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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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241話 絶望を打ち払うために

 




 魂とは魔力を生成する生命の源であり、生命とは世界との契約によって生まれるものらしい。

 男女の営みは世界との契約を果たすための儀式魔法で、大気中の無垢な魔力――エーテル――が結晶化して魂となり、肉体に定着することで命となるのだと。

 そして生命が死を迎えれば魂は肉体を離れ、エーテルにさらされて風化し、結晶体からただの魔力に還るのだと。

 サニアはデイトにそう説明した。


 加えて人間に限った話ではないが、魔力の高い生き物の魂は死したあと怨霊となって世界に留まり、生命の循環を妨げてしまうことが多い。

 竜はそんな怨霊を喰らい、エーテルへと分解する役目を担う生き物らしい。

 そしてこの国は精霊の庇護の元、潤沢な魔力をもった人間が数多く住んでいるため竜に狙われているのだと、話した。


 ジオにかけられた竜の呪いとは、死を悟った竜が最後の力を振り絞って放った魂を分解する力らしい。

 本来ならば速やかに死に至る強力な呪いだが、ジオは皇剣にも匹敵する魔力を持っているため押さえ込んでいるのだろう。

 だが竜の呪いは時間によって消えることはない。

 魂を喰らう力が尽きるまでは永遠に残るし、ジオを殺してもまだ呪いの力が残っていれば周囲の人間の魂を喰らうだろうと、サニアはそう言った。


 そして肝心の呪いを解く方法とは、竜に汚れ切った魂を喰らわせることだった。

 竜は単純に魂より生成される魔力を喰らうのではなく、魂にこびり付く魔力(かんじょう)を食らって、魂を分解する。

 そもそも肉体に守られていない魂はもろく崩れやすいもので、肉体に変わって魂を守るものが、魂を強固に結びつけているものこそが、竜の喰らおうとするものである。

 そのために死に瀕した人間の悲しみや苦しみ、絶望を捧げて呪いの力を使い切らせねばいけないのだと。


 そのためにデイトがやらされたのは、吐き気がするような汚れ仕事だった。


 ジェイダス家で働いていた時から、拷問や殺しは何度となくやってきた。

 汚れ仕事であるからこそ、他の誰に任せるでもなくその手を振るってきた。

 多くの恨みを買ってきたが、そこに後悔はない。


 だがサニアの命令は別だった。

 理由も目的も明確にされることはなく、ただ苦しめて殺せと命じられる。そんな事はジェイダス家ではなかった。

 人間狩りの噂のあるギルドの戦士を殺すことなど、わかりやすく推測できるものはいい。

 あるいはテロリスト、あるいはその支援者だとわかるような奴らの時も。

 だがどうみても一般人にしか見えない人間を、わざわざ苦しめてから殺すということには抵抗があった。

 だが契約とやらのせいか、命令には強制力を感じてしまう。


 そして軽々しく契約をしたことに後悔をしはじめた一年後、顔なじみたちが現れた。

 契約をして以降、デイトはジェイダス家に顔も出していない。

 サニアからの仕事内容を理解して関わりを絶つべきだと思ったし、彼女自身からもそうするよう命令された。当然のようにその命令の理由は説明されていない。


 ジェイダス家が失踪したデイトの行方を探しに来たのだろうと思ったが、彼らはそれだけではなくデイトを手伝いたいと言ってきた。

 デイトは何も言わず、彼らを殴り飛ばして追い返した。

 追い返したが、しかししつこくやって来て、その度に殴り飛ばして、殴られて。

 根負けしたデイトは面倒くさくなって、死にたきゃ来いよと言ってしまった。


 サニアは意外にもそれを許した。給金は据え置きですがと、珍しく冗談を言って。

 ……まあ、それは冗談ではなかったが、金策はデイトも仲間たちもそれなりに心得ていたので、そう困ることはなかった。


 仲間たちと胸糞悪い仕事をして、こそこそと隠れ暮らしながら酒を飲んでサニアの陰口で盛り上がる。

 ギルドに入る前の、ガキの頃のような暮らしを続けていると、妙な噂を耳にした。

 ジェイダス家を支える多くの分家が襲われ、惨殺されているという噂を。


 その頃のデイトは外縁都市や政庁都市で仕事をしていた。だから守護都市の内情には疎くなっていた。

 サニアからは守護都市に入る事――より正確にはジオと接触する事――を嫌がられていたが、詳細を知るため、デイトは守護都市に足を伸ばした。

 そしてわかったのは、恨みを抱いたものの犯行に見せかけた内紛だった。


 デイトは身内殺しをした家を特定し、彼らを――絶望を集めるためにも――惨殺した。

 その際、デイトはジオレイン・べルーガーの名を騙った。

 馬鹿な兄は過去に名前を語られたことが有り、それはデイトが片を付けたが、その後にさんざん恩に着せて次は自分でやれよと念を押しておいた。


 いくらあのジオでも噂を耳にすれば、アンネの様子ぐらいは見に行くだろう。甲斐性の欠片もない男だが、大事に思っている女の心配ぐらいはするはずだ。


