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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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242話 勝利への道

 




 二本の竜角刀が交差し、その度に偽りの死が生産される。

 デイトの刀は私を容易く切り裂き、私の刀は空だけを切る。

 たった一日で隔絶した戦闘技量と魔力差は埋まるはずもない。

 だが想定とは違って、デイトは私を殺すことに躊躇いがない。


 肉体には常に限界まで魔力が充填され、そして死に戻りの瞬間にはいくらかの余剰魔力が扱える。

 さらに相手の動きを体感することで、一応は勝負の形にもっていけている


 私は建物の壁面を駆け上がって、デイトと距離を取ろうとする。

 真っ向から刀を結んでは勝機はない。

 五十回ほど殺されて流石に諦めがついた。

 殺されながら技量を上げて追いつけないかとも思ったが、デイトの技量は何十年とかけて磨き上げたものだ。

 百や二百、殺され学んだところで付け焼刃でしかない。


 正面からの戦闘に勝機はない。

 ならば戦うステージを変えねばならない。


 距離をとり、魔法での攪乱を狙う。

 狙うがしかし、上手くいかない。

 直線的な狙撃は当然のことながら、曲射、あるいは背中に回り込む死角への一撃、どれも当たるどころか足止めにもならず、張り付かれる。

 足場を崩す搦手も通用しない。

 わかってはいた。

 こいつはケイさんとは違う。揺さぶりは通用しない。


 腕を切り落とされ、足を切り落とされ、首を切り落とされた。

 その度に溢れる魔力を利用して、奴の行う殺し技に合わせて、しかし即座に別の技に切り替えられて、対応が間に合わずまた殺される。

 速度が違う。

 技量が違う。

 全て分かっていた。

 今の私では勝機はないと。


 それでも勝たなければならない。

 殺さなければならない。

 ならなんだってやる。それだけのことだ。


 仮初の死を何度も体験しながら、私はなんとか壁を駆け上がり建物の屋上まで登る。


 デイトも一歩遅れて上がってきて、即座に間合いは詰めてこずに様子を伺ってくる。

 何か策があるのか見極めようという目だった。

 そして何もない、あるいは考えても仕方ないとでも言いたげに、真っ直ぐに突っ込んでくる。


 こいつが親父やラウドさんに劣るところがあるとするならば、近接戦に特化しており長距離戦を不得手としているところだろう。

 だがこいつを振り切って、一方的な距離から攻撃するのは現実的ではない。

 だからせめて、障害物と死角の多い場所に誘い込むしかない。

 私は、屋上の床を砕いた。


 自由落下する私に、覆いかぶさる形でデイトが襲って来る。

 私は至近で爆裂の魔法を放ち、距離を開ける。

 同時に降りた先の床も砕いて、さらに下のフロアへと入る。爆煙と土煙で視界は奪った。

 魔力体を複数作って四方に走らせる。

 私本人は手近な机の下へと隠れて、体内で魔力を溜めながらデイトを待つ。


 降りてきたデイトは周囲を一瞥し、真っ直ぐに私の隠れている方向に歩いてくる。

 その感情は呆れと確信が混ざっていた。


「おい、隠れんぼするなら痕跡の消し方くらいは覚えとけ」

「ちっ」


 諦めて奴の方に机を蹴り飛ばす。

 やつは片手でそれを捌いて、もう一方の片手で竜角刀を振るう。

 私の作った炎弾はそれに裂かれ、そのタイミングで踏み込むが、デイトは払いから突きに動きを変え、私の眉間を刺した。



 ◇◇◇◇◇◇



 私の作った炎弾が裂かれたタイミングで、踏み込みのフェイントを入れる。

 デイトは刀の動きを変えようとして、しかしそれを止めて硬直が生まれる。

 改めてそこに踏み込んで行くが、デイトに蹴り上げられる。

 くそっ。

 これはわかっていたのに、足に刀を合わせられなかった。


