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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
6章 精霊様に感謝を捧げよう
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284話 新人戦決勝戦

 暴力描写があります。苦手な方はご注意ください。

 




 新人戦最後の試合が始まる。

 スタッフに促されて闘技場に上がると、満員の観客が声を上げてカインを出迎えた。

 カインの正面には、同じように上がってくるミケルの姿がある。


 本戦と新人戦という違いはあれど、かつてこの場所を高い所から憧れの気持ちで見下ろしていた。

 あれから四年が経って、多くの注目を浴び応援を受けられる主役の片割れになれた。

 自分なりに成長できた。

 その事を実感する。


 それでもあいつは四年前よりもずっと先にいる。

 それを、一年前に思い知らされた。

 あの男に手も足も出なかった自分は、泣いて託すしかなかった。


 何も変わっていない。

 多少剣を覚えたところで、魔力の扱いを覚えたところで、見栄を張り泣いて駄々をこねる子供から変われていない。

 きっと自分はこのままあいつが遠く先に行くのを見送ることになるのだろう。


 それでもいいと、思う。


 カインは思い出す。

 汗を流し、痛めつけられた日を。

 あいつが自分以上に痛めつけられたことを。

 あいつが真っすぐに自分を見たことを。


 それでもいいから、強くなろうと思う。

 少しだけでも追いつけるように。

 自分は見栄っ張りで臆病な子供だけれど、それでも強くなりたいのだから。



「さあついに始まります、皇剣武闘祭新人戦決勝大会決勝戦」


 実況の声が国立闘技場に大きく響き渡る。


「ここまで勝ち上がってきたのは無名ながらもその圧倒的な実力で並み居るハンターを狩ってきた、カイン・ブレイドホーム。

 先ほど素晴らしい試合を見せてくれたセルビアンネ選手の兄であり、つまりは英雄の息子にして天使に次ぐ竜殺し道場の二番弟子。

 ここで妹の無念を晴らし、優勝の栄冠を手にするのか」


 実況がカインを紹介し、ミケルに移る。


「対するは芸術都市を代表する新進気鋭のハンター、ミケル・ウィンテス。波乱の結果となったこの新人戦において、唯一勝ち上がってきたハンターの彼が、再び名門ブレイドホームを打ち破り、その意地を見せるのか。

 どうぞ皆様最後まで目を放さずご覧ください」


 そんな実況の紹介にカインは嫌そうな顔をして、ミケルは肩をすくめる。


「誰がハンティングハンターだ」

「僕もハンター代表なんて気分じゃないんだけどね」


 二人は互いに癖のない長剣を腰に差して向かい合っていた。


「武器、変えてきたか?」

「ああ。研いだくらいじゃ折られそうだからね」

「そうか」


 カインはそう言って押し黙る。試合前のこの時間は苦手だった。早く始めて欲しい。そう思っていた。


「君は妹の弔い合戦だけど、僕にも似たような理由があるんだ」

「……」

「いつか会ってお礼が言いたい戦士が守護都市にいた。その人のためにも、僕は優勝が欲しいんだ」


 ミケルはそう言った。言葉の中に寂しさを感じ取ったカインは、短く尋ねる。


「……死んだのか」

「ああ、そうだよ」


 その男の名前を、ミケルはあえて口にしなかった。

 きっとBB(あの男)は、彼だろう。

 あの時のやり取りに、その後の新聞報道やクリムとの会話。

 それらが重なり合って確信を持っていたし、その死には間違いなくカインの兄弟であるセージが関わっている事にも気づいていた。

 だがそれは今ここで口にするべき事ではない。

 ただ彼への感謝と、尊敬と、悼む気持ちを優勝に捧げるつもりだった。


「別に俺は、妹のためなんて思ってないんだけどな。

 でも負ける気はない。俺は皇剣になる」


 気負いが透けて見える熱いまなざしでミケルを見据えて、カインはそう言った。

 ミケルはそれを受けて、期待と緊張に背筋を震わせた。


「両者ともに気合は十分といったところでしょうか」

「そうじゃのぅ。これは見ごたえのある試合になりそうじゃ」

「多くの試合を見てきた皇剣カナン様がそうおっしゃるほどですか」

「真剣な思いのぶつかり合いは人を引き付けるものじゃよ。儂のような老いぼれの心も、の」


 楽し気にカナンは言い、観客の心を煽るために実況は言葉を募る。

 それを聞きながら救護班ではどちらが勝つかが語り合われ、セージにも意見が求められる。


「ミケルさんに勝ってほしい」

「え?」

「頑張れミケルさん」

「あ、はい……」


 救護班で生まれる空気とは変わって、第二貴賓室では緊張感が弾けてしまいそうなほどに高まっていた。


「勝てるよね、お父さん」

「わからんな」


 ジオはわくわくとした期待感を隠さずに試合を待ち望んでいた。

 アベルはそれを感じ取って苦笑を漏らし、マギーは心配ではらはらしていた。

 同席するケイは、そう言えばマージネル家のブースに帰らなくて良いのかとここで気づいたが、いまさら席を離れるのも違う気がしてそのままブレイドホーム家で観戦をすることにした(そして帰ってから祖父母にこってりと叱られた)。



