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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 浴びるほどに金が欲しい
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259話 黙っていればイケメン女子

 




 商業都市〈ディーエンセル〉。

 国家の中心に位置する政庁都市についで物流が盛んな土地であり、多くの物と人が行き交う騒がしくも活気に溢れた都市。

 その都市を荒野の魔物から守る防壁、その物見台にひとりの少女が立っていた。


 年齢は十七歳。

 ルビーのように妖しく輝く紅の瞳を持ち、髪の色も同じように紅い色をしていたが、半ばからは金色に染められていた。

 身長は168cmで筋肉質な細身の体つきだが、尻だけはややふっくらしていた。

 軍支給の騎士制服を着用し、義弟(のような相手)から借り受けた片手斧と、自前の長剣を腰に差していた。


 少女の体格は女性としては決して小柄ではなかったが、防壁に詰める多くの屈強な男性騎士たちと比べてはどうしても小さく見える。

 だが屈強な騎士たちは物見台で威風堂々と立つ彼女を守るべき対象とは見ず、己よりも強いものへ向ける尊敬の眼差しを向けていた。


 少女の凛とした眼差しが見据えるのは、常人では決して見えないはるか遠く。

 ロード種に率いられた人食い大鬼(オーガ)の群れ。

 オーガは3mを超える頑丈な巨体に、騎士を鎧ごと殴殺できる屈強な腕力を持つ中級中位の魔物。

 下級が戦力の中心となる外縁都市の戦力では、防壁という地の利と数の利を活かしてようやく戦える難敵の部類に入る。


 少女はオーガを見定め、その手を震わせる。

 オーガを恐れているのではない。

 彼女にとって恐るような相手ではない。

 恐れているのはもっと別のものだった。

 だがその恐れは今回は杞憂になるだろう。

 何といっても相手はオーガなのだから。

 オーガは強いのだから。

 頑丈だし、ちょっとやそっとの砲撃(・・)ではビクともしないはずなのだから。


 騎士たちの憧憬を一身に浴びる少女――皇剣ケイ・マージネルが見守る中、防衛戦は開始される。

 打ち上げ花火よりも大きな轟音が鳴り響き、鋼鉄の弾が空を飛ぶ。

 ケイが見守るはるかな遠くにその弾は落ちて、オーガを吹き飛ばす。


「……ああ」


 ケイは周りに聞こえぬよう、努めて真剣な表情を取り繕いながら、小さく悲嘆の声を上げた。

 それをかき消して、絶え間なく砲撃は続く。

 防壁に近づいて来るオーガはいない。

 発射と着弾に伴う砲撃の轟音が鳴り響き、視界は高速で飛ぶ鋼鉄の弾と沸き立つ砂煙、そして飛び交う探査魔法が荒野の奥地さながらに魔力場をかき乱す。

 常人では何を見る事も聞き分ける事も感じ取ることも出来ないその戦場を、ケイのずば抜けた目と耳と勘はしかし、悲鳴を上げ逃げ惑うオーガたちをかろうじて捉えていた。


 そうして数百の砲弾が撃ち尽くされ、静寂が訪れる。


「マージネル卿、ロード種の討伐と残存オーガの撤退が確認されました。防衛戦完遂です。

 これより掃討戦と砲弾の回収を始めますが、マージネル卿は司令室にお戻りください」

「……はい、わかりました」


 しょんぼりとした気持ちを隠しながら、ケイは伝令の騎士に返事をして司令室に戻った。

 厳しい騎士家で育てられた彼女は、内心を現すこと無く背筋を伸ばし威風堂々と歩く。

 そんな強者の背中には変わらず騎士たちの憧憬の視線は集まるが、ケイがそれに気づくこともなく、今日も出番がなかったと心の中だけで嘆いていた。



 *******



「いやはや、砲の試験運用を命じられたときはどうなるものかと思いましたが、これは画期的ですなあ」

「全くです。魔法に比べて手間はかかりますが、数を揃えればオーガ・ロードすら討伐できるとは。魔力のこもらない鉛玉とて、バカにはなりませんな」

「本当に。しかしこれを実用化させた者たちは先見の明がありますな」

「たしか、守護都市へ異動となったヴァイン殿ですね」

「そう、彼だ。優秀な管制官だとは聞いていたが、兵器開発の才もあったようだ」

「開発というよりは、運用の才でしょう。練度の低い――失礼、共同作業の苦手なハンター達も上手く利用している」

「ええ、ええ。いままで前線に出していたハンターを砲の魔力供給装置として活用する。簡単なことではありますが、我々はそれを実行してこなかった」

「ああ。それもこれも、長距離攻撃というものに疑いを持っていたからだな」

「長距離の攻撃魔法など、実用できるのは守護都市でも限られた上級の戦士のみ。我々にはできないと、先入観に支配されていました」

「だが、可能でした。

 一定出力の爆発の魔法で弾を打ち出す。照準は砲の発射角度に頼り、管制室の観測によってその照準を助ける。