 私は蹴り上げられた衝撃を利用して、一つ上の階へと上がり、デイトも即座に追ってくる。


 上階は床が崩れ、埃が舞い、ガレキが散乱している。

 だがこれではまだ足りない。

 こいつの未来予測は私に勝るが、しかし私ほどの知覚能力を持っているわけではない。


 私は壁をくだいて隣の部屋に逃げ込み、デイトもそれを追ってくる。

 炎弾で進路を妨害するが、効果はやはり薄い。

 だが全くの無駄でもない。

 丁寧に、しつこく小さな嫌がらせを積み重ねる。

 デイトは親父(えいゆう)級の強さとメンタルをもっているが、それでも人間だ。

 昨日は手を切り落とせたのだから、隙を突くこと、隙を生むことは決して不可能なことではない。


「――はんっ」


 デイトは鼻で笑い、私の逃げ道を塞ぐ形で衝裂斬を放ってくる。

 私はそれを掻い潜って、隣の部屋へと逃げる。

 途中で炎弾を撃ち続けることも忘れない。ほとんどが切り払われるが、いくつかは躱されて部屋を砕き、そして焼く。それでいい。


 いや、まて。おかしい。

 今、私は死ななかった。

 基本技とは言えここまで温存していた闘魔術を使ったというのに。

 いや、闘魔術を使う瞬間、あいつの動きの先がはっきり予測できた。体が自然に反応した。


「ちっ」


 デイトが舌打ちする。

 その感情に、自らの失敗を認める後悔が生まれている。

 そうか。

 デイトはここまで闘魔術を使わなかったんじゃない。使うだけの意味が無かったのだ。


 極限の集中状態に入ったデイトの動きは先が読めない。行動が反射的で、思考の混ざらないものだからだ。

 だが闘魔術や魔法はどういったものを成したいか、イメージを抱く必要がある。

 だから行動と思考が全くの同時ではない。

 わずかな、本当にわずかだがタイムラグがある。

 だから私には使わなかったのか。

 私の眼を見抜いていたから。

 どうやら乏しくとも勝ち筋はあるようだ。


「気づいたか? まあいいさ。どっちにしろ知らない技を読めるほどじゃあないだろう、お前の才能は」


 デイトはそう言って速度を上げる。

 身体活性の強化ではない。

 こいつは魔力と体力を温存しながら戦っている。

 そして体内には魔力が奔る。

 なにかの闘魔術。だがそれは知らない。見切れない。先が読めない。

 いや読む必要はない。デイトの動きに合わせ――


 すぱん、と。


 ――私は首だけになって宙に舞い、自分の体を見ることになった。


「雑念が混じったな。見ようとしなけりゃもうちょい逃げれただろ。

 それとも、お前にはこれで正解なのか?」



 ◇◇◇◇◇◇



 デイトの体内に魔力が奔る。

 身体活性とは別の、おそらくはバフ魔法のようなもの。

 まだコピーまでは出来ないが、しかしただの肉体強化なら対応は可能だ。

 私は体内から溢れるデス子の魔力を利用して斬撃を作る。

 デイトが親父に放った、魔力だけで作った架空の斬撃。

 そしてその影に隠して、私自身も刀を振るう――


 すぱん、と。


 ――私は首だけになって宙に舞い、再び自分の体を見ることになった。


「馬鹿が、俺の技が俺に通用するかよ」


 クソが。



 ◇◇◇◇◇◇



 デイトの動き、その魔法は見えている。

 奴の強化された速度に対抗するには、こちらも同種の強化をするべきだ。

 奴の魔法を模倣し、肉体を強化し、迎え撃とうとして――


 すぱん、と。


 ――私はデイトの前にすっ転んで、首を切り落とされた。


「アホだな」


 強化した身体を上手く使えなかった。侮辱も今は素直に受け入れてやる。



 ◇◇◇◇◇◇



 デイトは肉体を強化する。

 その魔法はもう十分に見た。今の私に使いこなせるものじゃない。

 ならば私のやるべきことは先程までと変わらない。

 余剰魔力で爆煙の壁を敷く。魔力体を左右と正面に放ち、私自身は地面に寝転がってデイトの突進を躱す。

 デイトは正面の魔力体を切り裂いて突き進み、すぐに私に気づくがこの一瞬で十分だ。


 再度私は床を壊して落下を始める。

