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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 浴びるほどに金が欲しい
268/459

262話 一人でできたもん

 




 その敵はもう物見台から視認できる距離まで迫っていた。

 その眼前に、ケイは突っ込んだ。

 相手はそれに驚き、足を止める。


 対峙し、互いを観察し合う。

 敵の姿は人間に近似しており、背丈と胸が頭一つ分ケイよりも大きかった。

 肌の色は青白く、冷たい印象を受ける。

 にやりと笑う口元からは異様に尖った犬歯が覗き、人間とは違うのだと示しているようだった。


「いつものように有象無象の雑魚を揃えると思いきや、意外と頭は回るのだな、人間」

「……魔族か」

「一括りにせず、吸血鬼と呼んで戴きたいな。あいにくと日光は克服しているがね」


 何を言っているのかはわからないが、どうでも良い事だろうとケイは切り捨てる。


「帝国の民か? 何をしに来た? これ以上進むというなら後悔することになるぞ」

「何をしに来た? ははは。欺瞞に満ちた楽園の住民は頭の中までお花畑で満ちているようだな。

 そら、これで理解できるかな」


 吸血鬼の女はそう言って何もない空間に暗闇を作り、そこに手を突っ込んだ。

 暗闇から取り出したそれを無造作に投げ捨てる。

 転がったの人間の生首だった。


「哨戒に出ていたハンター……」

「然り。雑草のようなその命、刈り取るは容易かったぞ」

「そうか。死ぬ覚悟は出来ていると受け取る」


 吸血鬼は邪悪に笑った。


「出来ると言うならやってみせるがいい。さあ卑しき国の民よ、我が眷属として甦れ」


 吸血鬼がそう言うと、五つの生首に魔力が宿り、土を喰らってゾンビと蘇る。

 斧を構えたケイはその光景に、悪趣味だなと言い捨て、そして襲いかかってきた彼らを無造作に切り捨てた。

 吸血鬼はそれを見て眉をひそめた。


「一度は死んだ身とはいえ、同胞をためらいなく殺すとはな」

「死者は死者だ。それ以上でもそれ以下でもない。吸血鬼とは、クズな手品しか能がないのか」


 死ねと、ケイの目が冷酷に告げ、斧が振るわれる。


「ふっ」


 吸血鬼は咄嗟に飛び退いてそれを躱したが、しかし完全には避けきれず右腕に裂傷を負った。だがその傷から血は一滴も溢れなかった。


「口先だけじゃないってんなら、本気出しなよ」

「ふん、少しはできるが――」


 吸血鬼の裂傷は即座に塞がる。

 それだけを見ればひどく優秀な治癒魔法使いだが、斬った時の感触がおかしかった。

 おそらく傷を負った体は魔法で作った幻影か何か。

 ケイは相手をよく見る。見るが、よくわからない。

 ただ芝居がかった動作で肉壁を用意したり、斬りかかった時に大きく後ろに逃げたのを見る限り、接近戦は苦手に見えた。

 だから突っ込もうかと思ったところで、ケイは吸血鬼の背に不吉な人影を見つけた。


「――竜騎士が盟友、このラキュリア・ドラケイルを相手にしたことをぉぉぉぉおおおおおっっ!!」


 吸血鬼の口上は途中で背中から刀が貫き、悲痛な絶叫へと変化した。


「報奨金、ゲットだぜ」


 不意打ちを決めた犯人はそう言って笑うと、刀を抜いて吸血鬼を蹴飛ばし地面に転がした。


「セージ、なんでここに?」

「すいません。殺してないんでそれ見といてください。

 こちら守護都市のギルドメンバーセイジェンド・ブレイドホーム。救援要請に従い、ハンター殺害の犯人を無力化しました。周辺には狼型の魔物が控えているので、共生派テロリストの可能性を申し上げます。

 ええ、ええ。こちらで、えっ? そちらで処理を?

 わかりました。魔力を隠していますが、探査魔法を使えば視認できると思いますので、魔物が隠れているポイントをお伝えします。そちらはまだ見つけていないのですから、これも功績として換算されますよね。よろしくお願いしますね。

 あ、それと無力化した上級相当の犯罪者はどうしますか?

