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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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247話 酒は飲んでも飲まれるな

 




 ブレイドホーム家には沈痛な空気が漂っていた。

 あの事件で少女たちは軽度の急性ストレス障害を発症したが、マギーやカインは特に問題なしと診断され、その日のうちに家に帰された。

 なおセージは経緯の確認や公式発表のためのすり合わせで拘束され、その後も本人がケロっとしていたこともあって病院にすら行かされていない。


 即日退院となったマギーたちだったが、普段通りの生活とはいかず、セージが荒み、ジオが帰ってこないこともあって不安な日々を過ごしていた。



 芸術都市接続が延長されたことで仕事が休みに――夜の仕事などは特に客が減るため、店を閉めたり、個人でも営業を行わないことが多い――なった母親たちが多く、ブレイドホーム家に預けられる子供は少なかった。


 そこにはジオの不在、セージの雰囲気の違い、大きな事件の報道、そういった事から母親たちが何かを察したという理由もある。


 とは言えどうしても子供を預けなければならない家庭もあれば、まあ大丈夫だろうと楽観的に考える親もいて、少ないながらも子供は預かっていた。

 そんな子供たちの世話を焼きながら、なるべく事件のことを考えないようにマギーはしていた。


 マギーたちに正確な説明はなされていない。


 ただ世間一般に知らされるように、魔族のテロで、あの戦闘は仕方のないものだったと、賞賛されてしかるべきものだったと、だから他の人を不安に陥れるような事は絶対に言いふらすなと、そんな説明がなされた。


