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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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250話 残された者、継がれる技

 




 道場に入ると、親父は訓練用の木剣を二つとって、一つを私に投げ渡した。


「話は?」

「後だ、行くぞ」


 そう言って、親父は私に斬りかかってきた。



 呪いが解けて全力を出せるようになった親父に、私が敵う道理はない。

 だがこの立ち合いはそうはならなかった。


 親父は魔力を抑え、私と同じかそれ以下にしている。

 身体能力は私と同等かそれ以下で、剣技でその差を埋めている。

 いつもとは逆の状況。

 だが親父は私とは違って魔法は使わず、闘魔術も最低限の使用に抑えていた。


 無駄のない剣技と体術。

 それが誰の戦闘スタイルかなんて、言うまでもない。


 だが親父はあいつのように自在に極限の集中状態には入れない。

 あいつの技は真似れても、あいつの怖さまでは再現できていない。

 技量こそ上をいかれるものの、速度も力も私と同程度で、先読みも可能。

 結果は一方的なものとなった。


 数度の打ち込みで、親父が膝をつく。

 肉体の強化と同様に、親父は自身の防護層も弱めている。だから私が木剣で殴れば傷を負う。

 膝をついた親父は一息でその怪我を治すと、再び立ち上がった。


 治癒魔法による肉体の回復は繰り返すことで怪我が治らなくなる。

 身体活性による肉体の回復は体力(はら)が減る。

 だが治癒魔法も身体活性も、それが精緻で強力ならば、それぞれのリスクは極限まで減らすことが出来る。

 そして親父は、この国でそのどちらをも究極まで鍛えた戦士だった。

 私に殴られた怪我程度では、本当の意味での戦闘不能には陥らないだろう。


「続けるの?」

「ああ」


 これ以上は無駄だと、そう言っても親父は聞く耳を持たなかった。

 この立ち合いで何を伝えたいのか、私にはわからない。

 それでも全力を出せと、そう言っているのはわかる。本気でぶちのめしてみせろと、そう言っているのが。


 私も、デイトほど自在にとはいかないが、自分の意志で集中状態に入ることはできる。

 気持ちは冷たく覚めている。

 そのための前条件は整っていた。

 だから――


「心は死んでいる」


 ――自分の気持ちをセットする。


 ジオを倒す。

 設定した目的を果たすための、人形になる。

 それ以外は何もかもがどうでもいい。


「……それで良い。お前が受け継げ。あいつの技を」

「お断りします」


 目的が追加される。

 ジオを倒し、馬鹿なことを諦めさせる。

 私とあいつは人として同種であっても、進んだ道は対極だ。

 あいつが手に入れたものなんて、私はいらない。


「ふんっ。面倒な馬鹿どもだ」


 ジオは不機嫌に鼻を鳴らして、木剣を振るう。

 それが私を捉えることは、無かった。



 ◆◆◆◆◆◆



 ジオとセージが道場にこもって、数時間が経った。

 預かっていた子供たちはとっくに保育士たちが親に返し、彼女たちも家路をたどった。

 冷たい魔力が放たれる道場を訪れるものはなく、日は暮れて夜が訪れた。

 シエスタとカインが中心になって夕飯を作り、ふたりを呼びに行こうとするセルビアをアベルが押しとどめた。僕が行くから、と。

 アベルは道場の中で、きっとセルビアには見せたくないものが行われていると予感していた。


「私も行く」


 アベルにそう言ったのはマギーだった。アベルはそれに反対したが、マギーは譲らなかった。

 それを見てセルビアがぐずったが、それはカインが説得して、二人がジオとセージを呼びに行くこととなった。



 二人が道場に入ると、熱気と寒気が同時に襲ってきた。

 それは長い時間戦い続けた熱と、それを凍りつかせるようなセージの魔力が原因だった。


 マギーは目の前の光景に目を見開いて恐れた。

 ジオがセージを苛めているんじゃないかと、そう抱いていた不安は完全に吹き飛ばされた。


 血だらけになって立つジオと、それを容赦なく打ち据えるセージがいた。


 いかに超常の魔力と人間離れした体力を持つジオとはいえ、一方的に殴られ続けそれを癒していけば限界は訪れる。

 さらにセージは心臓の封印は解いていないものの、その魔力には成長によって僅かながらも仮神(デス子)の神力が混じりつつあった。

 それによって付いた傷は、通常の怪我よりも治しにくいものとなっていた。


 ジオは満身創痍になりながらも、セージに向かって木剣を振るった。もはや手加減はしておらず、全力を費やしてセージ以下の身体能力に成り下がっていた。


 セージはジオの木剣を掻い潜って腹を打ち、すれ違おうとしてジオの回転肘に襲われ、それを首をひねって躱した。


 互いに背を向けるのは一瞬。


 セージは反転したジオに跳んで間合いを開ける動作を見せ、それを追おうと踏み込むジオの足元に転がって、その脛を打ち据えた。

 セージからすれば無理な動きによる手打ちの一撃、だがジオの踏み込みが合わさって紛れもない痛打となる。


 ジオの身体は一瞬の硬直を生み、セージはそのまま股を抜けて後ろをとり、飛び上がって木剣を振るう。

 ジオは咄嗟に木剣を上げて頭を守った。そこに来ると魔力が走ったからだ。

 だがそれは木剣に触れると同時に霧散し、セージの木刀は脇腹に深々とめり込んだ。


「ぐっ」

