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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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239話 四面楚歌

 




「あ、あ、あああああぁぁぁぁぁあっ!!」


 カインは泣き叫び、腰に下げた剣を抜いた。

 その切っ先は、まっすぐにデイトへと向かった。


 デイトの身体はその瞬間、硬直した。

 それはこの十数年、経験のなかったことだ。

 超が付く一流の戦士たちに比べて才能に劣るデイトは、だからこそ心を鍛えた。


 あらゆる事態を予測し、不意を突かれぬように鍛えてきた。

 実際の戦場で、あるいは心の中で、多くの苦難から学び、それを乗り越える己を想像してきた。

 生来の弱者である己は、せめて心だけは化け物たちに負けぬようにと鍛えてきた。


 あらゆる危険に備えるデイトに、奇襲は通じない。

 だからどんな理不尽に追い込まれようと、どんな危険に襲われようと、これまでデイトがそれに動揺し体を居着かせることは無かった。


 たとえ我を忘れ、限界以上の力を振り絞っても、カインの実力は下級上位か、せいぜい中級下位程度。

 一瞬反応が遅れたとしても、デイトの脅威にはなりえない。


 手加減して意識を刈り取ることはできる。

 それなのに、迷った。

 判断を迷わないことこそが、間違えないことこそがデイトの速さだというのに、決断を躊躇ってしまった。


 だが無用な迷いをしたのはその一瞬だけ。

 カインとデイトの圧倒的な差を埋めるにはあまりに短い時間だった。


 未練を断ち切り、デイトは動く。

 まっすぐに首を狙うカインの剣をぎりぎりで避け、フックで頭を横殴りにする。

 見切りは完璧だ。

 邪魔が入らなければ、そうなるはずだった。


「おぉぉっ!!」


 一瞬の隙を好機と見たアルが、デイトの背中に斬りかかる。

 カインに対処すればそれは避けきれず、確実に体を切り裂く一撃だった。

 デイトは判断を間違えず、その一撃を避けて、カインの一撃を受けた。

 受けたといっても、仮面を掠めただけだ。ダメージはない。

 ただ掠めたその剣は、デイトの仮面を弾き飛ばした。

 そうして現れた顔を見て、カインは泣き叫ぶ。


「お前だお前だお前だお前だお前だお前だお前だお前だお前だお前だお前だお前だお前だお前だお前だお前だっ!!」


 呪詛のようなその慟哭に、マギーはよろけて尻餅をついた。

 目の前で叫ぶカインが、よく知っているはずのその声が、とてもとても恐ろしかった。

 カインは乱暴に、しかし同時に鍛え上げてきた洗練された動きで、デイトに襲いかかった。


「ちっ」


 デイトはカインから大きく跳んで距離をとり、それに連携をとる形でアルが襲いかかる。

 少女たちと距離が離れれば、存分に戦える。

 そんなアルの思惑を見てとって、デイトは完全にキレた。


「阿呆が、ぶち殺すぞ」


 デイトは竜角刀を抜いた。

 細身の刀と見たアルは、真っ向からの打ち合いを選んだ。

 技量で劣っているのは認める。

 だからこそ力押しを選び、そして次の瞬間、アルは死を覚悟する。


 しゃらんと、金属の走る音が鳴り響く。

 鞘から剣を抜いたようなその美しい音は、アルの剣が切り落とされた音。

 打ち合って折れたのではない。

