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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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243話 人の道に反しても

 




「どういう事だ」


 アンネが死に、その赤子をジオの下へ送り届けたデイトは、その足でサニアのもとへと走りそう問い詰めた。


「どう、とは?」

「はぐらかすつもりなら、俺はお前を、お前の持つすべてを殺す。どんな手を使っても」


 デイトは濃縮した殺意をサニアに突きつける。

 サニアはかすかに震え、それを誤魔化すように腕を組んで艶然と微笑んだ。


「出来もしないことを。

 ですが良いでしょう。あなたの働きにはそれなりに満足をしています。

 質問を許します。あなたは何を知りたいのですか?」

「……アンネは最後にお前に話しかけていた。ジェイダス家を、ジオの子、その家を潰してまわってたのはお前の指示か」


 サニアは鼻で笑った。


「かの当主の言葉をもう忘れたのですか。あれは彼女の独断。ですが、気づいてはいましたよ」

「なぜ」

「ジオレインの子については目を光らせていましたからね」


 デイトは口元を苦いものへと変える。

 自分が今日まで、何よりも真っ先に聞いておかなければいけなかった事に気がついたからだ。


「お前はなぜジオの呪いを解く。バカ兄貴の評判を考えれば、このまま引退させたほうが得なはずだ」


 呪いが解けるかどうかわからないうちから、守護都市の名家はそう動いた。

 ジオを引退させたほうがいいと、守護都市を運営する政治のトップたちが判断をしたのに、なぜそいつらの上役であるサニアが、そしてこの女を操る精霊が暗躍するような形で呪いを解こうというのか。

 サニアはゆっくりと厳かに、勿体つけるように口を開く。


「神を殺す、剣のため」

「……どういう事だ」

「そのままの意味ですよ。

 今の戦力でも竜を撃退する力はあります。

 ですが現世神(うつしよがみ)を退けるには程遠い」


 デイトは無言でその言葉の真意を読もうとする。


「納得できないようですね。ですが真実です。

 人の限界まで力を得た者に力の加護を与えれば特級に、人の限界を超えたものたちの領域へと足を踏み入れます。

 ですが壁をひとつ超えれば、新たな壁が生まれる。

 ただの人間では、加護を得ても竜と戦えるということが限界なのです。

 だからこそただの人間を超えたものたち、独力で特級へと到れる者たちに加護を与えることで、その一つ先の力を身につけさせるのです」

「そのために選ばれたのが――」

「いいえ。そのために育てられた(・・・・・)のが、ジオレインです」


 デイトは言葉を失った。


「彼が乳飲み子であった時から、精霊様は彼を見守っていましたよ。

 そして彼だけではありません。

 いつか訪れるであろう絶望を告げる魔女に備え、常に一人は彼と同じような人を超えた戦士がこの国にはいました。

 もっともどの人物も、彼ほどの才覚は持ちえませんでしたがね」

「……絶望を告げる魔女」

「ええ、帝国の現世神。

 魔物や竜がこの国を襲うのも、彼女の手引きによるもの。

 あの赤子は、次世代の英雄候補といったところですね」


 デイトは拳を握りこむ。


「生贄とは?」

「あなたも経験をしたことがあるのでは?

 荒野で多くの魔物を殺し、魔力量が高まるのを。

 あれは殺した相手の魂、その幾ばくかを取り込んでいるからなのですよ」

「……嘘だな」

「嘘ではありません。魔力が増加するのは取り込んだ魂が定着した後ですから、直接的に実感は得られなかったのかもしれませんね。

 ですが外縁の都市の者たちが同様のトレーニングを積んでいても、強力な魔物と戦う守護都市のものたちは比較にならぬほど精強な魔力を身にまとっている事を考えれば、不思議でもないでしょう」


