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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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240話 決闘の流儀

 




 意識しづらい妙な空間に、カナンさんの分身と同時に侵入する。

 示し合わせてのものではない。ただ互いに互いの存在は認識していた。


 カナンさんがタゲ取りをしている間に、私は魔力を溶け込ませながら隠れてクリムさんの、ついで姉さんの怪我の治療をする。

 そして戦闘の開始と同時に、カナンさんの分身が抑えていた次兄さんを受け取った。


 放せと、泣きながら暴れながら喚く次兄さんを、力ずくで無理やり押しとどめる。

 さすがにデイトにもそこで気づかれたが、奴は気づかぬふりでカナンさんの相手をする。


「止めて、カイン。セージに乱暴しないで」


 姉さんが駆け寄ってくるのを、手を上げて静止する。

 いいんだ。

 殴られても、噛み付かれても、切られても、それは大した痛みじゃない。

 デイトに殺されたカインの両親の痛みには遠く及ばない。

 それを見せつけられたカインの心の痛みにはまるで届かない。

 こんなのはただのかすり傷なのだから。


「あいつは、私が殺すから」

「あ、あっ、ぐっ、あああぁぁぁあああああっ!!」


 暴れる次兄さんの耳に、安心させるように囁く。

 次兄さんは泣き崩れた。

 そうだ。わかっているのだ。

 次兄さんはデイトに及ばない。復讐はできない。

 だって、次兄さんの方が弱いから。

 諦めるか、返り討ちに遭うしかできないから。

 だから私に任せるしかないと、涙を流す。

 デイトと己の弱さを恨みながら、涙を流す。


 そして次兄さんが落ち着くのを待っていたかのようなタイミングで、デイトが戦闘を終えて私に声をかける。


「よう、また会ったな。セイジェンド」


 デイトは刀を納めていた。

 それが意味するところを理解して、互いに苦笑した。

 ひどい皮肉だ。

 殺人鬼と気持ちが通じ合っている。


「姉さん、次兄さんをお願い。出来ることなら、みんなを連れて逃げて」

「なんで、セージも来て。戦うなんておかしいよ。みんなで行こうよ。ねえ、逃がしてくれるんでしょ」


 そうだ。

 デイトはそう言っている。

 ここで戦う理由はないと。戦いたくはないと。

 そして私がそれを選ばないことを理解しているから、つい苦笑してしまうのだ。


「いや、私は行けない。彼には、用があるんだ」

「殺すんでしょ。わかるよ。私がバカでも。悪い人なんだって。でも悪い人じゃないの。お父さんと同じなの。だから止めてよ。危ないじゃない。なにも、なにもわからないけど、殺されるもの。セージの方が殺されるもん。あの人、強いって、すごく強いから。だから――」