 デイトは衝裂斬を放って降りるのを阻止してくるが、一瞬早く私は飛び退く。

 デイトは逃げた先へと回り込もうとするが、甘い。

 頭上から奴の進路上にガレキが落ちてくる。

 数十キロはありそうなガレキを手で払いのけ、デイトは進んでくる。

 だが一瞬の遅延はあった。それで私は別の部屋へと逃げ込む。


 単純な未来予測では奴に劣っているが、視野の広さは私が上。

 やはり周囲の状況を利用しなければならない。

 そして必要な状況は、整いつつある。



 ◆◆◆◆◆◆



「馬鹿もん!! 勝手に至宝の君の護衛と戦いおってからに。責任を取るのはお嬢なんじゃぞ」


 ひとまず安全なところにまで退避したカナンたちは、防音の結界を作って事の経緯を話し合っていた。

 そしておおよその事情を聞いたカナンは、アルの浅慮を怒鳴りつけた。

 怒鳴ったあとで、カナンはふらついて倒れそうになり、慌ててホルストがその体を支えた。

 高齢のカナンにとって、大量の出血――分身に分身を作らせるため、失った血はとても多い――は相応に負担のかかるものだった。


「まあまあ、大祖父。こうしてみんな無事だったんだ。

 それにアルにしても私の身を案じての事なんだ。問題はないだろう?」

「――待て、おっさん。まだ無事じゃない。ガキ達があの場に取り残されている」

「ああ、そうだったね。でも大丈夫。天使が来ていたからね。何とかするだろう」


 カナンが驚きに満ちた目でホルストを見た。

 そしてアルもまた、怒りに震える目でホルストを見た。


「天使――セイジェンド、だと」


 アルはカナンが腰に差していた剣を奪い取ると、先程までいた路地に向けて駆け出した。


「おい、待て、馬鹿たれ、戻ってこい」

「魔人の子に助けられるわけに行くかっ!!」


 アルは振り返らずに走って姿を消した。

 その背に向けて、カナンは届くことのない手を伸ばした。


「……すまない」


 ホルストは今にも倒れそうなカナンを憐れみ、そう言った。



 ******



 マギーは一人、泣き疲れて地面に座り込んでいた。

 そしてぼんやりとした絶望的な目で、セージの消えていった方向を見つめていた。


 何を考えているのか自分でもよくわからない。


 ただ自分の言葉を無視して走って消えるセージの姿が、どうしようもなく心を締め付けた。


 いないほうがいい。

 邪魔。

 必要ない。


 きっと違うのに、そう思われていると思った。


 それまで漠然と感じていた不安が、はっきりと形になったような気がした。

 アベルのように、あるいは夢をかなえようとするカインやセルビアのように、セージもいつかどこか遠くに行くと。

 何の役にも立たない私は皆から置いていかれるんだと、そんな現実を突きつけられた気がした。


 そんなマギーに、声がかけられる。


「ねえ、行こうよ」


 振り向くと、そこにはクリムがいた。

 泣きはらし、バツの悪い顔をしたカインも。

 そしてクリムの友達の少女たちも。


「逃げようよ、クリム」


 友達にそう言われて、クリムは首を横に振った。


「みんなは逃げて。

 セージは家族だから。見捨てちゃいけないって、おばあちゃん言ってた。

 それに――」

「俺も、見届けたい、から」


 クリムの言葉を遮って、カインも言った。


「ク、クリムが行くんなら、私らも逃げないし」

「う、うん」

「友達だもんね」


 クリムの友達が、恐々としながらもそう口にした。

 マギーはゆっくり立ち上がった。

 足は震えていたが、立つことはできた。

 怖い人(アル)と仮面の人の戦いを思い出して、震えながら一歩踏み出した。

 セージたちが消えて、大きな音が鳴る方に、一歩踏み出した。


「あっち」


 マギーは短くそう言った。

 今の自分が何を考えているのかわからない。

 何を感じているのかわからない。

 ただそれでもその足は前へと進んだ。





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