しい。

 でも口が開けない。

 今にも倒れそうなほどに眩暈がする。

 それでも立っていなければならない。

 何故と、自問する。

 見られていると、自答する。

 普通でいなければならない。

 疑いをもたれている。

 私は関わってはいけない。

 関わってはいけなかった。

 それなのにここに来てしまった。

 一目見たいと欲に駆られて。

 ああ、それだけではない。

 声も聴きたかった。

 話をしたかった。

 打ち明けることは出来なくても、仲良くできないかとそんな事を思ってしまっていた。

 欲深い。

 罪深い。

 醜く意地汚い。

 殺したいというならこの身を差し出したい。

 それも出来ない。

 それは許されない。

 私は名家だから。

 死んだ後も利用されるから。

 死ぬべきだったのだ。

 死ぬべきだったのだ、私は。

 手放したその時に。

 帰りたいと思ってしまった。

 死にたくないと思ってしまった。

 だから私はここに居る。

 ここに居るべきではなかったのに。

 遠めに見て満足するべきだったのに。

 生きているとわかってそれで十分だったはずなのに。

 それなのに私は――


「大丈夫ですか」


 ――その声を聞きたいと、会いたいと、願ってしまった。




 ◆◆◆◆◆◆



 異変を感じ取って全力ダッシュします。

 一刻の猶予もありませんでした。

 ケイさんとかアルバートさんが止めに入るけど止まれませんよ。


「大丈夫ですか」


 だいじょばないですね。わかります。


「どうしたのですか?」


 ルヴィアさんの異変は誰も気づいておらず、私が急いで駆け寄ってきたことにみんな驚いている。


「体調を崩されているようなので、様子を見に来ました」


 疑問の声が上がり、ルヴィアさんに注目が集まる。

 ルヴィアさんは根性で平静を装っているが、化粧では隠し切れないほどに顔色を青くしていた。


「熱中症だと思います。人が多くて湿度も高いので。

 気が回らなくて申し訳ありません。ゆっくりできるところに案内しますので、来てください」

「私、は――」

「迷惑だとか、そんなことは気にしないで」


 私が手を取ると、びくりと震えてその手が逃げる。

 それを強引にもう一度捕まえて、引っ張った。

 ルヴィアさんが腰から砕けて倒れ、私はそれを抱きとめる。

 ルヴィアさんは我慢できずに涙を零した。

 周囲もそれではっきりとルヴィアさんの具合が悪い事を理解してくれた。


「……セージ」

「そんな訳であとよろしく」


 親父が何か言いたそうにしていたし、周りも口を挟もうとはしていたが、急病人への対処が優先されると思って口を噤んでくれた。

 私はルヴィアさんを抱きかかえ、人除けの魔法を使いながら家の中に入り、ろくに使われていない妹の部屋に彼女を連れ込んだ。



 ******



「ぁ……」

「ここに座って。お茶入れますね。お姫様に出すには恥ずかしい安物なんですけど、それは許してください」

「ま……、わ……」


 ルヴィアさんの舌は回らないけれど、待って、私が、そう言おうとしたのはわかった。


「いいから、あ、これどうぞ。目に当てると気持ちいいですよ」


 そう言って魔法で即席した蒸しタオルを渡す。そのタオルは妹が使っている結構いいタオルなので、肌触りもいいのだ。


「すぐ戻りますから、ちょっとだけここで待っていて下さい」

「あ……」


 私はそう言って、お茶とお茶請けと、そして目当てのものを取りに行った。

 そして戻ってきた。


「早い、のね」

「お待たせするわけにはいきませんから」


 私は胸を張ってそう言うと、ルヴィアさんは微笑んだ。

 その笑顔は綺麗なものだけど、心が見れる私には、いいや、そんなものが無くても、それが無理やりに作られたものだと簡単にわかった。


「ありがとう、でも大丈夫よ。少し休ませてもらえればすぐに良くなるから。

 あなたも主賓でしょう。はやく戻って」

「あはは、そうした方が良いんでしょうけどね。

 実は私も父と一緒でああいう場が苦手なんですよ。逃げる口実に使わせてください」


