264話 破壊魔マリア
仕事をするといったが、魔物と戦わないとは言っていない
そんな訳で暴力描写、残酷な表現にお気をつけください
「……贔屓されて、いい気になるなよ」
ある日、学校の廊下を歩いていると、セルビアはそう言われた。
言った相手は騎士養成校高等科の生徒で、皇剣武闘祭新人戦推薦枠を競っている相手だった。
名前はマックス。ファミリーネームは知らない。名前も周りの人間がそう言っているから覚えただけで、まともに紹介されたことはない。
マックスはそれ以来、たびたびセルビアに因縁をつけてきた。
すれ違いざまに嫌みを言ってきたり、わざとぶつかってきたりした。
セルビアはそんなマックスに怒ることもなく、淡々と関わらないようマックスを避けていた。
ただ姉のマギーが学校に来るようになって、どうしても避けられない場面も出てきた。
「お前、先生がいなきゃ言い返すこともできないんだろ。お前みたいな弱虫は騎士になんてなれない。さっさと諦めろよ」
授業の少ない初等科のセルビアも、外からやって来るマギーも、課外授業の開始よりもかなり早く教室に到着する。
そんな二人が待っている教室に、その日は教師が来るより早くマックスたちが現れ、そう因縁をつけてきた。
そしてそんなマックスの頬を、マギーがビンタした。
「うっさいバカ。バカのくせにセルビアを馬鹿にするな」
マギーも養成校に通うようになったこの何日間で、マックスがセルビアに敵意を向けているのに気づいていた。
この日までは教師が目を光らせていたためマギーの前でマックスがセルビアに何かすることはなかった。
しかしこの日は、違った。
そして何かしてきたら妹は自分が守るのだと、マギーは身構えていた。
「ぅえっ!?」
マギーの行動に一番驚いたのはセルビアだった。
マックスは強い。
セージやジオとは比べるまでもないが、養成校という枠組みの中では、確かな実力者だった。
そんなマックスに、何ら臆することなくマギーがケンカを売るとは思いもよらなかったのだ。
「こ……のっ、くそアマっ!!」
「止めろマックス!! 一般人に手を出すな」
思いもよらなかったのはマックスも同じだ。
それまで英雄と天使の七光りで贔屓にされているセルビア、そのおまけぐらいにしか思っていなかった少女に平手打ちされて、マックスの頭は真っ赤に染まった。
拳を握りこんだそんなマックスを、彼の友人たちが押しとどめた。
マギーを庇ったのではなく、マックスの内申点を心配しての行動だった。
「どうした。何を騒いでいる」
ちょうどそのタイミングでその日の講師が教室に入ってきて、マックスは舌打ちをして拳を下ろした。
「何でもありません」
「……そうか。授業を始める。席に着きなさい」
「はい」
セルビアたちから離れた席に座るマックスたちを睨みながら、マギーはふんっと鼻を鳴らした。
そんなマギーを見て、セルビアは困り半分、嬉しさ半分の笑顔を浮かべた。
◆◆◆◆◆◆
オーガの集落はたぶんこの辺りにあると、大雑把に指定された範囲に向かう最中、とりあえず能力の確認をするために適当な魔物を狩りました。
マリアさんはいつものメイド服ではなく、動きやすそうな服に着替えて、その上から革鎧を着用している。
得物は身の丈ほどもある大きな片刃の斧槍で、槍の部分で突き、刃の部分で叩き切り、刃のない方は丸みを帯びていて打撃に使うのだと教えてくれた。
予備武器はナイフと、あと拳だと言っていた。
重厚な手甲をつけているので、殴られたら痛そうだ。
「意外でしたね」
「えっ?」
「相性が悪くないと、そう思いまして」
マリアさんに言われて、私は首をかしげた。
「私は前に出るのが専門なので、セージ様も同じタイプかと思っていました」