 集弾が可能となったことで、事実上の上級の魔物すら安全な距離から一方的に討伐できる。

 これは防衛戦の仕組みが変わりますね」


 何だかよく分からないがとりあえず砲弾すごいという話が、ケイの前で繰り広げられている。

 出番がなくて退屈気味のケイとは違って、司令室に集まっている人間は防衛戦での被害に頭を悩ませてきた軍の重鎮たちだ。


 使用した砲弾は8割以上が回収でき、そのままの再使用には難があるものの、素材としてのリサイクルは可能だ。

 人件費も人的被害がないためこれまでよりもかなり安く抑えられているし、防壁も無傷だ。

 中級の魔物の群れ――これまでならば被害は確実、場合によっては守護都市へ救援要請が発生するレベル――から理想的な形で都市を守れたことは、彼らの心を熱く興奮させるには十分すぎるものだった。


「マージネル卿も本日はありがとうございました。

 あなたのような方が後ろに控えているからこそ、我々も安心して新戦術の実験に専念できました。そして騎士やハンターたちも、常以上に熱心に働いてくれました」

「……いえ、皆さんの努力の成果です。どうぞお気遣いなく」


 話についてこれないケイを気遣って軍の将校――二十代前半の精悍な容貌の青年だった――が声をかけ、それにケイがよそゆきの口調で当たり障りなく返す。

 脳筋な性格から忘れられがちだが、ケイは名家直系の令嬢でもある。

 こういった場所での所作には内面からは想像もできない洗練された気品が滲んでおり、その凛とした天才騎士に青年将校は恋慕にも等しい憧憬の眼差しを向けた。


「ははは、これはこれは、かえって気をつかわせましたか。そう言えば今回の件には、守護都市の天使……サイジット、でしたか。英雄殿の御子息も関わっていたようですね」

「えっ?」


 私の出番がないのはあいつのせいか。

 ケイの中に割と理不尽なセージへの怒りが生まれた瞬間だった。

 そんなケイの隠された内心は当然わからず、青年将校はようやく関心を持ってもらえたと言葉を続ける。


「天使殿がヴァイン殿に協力したことで、今回の砲戦戦術の素案が完成したと。

 有用な試験データ獲得の協力だけでなく落とし穴やバリケードなど、これまでは効果が薄いとされてきたものも砲撃の砂煙と爆音の中では足止めとして機能すると、戦術面でもアドバイスがあったとか」

「ああ、彼は嫌がらせが得意ですからね」


 ケイはそう相槌を打った。

 特に悪意があってのものではなかったのだが、青年将校はそうは受け取らず話題を変えることにした。

 ケイの父が守護都市を事実上の追放処分を受け、それにセージやジオが関わっているという噂を事前に知らされていたからだ。

 一応、ケイがその二人と懇意にしているという相反する情報も知らされていたが、機嫌を損ねるリスクは避けるべきだった。

 青年将校は爽やかな笑みを浮かべて、ケイに話題を振り続けた。

 欲求不満なケイは訓練で汗をかきたいから、打ち上げの飲み会みたいなだらだらとした会議が早く終わらないかなと思いながら、上品な態度でそれを聞き流した。



 ******



 皇剣の外縁都市赴任は当然、都市と結界の防衛を目的とした任務である。

 国内最大戦力である移動要塞の守護都市は一つしかなく、定期的に荒野へ遠征に出ているため緊急の救援要請には対処できない場合も珍しくはない。

 そのため外縁都市には常時2~3人の皇剣が置かれ、彼らは滞在する都市はもちろん、隣接する都市の危機にも備えている。


 ケイもまた商業都市を拠点に、隣接する西の農業都市と産業都市を含めた三都市の防衛を担っている。


 商業都市はその名のとおり商業が盛んな都市で、国内でも政庁都市に次ぐ規模の大きな道が整備されており、多くのものが日夜行き交っている。

 単純な交通の便はもちろん国家の中心であり、安全な結界の奥深くにある政庁都市が優る。

 だが商業都市には国内唯一の塩湖が有り、国内の塩の需要を一手に賄っていた。


 塩の産地は他に産業都市の岩塩、そしてごくごく少量の、荒野の果てにある海で生産されたものが輸入されるくらいで、それすらも商業都市で仕入れて売りさばかれていた。

 その塩を各都市に輸送するため道路が整備され、大きな荷車が数多く走った。

 荷車は塩を運ぶためのものだが、商業都市に行く際は無駄を省くために別の荷を載せられる。

 そうして多くの商品が商業都市には集まり、塩以外の物も求めて売買が盛んとなっている。


 そんな商業都市の名家の一つに、皇剣ケイは身を寄せていた。

 冷徹な豪商と囁かれるダイアンを当主とするエルシール家に。



 ******



 皇剣であるケイの待遇は良い。

 衣食住の全てはエルシール家が用意し、望めばどんなものでも取り寄せる。街をぶらりと歩いて気まぐれに買い物をしても代金は求められず、渡そうとしても拒まれ、エルシール家に請求書が回される。

