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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 浴びるほどに金が欲しい
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265話 男の子はみんなマザコン

 




 マキシアム・リーバットこと、愛称マックスは騎士養成校の高等科三年生だ。

 守護都市では珍しくもないシングルマザーの子供で、奨学金を貰って養成校に通っていた。

 暮らしは楽なものではなく、養成校が発布するアルバイトをして生活費の足しにしていた。


 マックスは名家が嫌いだった。

 マックスみたいな生まれの者は、必死になって働いても楽な暮らしはできない。

 理由は彼らが働きの上澄みを掠め取っているから。

 マックスと同じように奨学金をもらった先輩たちは、下っ端の騎士として奨学金を返しながら働いている。


 強ければ守護都市で贅沢な暮らしができるなんて噂があるが、そんなのは嘘だ。

 マックスは養成校でもトップクラスの力を持っているが、このままでは先輩たちと同じ生活が待っているのだから。

 ギルドで働こうにも、騎士にならないのであれば奨学金を一括返済しなければならない。

 そんなお金は、当然マックスにはない。

 だから偉い人間が決めた偉い人たちのためのルールに従って、このまま安月給の騎士として使い潰されるしかない。


 こんな掃き溜めみたいな状況から抜け出すには、お偉い名家様に媚を売って気に入られるか、あるいは彼らのルールを利用して成り上がるしかない。

 つまりは名家の息のかかった連中が活躍するためのお祭りで優勝し、その賞金で自由の身となる。

 そのためにも養成校推薦枠には必ず入る。

 絶対に名家に媚びを売った英雄の七光りなんかに負けはしない。


 皇剣武闘祭新人戦騎士養成校推薦枠選抜戦。

 推薦候補たちが直接剣を交える試合――通称、選抜戦――の予定表が掲示板に張り出され、多くの生徒が集まっていた。

 マックスもその中で自身の試合相手を、その名前を睨みつける。

 最初の試合相手はセルビアンネ・ブレイドホームだった。

 頑張れよと、思いを込めて友人たちがマックスの背中を叩く。


「ああ」


 絶対に勝つ。

 完膚なきまでに実力の差を見せつけて勝つ。

 苦労をかけてきた母のためにも、これから楽をさせていくためにも、絶対に。

 マックスはそう意気込んだ。



 ******



 オーガ・ロードは片刃の大剣を手に、崩れた家から這い出てきた。


「マリアさん、あれロードです!!」


 それを見たセージが大きな声でマリアに伝えた。


「そのようですね。少し壁役が雑になりますが、よろしいですか?」

「えっ、一人でやる気ですか? 私がやりましょうか」

「セージ様、それは侮辱というものですよ」


 マリアはそう笑って、手近なオーガを吹き飛ばしてオーガ・ロードに衝弾を撃った。

 オーガ・ロードはそれを片手で受け止め、鋭い目つきでマリアを睨み咆哮を上げた。

 悲壮な顔で戦っていたオーガたちが、逃げることだけを考えていたオーガたちが、それを受けて変わった。

 目には戦意が溢れ、背中を見せようとするものはただの一匹もいなくなった。

 男も女も子供も関係なく、狂奔の魔力を立ち上らせる。

 オーガという種の全力を挙げてお前たちを殺すと、その魔力は言っていた。


「ふふっ。そうだ、そうこなくては」

「わー……、やっぱりマリアさんも脳筋だぁ」


 戦いは形を変える。

 オーガ・ロードは真っ直ぐにマリアへと突っ込み、格闘戦が始まった。

 中級中位であるオーガのロード種は上級下位相当。

 ブランクがあるとは言え、マリアからすれば格下である。

 だがそれはあくまで一対一で戦った場合だ。


 オーガ・ロードの振り下ろす大剣を、マリアはハルバートで受け流す。

 反撃は、しかし横合いからの襲撃で叶わない。

 マリアは襲いかかってきたオーガを躱して拳を叩き込む。

 その間にオーガ・ロードの体勢は整い、新たなひと振りが襲って来る。

 殴ったオーガがその身を使ってマリアの行先を塞ぎ、その手で押さえこもうとする。


 マリアは前へ出た。

 大剣がその身に届く一瞬先に身を屈め、スライディングでオーガ・ロードの股を潜った。

 振り向きざまに遠心力を乗せたハルバードをお見舞いするが、それは別のオーガが身を呈して受け止め、さらに体の奥深くにまでくい込んだハルバードを、文字通り死力を尽くして抱え込んだ。

