242話 勝利への道
二本の竜角刀が交差し、その度に偽りの死が生産される。
デイトの刀は私を容易く切り裂き、私の刀は空だけを切る。
たった一日で隔絶した戦闘技量と魔力差は埋まるはずもない。
だが想定とは違って、デイトは私を殺すことに躊躇いがない。
肉体には常に限界まで魔力が充填され、そして死に戻りの瞬間にはいくらかの余剰魔力が扱える。
さらに相手の動きを体感することで、一応は勝負の形にもっていけている
私は建物の壁面を駆け上がって、デイトと距離を取ろうとする。
真っ向から刀を結んでは勝機はない。
五十回ほど殺されて流石に諦めがついた。
殺されながら技量を上げて追いつけないかとも思ったが、デイトの技量は何十年とかけて磨き上げたものだ。
百や二百、殺され学んだところで付け焼刃でしかない。
正面からの戦闘に勝機はない。
ならば戦うステージを変えねばならない。
距離をとり、魔法での攪乱を狙う。
狙うがしかし、上手くいかない。
直線的な狙撃は当然のことながら、曲射、あるいは背中に回り込む死角への一撃、どれも当たるどころか足止めにもならず、張り付かれる。
足場を崩す搦手も通用しない。
わかってはいた。
こいつはケイさんとは違う。揺さぶりは通用しない。
腕を切り落とされ、足を切り落とされ、首を切り落とされた。
その度に溢れる魔力を利用して、奴の行う殺し技に合わせて、しかし即座に別の技に切り替えられて、対応が間に合わずまた殺される。
速度が違う。
技量が違う。
全て分かっていた。
今の私では勝機はないと。
それでも勝たなければならない。
殺さなければならない。
ならなんだってやる。それだけのことだ。
仮初の死を何度も体験しながら、私はなんとか壁を駆け上がり建物の屋上まで登る。
デイトも一歩遅れて上がってきて、即座に間合いは詰めてこずに様子を伺ってくる。
何か策があるのか見極めようという目だった。
そして何もない、あるいは考えても仕方ないとでも言いたげに、真っ直ぐに突っ込んでくる。
こいつが親父やラウドさんに劣るところがあるとするならば、近接戦に特化しており長距離戦を不得手としているところだろう。
だがこいつを振り切って、一方的な距離から攻撃するのは現実的ではない。
だからせめて、障害物と死角の多い場所に誘い込むしかない。
私は、屋上の床を砕いた。
自由落下する私に、覆いかぶさる形でデイトが襲って来る。
私は至近で爆裂の魔法を放ち、距離を開ける。
同時に降りた先の床も砕いて、さらに下のフロアへと入る。爆煙と土煙で視界は奪った。
魔力体を複数作って四方に走らせる。
私本人は手近な机の下へと隠れて、体内で魔力を溜めながらデイトを待つ。
降りてきたデイトは周囲を一瞥し、真っ直ぐに私の隠れている方向に歩いてくる。
その感情は呆れと確信が混ざっていた。
「おい、隠れんぼするなら痕跡の消し方くらいは覚えとけ」
「ちっ」
諦めて奴の方に机を蹴り飛ばす。
やつは片手でそれを捌いて、もう一方の片手で竜角刀を振るう。
私の作った炎弾はそれに裂かれ、そのタイミングで踏み込むが、デイトは払いから突きに動きを変え、私の眉間を刺した。
◇◇◇◇◇◇
私の作った炎弾が裂かれたタイミングで、踏み込みのフェイントを入れる。
デイトは刀の動きを変えようとして、しかしそれを止めて硬直が生まれる。
改めてそこに踏み込んで行くが、デイトに蹴り上げられる。
くそっ。
これはわかっていたのに、足に刀を合わせられなかった。
私は蹴り上げられた衝撃を利用して、一つ上の階へと上がり、デイトも即座に追ってくる。
上階は床が崩れ、埃が舞い、ガレキが散乱している。
だがこれではまだ足りない。
