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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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238話 フラッシュバック

 




 強いと、認めた。

 護身用に下げてきた軽くリーチの短い長剣に、壊してはいけない建物に囲まれた狭い通路。

 勝手の違う武器と戦場だが、アルバートは目の前の男に手こずる理由がそれだけでないと感じ取っていた。


 頭に血が上っているとはいえ、アルは自身の魔力が一般人に悪影響を与えることを理解している。

 だが短時間であれば大きな影響はないし、ホルストはロリコンの変態だが、しかし紳士だ。

 少女たちは守るだろうし、少年は守られずとも自分で何とかするだろう、あとは手早く片付けるだけだ。

 そう思った。


 だがその目論見は上手くはいかなかった。

 仮面の男――デイトは、体捌きだけでアルバートの剣を避け続けた。

 そして合間合間に、的確に拳を打ち込んできた。

 一撃一撃はそう重いものではない。

 だが受け続ければ膝を屈することになることは間違いない。


 苛々が募る。

 その理由は尊敬する母を侮辱したデイトを容易く倒せないことではない。

 奴の拳が避けきれないことではない。

 奴はアルが剣を抜いているのにも関わらず、無手のまま対等以上にわたり合っているのに苛立ちを抑えられなかった。


「抜けよ。腰のはお飾りか」


 だからそれが己を殺すことにつながると分かっていても、アルはそう言った。

 そしてそれに対するデイトの応えは、変わらず容赦のないものだった。


「テメエにその価値はねえ。負けを認めるなら下がれ、雑魚」


 アルのこめかみに青筋が浮かぶ。

 誇りをかけて剣を抜き、相手がそれに応じない。

 負けを認めてそうするならば、それは良い。

 それは命をかける覚悟が相手に優ったということなのだから。

 だが相手が負けを認めるでもなく、剣を抜かないというのであれば許せない。

 それはアルの賭けた覚悟を侮辱していることなのだから。


 そしてアルがそれを許せぬ理由は、誇りを汚された以外にもう一つある。


 アルの母は皇剣武闘祭にて、準優勝ながら皇剣になった。

 当時は相当のバッシングを受け、若かった母は皇剣になったあと、ジオレインに決闘を申し込んだ。

 皇剣となって、精霊様からの加護を受けての再戦。

 そのことだけでも母への批判は強まったが、さらにジオは決闘を受けながらも得物を抜かず、その拳だけで戦った。

 その決闘に、決着はつかなかった。

 母が何を言っても、ジオは剣を抜かなかったからだ。

 だから母は剣を収めたが、周囲はそう見なかった。


 皇剣として更なる力を得てもジオには及ばなかったと、武器を抜く価値もないほどに力の差があると、偽りの皇剣だと、さらなるバッシングを受けることとなった。

 それを見て育ったアルは、だからこそ母を侮辱したデイトのその言動に、どうしようもなく怒りを覚えた。


「そうか、ならばその慢心を抱いて死ね」


 アルは魔力を全開に高めた。

 荒野で魔物を狩ることを生業とする征伐騎士のアルは、魔力を抑えて戦うことは不得手だ。

 だからこそ、周囲を気遣って(・・・・・・・)手加減をしていた(・・・・・・・・)


