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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
6章 精霊様に感謝を捧げよう
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287話 告白~~後編~~

 




「何をしているのかしら」


 底冷えのする声を発したのは、ルヴィアだった。

 ルヴィアの迫力(まりょく)はたいした事が無い。

 そうだというのに、ケイは言葉に詰まるほどに気圧された。


「何をしているのかと、私は尋ねたのよ」


 氷よりも冷たくナイフよりも鋭い眼差しが、ケイを真正面から射抜く。


「あ、その……」

「どうぞ落ち着いてください、これはいつものじゃれあいです」


 地面に埋まった頭を引っこ抜いて、セージがそう言った。

 ルヴィアはそれを受けて、自分が怒っていることを、それを表に出してしまったことに気が付いた。


「ええと……」


 ケイが何と言っていいかわからず、それでも怒られていたのはわかったので何とか謝罪の言葉を口にしようとするが、何に怒っているかがわからないから上手くいかなかった。

 この瞬間、場は沈黙と緊張感に包まれた。


 エルシール家の人間はルヴィアを諫めるべきだと考えるものの、久しく見るルヴィアの感情的な態度に咄嗟に行動が追いつかなかった。

 マージネル家の人間はケイが一般人に気圧されたことで動揺してしまった。

 シャルマー家の人間は商業都市で強い権力を持つエルシール家とマージネル家の諍いは望むところなので、口を挟むべきではないと考えた。

 そしてマリアはアルバートのプロポーズにまだ驚いており、ジオはセージが何とかするだろうと特に何もしようとしなかった。


 そんな訳でこの場をフォローするのは、ただ一人状況を完全に把握しているセージの役目だった。

 つまるところいつも通りの状況だった。


「子供が暴力を受けている場面は、見ていて気分が悪いですよね。すいません、悪ふざけが過ぎました。

 皆さんには刺激が強かったと存じ上げますが、私はこの通り丈夫に出来ています。どうぞご心配なく。

 ほら、ケイさんも」


 ケイはあんたが煽ったのが原因でしょと言いたかったが、空気を読んで我慢した。

 確かに小さい子供を殴るのは悪い事なのだから。

 そしてルヴィアはセージに常識を当てはめてはいけないことを知らないのだから。


「祝いの席にそぐわぬ振る舞い、お目汚しをしました。失礼をお詫びいたします」


 謝る相手は私ではないでしょう、そんな言葉をルヴィアは飲み込んだ。

 皇剣ケイに対し攻撃的に振舞っただけでも大きな失態であるのに、それ以上を重ねることなどできなかった。


「いいえ、こちらこそ立場を弁えぬ失礼な振る舞いをお許しください、ケイ様」


 ルヴィアはそう言って深々と頭を下げた。それを見てケイは慌てて頭を上げるように言った。

 場を引き締めていた緊張の糸は緩和され、和んだ空気が生まれた。

 クラーラが心の中で舌打ちし、ダイアンがほっとした様子で口を挟む。


「娘の分を弁えぬ態度、お許しいただきありがとうございます。

 ところでケイ様、お返事の方はよろしいのですか?」

「えっ?

 あー……」

「それについてはまず確認させてもらいたいな、クラーラ・シャルマー。

 この度の申し入れはそこの小僧の独断か、それともシャルマー家からの申し入れか。

 後者だとすれば、あまりにも礼を欠いているぞ」


 狼狽えるケイに代わって口を開いたのはアールだった。


「あなたはマージネル家の運営には関わらないはずでは?」

「家同士のやり取りに口を挟む気はない。だが娘の交際に口を出す権利がないとまで言い張る気か?」


 マリアがあなたには無いでしょうと、焼きそばを作りながら言って、子供たちにしっと、注意された。


「今回の件はシャルマー家は関係ない。俺個人の意思だ。

 無論、交際が認められれば家同士の交流も生まれるだろうが、断じてそれを求めているわけではない」

「え、と。なんで?」


 ケイがかろうじてそう言った。

 アルバートとは四年前に皇剣武闘祭決勝で剣を交えた。

 だがシャルマー家で名家当主に近い位置にいる彼とは、当然それ以外にも接する機会があった。

 その際は皇剣への、そして自分に勝った相手への敬意を向けられることはあったが、女性として見られているとは(※鈍感だから)感じなかったし、ケイはずっとライバルだと思っていた。

