263話 脱ボッチ宣言
セルビアは学校が好きだ。
友達がいて、知らないことを学べて、強くなることができて、頑張れば褒めてくれる人達がいる。
だが学校の全部が好きなわけではない。
上級生に混じった武術の授業では嫌がらせをしてくる先輩もいる。
全員が全員そうではないが、セルビアが嫌いだと、気に食わないとはっきり態度に出す先輩たちが少なからずいる。
そんな先輩たちと、しかしセルビアは喧嘩はしない。
彼らとは皇剣武闘祭新人戦の騎士養成校代表枠をかけて競い合っていた。
騎士として相応しくない態度を取るものは、代表には選ばれない。
だからセルビアは決して自ら手を出すことはなく、それは相手も同じだった。
彼らとのそんな関係が、セルビアは嫌いだった。
◆◆◆◆◆◆
「何かいい仕事ありませんかね」
「セージ君は日帰り前提だから、今ある以上に単価の高い仕事は中々ねぇ」
困ったものだとアリスさんと受けられそうな仕事を物色する。
芸術都市を離れて、守護都市は荒野にやってきました。
これまで荒野でのお仕事はアリスさんが見繕った仕事を受けていた。
私は日帰りできるものを優先しており、それらは同じ中級の人たちと取り合いになっていた。
しかし今までの私にはぶっちゃけ収入は特に重要ではなく、そうでなくとも新人なので諸先輩方の反感を買わないよう、みんながやりたがらないスキマ産業のような仕事の受け方をしていた。
一般的には人がやりたがらない仕事といえば単価の安い仕事だが、ギルドの場合それ以外にも生命の危険がとってもリスキーなものも含まれる。
例を挙げると隠れるのや逃げるのが得意で奇襲も得意な魔物などが敬遠されるのだが、私にはチート魔力感知があるのでむしろおいしい獲物だったりする。
そんな訳でよくそういう仕事を請け負っていた。
ギルドとしてもそれは歓迎するところで、受け手がいなくて軍の方から、また騎士にやらせるのかと嫌味を言われずに済む。
面倒だからと放っておくとロード種が誕生して外縁都市に迷惑がかかるから、間引きは必要なんだよね。
そしてギルドがやらないなら、軍の方でやらざるを得ない。
ボイコットを決め込む契約社員と割りを食う正社員みたいな感じだが、まあ軍の方もやりたくない仕事をギルドに押し付けてくるのでどっちもどっちな関係だろう。
そんな訳で私は人の嫌がる仕事を進んでやってきたわけだが――ちなみに新人の救援要請が私に多いのも、新人の近場は嫌だと他のパーティーがより好みする結果である――、私は今、お金が欲しい。
このさい危険なのには目を瞑るから単価の高い仕事がしたい。追加報酬の見込める救援要請もどんと来いだ。
「大きい仕事はあるといえばあるけど、一人じゃ無理だよ」
「へぇ、ちなみにどんなのですか?」
「前にもやってもらったけど、魔物の集落を調べるとかかな。商業都市でオーガの襲撃があったでしょ。
追撃はこっちでも出したし、セージ君にも出てもらったんだけど、どうやら結構な数が逃げたみたいなんだよ。
だから集落の方にはまだ残存戦力があるだろうってことで、オーガの集落を見つけようって仕事」
ああ、そういえばそんな事もあったな。
私に割り振られた狩場にはほとんどオーガが来なかったから、救援要請にかこつけてケイさんのところに行ったんだよね。
話は逸れるけど、ケイさんの言ったことが気になってあれからエルシール家を調べてみた。
かなり黒い噂のある名家だった。
例えてみれば時代劇に出てくる悪代官やそれに取り入る越後屋みたいなもの。
いたいけな女の子が帯をあ~れ~ってされたり、誠実なお店が身に覚えのない借金で潰れたり、なんて事がされているとか。
まああくまで噂だけど、関わらないに越したことはないだろう。
私は水戸黄門もどきみたいなことを噂されているが、それはあくまで噂だ。