 こいつは嘘をついている。

 そう思うが、具体的に何が嘘なのかデイトにはわからなかった。

 あるいはもしかしたら、嘘をついていると思いたいのかもしれなかった。


「それは、才能のある連中が守護都市に集まっているからだろう」

「ええ。人間の成長限界には個体差がありますから、それも要因でしょう。

 しかしハンターの多くは己の限界まで魔物を殺してはいませんよ。

 彼らの生活はあなたも知っているでしょう。

 日雇いの労働に精を出し、魔物を狩るのは月に数匹程度。

 対して守護都市の戦士や騎士は、より強力な魔物を倍以上狩っています。

 それこそが彼らハンターと、守護都市の戦士たちの成長の差の原因なのですよ」

「その英雄がジオで、そして次の英雄がこの子か」


 ジオの家に置いてきた赤子を思いながら、デイトは言った。


「ええ。

 もっともケイ・マージネルの成長が順調ですから、ジオとアンネの子は保険でしかありませんけどね」

「保険、だと」


 デイトの声音には怒りと憎しみが滲んでいた。

 予備を作るためにアンネは命懸けで、いや、自分だけでなく多くの身内の命まで捧げたのかと。


「ええ、あの子は保険です。余程の事がなければ、ただの人間の子として生涯を全うできるでしょう。

 叔父としては喜ばしいことなのではありませんか」


 含みをもった笑顔で、サニアは言った。

 デイトが彼女への信用を捨てたのはこの時だった。

 それまでは国を守る精霊の代行者として――口には出さないが――相応に敬意を抱き、その命令に従っていた。

 だがこの時からデイトはサニアを敵視するようになった。



 ◆◆◆◆◆◆



 建物の中で戦闘が続く。

 デイトはそれを楽しいと感じていた。

 刀を、技を振るうたびに必殺の確信を掴み、しかしそれが水のように握り締めた手の中からこぼれ落ちる。

 それを楽しいと感じた。


 技を振るうたびに、セージがそれを吸収する。

 本人は自覚していないようだが、戦い始めてからのほんの短い時間で、幼い甥っ子は随分と成長をしている。

 だがまだデイトの敵ではない。


 ジオの到着(タイムリミット)はおそらく近い。

 それをセージが望んでいないことを察している。

 デイトだってそれを望んでいるわけではない。

 ただもう仕方がないかと、そう思っているだけだ。


 デイトはセージを殺しきれない。殺したと思ったら逃げられるなんてのは百回以上繰り返した。

 その度にセージの体から魔力が吹き上がる。神子の持つ加護の力というやつだろう。

 こいつを殺すには、それこそサニアがかつて言ったような、現世神を殺せる力が必要なんじゃないかと思うほどだ。


 そしてセージもデイトを殺せない。

 デイトは便利な加護など持っていないので殺されれば死ぬのだが、だからといってわざわざ殺されてやるつもりはない。

 むしろ殺してやると、デイトは思った。

 もちろんセージの加護を覆す手段は見当もつかないし、それを探す気もなかった。


 そんなことを思いながらセージの首を撥ね、しかし撥ねたと思ったら逃げられて、建物の中をどんどん下へと降りていく。

 何階降りてきたか、デイトは数えていない。そもそもこの建物が何階建てなのかも知らない。

 だが登った距離と降りた距離の感覚から、そろそろ地上が近いとは感じていた。

 そしてここまでの戦闘で、建物が倒壊の危機にあるとも感じ取っていた。


 隠れながら建物を破壊して降りるセージが足を止めたのは、大きく開けたエントランスだった。

 ここで迎え撃つという姿勢を見せるセージに、デイトは不敵な笑みで問いかける。


「鬼ごっこは終わりか、セイジェンド」

「ええ。ここからは攻守交替。鬼は私がやります」


 セージはそう言って己の手に刃を走らせ、地面に血を滴らせる。

 まさかと、デイトは思った。

 それはいままで誰も真似出来なかったカナンの秘奥義だ。

 いや、土人形を作ることも、そこに大量の魔力を込めることも、出来る人間はいた。

 だがカナンのように、作り出した土人形を自在に操れたものはいない。

 そしてそれは、多くの熟練の戦士たちの技を盗んできたジオも同様だ。

 それができるのかと、デイトは期待に胸を震わせた。


「……ちっ」


 だがその期待はセージの舌打ちで潰えることになった。

 土人形は一体だけ出来上がったが、それは魔力がこもっているだけの土くれで、戦うための武装もまとっていない不出来なものだった。


「初見でそれなら上出来だ、何の役にも立たないがな」


 デイトはそう言ってセージに詰め寄り、その道すがら念のため作り出された土人形も破壊した。

 セージの魔力制御技術と性格を考慮すれば、これが意図的な失敗であり、何かしらの隠しダネを仕込んでいる可能性も高いからだ。


 一歩分だけ遠回りしたデイトを、セージが手に持つ竜角刀と魔法で迎え撃つ。

 正面からの炎弾は首をひねって回避する。耳元で爆発させられたが、来るとわかっていれば強化した防護層で防げるものだ。