「うん。全部わかってる。全部わかってるよ、姉さん。

 でもダメなんだ」

「なんで……」


 姉さんも、泣き出した。

 私は頭を掻いた。


「……場所を変えようぜ」

「ああ」


 デイトはそう言って走り出し、私はその後を追う。


「待ってっ!!」


 姉さんが追いかけてくるが、私たちの足に追いつけるはずもない。


「まって、まってよ、なんで置いてくの、あだしまちがってないのにっ!!」


 姉さんは建物一つ飛び越えただけで私たちを見失い、立ち尽くしてわんわんと泣いた。



 ******



「さてここまで離れればいいだろう」

「お気遣いどうも」


 デイトは肩をすくめた。お前のためじゃないと、そう言っている気がした。


「諦める気はないんだな」

「まあ、仕方がないですからね」


 それは最後の確認だろう。

 あるいは未練とも言えるかも知れない。

 きっとデイトも、次に会うときは最後の最後まで行き着く時だと予感していだろうから。


 私がこいつに敬意を抱いているように、こいつも私に敬意を抱いている。

 それはきっと、互いに持ち得ないものを持っているから。

 相手の持っているものが欲しいわけじゃない。

 それを欲しいと思わなかったから私は私で、デイトはデイトなのだから。

 ただ選ばなかった道の先を歩む姿を見て、そんな道をよく歩けるなと、呆れ半分に尊敬しているだけだ。


「ままならねえよな、人生ってのは」

「殺人鬼に襲われた人たちは、もっと強く思っているでしょうね」

「ふん、弱い奴が悪いのさ」


 デイトは構えない。

 私は竜角刀に手をかける。

 誤魔化してきたとはいえ、親父がやってくるのは時間の問題だろう。

 決着はそれまでにつけなければならない。


「――待てよ」

「命乞いですか?」

「ちげーよ。わかってて馬鹿な事を言うな、首を切り落としたくなる」


 私は肩をすくめた。出来るならどうぞ。出来たとしても、出来なかった事になりますがね。


「テメエの正義を聞かせろ。強さと自由が俺の正義だ。テメエはなんだ。何に命を懸ける」

「……答える必要が?」

「あるね。テメエは他人の心を読んで、理解して、一人で満足してやがる。

 俺を理解されるのを恐れる臆病者と言ったが、テメエは自分だけがわかった気になって上に立とうとする卑怯者だ。

 テメエの言葉は確かに本心かもしれねえ。だがいつだって相手にどう響くか、どう影響を与えるかを勘定してる。

 そうじゃねえ。そうじゃねえだろう。

 テメエが命を懸ける理由を、正義を吼えろよ。

 決闘ってのは、そういうもんだ」


 デイトが、まっすぐに私を睨む。

 それに怯むことはない。

 嫌っている死神に与えられた力を存分に利用しているのだ。卑怯(チート)なクズだという自覚はある。

 そして求められた答えは、生まれる前から定まっている。


 家族に愛され、家族を愛さなかった人間のクズ。

 それが私だ。

 しかし世の中はそんな私にとって、冷たいものではなかった。

 数え切れぬ程の人達と毎日すれ違って生きてゆけば、歳を取るにつれて自然と他人には無関心になる。

 でもそんな他人たちの中には、苦しんでいる人がいれば、悲しんでいる人がいれば、優しくしたいと思う人が無数にいる。


 辛かった時にひと声かけられた。

 悲しい時に肩を叩かれた。

 あるいは頑張った時に、認めてくれる人がいた。

 それだけでいい。

 一瞬の、短い時間で良かった。

 歩いていて不意にぶつかりそうになったとき、互いに笑顔で頭を下げるような、ちょっとした気遣いの交換。

 家族を捨てた私には、そんな赤の他人との僅かな関わりこそが救いだった。

 それで私は、生きていることを頑張れた。


 今生でも、それは変わっていない。

 情けは人のためならずという言葉は、正しくその通りだった。

 誰かに優しくして、誰かを支えて、そしてその数倍、私は救われてきた。

 周りは、マギーなんかは、まるで助けになれていないと言うけれど、そんな事はないんだ。

 あの子達が元気で生活しているのを見るだけで、私はとてもとても、本当に心から救われている。

 そして――


「――ありがとうと、言われた」


 命を懸ける理由。

 戦う理由。

 デイトを殺す理由。

 それらを語る言葉は、それだけで十分だ。

 理解なんていらない。

 そしてデイトも、私の言葉を理解しようとしない。


「はんっ、くだらねえ理由だ。心底くだらねえ理由だ。

 だがこれでようやく、対等だな」


 ただ真剣な眼差しで竜角刀を抜いて、私にその切っ先を向けた。

 決闘が始まった。



 ◆◆◆◆◆◆



 十一年前の連合国歴304年。

 史上かつてない規模の防衛戦が発生した。

 中級どころか、上級の魔物が外縁都市に大挙して攻め寄せ、この国は存亡の危機に立たされた。

 多くの戦士、多くの騎士が命を落とした。

 その戦いで最も大きな功績を挙げたのは、ギルドの一戦士であった。

 竜殺しの英雄ジオレイン・ベルーガー。

 そんな彼はデイトにとって、血の繋がらぬ義理の兄だった。


「ったく、なんだよ、馬鹿が。人が慰めてやってんのによ」


 デイトはその兄と喧嘩をして、不機嫌な態度で歩いていた。

 半死半生で大竜を打ち倒したジオは駆けつけた騎士たちの手で病院に運ばれ、生死の境をさまよった。

 類まれなる体力と魔力を有するジオの入院生活はひと月を超え、その間に彼の引退や表彰はつつがなく執り行われた。


 最も褒め称えられるべき人物が入院している中に執り行われた祝勝の祭りは、当事者たちの、勝って生き延びたのだと安心したい心の表れでもあったし、どうせ退院しても英雄は参加しないだろうからという予想もあった。