 それなのにいきなり(※本人主観。食事などには誘われていますが、仕事の打ち合わせとしか思っていませんでした)好意を打ち明けられて、ケイとしては混乱が何より大きく心を占めていた。


「強いからだ」


 アルバートは即答した。

 ケイは何とも言えない悲しい気持ちで胸に手を当てた。そこにはたくましい胸筋があった。

 クラーラは我慢できずアルバートの後頭部を叩いた。


「いや、違う。違わないが。

 お前の強さは美しい。

 四年前からずっとお前に惚れていた。

 だがお前に負けたままで気持ちを打ち明けるわけにはいかなかった。

 だからこそセイジェンドを打ち破って皇剣となり、お前と対等になって、答えを聞かせてほしい」


 そう熱い口調で言われたケイは、涙目になってセージを見た。助けてと、言葉にしなくてもはっきりとわかる感情が表れていた。


「あの、私は全然関係ないんですけど。皇剣になったら答えを聞くじゃ、駄目なんですか?」

「だめだ。お前に勝たなければ意味がない」

「うーん……。さっきも言いましたけど、私もう仕事の予定組んでるんですよね」


 セージはキューピットがてら出てもいいかなという気分になりつつあったが、しかし人助けをしている場合ではない。

 借金は未だにたくさんあるのだから。


「ねえ、セージ」

「うん?」

「出れば、勝てるよね?」

「さあ、難しいと思いますよ。っていうか、ケイさん別にアルバートさんの事は嫌いじゃないですよね」


 セージがそう言った瞬間、アルバートは目を閉じ耳をふさいでホーンラビットを数え始めた。


「嫌いじゃないけどっ、嫌いじゃないけど、なんか、怖い……」

「恋愛なんて最初はそんなものですよ。良い切っ掛けだと思って付き合ってみては?