 ケイさん……ああ、失礼。皇剣ケイ様が目の前にいらっしゃるので、引渡しをしようと考えているのですが……ととっ」


 セージは言いかけて、刀を吸血鬼に振るった。

 ケイに腕を切られたときは顔色ひとつ変えなかった吸血鬼は、しかしその無造作な斬撃には鮮血を舞わせて悲痛な叫び声を上げた。


「あ、いえ、抵抗しようとしていたので、少し。いえいえ、大したことは何も、お騒がせしました。

 え? 救援要請なんてしてない?

 いやいや、それはおかしいでしょう。私は守護都市の管制から要請を受けてきたんですよ。報酬払いたくないとか、そういう事ですか?

 この場には皇剣ケイ様もいるんですよ。手柄を認めないなんてことすると、彼女の名誉に傷が付くんですよ、そこら辺わかってますか。

 え? 確認がとりた――ちょっと、大人しくしてて下さい」


 セージは再度、倒れている吸血鬼に刀を振るった。


「あっ、いたっ、痛い、何で。私は――」

「幻術のたぐいは効かないんですよ」


 悲鳴を上げる女に、セージは淡々と告げる。

 無抵抗な相手を嬲っているようにも見えるが、そういう性格でないことをケイは知っている。

 何をしようとしたのだろうと、ケイは屈んで吸血鬼を観察した。


「ぐぅぅっ、注意を引きつけ、後ろから仲間に斬らせるなど、恥知らずどもめ」

「……本当に口だけなのね」


 がっかりだという思いが、ケイの声音にしっかりと乗った。

 そして斧に手をかける。

 自分のものでない殺意が契約の証から湧き、この女を殺せと命じる。


「……いいんですか?」


 商業都市管制と報酬交渉を再開していたセージが、ケイに向けてそう問いかけた。

 ケイはわずかに迷って、斧を吸血鬼の頭に振り下ろした。

 皇剣は精霊様の剣である。

 その意思を代行するのに、何の問題があるのだろうか。

 斧は容易く吸血鬼の頭を二つに割った。

 幻術とやらがなんなのかはわからなかったが、頭が潰れた様子は偽物には見えず、手応えも腕を斬った時とは違い確かなものだった。

 それを証明するように吸血鬼の体からは急速に魔力が失われていった。

 セージが小さくため息をついたのを、ケイは見逃さなかった。


「文句が?」

「いえ、生け捕りの方がポイント高いだろうと思っただけなので、気にしないでください」

「守護都市上級を商業都市で捕え続けるのは無理だ。なら、憂いなく殺しておいて間違いはない」


 何かを隠すような言い訳をするセージに、ケイはきっぱりとそう言った。


「そう、ですね。ええ、僕が間違っていました。失礼を」

「あ、いや、別に責めてなくて。

 ごめん。

 セージが人殺し嫌いなのは知ってるから――」

「え?」

「――わかってほし、え?」


 ケイとセージが目を合わせて首をかしげた。


「……まあ、いいか。

 とりあえず僕は帰りますけど、ケイさんからも管制の方に言っておいて下さいよ。いや、守護都市に来てたのは3級の救援要請なんですけど、救援要請には違いないんですから」

「3級って、しょっちゅう来る意味のないやつじゃん」

「要請が出されていたのは事実ですから」


 外縁都市から守護都市への救援要請には緊急性に応じて等級が割り振られている。

 3級はもっとも緊急性の低いもので、もしも救援要請を出さずに外縁都市が大きな損害を受けた時に防衛責任者が責められるのを避けるために出すような、とりあえずで出されることが多い救援要請だった。


