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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
6章 精霊様に感謝を捧げよう
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286話 告白~~前編~~

 




「お粗末なものですね。それとも私たちは軽く扱われているという事ですか」

「口が過ぎますよ、アリーシャ。素朴でよいでしょう」

「……ふん」


 庶民パーティーに不満を漏らす皇剣アリーシア様をクラーラさんが窘め、それを見てアルバートさんが鼻を鳴らす。

 そして私はそれを陰から見守っている。


 出来ればこのまま隠れていたい。

 隠れていたいがカナンさんが、どうするんじゃと言わんばかりの魔力(かんじょう)を向けてくる。

 わかりましたよ。出ていきますよ。

 大事なお偉いお客様に、専属の接待役をつけてなかったこっちの落ち度ですよ。


「作法に疎く、申し訳ありません」


 私がそう言って近づくと、クラーラさんがびくりと背を跳ねさせて、アリーシア様が胡乱気な眼差しを向けてくる。


「盗み聞きとはいい趣味だな、天使セイジェンド」

「ちょうどお声をかけさせて頂こうと近づいていたところだったのです。悪意は無いと弁明させてください」


 カナンさんがやれやれと言いたげな感情をのぞかせるが、口に出しては何も言わなかった。空気を読んでくれてありがとうございます。


「もちろんわかっています、セージ様。

 アリーシャ、あなたはホストへの礼儀も示せない粗忽ものなのですか?」

「――そうですね。礼を欠いた発言、お許しいただければ幸いです、セイジェンド殿」


 アリーシア様が背筋を伸ばして(感情はともかく)真摯に謝罪してくる。

 ……なんだこの対応。遠回しな嫌がらせか。


「いえ、皇剣様から謝罪していただくようなことは何も。

 どうぞ顔を上げてください。ここが名家の方々に相応しくない質素な場であることは間違いないんですから」

「分かっていないようじゃから言っておくがの。

 お主は僅か十歳で上級に、この国最高峰の戦士として認められた、過去に類を見ない逸材じゃぞ。それこそ天才ケイや英雄ジオをも超えた、の。

 精霊様から至宝の君を通じて、儂らは礼を示せとの命も賜っておる。

 謙遜は美徳かもしれんが、お主は自分の価値を理解しておらんように見えるのう」

「……ふんっ」


 面白くなさそうにアルバートさんが鼻を鳴らす。

 それを聞きとがめたクラーラさんが攻撃的な衝動を燃やす。いや、実際には何もしていないんだけど、人目が無ければビンタでもしそうなほどに怒っていた。


「アル、何か言いたいことでもあるのかしら」

「……確かに認めよう。

 お前はこの国で最高の才能を持っている。

 だが俺はお前に勝てないとは思っていない。

 武闘祭に出ろ、セイジェンド。次代の最強が誰か、教えてやる」

「あ、はい。それは僕の負けでどうぞ」


 アルバートさんとアリーシア様が揃ってこめかみに青筋を浮かべるが、付き合う気はないですよ。


「いえ、人の話を聞いてください。皇剣武闘祭には出ないって言ってますよね。それも何度も。

 ついでに言うと競う相手間違ってますよ。アルバートさんが競う相手はケイさんです。あっちでお好み焼き作ってるファザコンの子です。

 才能有るってちやほやされてるのが目障りなのかもしれませんけど、僕は十歳の子供ですからね。本気で目の敵にされても困ります。

 僕は借金返すのに忙しいんです」

「眼中にないと、そう言いたいのか」


 アリーシア様が怒ってる。割とガチ目に怒っている。

 笑いをとって誤魔化そうとしたのにまるで効果がない。


「興味がないという意味ではそうかもしれませんが、侮っているという意味ではないですよ。

 私は自分の問題を片付けるのに忙しいんです。

 知っているでしょうが家の借金は膨大で、私としては手に入るかどうかわからない賞金よりも、確実に貰える外縁都市の防衛任務のお手当の方が魅力です」


 皇剣武闘祭本戦の時期はハンターにしろ戦士にしろ、そして軍属の騎士ですら有給休暇を取って政庁都市に来ようとする。

 守護都市上級の戦闘狂など、皇剣武闘祭を茶番だと言って興味を示さないものも少なくない。

 しかしそれでも四年に一度の国を挙げての催事、それも国一番の武道家を決める祭典には、やはり好奇心を刺激されるのだろう。

 感謝祭の時期はそもそも人手不足だが、その時期は国を守る戦力が特に足りなくなる。

 つまりそれに参加すれば特別手当でウハウハの万々歳なのだ。いや、ほぼぜんぶ借金返済と今回の祝勝会の開催費などに充てるんだけどね。

 ……あー、本当に心が荒む。後で親父をしばくとしよう。


「そちらの都合に斟酌して、予定を変えるつもりはないと言っているんです。

 そして加えて言えば、私は強くなりたいとは思っていますが、誰かより強くなりたいわけでも、ましてや最強と認められたいわけでもないのです。

 目的意識がまったく噛み合わないのに、試合で優劣をつけても仕方がないでしょう」

「それでは、お前にとっての強さとはなんだ」


 アリーシア様が目つきを鋭くして問いかけてくる。

 クラーラさんは私の様子を見ながら、止めるタイミングを計っている。

 どうやら私は本当にずいぶんと高く評価されているようだ。。デス子が変なトラブルを招き寄せるから悪目立ちしてるだけで、静かにのんびり暮らしたいだけの小市民なんだけどね


「……欲しいものを手に入れられる自由、あるいはその権利ですかね」

「まるでデイトのようなことを言うな」

「そうですね。奴と私は同類だ」


 ただ欲しいと思うものが違うだけで。


 ……うん。

 ……なんだ?

