283話 新人戦3位決定戦
暴力描写があります。苦手な方はご注意ください。
「これより始まりますは皇剣武闘祭新人戦、決勝大会三位決定戦。
惜しくも準決勝で敗れたのは二人の可憐な女剣士。
わずか十歳ながらここまで勝ち進んできた早熟な騎士候補生。英雄ジオレインの娘、セルビアンネ・ブレイドホーム。
そして対するは文武両道才色兼備のミス・パーフェクト。皇剣ラウド様の姪、レイニア・スナイク」
実況に紹介されたセルビアとレイニアが舞台の上で向かい合う。
セルビアの腰には鉈が一本差してある。
レイニアの腰にも長剣が一本差してあった。
「……飛翔剣は?」
「……しばらく使用禁止になった」
セルビアが尋ね、レイニアが気恥ずかしさを飲み込んで答える。
昨日の傷はセージが完治させたはずだが、レイニアの頬は大きく腫れていた。
「ほっぺ、大丈夫?」
「別に問題ない、気合を入れてもらっただけだ」
その気合を入れたとある皇剣はその事で弟からねちねちと嫌味を言われて、腹いせに今日の解説の仕事をボイコットしていた。
「さて三位決定戦は女の闘いとなりましたね、カナン様」
「ほっほっ。女子の闘い、の間違いじゃろう。
ふむふむ。花があって良いと言いたいところじゃが、どちらも武骨な技しか持たぬゆえ、少々玄人好みの試合になってしまいそうじゃな」
ピンチヒッターで解説席に座ったのは最年長の皇剣カナン・カルムだった。
護衛の仕事なども引き継ぎが終わって、割と暇をしていた――カナンは望んでいなかったが、クラーラが善意で自由な時間を与えていた――のであった。
「なるほどなるほど。五位決定戦は派手な魔法戦となりましたが、今回は純粋な剣術の試合になるという事ですね。
カナン様はどちらが有利とお考えですか?」
「当り前の事じゃが、体格に経験と、基本的な能力で言えばスナイクの嬢ちゃんが勝っとるのぅ。
じゃがジオの娘っ子は体が仕上がっとる。気合も入っとるようじゃし、ベストコンディションなのは間違いないじゃろう」
「やはりそれではどうなるかは分からないといったところでしょうか」
「そうじゃのう。勝負事は、始まってみないことにはのぅ」
実況の言葉にカナンが追従する。
やりやすくて助かるなあと実況は思ったが、そんな事は口にも態度にももちろん出さなかった。
実況や解説の話がひと段落したとみて、審判が二人に声をかける。
「それでは準備を」
セルビアとレイニアは互いに武器を抜いて向かい合う。
二人の間にある緊張は闘技場全体に及び、一時の静寂が生まれる。
そしてその静寂は、試合開始を告げる審判の号令によって打ち破られた。
動き出しは同時、しかし先手はレイニア。
それは単純にレイニアが速度で勝っているのもあったが、セルビアに先手を取る気がなかったのも起因していた。
振り下ろされる長剣。
ともすれば即死となるそれを、セルビアは体捌きで躱す。
降ろされた剣は切り返して跳ね上がる。
それもまた空を切る。
剣閃は薙ぎ払いに形を変え、それは潜られる。
蹴りを見せて後ろに下がらせ、突きで追う。
だがそれも寸での所で届かない。
剣で払う事も、打ち合う事もせず、セルビアはレイニアの連撃を体捌きで躱し続ける。
踊るように、ステップを踏んで。
******
三位決定戦が始まった。
ミケルはモニター越しではなく、舞台の方に上がって直接その目で見ようかとも思ったが、止めた。
試合に興味はあったが、今は自分の試合に備えたかった。
ミケル・ウィンテスはありふれた家に生まれた子供だった。
芸術都市の子供は芸術の道を志すのが普通で、ミケルの友人たちもたいていはそうだった。
しかしミケルは友人たちとは違って芸術の道に夢を見なかった。
彼の心には強く優しいギルドの戦士の姿が焼き付いていたから。
幼かった当時の事を、ミケルはよく覚えていない。
より正確に言えば、どうしてそういう事が起きたのか、背景事情をまるで知らない。
だがその時の戦士の背中を、ミケルははっきり覚えている。
何か悪い事をしている人がいて、それは名家の人間で、騎士もグルで、大好きなお母さんがすごく困っていた。泣いていた。
だから母を泣かせた騎士たちに、幼かったミケルは殴り掛かった。
止めてと制止する母の言葉も聞かずに、その手を振りほどいて。
そしてミケルは騎士たちに殴り飛ばされ、母はもっと泣くことになった。
「止めて、止めてください。お金なら払います。だからその子は、その子にだけは酷い事をしないでください。お願いします」
「最初からそう言っていればよかったんですよ、奥さん。でもね、分かるでしょう?