 *******



 審判が発する試合開始の掛け声が鳴り響き、カインとミケルは同時に踏み込んだ。

 ガキンっと、打ち合う金属音が会場に鳴り響く。


「いい剣だな」

「とっておきなのさ」


 カインはミケルの剣を褒めた。

 奇しくもカインとミケルの武器は、同じ打ち手の物。

 ナタリヤの紹介で名工カグツチに打ってもらった武器を、ミケルは決勝のその時まで隠していた。

 そこには優勝のために手の内を隠したいという欲もあったが、それ以上にこの剣は切れ味が良すぎて対戦相手を殺してしまうかもという危惧もあった。

 そんな剣を、遠慮もなく全力で振るった。


 二人は剣を交し合う。


 ミケルは芸術都市で学んだ、相手を幻惑するステップを多用して隙を誘う。

 カインはそれに対応して見せる。

 ミケルとセルビアの試合、そして先ほどのセルビアとレイニアの試合。

 僅かな時間とはいえ、見取り稽古をする時間があったことが、ミケルの不運であった。


「くっ」


 このままでは押し切られると、崩れはしないと、ミケルは悟って仕切り直しを図る。

 カインはそれを追わなかった。


「……慎重だな」

「臆病なんだ、俺は」


 ミケルとカインがわずかに言葉を交わし、そしてカインから仕掛ける。

 ここまでの試合を見て、短いながらも剣を交わして、魔力量、身体能力、剣技、経験、それらを総合した互いの力量が互角だと認めた。


 ミケルは笑った。

 これまでの試合も決して楽なものではなかった。

 それでも剣を含め、余力(・・)を残して勝ってきたことも事実だった。

 最後の最後で、本当に後先考えずに全力をぶつけられることに笑みを浮かべる。


「行くよ」


 ミケルは踏み込んでくるカインに向けて、踊るように剣を振るう(・・・・・)


 闘魔術〈剣舞〉。


 限られた空間で正々堂々と正面から戦うというのは、実地で魔物を狩ってきたハンターのミケルにとって不安のある分野であった。

 新人戦に向けた対人戦の訓練の過程で獲得したのが、このオリジナル闘魔術〈剣舞〉である。


 荒くれ者の聖地とされる守護都市の子供は、物心ついたころには剣を振るうと言われる。

 商売の聖地である商業都市では駆け引きの原点ともいえるカードゲームを覚えると言われる。

 紳士淑女の集う政庁都市では路地でボールを蹴っていると。

 そして生粋の芸術都市っ子のミケルは、物心ついた時には音楽に合わせて歌を口ずさみ体を動かしていた。


 決勝大会を勝ち進み、セルビアを下し、この決勝に勝ち上がるまで、ミケルは体に染みついたリズム感でステップを踏み、対戦相手のリズムを崩してきた。

 だがミケルの〈剣舞〉はステップだけではない。

 踊りとは全身を使って表現するものだ。

 そしてそれは一年前、殺陣のように無駄のない流麗な動きを見てひらめきを得た闘魔術であった。



 ******



「おおっとこれは美しい舞いだ。

 ミケル選手、これは挑発か?