 私が笑ってそういうと、ルヴィアさんは軽く驚いて、少しだけ緩んだ微笑みを見せてくれた。


「そうなの、悪い子ね」

「ええ、実は悪い子なんです。

 どうぞ」


 そう言って砂糖を二つとミルクを入れたコーヒーを差し出した。

 私のはミルクだけを入れたコーヒーだ。

 お茶請けにはクッキーを出して、私も席に着く。


「甘いのは苦手?」

「そういう訳ではないんですけど、お茶請けがあるときは、入れませんね」


 そう、とルヴィアさんは相槌を打った。


「……ちょうどいいわ」

「え?」

「偶然なんでしょうけど、コーヒーはいつも砂糖二つと、ミルクを入れるの。紅茶はストレートなのだけれどね」


 偶然じゃないです。どっちも知ってました。

 あと家事全般不得意なルヴィアさんが紅茶を入れるのだけは上手いというのも知ってます。だからコーヒーの方に逃げました。


「お口に合ったなら、何よりです」

「合っているわ。ありがとう」


 ルヴィアさんの微笑みはまた少しだけ緩み、そして同時にその心に大きな罪悪感を生む。


「私は、私は、ね。

 あなたにそんな風に優しくされる人間じゃないの」


 私は首を横に振った。


「いいえ、そんな事はありませんよ」

「あるのよ。私は、そういう人間なの。あなたを騙しているのよ」


 言うべきか、言うべきでないのか、そんな葛藤が透けて見える。

 酷い話だ。

 最愛の息子を取り上げられたこの人は、間違いなくデス子と私の被害者なのに、そうだという自覚すら持つことも許されずに自分を責めている。


「それはお互い様です」

「え?」


 それが嘘だと知っていながら、私はそう言った。

 この人に責められるべきところなど何一つとしてない。

 そうだというのに私は限界ぎりぎりまで逃げていた。

 いいや、今も逃げている。

 あなたの息子を乗っ取った悪い神様の使いだと、白状できずにいる。


「マリアさんが、メイド服の彼女が言ったことは半分本当で、半分嘘です」

「はん、ぶん?」

「マリアさんはエルシール家が、いえ、エルシール家に限った話ではありませんが、私の母親を捏造される事を嫌って、牽制として言ったものです」


 全ての真実は話せない。

 そもそも信じてもらえないだろうし、信じてもらえたところでお互いの利益にならない。

 彼女が望む息子との生活も叶えられることはなく、ともすればルヴィアさんは私を恨み、エルシール家の力を使いかねないのだから。


「マリアさんには会話の流れで似たようなことを言いましたが、それは言葉通りの意味ではないのです」

「それは、どういう……」

「つまり私は、あなたを恨んでいない」


 それでもこれだけは、はっきりと伝えなければならないだろう。

 ルヴィアさんは言葉を失い、表情を取り繕うことも出来ずに目を見開いて、私を真っすぐに見つめる。


「これを」


 私はそう言って鞘に入ったナイフを手渡した。

 ルヴィアさんは震える手でそれを受け取り、その刀身を晒して目を見開き見つめる。


「記憶にあるより、小さくなっているでしょう。

 すいません。大事なものだったでしょうに、使って、研いでいくうちに」

「どうして……」

「初めて手にした武器が、そちらでした。

 五歳の私には使える武器はそれだけだったんです。

 これも一つの巡り合わせなのかもしれませんね」

「どうしてっ‼」


 ルヴィアさんは声を荒げ、はっとなって周囲を見渡す。


「大丈夫。誰にも聞かれていませんよ。

 どうしてと尋ねるのなら、これはあなたが持つべきものだから。

 それが答えですね。

 これは私が生まれたころに流行した品で、戦士が帰りを待つパートナーに贈る護身具です。

 だからこれは、あなたのためのものです」


 ルヴィアさんがナイフを持つ手に、私の手を重ねる。彼女の手の震えが収まるようにと、願いながら。


「あなたがこれを残してくれたおかげで、私は戦う事が出来ました。

 ありがとう。

 あなたのおかげで、私は家族を守れた。

 だから、お返しします。

 今度はあなたを守ってくれますように」

「どう、して」


 ルヴィアさんは同じ問いを繰り返す。

 私は首を横に振った。