これだけ反抗して、お金さえ払えば許されるなんて、虫が良すぎるって」
「そんな、どうしろって……」
母が困っている。何とかしたい。
痛めつけられていたミケルはそう思ったが、何もできなかった。
地べたに転がされ、踏みつけられて、みっともなく泣いて助けを求めることさえ出来なかった。
そんなミケルを騎士はより強く踏みつける。
ミケルは呻いた。
それを見て母はもっと泣いた。
「止めてっ‼ 何でもします、何でもしますから、その子を放して」
「それじゃあ奥さん、脱ごうか」
その言葉がどういう意味か、幼いミケルにはわからない。
それでも騎士の声の嫌らしさ、母の放つ魔力を感じ取って、怒りが沸く。
「っ‼ ……はい」
殺してやる。
殺してやると、ミケルは強く思った。
だが何もできなかった。
路上で泣きながら服を脱ぐ母を見ながら、それを見る騎士たちの笑い声を聞きながら、力が欲しいと、こいつらを殺す力が欲しいと思った。
そしてそんな力が、やって来た。
それは一人の男だった。
男は母よりもよほど背が高く、倒れているミケルにはその顔を見ることも出来なかった。
「真昼間からお盛んだな、騎士様はよ」
その男は上着を脱いで母に投げかけ、その肌を隠した。
「誰だ、貴様。我々が警邏騎士と知って――」
言い終わるより早く、男に腹を殴られその騎士は膝を折った。
「ああ、知ってるよ。ハーサムの子飼いだろう」
他の騎士たちが目の色を変えて抜剣し、男に襲い掛かる。
「ひっ」
母が悲鳴を上げ、そして騎士たちは地面に倒れ伏した。
それはとても早くて、目にも止まらない一瞬の出来事だった。
「お、お前――」
そして最後の一人、ミケルを踏みつけている騎士が狼狽えながら声を上げる。
「――お前は、守護都市の戦士だな。待て。落ち着け。我々は仕事をしてるだけなんだ」
「知ってるさ。さっき確認したのが聞こえなかったのか?」
「あっ……。こ、こんなことは許されないぞ。他所の都市への武力介入なんて、精霊様の裁きが下るぞ」
「知るかよ、喧嘩売ってきたのはそっちだ」
そして男は騎士を殴り飛ばした。
騎士の足から解放されると同時に母がすぐに駆け寄って来て、ミケルの身体を抱き上げ強く抱きしめた。
母の温もりはもう離さないと、絶対に守ると言っているようだった。
「あ、あの、ありがとうございました」
「気にすんな、もののついでだ。
さて、借用書はこれか?」
「あっ、それは……」
母に抱かれているミケルからは男の姿は見えない。ただ紙を切り裂く音と、わずかに喜ぶ母の気持ちが感じ取れるだけだった。
「ナタリヤ・ブレイドホームって知ってるか? この界隈に住んでるんだが」
「え、あ、はい。一応は」
「ハーサムはこっちでシメとくが、なんかあったら頼れ。お節介な婆さんだからな。きっと助けてくれる」
「は、はい」
「よし、じゃあガキを早く病院に連れてってやりな」
母は泣いているようだった。
だがそれはそれまでとは違う涙だと感じた。
ミケルは体を動かした。
自分が今、何を感じているかわからない。
ただ居ても立っても居られない気持ちに満たされて、体を動かし、母の腕からもがいて抜け出した。
そしてぼろぼろの身体で男に向かって歩く。
だが男の所には行けなかった。
ミケルはすぐに足がもつれて倒れそうになり、母に抱きとめられた。
母に支えられてようやく立てるような有様で、ミケルは男を見た。
男はもう背中を向けていた。
ただ何かを感じ取ったのか、ほんのわずかに振り向いてこう言った。
「よく頑張ったな、坊主」
男はそう言って、姿を消した。
その日から、母が騎士や役人に泣かされることは無くなった。
ミケルはだから、いつかその男のようになりたいと思った。
その男の名前はデイト・ブレイドホーム。
ナタリヤの義理の息子で、クリムの伯父で、そして荒野で死んだとされた男だった。
******
一緒が良いと思っていた。
同じが良いと思っていた。
でもそれは出来ないんだと知った。
このままじゃ駄目なんだと知った。
昨日の動きを思い出しながら、セルビアはステップを踏む。
目指すべきものは常に兄の姿だった。
だがそれでは追いつけない。
それを追うだけでは後ろにしかいられない。
弱くて才能のない私が追いつくには、もっとたくさんのものが必要なのだと知った。
実直に学んだレイニアの剣には型通りのリズムがある。
それは丁寧で無駄がなく速い技だったが、だからこそ良い練習台だった。
勘違いをしていた。
優勝に意味はない。
勝つことに意味はない。
みんなに認められても価値がない。
認めてほしい人は、兄ただ一人。
だから必要なのは強くなるための経験、それだけだったのだ。
レイニアはフェイントを混ぜてセルビアのリズムを崩しにかかる。
そのタイミングでセルビアは回避に徹するのを止めて、鉈を振るった。
ステップの練習はもう十分で、レイニアの剣技ももう十分に見たから。
ガキンと、剣戟を鳴らして二つの剣が交差する。