 素晴らしいダンスにカイン選手は思わず距離をとった」

「ほっほ、いやいやこれは見事。

 武とはすなわち虚実よ。

 虚によって隙を作る。

 実によって隙を狩る。

 あれは二つを一つとなす舞よ。

 下手に飛び込めば首を狩られよう。

 はてさて、ジオの秘蔵っ子はどうするかのぅ」

「なるほど、この踊りにはそんな狙いがあるのですね」


 実況が良く分からないまま頷き、何だかわからないがとりあえず凄いと観客が沸いた。



「そうなんですか」

「えっ、よくわからないです」


 救護班で聞かれたが、セージにとってミケルの幻惑するような剣を含めた全身の動きは、シンプルに遅すぎる。

 ミケルは踊ることでゾーンに入っているので先読みは難しいが、それでも見てから対処できるそれに、セージは怖さは感じなかった。



「どうなの、どうなの?」

「このまま距離をとるのが正解だな」

「そうだね。僕なら魔法を撃つよ」

「そうはしないだろうけどね」


 ケイが締めくくってそう言い、ジオもアベルもそれに頷いた。

 マギーが心配して見つめる中、カインは笑っていた。



 *******



 怖い。

 怖い。

 怖い。


 眼にも止まらぬ動きで、ミケル()が迫ってくる。


 戦うのが怖い。

 敗けるのが怖い。

 痛いのが怖い。

 死ぬのが怖い。


 でも、逃げたくない。

 戦いたい。

 勝ちたい。


 知らず、頬が微笑みの形にひきつるのをカインは自覚する。

 そしてそこでミケルの後ろ、はるか遠くの闘技場の選手入場口に視線を奪われる。

 そこから一人の少女が姿を現したからだ。

 怪我はセージに治してもらったとはいえ、治癒魔法をかけてもらうと疲労感で眠たくなる。それが深い傷であれば尚更に。

 ぶっ倒れそうな状態で、それでもその眼で試合を見に来た妹を見て、カインは思う。



 応援なんかじゃないよな。

 お前は可愛くないから。

 悔しいんだろう。

 それを見たかった、って。

 自分が戦いたかった、って。

 勝ちたかった、って。


 きっとセルビアはすぐに俺を超える。

 この試合でも、戦っている俺たちよりも多くのものを吸収して、強くなる。


 それはさ、嫌じゃないんだ。


 お前はいつか、俺とは違ってあいつの所に行けるだろうから、ずっと先に行くだろうから。

 それは嫌じゃないんだ。


 でもさ、それでも俺も、もう少しお前の前で、あいつを追いかけていたいんだ。



 ミケルの剣筋を、カインは見切れない。

 クルクルシュパシュパしているそれに、どう切り込んで行けば良いのかわからない。

 踊りながらギアを上げて調子づくそれは間合いに入った相手を確実に殺す、殺界(けっかい)

 なら近づかなければいいという臆病な自分に鞭を打ち、カインは踏み込む。


 ミケルの剣は弧を描いてカインに迫る。

 それに合わせることは出来ない。

 合わせようともそれはきっと変幻自在に軌道を変える。

 だから内へ。

 剣の威力が最も乗る切っ先の間合いで打ち合うのではなく、身を寄せるほどに密着する。


 ミケルのステップはカインの突進を軽やかに躱すが、しかしステップだけならもう慣れている。

 カインは肉薄し、ミケルの剣を腕で受けた。

 肉は断たれ血を噴き出すが、しかし根元で受けたことで骨には達しない。

 カインはミケルの顔面に剣を突き立てようとして、阻まれる。


 ミケルは剣が浅いのを感じ取って手を放し、カインの腕をつかんで強引に互いの体勢を入れ替えた。

 カインとミケルがくるりと周って背中合わせになったのは一瞬の事。


 ミケルは勝ちを確信し、拳を振るう。

 カインはその時、敗けることを理解した。


 意図的に回転の形に持って行ったミケルと、体勢を崩されたカインでは、次の動作に差があるのは必然だった。

 だからカインは、負けるとわかっていながらその場での打ち合いを選んだ。


 ミケルの拳が走り、カインの頭部を狙う。

 この瞬間、最短距離のそれが来ると、カインは賭けに出た。

 カインは頭を下げつつ肩を跳ね上げて、それを弾く。

 それでも完全には逸らしきれずに頭をかすめ、それに一瞬遅れてカインの拳――ミケル同様、カインもまた速度を補うために剣を手放した――が、ミケルの腹をえぐり肋骨を砕いた。


「っ」

「ぐっ」


 互いに漏らした苦痛は僅かなもの。

 そして同時に次の動作に入る。

 距離をとって仕切りなおす事は考えていない。

 ここで決めると、互いの拳を振るった。

 早かったのは、カインの拳だった。



「勝者、カイン」



 顎を打ち抜かれて崩れ落ちるミケルと、傷ついた腕を振り切ったカイン。

 勝者を決定づける審判が闘技場に響き渡り、観客は席を立って惜しみなく歓声と拍手を送る。

 闘技所全体に鳴り響く喝采を受けて、カインは照れ臭そうに笑う。

 そんなカインを審判が背を叩いて、促す。

 カインは拳を突き上げ吼えて、優勝の喜びを表した。





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[一言] やっぱカイン好きだわ
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