 当然、守護都市側も外縁都市で防衛戦が始まった、程度に受け止めるもので、つまるところまともに取り合わない慣例になっている要請であった。

 だがそれでも生真面目な仕事をするようになった管制は比較的商業都市に近いところで狩りをしていたセージに一報をいれ、セージは臨時ボーナスを狙ってきたのだった。


「あんた、そんなにお金稼いでどうするのよ。そんなやり方してたら他所の都市の人たちに嫌われるよ」

「……ふっ。

 大人には、嫌われるとわかっていてもやらなければならない時があるのですよ」


 影のある感じで微笑んだセージを、ケイは蹴っ飛ばした。


「馬鹿言ってんじゃないわよ。っていうか、事情があるんならそういえばいいのに。

 欲しいものぐらい買ってあげるんだから。ほら、言いなさいよ。何が欲しいのよ」


 セージが必死になるぐらいの高額なものと言うことで、ケイは呪錬兵装を思い浮かべた。

 最高級のものなら日本円換算で一億にも届きかねず、滅多に市場に出回らない名工の作品や、過去の英雄が実際に使った遺品などであればその十倍、ひどい時は百倍にもなる。

 さすがに十億(日本円換算)は無理だが、一億(日本円換算)ぐらいなら買ってあげてもいいかなと、ケイは思っていた。ケイは名家のお嬢様でセレブなのだ。


「……慰霊碑」


 目からハイライトを失ったセージが口にした単語は、ケイの予想の範疇から大きく外れていた。


「いれ、え? なに、それ?」

「いえ、お気遣いなく。言ってみただけなので。

 僕は帰りますので、後のことはよろしくお願いしますね」

「あ、うん。わかった。守護都市ってもう近くに来てたの?」


 ホームシック気味なケイが、遠くからでも見えるかなとそう尋ねた。


「まあ、そこそこですかね。僕は商業都市から敗走したオーガの駆除依頼を受けてたんで、プラスアルファでこちらよりにいた、ってのもありますけどね。

 今から全力で走れば昼過ぎぐらいには帰れますよ」

「じゃあ私なら昼だな」


 平たい胸を張ってケイは言った。


「え? 帰ってくるんですか? 立場的にまずくないですか?」

「え? 帰らないよ? 何言ってるの?」


 セージとケイは顔を見合わせて再び首をかしげた。

 ケイは感情では帰りたいと思っていた。

 はっきり口に出して聞かれなければ、見送りという名目でセージについて行きたいと言い出していたかもしれなかった。だが立場がそれを許されないことは自覚している。

 だから帰りたいなんてことは言ってないのに、何を言っているんだコイツという目を、セージに向けた。


「まあ、いいですけどね。それじゃあ、また」

「うん、またね――あ、ちょっと待って」


 別れの挨拶を済ませたセージを、ケイは呼び止めた。


「うん? なんですか?」

「商業都市の、ルヴィア・エルシールって知ってる? すごい美人の」

「いえ。商業都市の知り合いは指導員だったペリエさんぐらいですね」


 そう言ったあとで、セージはそういえば知り合いではないけど、すごい美人のルヴィアを一人だけ知っていることに気がついた。

 ただセージが夢で見知ったその女性は、エルシールという家名ではなかったはずだった。


「あ、そうなの。ふーん……」

「その人がどうかしたんですか?」

「いや、別にどうって事もないだけど、セージのことを知ってる? うーん、感動? よくわからないけど、とも――んっ。知り合いだって教えたら、そんな感じだったから」


 ルヴィアの反応はケイが言うよりも大げさに過ぎたが、ケイのボキャブラリーにそれを表現する適当なものはなかった。

 とはいえセージはそんなケイの感情が見える。

 もしかしたらそうなのかもしれないという疑惑が、頭に過ぎった。


「外縁都市の人なら、ギルドメンバーの家族とかじゃないですか? ちょくちょく救援や支援の要請受けてるんで、たまに家族を助けてありがとうとか、声かけられることがありますよ」