 アルバート・セルは弱冠十九歳で上級下位に至り、皇剣武闘祭で準優勝を果たした。

 同時期にケイ・マージネルが、そしてその後にセイジェンド・ブレイドホームが現れていなければ、間違いなく当代一の天才と評されたであろう傑物だった。

 その実力は二十二歳の現在で既に上級上位。人間が到達できる限界へと既に至っていた。


 そのアルの肉体から暴力的に吹き出す魔力に反応することができたのは、たった二人だけ。

 アルの闘志と怒りが込められた魔力は大気を震わせた。

 砂埃が巻き上がり、路地裏を囲む雑居ビルは振動でパラパラと壁面から小片が崩れて落ちた。

 保有魔力の乏しい少女たちは恐怖に目を見開き、呼吸を忘れた。


「ば、馬鹿っ!!」


 血の気の引いた顔でホルストが悲鳴を上げ、持てる魔力を振り絞って防護膜を強化する。

 それで少女たちはなんとか持ち直したが、本職が文官のホルストに長時間これを維持する力はない。

 相手が只者でないことは理解しているが、それでもシャルマー家のエースが短時間で終わらせてくれると信じて、ホルストは限りある体力と魔力をつぎ込んだ。


「へえ……」


 そしてもう一人は、一般人が泡を吹くほどの魔力を明確な敵意という形で浴びながら、そよ風でも浴びるような自然体でそう声を上げた。


「これが最後だ。死ぬ前に抜け」

「抜かせてみろよ、小僧」

「……一撃だ」


 アルは大上段に構えた。

 デイトの速度はたしかに驚異だ。

 確実にとらえるには振りの少ない技で、丁寧に戦う必要がある。

 だがそれでは時間がかかりすぎる。それではホルストが持たない。かといってホルストが押さえ込める程度に魔力を抑え込めれば、デイトは捉えられない。

 ならばどうするか。

 答えは単純だ。

 逃げ場などない必殺の一撃を打ち込めばいい。


 闘魔術〈滅破疾駆〉。

 大型の魔物を仕留めるため生み出されたその技は、端的に言えば強化した衝裂斬である。

 だがその威力と効果範囲は基本技の衝裂斬とは隔絶したものがある。

 狭い路地裏を覆うその大斬撃に逃げ場はない。

 そしてその破壊力は受けに回ってもその守りを容易く破壊し、敵を圧殺する。


 アルは必殺を期したその一撃を放とうとして――



「ヘぶしっ!!」



 ――神速で踏み込んできたデイトに、殴り飛ばされた。


「へっ、一撃だったな」


 何の事はない。アルが余力を残していたように、デイトもまた実力を隠してアルと戦っていたのだ。

 ただ違いがあるとすれば、デイトはアルと違って体内に魔力を隠したまま活性化することができたという事。

 対人戦に不慣れなアルは、そのせいでデイトの能力を上級下位程度に見積もってしまっていた。だからその速度に、咄嗟に反応ができなかった。


「ま、だだ。まだ俺は負けてない」


 しっかりと殴られた感触から魔力量で対等、魔力制御技術を含めれば己に勝ると知ったアルは、しかし負けを認めたわけではなかった。

 起き上がろうとして、しかしデイトはそれを許さず、即座に間合いを詰めて蹴り飛ばした。

 決して小さくないアルの体は容易く吹き飛んで、壁面にめり込んだ。


「殺すなって言われてるから手加減してやってるんだ。プライドがあるならテメエの弱さぐらい認めろや。殺すぞ、カスが」


 アルの魔力はそれで完全に落ち着いた。

 デイトは苛立ちを隠そうともせずに唾と共に吐き捨て、背を向けホルストたちの方を向いた。

 少女たちは膝をついて荒い息をしていたが、気が触れている様子はなさそうだった。

 そして怯えた様子のマギーと、虚ろな目のカインが真っ直ぐにデイトを見据えており、彼は仮面の下で舌打ちをした。


 壁面から這い出たアルは一度地に膝をつき、すぐに剣をとって立ち上がり、そんなデイトの背中を睨みつけた。

 デイトはわずかに振り向いて、アルを睨んだ。

 アルはわずかに震えた。怯えの反応はそれだけしか見せなかった。

 デイトは鼻で笑ってアルから視線を切った。