 しかしマギーはジオがはっきりとデイトと口にしたのを聞いていたし、それが行方不明の叔父の名前だと知っていた。

 そしてあの戦闘はホルストという人を探しに来た精霊様の遣いと、騎士やセージが戦ったから起きたものだと知っていた。

 そしてデイトが、アベルやカインの家族を殺したのだと、知った。


 マギーには何もかもがわからなくて、だから何も考えなくて済むように子供たちの世話を焼いた。

 そんなマギーに声をかけたのは、セルビアだった。

 末の妹は珍しく学校をズル休みして、家にいた。


「……大丈夫?」

「何が?」


 やる事のなくなったお昼休みに、ダイニングで座っているところにセルビアがやって来て、心配そうにマギーの顔を覗き込んでそう言った。

 心のどこかでそんな態度をしてはいけないと思いながらも、マギーの声は冷たかった。


「あ、うん……。えっとね、げ、元気になーれ」

「……なんなの、それ」

「うっ。これ、元気になるって、デボラが、言ってた、から」

「私、元気だもん。何よ……」


 マギーが不機嫌にそう言ったのはセルビアではなく、冷めた眼差しを向けるカインだった。


「見てらんねえんだよ。妹に八つ当たりなんてするなよ」


 マギーは頭の中が真っ赤になって立ち上がった。勢いよく立ち上がったさいに机を叩いて、大きな音が響いた。


「はぁっ!?」

「……落ち着けよ。なんでお前がキレてんだよ。チビ達だって気味悪がってたし」

「それは、それはカインが悪いんじゃない。私は止めてって言ったのに。カインのせいでしょ!!」


 ジオがデイトを殺す羽目になったのはあの時にセージが戦ったからで、つまりはカインのせいだ。

 マギーがそう言っているのは正しくカインに伝わった。


「っ!! あいつは、あいつは殺すべきだった。それは絶対だ」

「お父さんの弟だったのに、セージは嫌がってたのに、カインのせいじゃない!!」


 カインはマギーを殴った。

 それは反射的な行為だった。

 魔力こそ込められていない拳は、しかし鍛えられた少年のもの。

 マギーは倒れて、しかし気丈にカインを睨みあげた。


「ご、ごめ――」

「私、間違ってないもん!!」

「――っ!! くそっ」


 カインは再び頭に血が上るのをこらえて、髪をかきむしった。


「わかってるさ、俺が馬鹿だって、でも――」


 カインが何かを言おうとするのを、セルビアの泣き声が遮った。

 大きな泣き声は家中に、そしてブレイドホーム家の広い敷地を超えてご近所にまで響き渡った。


「ああああああああぅぅぁああああああああああん!!」

「うるっせえ、くそ。静かにしろセルビア」

「ちょっと、やめてよ、泣かないでよ」

「けん、けんあしちゃやああああぁぁぁぁあああああっ!!」


 セルビアの大きな泣き声に、保育士や子供たちが心配そうに様子を見に来る。


「ああ、いや、大丈夫。大丈夫だから」

「セルビア。喧嘩なんてしないから。泣き止んで。ね」


 カインが保母さん達に、マギーがセルビアにそう声をかけるが、セルビアが泣き止むことはなかった。



 ******



 気が入らないという理由で護衛の仕事は休みをもらって、マリアは小さな酒場で飲んでいた。

 度数の高いウイスキーをストレートでちびちびと舐めながら、ぼんやりとデイトを懐かしんだ。


 荒事を生業にしている以上、見知った相手が死ぬのは初めてではない。

 だがデイトが死んだと聞かされても、どうせ偽装しただけでひょっこりどこかで顔を出しそうな気がしていた。


 ジオの顔を見ればそんな事はありえないとわかっているのに、受け入れられなかった。



 そう言えばアンネが死んだ時もそうだったなと、マリアはぼんやり思った。

 親しいわけではないし、デイトに比べれば交友の機会は少なかったが、強く意識していた相手ではある。

 性悪な女狐という印象だったが、決して嫌ってはいなかった。


 むしろあのデイトを手懐けジオを手玉に取る姿に、感心すらしていた。

 殺しても死ななそうな女狐も、マリアの知らないところであっさり死んで、大げさな葬儀が執り行われて、その時もどうせいつかひょっこり現れるんだろうなと思っていた。


 そんな事はなかった。


 死んだ人間とはもう二度と会えない。

 そんな当たり前のことを噛み締めながら、マリアはグラスを傾ける。



「邪魔をするぞ」



 マリアの隣に座ったのはミルク代表だった。


「……」

「デイトという男は、ジェイダス家に関わったものなら知らぬ者はいない人物だ。

 一緒に弔わせてくれ」

「あなたはジェイダス家を憎んでいたのでは?」


 ミルクは苦笑した。


「ああ、そうだな。だが全てが嫌いだったわけじゃあないさ。

 いつかは彼が敵になるだろうと恐れてはいたがね」

「……よく敵に回そうだなんて思えますね」


 怖いもの知らずだというマリアの言葉に、ミルクは肩をすくめた。

 それは事実だったが、しかし怖いと言うなら名家自体が怖い。ミルクにとって、敵と見定めない理由としては十分ではなかった。


「何か、思い出はあるのですか?」

「あるというか、閨の話だな。

 じつは俺は元娼婦でな。世話にはなった」


 マリアは口に含んだウイスキーを吹き出した。


「なんだ。あの男との思い出なんて、暴力事か艶事ぐらいだろう。そっちはどうなんだ。あれはあれでいい男だったろう」

「来たばかりで酔っているのですか。あの男とそんな事は――」


 言いかけて、マリアは口ごもった。

 うんと、ミルクが愉快げな目で先を促す。


「――話すようなことはありませんよ」

「そういう話こそ、話すべきだろう。こういう日はな」

「……べつに、何をしたというわけではありません。ただちょっと口が過ぎて、その、ホモと呼んだだけです」


 ミルクは目を丸くした。怖いもの知らずだなと、その目が訴えていた。


「ちょっとした悪態だったんですよ。その、毎日毎日貶されるから、ささやかな意趣返しだったんです」

「で、どうなったんだ。聞き流すような心の広い男ではなかっただろう」

「ええ、ええ。押し倒されましたよ。裸に剥かれて、その、まあ、いいじゃありませんか。結果的には何もされませんでしたよ」

「いやいや、折角だ。吐き出しておけ。ほら、飲め」


 ミルクはそう言ってまだ半分近く残っているマリアのグラスに酒を注いだ。

 マリアはそれを一気に飲み干した。


「その、私はその時は、まだ経験がなかったんですよ。

 あの男、それを見透かして、あろうことか鼻で笑ったんですよ。処女かよ、ダセェ、って。

 有りえなくないですか。女の純潔をなんだと思っているんですか」

「ああ、言いそうだな。想像がつく。あいつはひどい男だ」


 その時のことを――それこそ必死の抵抗も虚しく、大事なところに手まで突っ込まれて泣いたことを――思い出して憤るマリアに、ミルクは相づちを打って酌をした。

 ちなみにマリアが本気で泣いたことでデイトが萎えたので、一線は超えていない。


「ええ、ええ。本当に。しかも傷心の私に余計なことを囁いて、騙されて。本当に一生ものの恥をかきましたよ」

「ああ、ジオ殿を夜這いした件か」

「何で知ってるんですか!!」


 マリアは飲み干したグラスをテーブルに叩きつけた。

 力加減が怪しくなっていたせいで、グラスはパリンと割れた。


 酔いの深いマリアはそれをあまり気に止めず、ミルクも手際よく従業員を呼んで、多めのチップを払って片付けさせ、新しいグラスも用意させた。


「いや、古参は知っているぞ。噂になったからな」

「な――、なんでそんな。あの女狐の仕業か」

「ああ、そうだな。そうかもなぁ」


 当時マリアはその才覚と美貌、そして大きな胸で男性から人気があった。だから噂になったのは必ずしもアンネが理由ではないと思ったが、否定しても面倒そうなのでミルクは相槌を打つにとどめた。

 そしてマリアのグラスにお酒を注いだ。


 それからもマリアはデイトへの悪態を、時にアンネも含めて続け、いくらかはしんみりと泣きそうな声で綺麗な思い出も語った。

 あの男がいたから死なずに済んだ。強くなれた。この都市の常識を知れた。何の恩も返せなかったと。

 そして、あいつがブレイドホーム家の子供たちに悼んで貰えないのは、おかしいと。


 長い長いそれらを聞いて、折を見て酌をして、ミルクはぐでんぐでんに酔っ払ったマリアに囁いた。


「そろそろ帰ろう。ジオ殿も悲しんでいる。慰めてやるといい」


 悲しい思いは酒を飲み、愚痴を吐き出し、そして体を重ねて忘れるものだ。

 そう言われて、マリアはブレイドホーム家へと帰っていった。



 これで恩を売れる。そして有能な戦士をマージネル家から引き抜ける。さらに荒れているブレイドホーム家への支援にもなるだろう。

 ミルクは一石三鳥だと、それなりに高額になった酒代を支払い、そう満足げに頷いた。


 ちなみにミルクはこの件が理由でマリアに恨まれることになるのだが、この時はそんな可能性は全く頭になかった。





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