 なんでこの人たちは驚いてるんだ?

 そしてなんでアリーシア様は私を怖がっているんだ?

 偉いうえに地雷多めのあなたの方が私は怖いからな。


「やはり来い、セイジェンド。お前は俺が倒す」

「え? アルバートさん人の話聞いてました? 親父よりも会話が成立してないんだけど」

「いいから来い」


 おおう、話を聞かない人ですよ。

 アルバートさんはなんでかケイさんたちがいる方に向かって歩いていく。

 そっちは行きたくない方向ですよ。

 ……仕方がない。

 逃げるか。


「セージよ、さすがにそれはどうかと思うぞい」

「……」

「すいません、セージ様。お付き合いをいただけませんでしょうか」


 わかりましたよ、行きますよ。行けばいいんでしょ。

 くそっ、どうあっても私はルヴィアさんからは逃げられないのか。犬の糞を踏め、デス子。



 ◆◆◆◆◆◆



「来たか」

「セージ?」


 ジオが言い、ケイがそう言った。

 それを聞いてルヴィアの魔力(かんじょう)は脳天からつま先にまで稲妻を走らせる。

 ゆっくりと、怪しまれぬようにゆっくりと後ろを振り返り、やって来る少年を見る。


 自分と同じ、黒い髪と黒い瞳。

 顔の作りも自分と似ている。これくらいの年頃だった自分を思い出して、そっくりだなとそう思った。

 亡き夫の面影は、目元にあるだろうか。

 その目は疲れているような、諦めているような目で、でも力強い精悍さが覗くような気もする。

 セージはそんな目元を緩めて、笑みを浮かべた。


「はじめまして、エルシール家の皆様ですね。

 僕はセイジェンド・ブレイドホームです。今日はようこそおいで下さいました」


 ルヴィアはその丁寧な所作に興奮し、鼻血が噴き出すのを気合で押しとどめた。美しい女性とは気合で鼻血をどうにかできる生き物なのだった。

 なおポーカーフェイス(微笑)は欠片も崩れていない。

 そして同じタイミングでグライ教頭が、あれが普通の挨拶ですよとジオとマリアに言い、マリアから肘打ちを返された。


「――」

「はじめまして。エルメリア・エルシールです」


 ルヴィアが努めて自然に挨拶の言葉を口にしようとしたが、それまで大人の陰に隠れていたエメラが出てきて、顔を赤くしてそう言いセージの手を取った。

 ルヴィアは見る目があるなと、心の中で頷いた。もちろんポーカーフェイスは崩れていない。


「ははは、娘はどうやら君が気に入ったようだ。どうだろうか、仲良くしてもらえないかな。

 ああ、私はオルパ。この子の父です」

「どうも、オルパさん。

 既にお気づきでしょうが、私はこの荒くれものの住む守護都市の子供ですよ。

 大事なお子さんに悪い影響を与えてはいけません。どうぞ、お考え直し下さい」


 セージはそう言ってやんわりとエメラの手をほどいた。

 エメラは悲しそうな顔をしたが、それをセージは無視をした。

 ルヴィアは少し悲しかったが、名家に対して慎重なのは賢いぞと心の中で褒めた。当然ポーカーフェイスは以下同文だった。

 そしてジオが冷たい目でセージを見たが、口に出しては何も言わなかった。



「挨拶は済んだな。

 ではこっちの用件――」

「セージ様っ」

「――だ?」


 アルの言葉を遮ったのは、セージでもエメラでもない十歳の少女だった。


「デボラか」

「デボラ様」


 その少女の名をアールとグライ教頭が口にし、デボラに遅れてエースが現れた。


「デボラ、そんなに急ぐもんじゃない」

「ごめんなさい、お爺様」


 デボラは形だけの謝罪をして、全力ダッシュして来たことで乱れそうになる息を誤魔化しつつ、赤い顔をしてセージの手を取った。


「お久しぶりです、セージ君。この度はお招きいただきありがとうございました」

「あ、はい。どうも。ようこそいらっしゃいました、デボラさん」

「止めてください、さんだなんて。セージ君のお誘いを私が断るわけないじゃありませんか」


 デボラはそう言うと勝ち誇った笑みで、エメラに流し目を送った。

 エメラは頬をピクリと引きつらせた。


「まあ羨ましい。セイジェンド様、どうか次の機会はぜひ私()誘ってくださいね」


 エメラは再びセージの手を取り、同じく手を取っているデボラをセージ越しに睨みつけた(※セージが見ている瞬間は花のような笑顔だった)。

 ルヴィアはそれを見てさすがねと、心の中で胸を張った。くどいようだがポーカーフェイスを保ったままである。


「ははは、お二人ともどうか落ち着いて。

 それよりアルバートさん、何か話があるんでしょ」

「……このタイミングで切り出すのは少々癪だが――」

「ならこちらから話をさせてもらえるか。

 セージ、大学での勉強が終わってな。こちらで雇ってもらえるだろうか」

「――……」


 アルバートは――再びジオと調理役を交代して――割って入ったアールを睨んだ。


「え? このタイミングでそれ言います?

