256話 アイドルマイスター&敏腕プロデューサー&拝金天使
仕事をするとはいったが魔物と戦うとは言っていないpart2
一人の男が、芸術都市に降り立った。
芸術都市とは多くの文化が集う都市である。
絵画や彫刻、社交ダンスに演劇にオーケストラなど、建国当初から続く歴史ある芸術もあれば、そこから派生した新たな文化もある。
コミックアートやフィギュア、ストリートダンスバトルやコントにバンド等だ。
より大衆的な後者の娯楽の中でも、近年目覚しい発展を遂げる新たな芸術がある。
それがアイドルと呼ばれるものだった。
彼、あるいは彼女らは壇場で、あるいは路上で時に激しく、時に艶やかに踊り、同時にその歌声も披露する。
彼らが見せるのは自らの鍛え上げた肉体――だけではなく、それを彩るのに相応しいこれまた新鋭のファッションに身を包み、主に異性を虜にする。
口の悪いものは盛り場のストリップダンスの劣化版だとか、歌は大抵が再生音源で口パクだとか、品がなくて芸術都市に相応しくないなどと言うが、そんな事はない。
新しく生まれる芸術は古い芸術を愛する者たちに貶められるのが常だった。
コミックが生まれた時は小説の愛好家から頭が悪くなる読み物だと言われた。
娯楽小説が生まれた時もまた、純文学の愛好家から同じように言われた。
つまりアイドルもまた、変わりゆく時代の中で産みの苦しみを味わっていると、男は確信していた。
そしてだからこそアイドルという新たな芸術を愛するもの――通称、ファン――たちは、その情熱を持ってアイドル達の活動を支援していた。
そして彼らの中で、特に熱心に活動するファンはこう呼ばれた。
あいどるおたく、と。
今日はそのアイドルマイスターGにとって、久しぶりの休日だった。
マイスターGの職場は週休二日制ではあったが、責任のある立場から休日に仕事の予定が入ることもざらだった。
マイスターGは守護都市で働いており、芸術都市でアイドル達と触れ合える時間はとても少ない。
だからこそ休日は有意義な活動に当てたいのだが、社会人としての責務がそれを許さなかった。
だが今日は違う。
マイスターGは久しぶりに思う存分に一人の私人として、アイドル達を愛で、応援し、彼女たちと触れ合うマイスター活動に勤しめる。
メガネをかけきっちりとしたスーツの上に藍色のはっぴを羽織り、さらにその上から〈I LOVE SWEET ANGEL〉のタスキをかけ、額に同じ文言のハチマキをしたマイスターGは、守護都市都立騎士養成校教頭クライブ・グライは、そう思っていた。
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アイドル業界に、とある敏腕プロデューサーが誕生した。
彼にとってアイドル業界とは新鋭の性産業だった。
性産業といっても肉体の触れ合いはほとんどなく、文字通りの偶像を客に観せて悦ばせるという一風変わったものだった。
観る側としての楽しみを、そのプロデューサーは理解できなかった。
だがしかしプロデューサーは、アイドルたちを愛していた。年端もいかない夢見る少女たちを、彼なりに愛していた。
だから少女たちが脚光を浴びるのに全力を尽くし、それが結果に結びついた。
そして彼に見初められれば、芸術都市の名家が後ろ盾とならずとも成功する、そんな噂が芸術都市に流れるまでになった。
それは庶民として生まれた子供にとっては、まさしく夢に見るシンデレラストーリーだった。
だが彼に見初められるのは簡単なことではない。
アイドル業界に大きな成果をもたらす彼が見初めるのは、年間でほんの数人の――年若い――少女だけだからだ。
そのプロデューサーは守護都市に住んでおり、プロデューサー活動をするのも、若い芽を見て回るのも限られた時間しかない。
だからこそその敏腕プロデューサー(※ロリコン)は、幻のプロデューサーとも呼ばれた。
そんなロリコンも久しぶりのプロデューサー活動に勤しんでいた。
大きな舞台を用意し、上等の歌と踊りを仕込んだ三人の少女に主役を競わせた。
少女たちは三人ともロリコンを慕い、尊敬し、今日この日、純粋に彼女たちの芸だけを見てセンターを決めると信じきっている。
ロリコンは少女たちにとある提案をするところを妄想して、大事なところを充血させた。