こいつの未来予測は私に勝るが、しかし私ほどの知覚能力を持っているわけではない。
私は壁をくだいて隣の部屋に逃げ込み、デイトもそれを追ってくる。
炎弾で進路を妨害するが、効果はやはり薄い。
だが全くの無駄でもない。
丁寧に、しつこく小さな嫌がらせを積み重ねる。
デイトは親父級の強さとメンタルをもっているが、それでも人間だ。
昨日は手を切り落とせたのだから、隙を突くこと、隙を生むことは決して不可能なことではない。
「――はんっ」
デイトは鼻で笑い、私の逃げ道を塞ぐ形で衝裂斬を放ってくる。
私はそれを掻い潜って、隣の部屋へと逃げる。
途中で炎弾を撃ち続けることも忘れない。ほとんどが切り払われるが、いくつかは躱されて部屋を砕き、そして焼く。それでいい。
いや、まて。おかしい。
今、私は死ななかった。
基本技とは言えここまで温存していた闘魔術を使ったというのに。
いや、闘魔術を使う瞬間、あいつの動きの先がはっきり予測できた。体が自然に反応した。
「ちっ」
デイトが舌打ちする。
その感情に、自らの失敗を認める後悔が生まれている。
そうか。
デイトはここまで闘魔術を使わなかったんじゃない。使うだけの意味が無かったのだ。
極限の集中状態に入ったデイトの動きは先が読めない。行動が反射的で、思考の混ざらないものだからだ。
だが闘魔術や魔法はどういったものを成したいか、イメージを抱く必要がある。
だから行動と思考が全くの同時ではない。
わずかな、本当にわずかだがタイムラグがある。
だから私には使わなかったのか。
私の眼を見抜いていたから。
どうやら乏しくとも勝ち筋はあるようだ。
「気づいたか? まあいいさ。どっちにしろ知らない技を読めるほどじゃあないだろう、お前の才能は」
デイトはそう言って速度を上げる。
身体活性の強化ではない。
こいつは魔力と体力を温存しながら戦っている。
そして体内には魔力が奔る。
なにかの闘魔術。だがそれは知らない。見切れない。先が読めない。
いや読む必要はない。デイトの動きに合わせ――
すぱん、と。
――私は首だけになって宙に舞い、自分の体を見ることになった。
「雑念が混じったな。見ようとしなけりゃもうちょい逃げれただろ。
それとも、お前にはこれで正解なのか?」
◇◇◇◇◇◇
デイトの体内に魔力が奔る。
身体活性とは別の、おそらくはバフ魔法のようなもの。
まだコピーまでは出来ないが、しかしただの肉体強化なら対応は可能だ。
私は体内から溢れるデス子の魔力を利用して斬撃を作る。
デイトが親父に放った、魔力だけで作った架空の斬撃。
そしてその影に隠して、私自身も刀を振るう――
すぱん、と。
――私は首だけになって宙に舞い、再び自分の体を見ることになった。
「馬鹿が、俺の技が俺に通用するかよ」
クソが。
◇◇◇◇◇◇
デイトの動き、その魔法は見えている。
奴の強化された速度に対抗するには、こちらも同種の強化をするべきだ。
奴の魔法を模倣し、肉体を強化し、迎え撃とうとして――
すぱん、と。
――私はデイトの前にすっ転んで、首を切り落とされた。
「アホだな」
強化した身体を上手く使えなかった。侮辱も今は素直に受け入れてやる。
◇◇◇◇◇◇
デイトは肉体を強化する。
その魔法はもう十分に見た。今の私に使いこなせるものじゃない。
ならば私のやるべきことは先程までと変わらない。
余剰魔力で爆煙の壁を敷く。魔力体を左右と正面に放ち、私自身は地面に寝転がってデイトの突進を躱す。
デイトは正面の魔力体を切り裂いて突き進み、すぐに私に気づくがこの一瞬で十分だ。
再度私は床を壊して落下を始める。