 刀線は正しく最適な形で刃筋を通り、抵抗できずにあっけなく切られた。

 魔力量においてアルは確かにデイトに匹敵している。

 だが戦闘経験と技量において、二人の間には隔絶した差が横たわっていた。


 アルの剣を切ったデイトの刀は、そのまま容赦なくアルを襲う。

 サニアからは殺すなと命令されていたが、そんなことは知ったことではない。俺に抜かせたこのしつこいバカが悪い。そんな思いだった。


 アルは咄嗟に半身に体を引き、竜角刀を躱そうとする。

 だが打ち合いに行った体は前に流れており、完全には避けきれない。

 アルの右胸から右の上腕にかけて、深く切り裂かれ、血飛沫が舞う。

 デイトはそのまま返す刀で首を狙うが、それを阻む形でカインの剣がデイトを襲う。


 デイトはここでカインを気絶させることはできなかった。

 手に持つ刀では上手く加減ができない。空いた左手で殴るには体勢が悪く、無理をした際の隙はアルにつけ込まれる可能性が高い。

 デイトは再び大きく跳んで、距離をとった。

 カインの剣は空を切り、その切っ先は捉えられなかった獲物に粘着質な殺意を向ける。


「殺した殺した殺した。お前がみんな殺した。お前が殺したんだっ!!」

「カイン止めて!! 落ち着いて!! 危ないことは止めて」


 尻餅をついていたマギーは、しかし我に返ってこのままだとカインが殺されると思った。

 クリムを下ろし――クリムは再びうめき声をあげ、かすかに顔も上げた。その目はわずかに開いていた――、カインに駆け寄ってしがみついて、その蛮行を止めようとした。


「邪魔するなっ!!」


 カインはそんなマギーを殴り飛ばした。

 剣こそ使っていないものの、その拳には手加減など含まれていないものだった。

 魔力量こそカイン以上のものを持っていても、マギーの肉体は一般的な十五歳の女の子のものだ。

 簡単に殴り飛ばされ、頭からは血を流した。

 その赤い血を見て、カインは正気を取り戻すよりも狂気の色を濃くした。


「お前は殺す。絶対殺す。お前の、お前のせいだ。全部お前が悪い。お前はっ!!」


 ぶつぶつと、怨嗟の呪いを繰り返して、カインは剣を振るう。その向かう先は言うまでもない。


「――ああ、そうだ。俺が悪だよ」


 デイトに襲いかかるのはカインだけではない。

 彼を死なせないと援護する形で、傷ついたアルも折れた剣を振るう。

 デイトはそのどちらもを、まるで演武でも魅せるかのように容易く躱して、カインを殴り、アルを蹴り飛ばした。


「ちッ」


 デイトは舌打ちをした。

 カインはゾーンに入っている。

 肉体にダメージを与えるのでは死ぬまで動きを止められない。生かしたまま止めるならば、意識を刈り取らなければならない。

 だがカインを殴った拳の感触は、わずかに浅かった。ギリギリのところで衝撃を逃がされたのだ。


 それはカインの底力でもあったが、回避に合わせられなかったのはアルの邪魔があったからでもある。

 死ななかったのなら見逃してもいいと思っていたが、デイトの気持ちは完全に切り替わった。

 この馬鹿は絶対に殺す。


 幸いカインのダメージも軽くはない。意識は切り取れてはないが、脳震盪を起こして足がふらついている。

 相手をするのはアルを殺してからでいいだろう。

 デイトの視線を向ければ、そのアルは覚悟を決めて折れた剣を構えていた。


「ま、よく頑張ったよ。刀を抜かせてやったと、情けない自慢を地獄でするんだな」

「ふん、死ぬのはお前だ。悪党」