「時間も時間です。さすがに、勝負有りでしょう」


 肋骨が砕かれ、うずくまるジオに浴びせられる声はただただ冷たい。


「やめてよ、セージ」

「止めなくていい。ようやく楽しくなってきたところだ」


 マギーが泣き叫んで、それを他でもなくジオが否定した。


「……そろそろ、死にますよ」


 感情のないセージの言葉に、マギーたちが恐怖で震え上がった。


「ああ、それで良い。そうでなくては掴めない」


 追い詰められているのは間違いなくジオだったが、その目に気弱な感情は宿っていなかった。

 むしろ燃えるようなその目は苦境を前にしたからこそ戦意を溢れさせ、セージに戦闘狂の殺人鬼を思い起こさせた。


「父さん。止めなよ。セージに父親殺しをさせる気なの」

「……む」


 そしてその戦意は、アベルの言葉で簡単に鎮火した。


「さすがです、お兄様」

「馬鹿なこと言ってないで、セージも冷静になれよ。お前らが殺し合うなんてどうかしてるぞ」


 セージとジオはきょとんとした顔で互いを見て、そしてアベルを見た。


「何を言ってるの?」

「何を言ってるんだ?」

「え? いや、だって……」


 ジオは首をひねって、セージは一拍置いてから心配されている内容を理解した。


「いや、親父が馬鹿だから成敗してただけで、殺し合いとか、そんな物騒なことはしてないよ?」

「え?」

「いや、姉さん。そんなに本気でびっくりしなくても。だいたいなんでわた――僕が、親父を殺すんだよ」


 驚かれている事に驚いて、セージが慌てて弁明するがマギーは納得した様子はなかった。


「だ、だって、血もたくさん出てるし。ひどい音したし、それにセージ……」

「普通じゃなかったよ。どう考えても」


 マギーが言いよどんだ先を、アベルがはっきりとそう言って、セージを非難した。


「あー……。いや、でも勝ち確になってたから、間違いは起きないよ。親父の怪我だって、少し休めば治る程度だし」


 それは事実であった。

 戦い続けているからこそジオは怪我を治す余裕を失っていたが、少しでも休めば魔力は回復するし、落ち着いた状況であれば治癒魔法はまだまだ機能する。

 さらに言えばジオには聖域もある。これが本当に殺し合いだったなら、肉体を痛めつけたとしてもセージは優位につけたとは言えない状況だった。


「そうだな。ふむ。追い詰められれば俺もゾーンには入れる。それを待っていたんだがな」

「……ぞーん?」


 マギーが首をかしげるが、それはさて置いて、セージはジオに一言釘を刺しておく。


「あそこからの逆転を許す気はなかったけどね」

「……ふん。だがお前にはやはりあいつの技が息づいている。ならば俺の勝ちだ」

「何だその超理論。使える技は使うってだけだよ。あいつと同じってわけじゃない」


 ジオは口をへの字に曲げた。


「あいつが嫌いなわけじゃあないだろう。何を言ってるんだ」

「はっ、何言ってるんだバカ親父。嫌いに決まってるだろう。あんな我が儘馬鹿」

「……アンネみたいなことを言うな、お前は」

「あいつ見たら誰だってそう言うよ。僕だってそう言うよ」


 そこからバカバカしい口喧嘩を始める二人を見て、アベルは確かにいつもどおりだなと、呆れ半分に安堵した。



 ◆◆◆◆◆◆



 とりあえず汗とか血で汚れたので、シャワーを浴びてから――余談だが、本邸と離れには湯船付きの浴場があるが、道場にあるのは五人分の個人用シャワー室があって、今回はそこを使った――夕御飯にしようと思う。

 幸い、シエスタさんたちが気をきかせて作ってくれていたので、身奇麗にして食卓に向かうだけで良かった。


「お待たせ」

「遅くなった」

「いいえ。お話は出来ましたか?」


 シエスタさんにそう言われて、親父と顔を見合わせる。そういえば私たちは何を話していたんだったか。


「大根おろしを作り置きするのに、ニンニクのすり下ろしはなぜしないのか、だったか?」

「ああ、必要な時にすればいいって話だよね。そもそもそんなに使わないし」

「だがマヨネーズや醤油みたいに食卓に置いておけば便利じゃないか」

「え? 出来上がった料理に追いニンニクしたいって意味だったの? そんな合う料理あるかな。まあ小瓶に入れておけばそこまで臭わないけど、すり下ろすと傷みやすいんだよね。

 ……うーん、置いても良いけど、ちゃんと使い切ってよ? あと食事のあとは絶対に歯を磨いてよね」

「む。いいだろう」


 互いに納得のいく合意が得られたことで頷き合い、シエスタさんを見た。


「そういうことになりました」

「あっ……、はい。にんにく、美味しいですよね?」


 なんで疑問形?


「シェス、こういう時は真面目に構えないほうがいいよ。

 カインは何か言いたいことはないのか」

「……いや」


 難しい顔で、次兄さんは俯いた。

 何かしら思うところはあっても、それをどう口にしていいのかわからない。そんな様子だった。


「後で道場に来い。お前も汗を流せ」


 そんな次兄さんに、親父はそう言った。


「ああ」


 次兄さんは小さく頷いた。

 デイトが、純粋な悪人でないことに次兄さんは気づいている。

 彼への憎しみが親父にとって辛いものだという事もわかっている。

 それでも黒い気持ちが捨てられなくて、苦しんでいる。

 その葛藤は、汗を流して気を紛らわすぐらいしか私も思いつかない。


「さて、それじゃああらためてご飯にしようか」


 私がそう言うと、


「うらー、かえったどー!!」


 なんか、酔っぱらいがやって来た。





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