 国が滅びるかも知れない緊張から解放されたバカ騒ぎの宴の余韻も残る中、デイトはその英雄と酒を飲み交わしていた。

 そして、喧嘩した。


 喧嘩をするのはいつもの事だ。

 口の悪いデイトがジオに絡み、言い負かして、殴られ殴り返すのはいつもの事だった。

 だがその日の喧嘩はいつもとは違った。

 ジオは魔力を使えなくなったこと、戦いから遠ざからなければならなくなったことにショックを受けており、デイトはそれを慰めようとした。

 だがジオの心が晴れるわけでもなく、うじうじと珍しく弱気なことを繰り返し、そしてそれにイライラとしたデイトはつい軽く小突いた。

 それが喧嘩の始まりだった。


 魔力を使えなくなったジオと、当時皇剣にこそ劣るとされたが上級上位の実力者だったデイト。

 殴り合いの結果は火を見るよりも明らかで、デイトは当然、手加減をした。

 生まれて初めて、ジオとの喧嘩で手加減をした。


「……ちっ」


 その時の、自分を見るジオの目を思い出して、デイトは舌打ちをした。

 裏切ったと、ジオの目はそう言っていた。


「仕方ねえだろ、馬鹿が。死ぬってわかってるのに本気で殴れるかよ」


 その目から逃げるように、デイトはジオを気絶させて行く当てもなく彷徨っていた。


「……あ」


 そしてふと、あのままジオを放置していては危ないということに気がついた。

 戦う力を失ったジオを殺して、俺は竜殺し殺しだと、馬鹿な自慢を始める馬鹿は守護都市に事欠かない。

 デイトはジオの様子を見に戻る理由を見つけて、すぐさま殴り飛ばした場所へと引き返した。

 そこにたどり着くと、ちょうど噛ませ犬のボンボン(アール)がジオを介抱しているところだった。


 ボンボンのことは嫌いだったが、まっとうに介抱をするようだったのでとりあえず任せることにした。

 意外に良い奴だなと、今度見かけたら蹴っ飛ばしてやろうなんて思いながらデイトは歩みの先を変える。

 防衛戦続きで懐が暖かいから、適当にばら撒いてくるかと色町に足を向けた。

 そこで、デイトはサニアと出会った。


 サニアは立ちんぼの娼婦と同じように、露出の多いドレス姿で路地に立っていた。

 サニアは娼婦とは違って上品な化粧と気品を感じさせるまっすぐな立ち姿で、そして己を買うはずの男たちを羽虫か何かでも見るような目をしていた。

 サニアは美しい容姿であったが、彼女を買おうという男はいなかった。


 そしてデイトは、こんな場所に似合わないお嬢様がいるなと思って、物珍しさで声をかけた。

 厄介事の匂いを感じたので、なにかやばい事が起きないかと、そんな気持ちだった。


 サニアに請われる形で、デイトは連れ込み宿に入って、とりあえずサニアに金を払った。

 サニアはそれを受け取らなかった。


「お話を聞いてもらえますか。お相手は、その後にでも」


 デイトは肩をすくめて、その話とやらを促した。

 サニアの蔑むような目つきは気に入らなかったが、女には優しくするのが信条だった。


「あなたの兄の、呪いを解く術があります。信じていただけますか?」

「……俺の名前を知ってるのか」

「アンネロッテの懐刀にして、ジェイダス家最悪の番犬。

 死神デイト・ブレイドホーム。

 あなたが私に声をかけたのは必然だったのですよ」


 死神と、そう呼ばれてデイトはわずかに不快げに眉を動かした。


「私は皇剣を統べる皇剣、サニア・A・スナイク。

 名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう」