 力を失ったとは言え、ジオの名声と人望は本物だ。アンネならばそれを上手く使うだろう。

 デイトと仲間たちがいなくなったことで下克上を狙う馬鹿な輩が現れたようだが、ジオが睨みをきかせておけば今後は大丈夫だろう。

 ただこの時は、まさか噂を流すために見逃した子供が、ジオの子供になるとは思ってもみなかった。


 出来ることはやったと満足して、一年。

 ジェイダス家が滅びかけていると、デイトは知った。



 ******



 名家なんて権力と金に飽かせて贅沢三昧をしている。

 それが一般市民の抱くイメージで、それは大きくは間違っていない。

 彼らは上流階級であり、それに見合った生活レベルは義務でもあるのだから。

 ただその家にあった栄華は見る影もなく、寂れた豪邸は幽霊屋敷のようだった。


「まさか、あんたがお迎えだなんてね」


 そう力なく笑ったのは、義理の姉のアンネロッテ・ジェイダス。

 埃が溜まり、人の手入れが失われた私室で、見るからにやつれた様子のアンネは赤ん坊を抱いていた。


「……何があった」

「うっさいわね、馬鹿。さっさとやりなさいよ」


 アンネが殺せと言っていることは理解した。

 だがそう言われる理由がわからなくて、デイトは訝しんだ。


「ああ、あんたも馬鹿だもんね。

 何もわかってなくて、それでもここに来たのね」

「何言ってんだ、とりあえず病院に連れていくぞ」


 デイトは赤ん坊ごとアンネを抱いて、その軽さに驚いた。


「導かれたのよ、あんたは。見えない大きな力にね」

「飯ぐらいちゃんと食えよ、馬鹿が」

「……人の話を聞きなさいよね、馬鹿」


 そう言ったアンネは小さく咳き込んだ。

 まるで死にかけの老人のような、力ない咳だった。


「おい、しっかりしろよ。病院行って、点滴打ってもらう。ガキはきっちり面倒見させる。それで全部解決だ。安心しろよ。何があったかは後で全部聞いてやる」


 デイトは言いながら、アンネの体から急速に魔力が失われていくのを感じ取る。


「手遅れよ。新しい保護者が現れた以上、もう私は用済みだもの」

「何を言っている」


 尋ねている場合ではない。無駄な話はさせずにすぐに病院へ行くべきだ。

 そうわかっているのに、デイトは話を続けてしまった。


「あまり時間がないのよ、馬鹿。

 ジューダス家は裏切ってなかったの。内紛は、私が命じたんだから」

「は?」

「殺させたのよ。ジオの子供たちをね。生贄よ。血を濃くするための。私の命もそう。この子は希望だから」

「何を――」


 アンネの体から、魔力が失われていく。そしてそれは赤ん坊の体の中へと吸い込まれていく。

 だが赤ん坊の魔力に変化はない。少なくとも目に見える形では。

 アンネの魔力は急速に低下していった。基礎体力が低下している今、それは命の危険にも繋がる。

 もう余裕はない。

 赤ん坊はアンネから引き剥がして、すぐにでも病院に運び込むべきだと判断したが、デイトはそれを実行に移せなかった。

 まだ手遅れではないと判断しているのに、アンネの最後の言葉を聞き届けなければならないと、まるで心が誰かに支配されたかのように矛盾することを思った。


「この子はジオに届けて。家の前にでも捨てれば、絶対に拾うから。用意は終わっているの」


 アンネが指さした先には、赤子を入れるにちょうどいいバスケットがあった。そしてその中には一枚の便箋が入っていた。


「……わかった」

「ええ、お願いね。

 ねえ、聞こえているんでしょう。

 あなたは、すべてが手のひらの上と、思っているんでしょう。

 でもね。

 馬鹿は、貴方が思う以上に、馬鹿なのよ」

「おい、しっかりしろよ。テメエも助かるんだよ」


 デイトは言いながら、それは嘘だと思ってしまう。

 湧き上がる感情が、まるで自分のものでないようで、体がうまく動かせない。

 ただアンネの言うとおりに、この赤子をジオの下に届けなければと、その考えに支配される。


「……ああ、その子は希望なの。希望の子なの」


 熱に浮かされたように繰り返されるアンネの声が、小さく萎んでいく。

 完全に手遅れだと、デイトの正常な部分も見切りをつける。

 大切な人間の死に立ち会うのは初めてのことではない。

 自分の無様さが理由でそれが引き起こされることも。

 しかし耐性があったとしても、胸を締め付ける痛みが失われるわけではない。


「ガキの名前は。お前の、お前とジオの子なんだろう」

「ふふっ、ああ、気付くのね。言ってなかったのに」


 後で気づいて後悔すれば面白かったのに、そんな馬鹿な事を考えているのが透けて見えて、最後までアンネはアンネだなと、デイトは思った。


「名前は、ないわ。ジオに――」


 ――つけさせる気だったから。ああ、一月も持つなんて思ってなかったのよね。

 身の回りの整理はもうちょっと遅くやっても良かったと、この一ヶ月の生活の不便さを思いながら、アンネは言った。

 そう言ったつもりだった。


「――馬鹿が」


 静かに息を引き取った姉の目をそっと閉じ、デイトは赤子と共に無人の屋敷を後にした。





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