「ああ、そういえば訓練だと近接戦しかしませんもんね」
マリアさんは親父やケイさんとの試合を何度か見学している。
その際は木剣で切り合っていたので、そんな先入観があったのだろう。
だが私の本領は視野の広さと魔法制御技術を活かした立ち回りにある。
それを証明するという訳ではないが、私は魔法で魔物を倒した。
獲物はオーガ。どうやら商業都市から逃げる過程で群れからはぐれたらしく、一体だけで荒野をふらついていた。
オーガの身の丈はおおよそ三メートルで、肉厚な体をしている。額からは大きな角が生えており、身につけているのは汚い腰布だけで武器も持っていなかった。
ランク的にはハイオークの一つ上で、耐久力と腕力と質量が上位互換な中級中位の魔物だ。
ただハイオークよりも脳筋なので、魔法はほとんど使ってこない。
見つけたそいつを、とりあえず遠距離から魔法で殺した。
完全奇襲でワンショットキルもできたが、それだと実力を見せるには不十分なので、この辺からそれが出来ますよとマリアさんに言うだけ言って、オーガに近づいて姿を見せた。
オーガは逃げようとしたので、まず足を撃って逃げられなくした。
意を決したオーガがこちらに向かってきたので、まず顔面に向けて下級上位の魔法を撃った。
オーガは両手を挙げてガードしたので、初弾の影に潜ませていた同じく下級上位の二弾目と三弾目の軌道を直前で変え、無防備な腹と股間に直撃させた。
悶絶し動けなくなったオーガに中級の魔法を叩き込んで、狩りは終了した。
「その様子なら百体殺しても魔力切れはしなさそうですね」
「そうですね。たださすがに百体相手なら魔法よりもこっちの方を使いますけどね」
私はそう言って腰の竜角刀を叩く。
切れ味は抜群で、オーガを斬るぐらいならさしたる魔力消費もない。
まあ格闘戦は魔力だけでなく体力も消耗するので、一長一短な選択肢だけど。
「なるべく私が引きつけ、セージ様が外から撃ち落としていくのが効率が良いと思います」
「そこまで信頼していいんですか?」
それはマリアさんが囲まれ、そこに私が魔法を撃ち込んでいくという構図だ。
私の援護が不十分ならマリアさんは圧倒的多数のオーガに囲まれるだろう。
あるいは援護にしくじればマリアさんに誤爆することも考えられる。
「オーガ相手ならば囲まれたところで問題はありませんからね。なるべくそちらには行かないようしますから、伸び伸びとやってみて下さい」
「……あ、オーガ殲滅するの、もう規定路線なんですね」
「セージ様も、そう思っていたでしょう」
そう言ってマリアさんは微笑んだ。かなわないなあ。
……なんで親父が絡むとポンコツになるんだろう、この人。
「何か?」
「いえ、何でもありません。
さあ集落探しましょう。張り切って探しますよー」
「……」
マリアさんが呆れたように肩をすくめ、歩き出した私に続いて集落を目指す。
ええ、探すとは言いましたが、実はもう見つけています。
まだ多くのオーガが集落に残っているのも把握済みです。
さあ、お金を稼ぎに行くぞ。
◆◆◆◆◆◆
さすがに目がいいですねと、マリアはセージの事をそう思った。
索敵はあまり得意ではないので完全に任せていたが、セージは周囲に目を配ることもなく真っ直ぐに一つの方向に歩き続け、目当ての集落を見つけ出した。
集落は岩山の影に土作りの家が並び、せわしなくオーガたちが出入りしていた。
「では、行きましょうか」
「え? 作戦は?」
「先ほど決めたでしょう。では、あとはお好きにどうぞ」
マリアはそう言って魔力を解放し、一直線にオーガの集落に突っ込んでいく。
慌てふためくオーガたちは散り散りに逃げ出し、しかし同時に数体のオーガがマリアに向かって身を晒す。