 アルの言葉は強がり以外の何物でもない。

 誰よりも自分で分かっている。

 だが最後まで弱音は吐かない。

 それがアルの意地だった。


 そしてそんなアルを庇うように、ホルストがその前に立った。


「いやいやいや、落ち着いて。どうか落ち着いて。

 この子はこの国の将来を背負う若人なんだ。まだまだ未熟で幼いところはあるけれど、どうか許してくれないだろうか」

「邪魔だ、殺すぞ」


 デイトの心臓に痛みの警告が送られる。

 馬鹿なアルを殺すことは見逃しても、ホルストを殺すのは許さないというサニアの意思表示だった。

 デイトは舌打ちをした。


「まあ、仕方ねえか」

「それなら――がっ!!」

「おっさんっ!!」


 安堵の表情を見せたホルストの腹に、デイトの拳が深々と突き刺さった。


「邪魔するなら殺さない程度に痛めつける。それならいいだろう」


 あまりの痛みに膝を折ったホルストの横を、デイトが通り過ぎようとして、しかしそのズボンの裾をホルストが握った。

 見下ろす形で睨むデイトに、ホルストは涙目で弱々しい笑みを返した。


「媚びてんじゃねえよ」


 その顔を、デイトは蹴り飛ばした。

 心臓に再び痛みが走る。

 アルが襲いかかったのは、偶然ながらちょうどそのタイミングだった。


「お前の相手は俺だ!!」

「ぐっ――糞がっ!!」


 カウンターで首を切り落としてやりたかったが、そのタイミングはサニアの手で奪われてしまっている。

 デイトは折れた剣を竜角刀で斬り払い、その流れで上段廻し蹴りを繰り出し、アルを蹴り飛ばした。


「まったく、どいつもこいつも」


 蹴り飛ばしたアルの首を撥ねにいこうとするが、さすがに時間をかけすぎたせいでカインが立ち上がっていた。

 足元はまだ震えていたが、それも直に収まりそうだった。


「才能は兄貴より上だな、やれやれだ。本当に」


 色々と面倒ではあるが、状況は消化試合の形にまで持ってきている。

 ボヤキながらさっさとアルを殺そうと考えるデイトに、新たな人物が声をかけた。



「では、諦めて帰ったらどうかのぅ」



 カナン・カルム。

 百三十歳を超える最高齢の皇剣であった。


 デイトの眉間に青筋が浮かぶ。


「お前が帰れ、ジジイ」

「そう言うでない。可愛い可愛い大事な孫たちが死神に攫われようとしておるんじゃ。年寄りも少しは働かねばなるまい」

「……テメエはある程度、知ってる側だろ。それなのに俺の邪魔をするってのかよ」

「然り。

 忠臣とは、時には身を呈して過ちを正すものなんじゃよ」


 ほっほっほっと、余裕を見せるようにカナンは笑った。

 デイトは髪をかきむしり、大きなため息を吐いた。

 途中でカインが後ろから襲いかかってきたので、それを避けて尻を蹴り飛ばし、カナンの方に転がした。


「ガキどもと変態連れて帰れよ。見逃してやる」


 サニアから抗議の痛みが走ったが、カナンを相手にするのならば仕事の失敗ぐらいは妥協できる点だった。


「アルは、どうかのぅ?」

「そいつは殺す。諦めろ」

「それでは聞けんのぅ」


 笑顔を絶やさず、カナンは言った。

 デイトはそれを不快に思うよりも、呆れた様子で言葉を返す。


「本気で言ってるのか? 死に場所はここじゃないんだろう」

「定めた死に場所を迎えられるほど、徳の高い生き方はしとらんからのぅ。死ぬならばそれまでの事じゃて。

 だがのぅ、死神よ。

 少々思い上がってはおらんかの?