きっと素敵な目で蔑んでくれると。
芸術都市に接続して以来、散々な事件が続いてきた。
だが今日はきっと良い一日になると、仕立てのいいブランド物のスーツと高級腕時計や同じくご立派な革靴に身を包んだロリコンは、守護都市財務室部長トール・ホルストは、そう信じてやまなかった。
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芸術都市に、仕事を請け負った一人の少年が降り立った。
少年には多額の借金が有り、地元のギルドで高額報酬を斡旋されたのであった。
少年に仕事を斡旋した受付嬢(安エルフ)はその仕事に同行しようとしていたが、既に今年の分の有給休暇は使い切っており、業務視察の名目で書類を作り申請するも上司に睨まれたため、それは叶わなかった。
少年は内面が大人なので一人での仕事を特に寂しいと思うこともなく、そもそもボッチで仕事をするのがいつものことなので、特に何事もなく指定された劇場にたどり着いた。
その劇場では大掛かりなイベントが行われる。そのメインイベント前の前座兼警備というのが、少年の今日の仕事だった。
大きなイベントということで入場時間前にも関わらず劇場前には長蛇の列が出来ていた。
列に並ぶ人たちはおおむね男性の大きなお友達だったが、年頃の女の子を連れた夫婦もいた。
その女の子は顔見知りというか親戚だったので、少年は声を掛けようとして、思いとどまった。
女の子の少年への心象を考慮し、気晴らしに来ているだろうに怖がらせてはいけないと思ったのだ。
合わせて女の子のすぐ近くには、割と見てはいけない格好をしている知り合いがいた。
少年の内面は大人なので、ハメを外している知り合いに気付かないフリができるのであった。
ただ最近ストレスフルな生活を送っているので、未来のお義母さんとこの話で盛り上がろうと邪念を抱いた。実行は多分しない。
ともあれ少年は従業員専用の裏口に周り、ギルドカードと斡旋書――芸術都市のギルドで書いてもらったもの――を提示して、中へとはいる。
その時点で少年は眉を不快なものへと釣り上げていた。
案内の者はそれに気付かなかったが、ともあれ少年はこのイベントを取り仕切る敏腕プロデューサーこと、ホルストのもとへと案内された。
天使の二つ名とそれに劣らぬ美貌を持つ少年は、託児所のオカンことセイジェンド・ブレイドホームは、新鋭アイドルの新曲&センター発表イベントの前座兼警備としての仕事を開始した。
「さて、それでは犯罪者予備軍を捕まえましょうか」
そしてまず最初に推定有罪のホルストに縄をかけ、周囲に取り押さえられた。
◆◆◆◆◆◆
みなさん、不思議なことが起きています。
アイドルに手を出そうとしているロリコンを捕縛したら、周りが私を責めるのです。
「どうしてこのような事をするのですか」
「いえ、お仕事なので」
私は縄でぐるぐる巻きにされているが、これは様式美のようなものだ。
縄抜けの技術とか必要なく、気合を入れれば引きちぎれるし、そもそも魔法で切っても燃やしてもいい。
「話がわからない。ホルストさんは今回のイベントのプロモーターで、君に仕事を依頼した人物だぞ」
「なるほど。自分を捕まえる人間を自分で用意するとは変態の鑑ですね。立派だとはこれっぽちも思いませんが」
「いや、話題性のある人物を用意したとしか聞いてなかったんだけどね、私は。
しかし……」
ホルストさんが妙な目で私を見る。
「……これはこれで」
私は瞬間的に縄を引きちぎった。
周囲が驚くが、しかしそこは私がホルストを殴り飛ばさなかった事に驚いて欲しい。
自分の自制心に賛辞を送りたいレベルで気持ち悪い感情をホルストから受け取ってしまったのだから。
「いや、しかし困ったね。いきなり襲いかかられては困るよ。これでは君に安心して仕事を任せられない。そうだろう?」
「は、はい」
ホルストが警備主任にそう言った。
警備主任は青い顔で首肯する。
そうきたか。こちらの落ち度で仕事がキャンセルになれば違約金が発生する。通常の魔物を狩る仕事であれば警告だけで済むこともあるが、今回は依頼者から斡旋された仕事だから、そうはならない。
少なくともホルストが契約違反だと喚きたてれば、違約金は免れないだろう。