 デイトの足はそれでは鈍らない。


 セージは後ろに跳び、もともといた場所から土の槍が勢いよく隆起してデイトを襲う。

 デイトはそれを上に跳躍して躱し、頭上から落ちてきた瓦礫に襲われる。

 一般人なら即死するであろう百キロ近いコンクリートの塊に襲われ、しかしデイトはその瓦礫を掴み、セージに向けて軽々と投擲する。


 瓦礫はセージに当たる前に破砕され、四散した。

 セージの姿がそれで隠れる。

 だが離れてはいない。死角から狙ってきている。その確信がデイトにはあった。


 魔力の発動を感じる。

 しかしそれは囮だ。

 その方向からは呼吸や心臓の鼓動が感じられないし、埃の舞い方も自然なままで人の気配がない。

 ならばその逆に潜んでいるだろう。

 デイトは隠れていそうなところに当たりをつけて、衝裂斬を複数放った。

 その内の一つが正解だったようで、セージが物陰から飛び出して来て、デイトに向かってくる。

 同時に感知していた魔力も形となり、炎の弾となってデイトを挟み撃ちにしてくる。


 炎弾は予備動作なしの衝弾を背中から放って相殺し、セージは手に持つ刀でなます切りにしようとして――



「おおぉぉぉおおおおおおっ!!」



 ――邪魔が入った。


「テメエ、決闘に割って入る気か!!」

「先約は俺だ。下がれセイジェンド」


 乱入してきたアルに怒りを言葉にしてぶつけるデイトだったが、アルはそれを無視してセージにそう言った。

 そしてセージは無言でデイトに斬りかかった。


「ちぃっ。この状況で時間を稼いでいたのはこれが狙いか。つくづく反りが合わねえな、テメエとは」

「欲しいのは名誉じゃない、勝利だ」


 言われっぱなしは嫌だったのか、あるいは何かを伝えたかったのか、セージは短くデイトにそう言った。


「ふんっ。気に入らんな」


 セージと共闘する形になったアルも、不満を言いながらしかしはっきりと剣をデイトに向けてくる。

 こいつだけは絶対に殺す。デイトは改めて自分自身に誓った。


 二対一とは言え、即席のコンビネーションなら容易く崩せる。

 デイトはそんな考えを抱いて、すぐにそれを否定した。


 武器が変わってもアルの実力は変わっていない。

 一対一ならすぐに殺せる拙い剣術だ。

 だがアルの大ぶりの剣技の隙を、セージが的確にカバーしていた。

 セージは距離を取って魔法による援護に専念した。

 強力な上級の魔法ではなく、視野の広さと行動予測をうまく使って中級の魔法を撃ち込んできて、デイトからアルを殺すタイミングを奪った。


 こういう時は一撃喰らうのも覚悟でどちらかを潰すべきだが、セージを殺すのは不確実で、アルにしても一撃で殺せるかは怪しいところがある。

 不用意に攻めれば手痛い反撃を食らうだろう。

 状況は拮抗している。

 痛打を一撃でも喰らえば一気に畳み掛けられない。

 それがわかるからデイトは防戦に意識を向ける。


 魔力はともかく、体力に関してはセージは底をつき始めている。

 遠からず完璧な援護は出来なくなるだろう。

 アルを殺すのはそれからの方が確実だ。

 これ以上の乱入がなければ、その考えは正しかった。


「うおおおぉぉぉぉおお!!」


 年若い少年の雄叫びが響く。

 そして純粋な殺気が、デイトに襲いかかる。

 いや、デイトを襲うのはそれだけではない。


 アルの上段からの振り下ろしを竜角刀で払い流し、アル自身は蹴り飛ばす。

 そのタイミングを狙ったセージの衝裂斬は威圧の眼力で威力を減衰し、額で受ける。


 そんなタイミングでの奇襲だったからだろう。

 デイトは体が動くのに任せてその新たな襲撃者に迎え撃った。

 声と魔力、空気の動きから相手の体格とその動きを読み切り、刀を持っていない左手で手刀を向ける。

 襲って来る速度と魔力から、それでその敵は殺せると経験から知っていた。


 だからデイトの手刀は、正確に襲撃者の喉を切り裂いた。


 ゾーンに消耗以外の欠点があるならば、それは速さにある。

 思考が交じる余地もなく行われる動作は、その行いに疑問を持った時にはもう果たされている。

 それが間違いだと判断して、止めるだけの間がないのだ。


 デイトが相手をはっきり視認したのは、セージの衝裂斬を受け終えてから。

 その時にはもう、手刀は相手の喉元まで迫っていた。

 手刀で喉を斬るのではなく、握り捕まえるのに変えろと頭が指示を出すが、その時には深々と突き刺さっていた。

 カインの姿をしたものは、デイトの手刀に頭と身体を斬り裂かれ、


「――っ!!」


 デイト自身も、いつの間にか詰め寄っていたセージに、背中を切り裂かれた。

 咄嗟に距離をとったデイトに見えたのは崩れていく土人形と、その奥に見える五体満足なカインとマギーたちだった。


「……憐れですね」


 背骨まで切られて膝をついたデイトに、セージがそう言った。





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