 反りが合わなければ別れればいいんですから」

「おいセージ、簡単に言うな。学生の恋愛じゃないんだ。

 この二人の交際にはしがらみがどうしても付きまとう。

 それがわかっているから、そこの小僧も結婚を前提とした交際といったんだ」


 アールがそう言ってクラーラを睨む。

 どうしても慎重にならなければならない問題であるのに、事前のやり取りもなくこんな場で交際を申し込んだことを責めていた。


「弁明をさせて頂ければ、私としてもこのような形をとることは望んでいません。

 何事もなくセージ様が皇剣武闘祭に出て頂けたのならば、アルが勝つ事が出来たのならば、礼儀正しく文を出すところから始められたでしょうね」

「遠回しに私が悪いっていうの止めて下さいね。

 それはアルバートさんの気持ちの問題であって、私は本当に何にも関係ないですからね」

「わかっています。ですがご迷惑をおかけしてでもセージ様には皇剣武闘祭に出てほしいのです」


 クラーラはそう言って頭を下げた。

 口には出さない想いがカナンに向いており、それを見て取れるセージは言葉がなくなった。


「うーん……。考えてはみますけど、期待はしないで下さいね。そもそも私は皇剣になりたいと思っていないのですから」

「知っておるよ。じゃが、だからこそお主に継いで欲しいのよ」


 カナンがそう言い、アリーシアが不快気に眉をピクリと動かした。


「息子では不満ですか」

「不満じゃよ。

 最初から継ぐつもりの者に渡すよりは、守護者となる(その)気の無い者を心変わりさせることの方が、最後のお勤めに相応しいじゃろう」

「……その言い様は、卑怯です」


 しんみりとした暗い空気が漂う。

 そろそろいいかなとゆっくり目を開けたアルバートは、その雰囲気を察してもう一度目を閉じた。



 そんなやり取りに、エルシール家のダイアンたちは少なからず驚いていた。


 天使セイジェンド。

 僅か5歳で実戦デビューを果たし、これまで数え切れぬ実績を上げた破格の異才。

 だがそれは英雄を求める守護都市が作り上げた虚飾であるだろうというのが、嘘偽らざる彼らの本音だった。


 しかし皇剣のケイやカナン、次の皇剣最有力候補アルバートとのやり取りは、天使が彼らと対等であると思わせるようなものであった。


「ご子息は本当に素晴らしい人物のようですね」


 暗い雰囲気の方には話しかけ難いので、ダイアンはジオにそう声をかけた。


「そうだな」


 ジオは間髪入れずにそう答えた。

 ほんの少しだけ、商人として、名家当主として、多くの交渉ごとに携わるダイアンをもってしても見逃しかねないほどにほんの少しだけ、ジオの頬が緩んだのを認めた。


「優しくて気の利くいい子ですね」

「そうだな」


 再び即答した。頬も緩んでいた。

 ダイアンは確信した。こいつ親バカだと。


「まったく羨ましい限りです。あのように出来たお子さんがいれば、鼻も高いでしょう」

「そうでもない。居心地が悪い」


 ぶっきらぼうにジオはそう言った。だがそれが照れているのだという事はダイアンにもわかった。


「それは出来が良すぎて、比べられてしまうという事でしょうか。

 いやはや、贅沢な悩みですな。愚息もそうであったならどんなに安心できることか」

「ふん。それこそ贅沢な悩みだ。あいつはいちいち口うるさいんだぞ」

「おや、例えば?」

「む。色々だ。色々。

 そうだな。毎日野菜を食えだの、酒はほどほどにしろだの、風呂上がりにも服はすぐに着ろだの、色々だ」

「ははは。わかります、わかりますよ。

 私の家内も同じことを言います。小さい子たちの教育に悪いと」

「それだ」


 あいつも同じことを言うと、ジオは思わず追従した。


「珍しい事もあるものですね、あなたが人見知りをしないのは」

「む」


 マリアが口を挟んで、ジオは唸った。

 ジオとしては普通にしているつもりだが、家族以外の相手が普通に返してくるのは確かに珍しい事だった。

 グライ教頭やアールなども表面的には普通に接してくるが、どうしても心の奥底にはジオへの畏れがあった。

 それすらも時間とともに大分小さくなっていったもので、少なくとも初対面でジオを怖れず話が出来た人物は、それこそ幼い時分のアシュレイだけだった。


「おや。英雄殿に人見知りの癖があるとは、これは大きな秘密を知ってしまいましたな」

「別に秘密でもない」


 とっさにそう言って、思う。

 アールたちは昔はもっとジオを畏れ、相対すれば緊張が見て取れた。

 それは拾ったばかりのマギーやアベルたちもそうだった。

 だがアシュレイはそうではなかった。