「まあな。まさかバイトで身体を売ってるとは思わなかった。精霊は金払いが悪いようだな。それとも、バイトはあんたの趣味かい?」

「話を理解できていないようですね。あれはあなたと人知れず話し合うための措置です。

 もっとも、あなたがどうしてもと望むのなら相手をしてあげてもよろしいですが」


 デイトは鼻で笑った。

 こいつは見てくれが良くても、心がブスだなと思った。


「いらねえよ。

 呪いの話は?」

「……皇剣であれば竜の呪いを防ぐことができます。

 ですが魂にくい込んだ呪いを引き剥がすのは容易なことではありません。

 それを成すには、命を、そして魂を捧げる必要があるでしょう。

 兄のためにそれを行う覚悟が、あなたにおありですか?」


 デイトは再び鼻で笑った。


「ねえよ」


 サニアの目が冷たく輝く。

 その目の感情をデイトはよく知っている。

 殺意だ。

 余計なことを教えてしまった己を殺そうという目だ。

 武闘祭での選抜でなく、精霊に直接選ばれる皇剣との戦いに興味はあったが、しかし誤解は正しておかねばならない。


「誤解するな。バカ兄貴のために命を捨てるつもりはない。

 俺のためだ。俺は俺のためにバカの呪いを解く」

「話を聞いていましたか?

 呪いを解けば、あなたは死ぬのですよ?」

「テメエこそちゃんと聞いてろよ。

 それに俺は不死身だ。死なねえよ」


 サニアは呆気にとられた顔でデイトを見た。


「なるほど、聞きしに勝る傲慢さ。実に愚かな人間ですね、あなたは」

「まるで自分が人間じゃないかのような口ぶりだな」

「……ただの比喩です。

 それでは――」


 サニアがそう言うと、それまで感じたことのない不思議な魔力が部屋の中に充満した。


「――サニア・A・スナイクは誓約します。

 ジオレイン・べルーガーの呪いを解くと。

 汝、デイト・ブレイドホーム。

 その心臓を私に捧げ、呪いが解けるその日まで私に従いなさい。

 さあ、この手にくちづけを」


 サニアは物語のお姫様のように手を差し出した。

 デイトには騎士のように傅き、恭しくその口で触れろと望んでいるのがわかった。

 とりあえずデイトはその手を乱暴に掴んで、自分の口元まで持ち上げる。

 デイトは二メートル近い長身で、サニアは百六十センチそこそこだったので、そんなことをされてサニアはデイトに抱き寄せられるような形になった。

 サニアが慌てるのを無視して、デイトはその手を咥えた。


「汚いっ、放しなさい」

「なんだ、やれって言ったのはお前だろう」

「口づけをしろと言ったのです、狂犬。

 ……ふん、いいでしょう。契約はなされました。

 今後この様な無礼を働けば相応の痛みを覚えてもらいます。覚悟をしておくように」


 けっ、とデイトは鼻を鳴らした。

 サニアはぴくりと眉を動かしたが、口に出しては何も言わなかった。


「さて――」


 サニアは部屋にあるベッドをちらりと見た。

 連れ込み宿のベッドなので、キングサイズのベッドだった。


「呪いを解くってのは、具体的に何をすればいいんだ」

「――そうですね。

 ええ、それではまず竜について、無学なあなたに知恵を授けて差し上げましょう」


 やや不機嫌そうな色合いの声で、サニアは説明を始めた。

 デイトが騙されたと知ったのは、一通りの説明が終わった辺りだった。





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