私は自分の身が一番可愛い。
だから危険な権力者には関わらない。
ただまあ次は商業都市に接続なので、その時に確認しようとは思う。
万が一そうだとしたら親父や私のネームバリュー目的で何か言ってきそうで怖いから。
まあ私は今、ジェイダス家の跡取り息子って事になっているので、どうとでも誤魔化せるだろう。
ダメそうなら親父の武力とエースさんの権力に泣きつこう。うん。それがいい。
さあ話を戻そう。
「探して見つけるだけなら一人でも出来そうですけど、駄目なんですか」
「駄目なんですよ。
これは複数のパーティーで受けるようになってるから。
セージくんが上級になっていればいいんだけどね」
「残念ですね。でも私は一人でパーティー扱いですよね。他のパーティーと組んでやるのならいいんじゃないんですか?」
「それだと多分、他の仕事の方が儲けがいいよ。単価はこっちの方がいいんだけど、うまく集落を見つけた場合でも報酬上限がこれで、他のパーティーと分け合うから。
セージ君の場合、一人だけだから分け前低くされるだろうし」
そう言ってアリスさんが報酬をざっくり計算してくれる。
確かにそれだと普段の仕事と変わらないか、あるいは少ないくらいになる。しかもそれは集落が見つかった場合だ。見つからなければ桁一つは確実に下がる。
「これって、単価高いって言えますかね」
「セージ君は狩りの効率がいいからね。普通のパーティーの倍は稼いでるからそう言えるんだよ」
「まあ、それはたまに言われますね」
ソロでパーティーの倍ぐらい稼いでいるので、中級の人にコツを教えてくれとかアドバイス求められることもある。
ただ私は索敵をスーパー魔力感知に頼ってるから、大したことは教えられないんだけどね。
実際、私に話を聞いた人たちはたいていがっかりして、諦めて離れていく。
そして何故か古参の人に声をかけられて納得している。
古参の人たちは何を言ったのか教えてくれないが、まあフォローしてくれているのでよしとしよう。
「何やら困っているようですね」
「あれ、マリアさん。どうしたんですか?」
私とアリスさんに話しかけてきたのはマリアさんだった。
ギルドに入ってきたのは感じ取っていて、その時には会釈を交わしたんだけど。
「私の用事が終わったので、様子を見に。お邪魔でしたか」
「いえ、どの仕事受けようかなって悩んでいたくらいです。
マリアさんの用事って?」
「大したことではないですよ。ちょっと体が鈍っているので、現役復帰しようかと」
それはわりと大したことじゃないかと。
「シエスタさんは知ってるんですか?」
「ええ。さすがに雇用主に隠れて副業はしませんよ。
シエスタの方が私に振る仕事を悩んでいたようなので、手透きの時間を活用しようかと。上級は割と多いんですよ」
「へえ……。上級は月に一回ぐらいしか仕事をしないって聞いたことがありますけど、そういう理由なんですかね」
聞いてると楽そうだけど、どうなんだろう。
あのスノウさんが元締めでそんな上手い話はないと思ってしまうけど。
「それだけじゃないけどね。そうだセージ君。借金のことで署名が必要なのがあったからこれにサインして」
「はいはい、これなんの書類なんですか?」
「ありがと。それでマリアは担当決まってるの?」
「え? なんで話を逸らすんですか? ちょっと詳しい内容見せてくださいよ。バックヤードに持っていかないでくださいよ」
「さあ。昔の担当は別の部署に異動になっていますから、ギルドの方で決めるでしょう」
「私やろうか?」
「あれぇ? 僕の話、聞こえてます?」
「止めておいた方がいいでしょう。一応とはいえ、私は監査室付きですからね。身内にチクリ屋と噂されたくはないでしょう」
おおぅと、考えてなかったといった様子でアリスさんが呻いた。