新たな展開に観客が歓声を上げ、熱のこもった実況が響く。
******
「素晴らしい体捌きで逃げに徹していたセルビアンネ選手、ここで反撃開始だ」
「すさまじいのう。技の才だけならジオを超えとるかもしれんぞ」
「どういう事でしょう、カナン様」
「見てわかるじゃろう。あの足さばきはミケルのものじゃ。それを一晩で自分のものにしおった。
天使もそうじゃが、あの娘っ子も才能の宝石箱じゃな」
解説の話を聞いた救護班の一人が、そうなんですかとセージに話を向ける。
「僕にはあれはできませんよ。あれは妹が特別なんです」
セージはそう言った。
セージはその目であらゆる魔法、あらゆる闘魔術を読み解き自分のものにする。
だがその技の難易度が高ければ、一朝一夕に身に付けるなんてことは出来ない。
さらに魔力を介さない単純な肉体操作技術に関しては、それこそ長い時間をかけて丁寧に訓練をしなければ身に付かない。
昨日一度手合わせしただけの独特の技をコピーし、それを試合中の短い間に自分のものにするなんて離れ業はセージには出来ないことだった。
そして対戦中の相手の剣技を、その場で盗むのも。
「楽しそうだな」
第二貴賓室で、セージと同じようにセルビアの才能の開花を感じ取ったジオが、笑みを浮かべてそう言った。
「え?」
マギーが声を上げたが、ジオは黙って試合を注視していた。
わずかに興奮したジオは緊迫感を生み、それに当てられて助けを求めるようにマギーは周りを見る。
ダイアンたちは娘の試合観戦を邪魔しない様にと、もう席を外していた。
そしてブースにいるアベルとケイ――ケイも礼儀作法の観点で言えばマージネル家のブースに戻るべきだったのだが、誰にも戻れと言われなかったので残っていた――も、ジオと同じように熱のこもった眼で試合を見ていた。
「勝てるの?」
言い様のない不安に駆られて、マギーはそう言った。
「分からない」
「負けるだろうな」
「勝ってほしいけどね」
アベル、ジオ、ケイがそれぞれそう言った。
そして試合の結果はすぐに表れる。
******
鏡写しのように、セルビアとレイニアは同じ剣技を振るう。
レイニアが嫌がって型を崩しフェイントで揺さぶるも、セルビアはそれに合わせ、何度となく二人の武器はぶつかり合った。
名工カグツチが打った鉈と、あくまで良い品どまりの飛翔剣を操作するための術剣。
武器ははっきりとセルビアの鉈が勝っており、レイニアの長剣はその時二つに叩きおられた。
観客が息をのみ、実況が声を上げようとする刹那。
セルビアは踏み込み、レイニアに斬りかかる。
レイニアは下がり、折れた剣で迎え撃つ。
その一瞬の間に、レイニアの折れた剣の切っ先が飛翔して、セルビアの足を刺し貫いた。
セルビアは直前でそれに気づいていたが、回避することは出来なかった。
ミケルのステップに、レイニアの剣技。
どちらも幼いセルビアが真似るには負担の大きいもので、さらに基礎能力で勝るレイニアと互角に切り結ぶために全力で魔力を使っていた。
ゾーンに入り、限界を超えて力を振り絞り、武器を折ってもう一撃。
それをするだけの力しかセルビアには残っていなかった。
誘われていたことに気が付いても、レイニアの切り札に気づいても、飛翔剣がそう飛んでくることがわかっていても、セルビアにはそれを超えていく事が出来なかった。
セルビアは足を射られ、走っていた勢いで地面を転がって倒れこみ、レイニアはそこに向けて踏み込んで蹴りを放ち、審判が体を張ってそれを止め、試合終了が宣言された。
かくしてセルビアの皇剣武闘祭新人戦は、四位という結果で締めくくられた。
~~十三年前のジェイダス家にて~~
アンネ 「デイトはいるかしら」←後ろに執事一人と娼婦たくさんを引き連れている
娼婦A 「いいえ」
クローゼット(……)
アンネ 「そう。あなたも探すのを手伝ってくれないかしら」
娼婦A 「はい、わかりました。ところで報酬の方は」
アンネ 「デイトを好きにしていいわよ」
娼婦A 「あそこです」←クローゼットを指さす
クローゼット(ばたんっ‼)←殺人鬼が飛び出してきた
デイト 「ちくしょうっ」
アンネ 「取り押さえなさい」
娼婦A~Z 「はいっ」
アンネ 「一週間謹慎。搾り取られてなさい」
デイト 「くそがっ、売りやがって」←連行中
娼婦A 「えへへ、私が最初ですよ」←関節を極めて腕を組む
アンネ 「まったく。他家に武力行使するなんて。殺しはしなかったから手打ちには出来るとはいえ、面倒なことをしてくれたわね」
執事 (面倒と言いながらも当主様は嬉しそうですね。デイトがブレイドホーム家を守り、ジェイダス家に配慮したのが喜ばしいのでしょう。しかしそれを指摘してはきっと臍を曲げてしまいますね。まったく、わが主は本当に面倒臭いお方です)
アンネ 「なにニヤニヤしているのよ。気持ち悪いわね」
執事 「ツンデレブラコン当主に言われたくはありませんな」
アンネ 「何ですって‼」←顔真っ赤