 マリアは舌打ちをしてハルバードから手を離し、軽やかなステップでオーガたちを殴りながらその包囲から抜け出した。


 マリアを援護しようとセージも魔法を放っていたが、オーガたちもセージの狙いと援護が正確であることに気がついていた。

 セージへと向かうオーガは、自らの横を抜けるはずの魔法を進んで受け止めた。

 急所への予期せぬ一撃ならばともかく、正面から受け止めるのであれば致命傷とは成り得ない。

 いや、なったとしても構わない。それでロードがあの女を殺してくれるのならば。


「……そう来るなら、仕方がないですよね」


 セージは気負いの無い様子で竜角刀を抜いた。


「ロードを残せば全滅取れるんだし、私は露払いといきますか」


 淡々と緊張もなく、セージは向かってくるオーガへと駆ける。

 オーガは笑った。

 遠くからこそこそと魔法を撃つだけのチビが向かってくるのかと。

 そう笑ったオーガの首は次の瞬間、体から切り離された。


「油断大敵、ってね。

 きついところはマリアさんが請け負ってくれてるんだし、討伐数ぐらいは稼がせてもらいますよ、っと」


 セージは言いながら、向かってくるオーガたちを次々と切り捨てる。

 オーガの強靭な肉体も、セージの持つ竜角刀の前ではバターのように容易く切り裂かれた。

 それに怯むことがないのが今のオーガたちの利点ではあるが、しかしそれこそが弱点でもある。

 ロード種に率いられたオーガたちは恐怖を忘れ戦意を高めることで、大幅にその戦力を底上げした。

 だがそれでもたった二人の戦士には届かなかった。

 火中に飛び込む羽虫のように、近づいてくれるから殺しやすくなったとすら思われた。

 一方的な狩りは、変わることはなかった。



 マリアがロードを含めたオーガを引きつけつつ痛打を与えいく影で、セージは着実にオーガの数を減らしていった。

 単純な体格の小ささもあるが、幻影魔法も利用したセージはオーガたちの目を欺いて虚を突き、首を刈り取り、心臓を刺していく。

 オーガが死んでいくペースはオーガ・ロードが起き上がるよりも早くなっていた。


 オーガ・ロードはそれに気づくのが遅れてしまった。

 ろくに魔力を見せていなかったセージを鬱陶しいだけの雑魚と決めつけて部下に任せ、マリアに専念しすぎていた。

 専念しなければ、殺されていた。


 マリアは部下と協力してかろうじて戦闘を拮抗させることが出来る強敵だった。

 あるいは相手がマリアだけであったなら、オーガ・ロードにも勝ち目はあったのかもしれない。

 武器を奪い、消耗を強いていけば、あるいは勝つことができたかもしれない。


 だが実際にはマリアに時間を稼がれている間に、多くの部下を失ってしまった。

 部下がいなければマリアと対等に戦うこともできない。

 それに気づき、もう勝ち目はないと分かっても、オーガ・ロードは逃げに転じることはできない。

 背中を見せれば目の前のマリアに殺される。そのプレッシャーをはっきりと感じ取っていた。


 オーガ・ロードは意を決して吼えた。

 逃げろと吼えた。

 生き残っているオーガはもう十数体しかいない。

 それでも誰か逃げ延びて、生きてくれと吼えた。

 オーガたちはそれを受けて、しかし逃げなかった。


 何の事はない。一度は蘇ったロード種の力も、再び一方的に仲間を殺されることであっさりと失われていた。

 だからその命令にオーガたちは従わなかった。

 もはや女子供は一人として生きていない。

 逃げ延びたところで自分たちの血が絶えるのは避けられない

 だからせめて最後まで仲間と共に戦うと、彼らはそう己を奮い立たせていた。


 オーガたちが吼える。

 魂を震わせて、大きく吼える。

 燃え尽きる前の蝋燭のように、大きな魔力を輝かせて。


 その魔力を見て、セージは小さく呟いた。

 その魔法の言葉は誰に聴かせる言葉でもない。

 己自身に言い聞かせるためだけのものだ。

 国のため、金のために、彼らを殺す人形となる。

 そう意識を作った。


 セージの発する冷たい魔力を背に感じながら、マリアは前を向く。

 セージの無機質な魔力を感じ取って、ともすれば背中から刺されかねない恐怖を覚えて、前を向く。

 社交的で家庭的な普段とは想像もつかないセージの一面を、マリアは身をもって知っていた。

 あるいはその時から心のどこかで似ていると感じていたのかもしれない。

 情と行動が結びつかない、口が悪く冷酷で暴力的な優しい兄貴分と。

 だからどこか苦手意識があったし、セージのことだけは様をつけて呼んでいた。


「ふんっ。いつまでたっても臆病だな、私は」


 オーガ・ロードの斬撃をかいくぐって、その腹に正拳突きをめりこませる。

 動きの止まったオーガ・ロードの足を払い、援護しようと迫るオーガたちを震脚で足止めする。

 マリアの視界の上の方で、太陽の光を反射する輝きがあった。

 それはクルクルと回転しながら落ちてくるマリアのハルバートだった。


 マリアは笑った。

 お膳立てをされたのならば決めねば恥というものだと、そう笑った。


 マリアは高く高く空を跳んでハルバートを掴み、そこに目一杯の魔力を込める。

 オーガ・ロードはなんとか立ち上がって上空に跳んだマリアに迎撃の姿勢を見せる。


「これが、私の技ですよ」


 告げた言葉はオーガ・ロードに向けたものではない。