「まあいいですけど、上級は、たしか専属マネージャーがつくんですよね」
上級はギルドで仕事を受ける必要がなく、ギルドの方が人を派遣して仕事を要請するらしい。
まあそれでもお金をおろしたり暇つぶしの仕事を探したりで上級の人もギルドにやって来るし、そもそも勝手が変わるのが嫌で受付で仕事を受け続ける人もいるらしく、馬鹿親父も家で待つより受付に行く派だったらしい。
そしてマリアさんだが、本業がギルドにも監査権を持つシエスタさんとこの武力要員なので、ギルド側からはデリケートな扱いを受けるだろう。
マリアさんの担当はきっとものすごく勤勉で愛想の良い人だと思います。
「うん。セージ君の担当は私がやるからね。拒否したら呪うからね」
「止めてくださいよ、人を呪うとか」
呪っていいのはデス子だけだと思います。
「ちょっと、そこはちゃんと否定するところでしょ。やっていいよって約束するところでしょ」
「ははは、そうでしたっけ。空気読むって難しいですね」
「なんで煙に巻こうとするの。ちゃんと約束してよね。ねえ」
「いや、ほら、アリスさんは契約の民だし、約束は、ね? わかるでしょ?」
「わからないからね。裏切ったら本当に許さないからね」
割と本気で怒っているアリスさんを宥めて、話題を変える。
「なんだか必死すぎて怖いですよ。落ち着いてください、アリスさん。
そういえばマリアさんはもう仕事は決めたんですか?」
「いえ、これから探そうかと。せっかくなので一緒にやりますか? 私と一緒ならば上級相当の仕事も受けられるでしょう」
「いいんですか。
アリスさん、それじゃあさっきのやつ。ほら、オーガの。マリアさんは上級なので、受けれますよね。
あ、分け前は五分五分でいいですか」
マリアさんは苦笑した。
「いいですけど、私以外の上級と組むときはそんな事を言ってはいけませんよ」
「大丈夫です」
身の程知らずな言い分なのは自覚しています。
「じゃあそういう事でアリスさん……、アリスさん?」
「えー……私、仕事したくない」
やれやれ、アリスさんは仕方ないな。
私は受け付けの裏のバックヤードに向けて大声を張り上げる。
「すいません、偉い人。受付の人が――」
「冗談です!! ちゃんとやります!! もう、セージ君はほんとひどいよね!!」
「あははっ。すいません」
そんなこんなでマリアさんに改めて仕事内容を説明する。
「オーガの集落探索ですか。見つけた際は潰してしまっても構わないのでしょう」
「そうですね。今回はロード種が死亡した後ですので、既に夜逃げの準備をしていると思います。
仕事としては探索ですが、可能であるならば戦闘に入ってしまっても問題ありません」
「あれ? さっきと話が違いませんか?」
「さっきは中級とパーティーを組んでの仕事だからね。危険だからそんな許可は出せないよ。
でもマリアは上級だから、その判断をする権利があるんだよ」
なるほど。しかし戦闘も許可されるなら、報酬も美味しくなるよね。
「セージ君はこの通りお金に目がくらんでるから、状況次第で無理矢理にでも連れて帰ってね」
「ええ。無理矢理は得意です」
胸を張って答えるマリアさん。
きっと冗談でも比喩でもなく、そのときは殴って気絶させてくるんだろうな。
弟子のケイさんもそうだった。
「……押し倒すのはダメだからね」
「何を心配しているのですか。セクハラですか。これだから安エルフは」
「はぁっ!? 誰が安エルフよ!! ふざけた事言ってるとぶっ飛ばすからね。このゲロメイド」
何やらよくわからない言い合いが始まったが、仲が良いようで何よりだ。
さあ仕事の準備をしようか。
夜逃げするかもって話なら、早くしないと見つけた時には集落が空になってしまうかもしれない。そうなると追加報酬がもらえなくなる。
出発は早いほうがいいだろう。
セージ「祝・脱ボッチ」