 ケツの青いお主を躾てやったのは、どこの誰じゃったかな?」


 カナンは己の手首を切り、流れ出る血を地面に垂らした。

 血を吸った地面はむくむくと起き上がり、人の形、カナンそっくりの姿になった。


 カナン・カルム。

 最高齢の皇剣にして竜討伐の実績もあり、最強と謳われた一時代を持つ騎士である。

 そんなカナンの二つ名は、当千。

 当千(とうせん)のカナン。

 たった一人で、千の騎士に勝てるという意味ではない。

 それは皇剣であれば特別優れたことではない。

 たった一人で、千の騎士と同じ働きができる。

 それが由来である。


 カナンの作った土人形には、カナンと同様の魔力が込められている。

 衰えたとはいえ、それは上級下位の魔力だ。

 守護都市の皇剣として魔力供給を受けられるカナンは、事実上の無制限に魔力を扱える。

 そしてその魔力を自身以外のものに込めて生み出す、分身の作成。

 それこそがカナンの奥義〈臣出騎没(しんしゅつきぼつ)〉であり、そして生み出すことのできる分身は、一体だけではない。


 カナンの血によって生み出された土人形は合計で七体。

 土作りの急増品であるため肉体強度と武装こそ劣るものの、それぞれがカナンと同等の魔力量を持ち、またある程度自立して戦うことができる。

 全盛期には百に近い分身を操ったとされるカナンだが、高齢となった今、操れる限界は十に届かない。

 だがそれでもこの国で三百しかいない上級相当の最精鋭を、血が続く限り呼び出せるその闘魔術〈臣出騎没〉は、間違いなく驚異であろう。

 カナンと、同等程度の相手にとっては。


「……」


 デイトはわずかに押し黙った。

 カインが襲いかかろうとしたが、分身の一つがそれを押さえつけて止めた。


「臆したのかの?」

「……あんたには、借りがある」


 カナンの軽口を無視する形で、デイトはそう言った。


「ガキの頃に、あんたに痛めつけられてなければ、あいつに引き渡されてなければ、今の俺はいない。

 間違いなくどこかで殺されてただろう。それぐらいには俺はガキだった」

「ほっほ、懐かしい話じゃのぅ。あの嬢ちゃんは、良い当主に育ったもんじゃが、惜しいことになったの」

「ああ、そうだな。

 だから、あんたは殺したくない。

 そしてあんたの誇りを汚したくない。

 だから、邪魔をするなら殺す」


 デイトの放つ空気が変わる。

 ゾーンへの突入だった。

 傍目からは魔力の漏れなどの変化は見られない。

 だがそれでも射殺すような空気の変化を、その場にいた誰もが感じ取った。


 真っ先に動いたのはアルだった。

 まだ力を隠していたのかと、驚愕を覚えながらも走った。

 ホルストもそうだったが、カナンはそれ以上の恩人であり、シャルマー家みんなの大切な祖父だった。

 自分にも勝てなくなっているカナンが、この男に勝てるわけがないと、特攻覚悟でデイトに襲いかかった。

 そしてそれを阻んだのは、カナンの土人形だった。


「何っ!?」


 土人形は一体がアルを阻んだだけではない。さらに一体が後ろから襲い掛かり、昏倒させて二体がかりでアルを運んだ。


 デイトは当然それを追いかけるが、その前は別の土人形が塞ぐ。

 土の剣を躱して、真っ二つに切り裂く。土人形は崩れて土へと還った。

 そのやりとりで、二歩分遅れる。

 その間にさらに一体がデイトを襲う。


 他の土人形は三体。一体がホルストを運んでいる。

 残り二体の内一体はアルの後ろを遅れて走り、残りの一体は新たな土人形を作るカナンを護衛していた。


 デイトは襲ってきた一体を切り捨て、アルではなくまずカナンを襲った。

 アルを狙って殺せないと思ったわけではない。

 ただアルを殺したあと、カナンを殺す理由がデイトにはない。

 そこで見逃すことも、先にアルを殺すことも、避けるほうが効率が良いのなら避けるべきだと思ったのだった。


 方向を転換し、向かってくるデイトを見て本体が剣を抜こうとするが、あまりに遅い。

 デイトは護衛の土人形をくぐり抜けて、本体を切り裂いた。

 本体は――本体だと思っていたものは、崩れて土に還っていった。


「あ゛?」

「ほっほ。お主のような死神相手に、正面から挑むわけがないじゃろう?」


 本体の護衛を装っていた土人形が、そう喋った。

 いや、喋ったのではなく、通信魔法の一種なのだろう。

 見れば、答えを教えるかのように土人形に色が生まれ、人間のような質感を得ていく。


「はっ。騙されたぜ、ジジイ」


 デイトはそう言って土人形の首を撥ねた。

 まだ追いつけないほど引き離されたわけではないが、本体が安全なところから無尽蔵に土人形を作れる以上、分は悪い。

 そもそも人目につくところに逃げられれば、本格的にサニアが止めに入るだろう。

 そしてアルは殺したいが、殺さなければならないわけではない。

 つまるところここらが諦め時であり、デイトは負けたということだった。


「まったく、食えねえジジイだぜ」


 次に会ったら殺してやると思いながら、デイトは残された面々を見る。

 怯える少女が三人。

 血を流していた姪っ子が二人。

 深い恨みの眼差しでを己を見る甥っ子が一人。

 そしてそれを押しとどめる、感情のない目をした甥っ子がもう一人。


「よう、また会ったな。セイジェンド」





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