 マリアは疾空で逆しまに空を駆け落ち、速度と重さを乗せてその技を振るった。

 闘魔術〈迅雷奈落(かみなりおとし)〉。

 ハルバートは轟音と閃光をあげてオーガ・ロードの大剣をへし折り、その刀身はオーガ・ロードの肩から臍までを切り裂いた。

 そしてハルバートが発する雷撃はオーガ・ロードはもとより、周辺にいたオーガも纏めて黒焦げに焼き殺した。


 ふぅと、一息を吐いたマリアのところに、パチパチと拍手しながらセージが駆けよってくる。

 セージの魔力はもう、冷たくはなかった。オーガの返り血を浴びながら、いつもどおりの人当たりのいい笑みを向けていた。

 それが怖いと、マリアは思った。

 きっとこの子は当たり前の日常の中で、何気ない会話をしながら油断しきった私を殺せると、そんなありえないことを思った。


「すごいですね、雷の技って初めて見ました」

「速い技は魔力の消費が大きく威力も低くなりがちですからね。派手な割には使い勝手は悪いのですよ」

「へえ、威力も充分立派だと思いますけどね」


 セージは余波だけで死んだオーガを見ながらそう言った。


「タフな魔物といっても、所詮は中級ですからね。土や火の魔法ならば同じ消費で数倍を、ジオならば全力を出さずに十倍の数を殺すでしょう」


 つまるところオーガ・ロードを確実に殺せて、余波にセージを巻き込まないのにちょうどいい技だった。

 もし一人でロード率いるオーガを討伐するのなら、火や土の魔法で数を減らしつつオーガ・ロードに痛手を与えて、それから接近戦を始めただろう。

 つまるところセージと組んだからこそ、あえて武器を手放して勝てるかもしれないと相手に思わせたりと、余分な手間を加えた。


 マリアは単独でもオーガたちを殲滅しえたし、それはセージも同じように感じた。

 つまりは互いに気を使いすぎていたということだ。

 とはいえ初めての共闘など、噛み合わない部分があって当然だろう。


「ああ、親父なら……あれ? 今、ジオって言いました」


 セージはからかい混じりのいやらしい笑みを浮かべた。

 それを受けて、マリアは堂々と笑った。


「ええ、当てつけをしても意味なんてありませんからね。

 セージ。

 あなたのことも、これからはそう呼びます」

「……? はい、そうして下さい。

 これからもよろしくお願いします、マリアさん」

「……そ、そこは、お母さんって呼んでもっ!!」


 マリアは大きく飛んでセージから距離をとった。

 ハルバートを構え、その切っ先はセージに向いている。

 なぜ自分がそんなことをしているのかマリアは分からなかった。

 マリアの頬を、冷や汗が伝った。


 ああ、そうか。

 殺されると思ったのかと、遅れてマリアは反射的な自分の行動を理解した。


 ほんの一瞬、本当に雷が奔るような一瞬だけ、セージから殺意と憎しみの魔力(かんじょう)が漏れた。

 それはマリアの生存本能にレッドアラートを鳴り響かせるほどに強烈な感情だった。


「あー……、すいません」


 気まずそうに、セージは頭をかいて謝った。


「い、いえ、こちらこそ。その、思い上がってました。ごめんなさい」

「あ、いや、違うんです。不意打ちだったから、ああ、それも違う。

 その、言いづらいんですけど、母親ってものにあんまり良い印象を持ってなくて。

 マリアさんがどうのって話じゃなくて、つい、本当に私個人の問題で、マリアさんが悪いわけじゃないので、そんな顔しないでください」

「わ、私は別に気にしてなんかない」


 涙目になったマリアはそう言った。


「ええ、ええ。ごめんなさい。マリアお母さん」

「露骨に気をつかうなっ!!」


 マリアが駆け寄ってきたセージの頭をグリグリと乱暴に撫でる。


「あ、やめて、痛い。なんかゴツゴツしてて痛い。あと血が髪に染み込んできて気持ち悪い」

「ふんっ、無理しなくていい。母親が嫌いっていうのは、その」

「あ、あー……」


 セージは少し考えた。

 セージの母親へのこだわりは当然、前世の母親へのものだ。だがそんなことは説明したくはない。

 そしてセージの母親は一応、アンネということになっている。

 それを憎んでいるというのは、浅からず交流のあったマリアにとって気を遣う部分が出るだろう。


「実は僕、アンネさんの子供じゃないです。身元不明の捨て子の方です」

「え?」

「アンネさんの子供は妹で、今は自分の身を守れないだろうから黙ってるだけです。成人したら教えるので、それまではマリアさんも黙っていてくださいね」

「え、ええ。それでは……」


 マリアはセージの目論見通り、母親への殺意と憎しみを自分を捨てた事の恨みと思った。

 ごめんよセイジェンドのママン。捨てたのは事実だから利用させてと、セージは心の中で言い訳をした。


「まあ、割り切っているつもりではあるんですが、たまにフラッシュバックするときがあるんですよね。ほら、黒歴史を思い出してうわー、ってなるみたいに。

 なのでマリアさんのことは親父にお似合いだと思ってますから、ぜひ頑張っていただきたいです」

「ふんっ、もうっ。

 ……なんだか、本当にお姑さんみたいね」


 二人は笑って、そうして仲良く家路に着いた。

 夥しい屍の山を背景にして。





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