「私にはこれ以上、答える言葉がありません」


 ルヴィアさんは俯いて、涙を零した。

 私は何も言えず、手を握って彼女が落ち着くのを待った。


「家族は……、

 あなたの家族は……、

 あなたは……、

 幸せ、ですか?」

「ええ、私にはもったいないくらいの家族です」


 ルヴィアさんは笑った。

 悲しそうに、寂しそうに、それでいて嬉しそうに、心から笑顔を浮かべた。


「ありがとう。もう少しだけ、もう少しだけこうさせて」


 ルヴィアさんが私の手を、優しく握る。

 その手はとても温かく、とてもとても温かくて、とても熱くて、嘘で塗り固められた偽善者な私の心は、燃えて灰になりそうだった。


「あ――」


 私が我慢できずに声を上げて、ルヴィアさんと目が合う。


「――の、私の父は、どういった人ですか?」


 私はそう言って、気の迷いを誤魔化す。

 ルヴィアさんは綺麗な微笑を浮かべて、


「ジオレイン・ベルーガーよ」


 そう嘘を吐いた。

 ルヴィアさんは私の手を放し席を立つと、


「ありがとう。私はもう大丈夫よ」


 そう言って部屋を出る。

 去り際、常人には聞こえないほど小さな声で、彼女はさようならと言った。

 私はそれを見送る事しかできなかった。



 ◆◆◆◆◆◆



 部屋を出て、ルヴィアは大きく息を吐き出す。

 これでいい。

 これでよかった。

 幸せならそれでいい。

 ルヴィアは自分にそう言い聞かせて、ナイフを胸に抱く。


「お前も馬鹿だな」


 そんなルヴィアに、一人の男が声をかけた。

 金髪碧眼の美丈夫、竜殺しの英雄ジオレイン・ベルーガーだった。


「あなたは最初から知っていたんですね」


 ルヴィアがセージを捨てた時、周囲には誰もいないと思っていた。だがきっと気づかなかっただけで、どこからか見られていたのだろう。

 そう考えれば辻褄が合った。


「さあな」


 ジオはイエスともノーとも言わなかった。

 ジオからすれば初めて会った時からセージが意識しているのには気づいていたし、その顔立ちや魔力に面影があるとも思っていた。

 だから最初から母親なのかもしれないとは思っていた。

 しかし同時に、今の今まで確信はもっていなかった。


「ありがとうございます。あの子を拾ってくれて」


 ジオは首を横に振った。


「違う」


 感謝するべきは自分だと、ジオは思った。

 セージがいなければこの家はずっと酷い事になっている。

 何度助けられたかは分からない。

 だからこそ間違っていると感じていた。


「いいえ、あなたが拾ってくれなければ、あの子はあなたが育ててくれなければ、あんなに優しい子にはならなかった。

 ありがとう」

「違う」


 それは間違っている。

 そう思うが、はっきりとしたことが言えない。

 何が正しいのか、どうなることが正しいのか、ジオにはわからなかった。あるいは、わかりたくなかった。

 そんなジオに、ルヴィアは優しい笑顔を浮かべて首を横に振った。


「気を遣わないでください。これでいいんです。

 ただ一つだけ、一つだけ、恥知らずな女の願いを聞いてください」

「……言え」


 ルヴィアの言葉に、ジオはそれだけしか返せなかった。


「あの子を、守ってあげてください。

 お願いします」

「わかった」


 それが出来るかどうかわからない。

 セージを守るべき場面が想像できない。

 それでもジオは、心から頷いた。



 そうして何を間違っていたかに気づく。

 捨ててくれてありがとうとは言えなかったのだと。

 セージをルヴィアに返したくないのだと。



 気付いてしかし、ジオは何も言えずにルヴィアを見送った。





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― 新着の感想 ―
[一言] 色々な登場人物の心の動きを丁寧に作ってあるところが、すごく好きです。特にセージの描写が好きなんですが、この話の「燃えて灰になりそうだ」の辺りが心臓にきました。
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