「そういうことなのかな。機会があったら紹介するね」

「いえ、エルシール家は商業都市の名家でしょ。止めときますよ。うちの商会の代表も、商業都市の名家に恨みがあるみたいですし」


 断る理由の半分以上が建前だった。

 代表への配慮はあるが、商業都市の名家はセレブでリッチな大金持ちと噂であるので、お近づきになりたいという欲はある。

 だがもしも、もしもその名家のルヴィアがセージの知るルヴィアだとすると、大変面倒なことになる。

 関わらないのが吉だろうと、そう思った。


「あ、うん、わかった。ええと、ごめんね」


 そしてそんな建前を、ケイはまっ正面から受け止めた。

 しつこく繰り返すがケイは名家の子女で、セージに恨まれてもおかしくないことをした過去があった。


「あ、いえ、名家の批判がしたかったんじゃなくて。

 ほら、人付き合いは大事だけど今は仕事に専念したいので、そういう意味でも避けておこうかなって。

 それにほら、なんかそういうのファンサービスって感じでしょ。お前みたいな七光りのギルドメンバーがいい気になって大きな顔するなって批判されそうだし、ね。

 ほら、泣かないで」

「泣いてないし」


 ケイはセージをぶった。


「痛い」

「変なこと言うからだ、馬鹿。ほら、さっさと帰れ」

「はいはい、帰りますよ、帰ります。ちぇ、引き止めたのそっちなのに」

「何か言った?」

「いいえ、何も。あ、そうだ」

「うん?」

「マリアさん、うちに住むことになりました」


 セージはそう言って全力で走り去った。


「え?」


 その背中を見て、ケイは小さく零した。

 そして一拍おいて、


「えっ!?」


 大きな声を上げた。



 ******



 その後、商業都市でケイが必要とされる戦闘が行われることはなく、つつがなく赴任期間は終了した。

 実戦に出れないケイは訓練に明け暮れ、その合間にエメラの開くお茶会に参加した。

 そこには必ずルヴィアの姿があったが、彼女が特別な何かをケイに聞いたり頼むことはなかった。

 ただエメラは同い年で商業都市でも戦果を挙げた英雄の息子に興味を持ち、よくケイに話をせがんだ。


 そこには英雄とのコネを作ろうというエルシール家の思惑も絡んでいた。

 もっとも幼いエメラが素直にその思惑通りに動いたのは、大好きな叔母が『セイジェンドはとても可愛いらしいわね。エメラとどちらが可愛いのかしら』などと焚きつけたのが大きな原因であったが、それに気づくものはいなかった。


 またケイの周りには見目麗しい女性が多く配置されたりもしたが、だからといって何か事件が起こることはなかった。

 ただ結果を出せと命じられている女性が、なかなか縮まらない性的な距離をどうにかしようと、意を決してケイのお尻を触り、ケイが顔を赤くして恥ずかしがった結果、女性たちがセクハラの楽しさに目覚めたぐらいである。


 そして〈凛としているケイ様が時折見せる愛らしい姿を大切にする会〉――通称〈ケイファンクラブ〉――が発足し、物憂げな表情で『マリア……』とつぶやく姿などを目撃したメイドや女性騎士たちが一喜一憂したが、割とどうでもいいことである。


 そんなわけでケイは初めての商業都市赴任を、大きな問題は起こすことなく乗り切った。

 そして守護都市に戻り、所属する国防軍へ帰還報告を終えたケイがまっさきに向かったのは、自宅ではなくブレイドホーム家であった。





 作中蛇足~~ラキュリアちゃん~~


 帝国からの工作員。自称吸血鬼。幻術のエキスパートで、生首を取り出したのもあくまで幻術で、アイテムボックス的な不思議空間を操れるわけではない。 イメージづくりの一環でトマトジュースを愛飲しているが、頻繁に飲みすぎているせいでトマト嫌いになっている。

 階級は陸軍男爵。アルドレくんの支援要因として派遣された。

 幻術を利用して霧になったように見せかけたり、狼やコウモリに変身したように見せられるが、ぶっちゃけ素の魔力量が中級中位(作中では薬物と装備で上級下位を偽装している)なので、相性がいいはずのケイ相手でも3分と持たない。相性最悪のセージ相手だと当然瞬殺される。

 幻術を応用した催眠術で魔物も操れるが、オーガは別に操っておらず、オーガを相手にした後なら消耗しているだろうと思ってアルドレくんの弔い合戦を始めた。

 なお魔物と心を交わしてパートナーとなれるポ●モンマスターアルドレくんを敬愛しているが、当のアルドレくんからは割と嫌われていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 自称吸血鬼さん普通に雑魚なんかい笑 よくそれで皇剣いる都市を攻めようとしたな
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