デイトは衝裂斬を放って降りるのを阻止してくるが、一瞬早く私は飛び退く。
デイトは逃げた先へと回り込もうとするが、甘い。
頭上から奴の進路上にガレキが落ちてくる。
数十キロはありそうなガレキを手で払いのけ、デイトは進んでくる。
だが一瞬の遅延はあった。それで私は別の部屋へと逃げ込む。
単純な未来予測では奴に劣っているが、視野の広さは私が上。
やはり周囲の状況を利用しなければならない。
そして必要な状況は、整いつつある。
◆◆◆◆◆◆
「馬鹿もん!! 勝手に至宝の君の護衛と戦いおってからに。責任を取るのはお嬢なんじゃぞ」
ひとまず安全なところにまで退避したカナンたちは、防音の結界を作って事の経緯を話し合っていた。
そしておおよその事情を聞いたカナンは、アルの浅慮を怒鳴りつけた。
怒鳴ったあとで、カナンはふらついて倒れそうになり、慌ててホルストがその体を支えた。
高齢のカナンにとって、大量の出血――分身に分身を作らせるため、失った血はとても多い――は相応に負担のかかるものだった。
「まあまあ、大祖父。こうしてみんな無事だったんだ。
それにアルにしても私の身を案じての事なんだ。問題はないだろう?」
「――待て、おっさん。まだ無事じゃない。ガキ達があの場に取り残されている」
「ああ、そうだったね。でも大丈夫。天使が来ていたからね。何とかするだろう」
カナンが驚きに満ちた目でホルストを見た。
そしてアルもまた、怒りに震える目でホルストを見た。
「天使――セイジェンド、だと」
アルはカナンが腰に差していた剣を奪い取ると、先程までいた路地に向けて駆け出した。
「おい、待て、馬鹿たれ、戻ってこい」
「魔人の子に助けられるわけに行くかっ!!」
アルは振り返らずに走って姿を消した。
その背に向けて、カナンは届くことのない手を伸ばした。
「……すまない」
ホルストは今にも倒れそうなカナンを憐れみ、そう言った。
******
マギーは一人、泣き疲れて地面に座り込んでいた。
そしてぼんやりとした絶望的な目で、セージの消えていった方向を見つめていた。
何を考えているのか自分でもよくわからない。
ただ自分の言葉を無視して走って消えるセージの姿が、どうしようもなく心を締め付けた。
いないほうがいい。
邪魔。
必要ない。
きっと違うのに、そう思われていると思った。
それまで漠然と感じていた不安が、はっきりと形になったような気がした。
アベルのように、あるいは夢をかなえようとするカインやセルビアのように、セージもいつかどこか遠くに行くと。
何の役にも立たない私は皆から置いていかれるんだと、そんな現実を突きつけられた気がした。
そんなマギーに、声がかけられる。
「ねえ、行こうよ」
振り向くと、そこにはクリムがいた。
泣きはらし、バツの悪い顔をしたカインも。
そしてクリムの友達の少女たちも。
「逃げようよ、クリム」
友達にそう言われて、クリムは首を横に振った。
「みんなは逃げて。
セージは家族だから。見捨てちゃいけないって、おばあちゃん言ってた。
それに――」
「俺も、見届けたい、から」
クリムの言葉を遮って、カインも言った。
「ク、クリムが行くんなら、私らも逃げないし」
「う、うん」
「友達だもんね」
クリムの友達が、恐々としながらもそう口にした。
マギーはゆっくり立ち上がった。
足は震えていたが、立つことはできた。
怖い人と仮面の人の戦いを思い出して、震えながら一歩踏み出した。
セージたちが消えて、大きな音が鳴る方に、一歩踏み出した。
「あっち」
マギーは短くそう言った。
今の自分が何を考えているのかわからない。
何を感じているのかわからない。
ただそれでもその足は前へと進んだ。