 いや、それは構いませんけど、たいして給料出せませんよ。本当に。

 教員免許も無駄になりますけど、良いんですか?」


 エルシール家に借金の事は知られたくないので、遠回しに懐事情は知ってますよねとセージは言った。


「ああ、分かっている。ただ長男のアベルとも話してみてな、守護都市にまっとうな学校を作ろうかと考えている。

 騎士にはなれない、すぐには他の都市に行けない、そんな子供たちの受け皿を作ろうと、な」

「え、初耳なんですけどそれ。しかもすっごく大変そうなんですけど」

「そうだな。お前のパトロンのタイガ代表から、ある程度話を進めるまではお前には黙っておいた方が良いと言われてな」

「……ぉおう、代表」


 まず最初にセージがその話を聞いていたなら諦めるよう説得し、そしてアールはそれに従っただろう。

 だがアールはまずミルク代表の所に話をしに行った。


 もともと過熱気味だったブレイドホーム道場の入門希望者は、新人戦の結果を受けてさらにヒートアップしており、ミルク代表の〈ポピー商会〉が審査を請け負っていた。

 道場生が増えることで指導員も必要だろうと、アールは売り込みに行ったのだった。

 そこにはジオは何も考えず許可を出すだろうし、セージも基本的には人が良いので甘い判断をするだろうから、一度厳しい目で審査してもらおうという考えがあった。


 その申し出を受けた時、ミルク代表は心の底から罵声を浴びせて追い返してやりたいとは思った。

 しかしマージネル家と良好な関係を築いている事、そして実際に指導員が不足しており、本来はシエスタの護衛であるはずのマリアが補佐役として時間を取られていることなどから、しぶしぶ了承することにした。


 そしてその際にシエスタやアベルと会い、主にシエスタの熱意に当てられて、守護都市に新しい学校を作ろうという話が出来上がった。

 そんな裏事情はまるで分っていないが、とりあえず恵まれない子供たちに勉学の機会を与えることはとても立派なことだ。

 そしてそのために頑張るアベルを説得できないから、セージはただただ項垂れた。

 お金かかるんだろうなぁ、権利握っている偉い人から面倒事頼まれるんだろうなぁと、そんな事を思って。

 そんなセージを見てルヴィアは心の中で心配そうにおろおろした。やっぱりポーカーフェイスを保ったままで。


「セージ君」

「セイジェンド様」

「あ、うん、大丈夫、大丈夫です。ああ、お二人とも少し離れてもらっていいですか。

 考え事をしたいので」


 デボラとエメラは素直にそれに従った。

 これからどうしようか、また忙しくなるのかと頭を悩ませるセージに、アルバートが苛立たし気に声を荒げる。

 ルヴィアはそれを見て心の中で中指を立てた。ポーカー以下略で。


「おい、いい加減こちらの用件に付き合え」

「あ、はいはい。適当にどうぞ」

「くそっ、仕方がないか。

 ケイ・マージネル、こちらに来てくれないか」

「え? 私? 忙しいんだけど」


 鉄板越しに聞き耳を立てていたケイは、かけられた声に即座に反応をした。


「頼む、大事な話なんだ」

「……わかった。

 マリア、お願い」


 調理役を代わって、マリアはジオと肩を並べることとなった。初めてではないものの滅多にない共同作業に、マリアは心ウキウキだった。

 マリアはポーカーフェイスを気取っていたが、取り繕えていないそれを見て子供たちはにやにやしていた。


 それはさて置き、やって来たケイの前でアルバートは跪いた。


「え?」

「ケイ・マージネル。

 この俺、アルバート・セルが誓う。

 お前を破ったセイジェンド・ブレイドホームに勝つと」

「え? えっ?」


 狼狽えるケイの隣に、色々と察したセージが邪悪な笑顔で寄り添った。


「その暁には、結婚を前提とした交際を認めてほしい。

 俺はお前が好きだ、ケイ」


 ケイは空いた口が塞がらなくなって、その肩をセージが優しく叩く。


「婚約おめでとう、ケイさん」


 ケイはセージを殴った。

 かなり本気で殴った。

 セージは顔面から地面にめり込んだ。

 それを見たルヴィアは、ポーカーフェイスを保てなかった。





セージ「出来心だった」←顔面地中

セージ「絶対に面白いと思ってしまった」←顔面地中

セージ「今は反省している」←顔面地中


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