 強制されるのは防衛戦への参加だけだが、それすらも後ろで控えているだけで事が終わる。

 待遇は良いが、ケイにとってそれらは不満にしかならなかった。


 ケイは軍の訓練場で汗を流してそのストレスを発散させていたが、それにも限界があった。

 なにしろ商業都市には上級の戦士はたった4人しかいない。

 そしてその誰もがまともに訓練相手をしてくれない。

 万が一にでもケイに怪我をさせれば大問題になるし、怪我をさせられればその戦士を抱えている家は大打撃を被るからだ。


 いくらかいる中級の戦士を相手にしては実力差がはっきりしているため弱い者いじめにしかならないし、彼らもケイとの手合わせを望まなかった。

 彼らはいじめられるのが嫌なのではなく、上級にもなれず守護都市を降りた自分たちが皇剣の、それも天才と呼ばれるケイの時間を奪うことに遠慮したのである。


 下級の騎士は多くいて、若く才のある者がケイに挑むこともあったが、ここまで実力差があると手加減の訓練にしかならなかった。

『流石ですケイ様』と対戦相手や観戦をした多くの騎士――タイプは違えど、みな整った顔立ちの男性だった――に褒めそやされても、上昇志向の強いケイにとってはフラストレーションが溜まる部分があった。


 だからせめて実戦に出たいのだが、皇剣は防衛の切り札であるため、ケイが望んだところで出番がないのが実情だった。

 ケイが出ればたいていの戦闘は容易く勝てる。

 だが防衛戦は都市独力での防衛が基本である。

 相応の理由――防衛戦の連続発生等による人員の不足、防衛設備の不備等――がなければ、出撃は基本的に要請されない。

 一定以上の損害が見込まれる中級のオーガ襲撃は、二次防衛線(砲撃の最短射程内)を越えられれば出撃の予定だったが、結果は圧倒的な完全勝利であった。


 そんな訳でまともな手合わせの相手もなく、実戦にも出れず、ケイは淡々と自主トレーニングで時間を潰していた。

 エルシール家の用意する誘惑に目を向けることもなく訓練に打ち込むその姿は、軍の内外からストイックな騎士として映り評価を上げたが、それはケイの預かり知らぬことであった。


 ケイと懇意にしたいエルシール家はその事に頭を悩ませる。

 皇剣の接待は外縁都市名家の務めであるが、それは名家の間で持ち回りとなる。

 ケイは若く経験が足りないことから、これまで外縁都市赴任を避けていた。

 だが今後は他の皇剣同様、担当都市であるこの商業都市に年に2、3ヶ月程度は滞在するようになるだろう。


 その最初の滞在で担当を取れたことはエルシール家にとって歓迎するべきことだった。

 ここでケイを取り込めれば皇剣という精霊様の意向を持つ貴重な戦力を得られるだけでなく、優秀な騎士を多く抱くマージネル家との繋がりも強化される。

 加えて幸運なことに、ケイはマージネル家の教育の一環なのか、身の回りの世話やマネジメントを担当する付き人を伴わず単独で降りてきた。


 本当ならケイにもそういった付き人が同行するはずだったのだが、マリアが来ないなら一人でいいとケイが言い、それを真に受けたエースが本当に一人で行かせたのが原因である。


 マリアにはシエスタの護衛があるし、身の回りの世話はともかくマネジメント能力はない。そして上品ぶっていても守護都市民(のうきん)なので、よその名家と喧嘩をしかねない危うさがある。

 またケイには多くの人と交流を持って欲しいとの考えがエースにはあったため、そういう意味でもマリアを一時的にケイから遠ざけたいと考えていた。

 だからマリアを一緒に行かせるという選択肢はエースにはなかったし、ケイの言う一人でいいという言葉も皇剣として責任を果たそうという気持ちの表れと考えた。


 そんなこんなで当主命令がなされたので、周囲の人間もエースには深い考えがあるのだろうと、ケイは一人で商業都市に降り立つこととなった。

 マリア以上にマネジメント能力も交渉能力も無く喧嘩っぱやい脳筋なのに、そうなった。


 かくしてエルシール家は若く才能のある皇剣を取り込む最大のチャンスを得た、はずだった。





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