 ジオを前にしても恐ろしい子供と恐れることはなく、意地汚い盗人と蔑むことはなく、可哀そうな孤児と憐れむこともなかった。

 ただ笑顔で俺のところに来いと言った。

 そんなアシュレイだからジオは付いて行き、同じように行き場のなかった多くの家族に囲まれていた。


「……そうだな。

 俺は人見知りの癖がある」


 アシュレイと同じことがジオには出来なかった。

 ジオを畏れる者たちは、彼ら自身が時間をかけ努力して克服した。

 ジオは何もしなかった。出来なかった。

 人見知りというのなら、確かにその通りだと思った。


「何か、思うところが?」


 ジオの雰囲気を敏感に察知したダイアンがそう言うと、ジオは何でもないと答えた。

 それが会話の切れ目と判断して、オルパが言葉を挟む。


「いやはや、しかしご子息は素晴らしい才能ですね。あの皇剣カナン様が後継者として認めているとは。さすがはベルーガー卿の御子息ですね」

「……」


 ジオの口元がわずかに曲がったのを察したダイアンが、合の手を入れる。


「失礼ですが天使殿の母君はご存じないのですか? 我こそはと声を上げる女性がいると、聞き及んでおりますが」

「知らんな」

「心当たりもないのですか? 天使殿の髪と目の色はベルーガ―卿とは異なっています。そう言った女性に……」


 オルパは言いかけて、思い至る。

 その条件にルヴィアが当てはまる事を。

 そしてルヴィアがセージを身ごもり出産することが出来る時期に守護都市にいたことを。


 それだけならば英雄と天使との縁に目が曇らされていると冷静になっただろう。

 だがしかし初めて会った時、ジオはルヴィアを意識していた。そして天使はルヴィアの幼少期を思わせるほどの美貌を備えている。


「……ルヴィアはどう思う?

 天使セイジェンド殿の母親に、興味がないかな?」

「さあ。私にはわからないわね。

 ただ――」


 疑われることは予想していた。だから平然と、冷めた様子でルヴィアは返した。

 しかしそれとは別に、どうしても言いたい事はあった。


「――セイジェンド様の母君が誰なのかとは聞くのだけれど、なぜベルーガ―卿の御子息であることは断定されているのでしょうか」

「ははっ、お前はおかしなことを言うな。

 天使殿が英雄殿の御子息でなくて何だというのだ」

「……そう、そうね。

 変なことを言ったわ」


 ルヴィアはそう言って口元に微笑を浮かべて、その心を隠した。

 そんなルヴィアをジオが真っすぐに見据え、マリアも二人の仲を勘繰る。


「おい性獣。何をしたか正直に言え」

「うん? 何の話だ?」

「十一年前に襲った女を答えろ」

「アンネだ」


 襲ったわけではないがと、ジオは答えた。


「他には」

「いない」


 マリアは疑わし気に目を細めるが、このデリカシーのない男が嘘を吐いてまで誤魔化すはずが無い事に思い至る。


「では、そちらの美女が言うようにセージはあなたの子ではないのですか?」

「ああ、だろうな」


 ルヴィアは目元が潤むのを誤魔化すために、ゆっくりと瞬きをした。

 そして心の中で、ありがとう英雄様と、そう言った。


 そんなルヴィアの様子を注意深く見ていたオルパは、セージは二人の間の子ではなさそうだと一応の結論を出した。

 駆け落ちした男との子という可能性も頭をよぎりはしたが、セージの実績と才能を考慮してその考えを切り捨てた。

 ルヴィアに似て見えるのは二人とも顔が整いすぎていて特徴が薄いせいだろうと、そう考えを落ち着かせた。

 それによくよく見比べれば、セージはルヴィアに比べて少しだけ目つきが悪かった。


「では、ベルーガー卿もセイジェンド殿の出自は知らないのですね」

「ああ」


 ジオの短い答えを真実だと判断して、オルパは内心ほくそ笑んだ。

 セイジェンドの両親を用意し、愛する子供を手放さなければならなかった美談を作ればいいと、そんな下心を抱いて。

 そしてそんな感情を見通して、ジオの口元は不機嫌に歪む。


 オルパのポーカーフェイスはジオにしか見抜けていなかった――ダイアンとルヴィアはそんなものを見抜く必要もなく、考えを読めている――が、ジオの不機嫌さはマリアには見て取れるものだった。

 名家の欲深さ、悪辣さはマリアの良く知るところである。

 だからその不機嫌さがどこから生まれているかは簡単に推測できるものだったので、釘を差すことにした。


「セージは生みの親を恨んでいますけどね。

 なぜ自分を捨てたのかと、殺意を抱くほどに」


 マリアの釘は、ルヴィアの心臓に深く深く突き刺さった。





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