つまりこいつは私の現状を知っていて、これから何を行っても口を噤めと言っているのだ。
ばかめ。
「いいえ、私は警備の仕事を積極的に行っただけです。
ホルストさんも知っているでしょう? 私には人の情欲を感じ取る特別な目があります。
それはあなたの邪な感情を既に見抜いているのです」
私は名探偵ですとばかりに気取った仕草で言ってみるが、周囲の人が何を言ってんのこの子供という、呆れた目になる。
ふん、予想通りだよ。
そこのおじさん、英雄も話が通じないところがあったからとか囁かない。
私はあのマダオとは違う良識人だ。
「勝手な思い込みで人を犯罪者呼ばわりとは、ますます持って度し難いね。帰ってもらえるかな。仕事は結構だよ」
周囲の態度に乗っかって、いちゃもんをつけられた被害者という立ち位置を取るホルスト。
だがその内心が怯えているのを私は見抜いている。
「いいえ、帰りません。幼い少女たちの貞操を守れるのは、今この瞬間で私しかいないのですから。
みなさんも聞いてください。この男は守護都市において幼い少女を金で買う行為を日常的におこなっています。そんな人物をここに置いておけば、間違いなく今日の主役たちを傷物にするでしょう」
「言いがかりだ。私はそんなことはしていない」
「上手い誤魔化し方ですね。しかしあなたは先日もこの芸術都市で女子中学生に売春を持ちかけましたよね」
その場にいた全員――言い忘れていたが、顔合わせのため今日の主役のアイドル三人も同席している――が、一斉にホルストを見た。
「……ふっ。でまかせだ。どこにそんな証拠がある」
「先日の事件はしっかりと調書が取られているので、それが証拠ですね」
「今すぐにそれは用意できるのかい。でなければ、この場をかき乱すための方便でしかないだろう」
「ええ。確かに用意はできません。ですがあなたが声をかけた被害女性は、この劇場を訪れていますよ」
ホルストは黙った。
その可能性は考えていなかったのだろう。
そしてあの時の少女たちがアイドル志望だったことを考えれば、ここにいてもおかしくないことも理解している。
そしてその沈黙こそが周囲にホルストの正体を知らしめる。
勝った。
「……双方に合意があれば違法行為ではないのだが、そこの所はどうだったのですか?」
……え? 警備主任さん、今なんて?
「いえ、確かに未成年の女児に性的暴行を加えたというのならば犯罪ですが、調書が取られた上でホルストさんが捕まっていないのならば、そうではないのでしょう」
「まあ確かにそれはそうですが、少女たちの身の安全を――」
「それは確かに職務のうちだが、あくまで助けを求められた場合に限る。
言っちゃ悪いが若い女の子が金持ちや権力者に擦り寄るなんてよくあることだ。
君はこの仕事に向いていないよ」
警備主任さんに真面目な顔でダメ出しをされた。
「そ、そういう事だ。違約金は請求しない。だから君は帰りたまえ」
アイドルの女の子達もホルストを警戒心半分、期待半分で見ている。
そしてホルストもそれを受けて――まるで推理小説のひどいネタバレを食らったみたいに――がっかりしている。
なんなんだこの感情のカオスは。
くそ、仕方ない。
報酬がゼロになるのは辛いが、しかし違約金が発生しないのならばこちらとしても妥協はできる。
本当に帰ろうかなと思っていると、
「その、今回のイベントでは既に守護都市の大物を呼んだと告知してしまったので、ブレイドホーム様が帰られると、お客様の反感を買ってしまうかと……」
ホルストのマネージャーっぽいのが困った様子でそう言った。私が来ることをホルストが知らなかったあたり、たぶんこの人が今日のイベントの実際の企画進行役なのだろう。
偉い人はいつだって実務を下の人間に丸投げして利益の上澄みを掬っていくのだ。
「それは仕方ないだろう。だがこの子はあくまで前座だったんだ。代えぐらいは用意しているだろう」
「それは、一応は。ですが守護天使の代わりが務まるほどでは」
おい二つ名を恥ずかしく魔改造するな。
「……えぇ、じゃあ、働くかい?」
すごく嫌そうな顔で、一応は聞いておくといった様子で、ホルストが言った。
断りたい。
すごく断りたい。
でも――
「まあ、働いてあげてもいいですよ」
――私は、お金が欲しい。