「ウガアァァァァアアアア!!」
そのオーガが、マリアではなく背後に向けて吼える。
そこに込められた感情を見ながら、セージは小さく呟く。
「少しやりにくいけど、これも仕事か」
逃げるオーガ――女性や子供――を優先して、セージは魔法を撃ち込んで仕留める。
マリアに立ち向かったオーガが怒号を上げて狙いを変え、セージに向かおうとするが、
「やはり、相性がいい」
全て、マリアに切り裂かれ、絶命した。
マリアは大きく息を吸い込み、
「あああぁぁぁあああああっ!!」
魔力を乗せて咆哮する。
集落にあった土作りの家がいくつか倒壊し、
まだ中にいたオーガたちが飛び出してくる。
そのオーガたちに見せつけるように、逃げるオーガの背中に切りかかる。
たまらず反撃を始めるオーガが繰り出す拳を避け、その腹をハルバートの柄でぶっ叩く。
吹き飛ばされたそのオーガは別のオーガに突っ込んでまとめて転ぶ。
家から出てきたオーガたちが目の色を変えて、マリアの四方八方を囲んだ。
「はははっ」
マリアは楽しげに笑った。
セージは全方位を囲まれても神の瞳による俯瞰する視野と未来予測で凌ぐことができる。
だがマリアにはセージにはない成熟した肉体と戦闘経験、そしてデイトをして天才と言わしめるセンスを持っていた。
マリアは背後から襲い来る巨大な拳を頬を掠めながらも躱し、バックステップで懐に入って当身を放つ。
後ろに下がった一歩分の間を埋めようとオーガたちが踏み込んでくる。左と右と前から、三匹。
まずは右、マリアがそう判断してハルバートを振るうのと同時に、目の前にいたオーガが魔法で倒れ、左のオーガが進むのを邪魔する。
マリアは笑みを深めた。
二対多数という戦いは、一方的なものとなった。
オーガは女子供を逃がしたい。
だがそんな子供を優先してセージが魔法で襲う。
セージを殺そうと試みてもマリアが邪魔をするし、そもそも彼女もまた、女子供を狙う動きを見せる。
まずマリアを殺そうにもその小さな体から発する魔力は圧倒的で、オーガを大きく凌駕していた。
しかもセージは女子供を仕留める片手間にも、マリアを援護をしてみせる。
二対多数。
だがその戦力は圧倒的にたった二人が勝っており、オーガたちはその数をみるみる減らしていった。
それは余りにも一方的な、虐殺とも言える狩りだった。
オーガたちは嘆く。
俺たちが何をしたと。
なぜ殺されなければならないのかと。
奪われる家族への愛情と悲しみ。
それを行う殺戮者への怒りと憎しみ。
己自身の生への執着。
そんな感情が、本能が、彼らを必死に動かし、しかし力及ばず死に絶えていく。
そしてそんな死に絶えるオーガたちの中で、復活を果たす輝きがあった。
彼は突然変異的に圧倒的な力を持って生まれた。
成長した彼はその力で獲物に乏しい荒野で狩りを成功させ、集落の長として認められていった。
彼はロードとなった。
だが魂に根付く衝動に従って多くの部下を率い挑んだ戦で、彼は何も出来ずに敗走した。
余りにも一方的な敗北に、彼はロードとしてのカリスマを失った。
だがしかし命を失ったわけではない。
傷ついた体を引きずり、カリスマを失いながらも多くの仲間たちをまとめ、追撃者や他の魔物から庇いながら集落まで送り届けた。
だがそこで彼は力尽き、倒れた。
死んだわけではない。だが傷と疲労を癒すために安静が必要だった。
そんな彼のためにオーガたちは集落の放棄を遅らせ、結果としてセージたちの襲撃を許すこととなってしまった。
傷つき眠る彼に、仲間たちの嘆きと悲しみが届く。
死にたくないと。
死なせたくないと。
助けて欲しいと。
仲間たちの悲痛な思いが、彼に届く。
彼は目を覚まして、立ち上がった。
一度は失った王族種のカリスマを身に宿して。