 デイトの背中を前にして、アルの剣の切っ先は地を向いたまま、起き上がらなかった。


「さて、邪魔が入ったが来てもらおうか」


 ホルストに向かって、デイトはそう言った。

 ホルストは諦めたように笑った。


「それは構わないが、この子達は見逃してもらえないかな。私とも、もちろん名家とも何の関係のない、市井の子供たちだ」

「俺の仕事はあんたを連れて行くことだ。他のことは知らん」

「そうかい。なら君の上司にお願いするとしよう。私は紳士だからね、無用な血が流れるのは望まないのさ」


 デイトは肩をすくめた。


「変態が紳士を語るなんざ、ろくな世の中じゃねえな」

「ちょっと若い子が好きなだけさ。男ならみんなそうだろ」

「おっさん、あんた分かってるのかっ!! ついて行ったら口封じで殺されるんだぞ。保護できるのは俺たちだけだ」


 毒気を抜こうとにこやかな表情でデイトに歩みよるホルストに、アルが叫んだ。

 ホルストはロリコンの変態だが、長くシャルマー家を支え続けた忠臣である。あまり認めたくはないが小さい頃から世話になっていたし、信用も尊敬もできる人物だと思っている。

 それは暗殺に関わっていたかもしれない――いや、処刑人が出てきている以上、本当のことなのだろう――としても、その気持ちは変わらない。

 当主命令など無かったとしても、見殺しにはしたくなかった。


「馬鹿は黙ってろ」

「大丈夫さ。君たちとは二度と会うことはないかもしれないけどね。きっと大丈夫。お嬢様には処女膜を頂けなくて残念だったと伝えてくれるかな」


 デイトは仮面の下でものすごく嫌そうな顔をした。

 デイトは人の感情の機微に聡い男である。なのでホルストがその伝言を聞いた時のクラーラ(脳内では十五歳)の嫌そうな反応を想像して悦んでいるのを感じ取ったのだ。


「あんたはっ……」


 アルの剣を持つ手に力がこもる。

 膝を折ったとしても、目の前の男に決して敵わないとは考えていない。

 だが荒野とまではいかないが、もっと周囲に気を配らなくていい場所で戦わなければ、勝負にならないとも理解していた。

 おそらくは全力を出せる環境にあって、三割かそれ以下の勝率だろうと。

 だがこの場においてはその三割すら望めない。

 これ以上の戦闘は、本当に少女たちに取り返しのつかない事態を招きかねないのだから。

 そしてそれを選んでいいか、判断がつかなかった。



 ホルストは悔しげなアルをさて置いて、マギーとカインを見比べてから、マギーに近寄った。

 もちろんおかしな理由ではない、小柄な背丈と純朴そうな顔立ちはホルストの好みにマッチしていたが、体つきが少々栄養豊富なので外れているからだ。ホルストはもっと不健康な体つきの少女が好きなのだった。


「お嬢さん、この子を頼めるかな。見たところ魔力は豊富だから、抱えていく事もできるだろう?」

「は、はい」


 ホルストはそう言って、背負っていたクリムをマギーに預けた。


「……ん」


 気を失っていたクリムが、わずかに苦しげな声を上げた。

 背負われ、ずっと俯いていた血まみれの顔をその時に初めて見たデイトは、思わず声をかける。


「……ケガを治すならこの都市のギルドに行け。今は天使(エンジェル)がいるだろう」

「セージを知ってるんですか」


 マギーは思わず聞き返して、デイトは舌打ちをした。

 己の短慮を悔やんだものだったが、マギーはそうは受け取らなかった。


「ご、ごめんなさい……」

「紳士ではないね、仮面の君」

「黙ってろ、変態。

 天使は有名人だからな、治癒魔法が得意と聞いた。

 ……下手な医者よりも、よほど綺麗に治せるだろう」


 余計な事を言うべきでないのはわかっていたが、顔の治療となると下手な町医者には荷が重いし、整った設備や腕の良い医者を抱える大きな病院は一般人に対して腰が重い。

 町医者でも怪我の治療は問題なく出来るだろうが、妙な痕が残ったり、後遺症が残る可能性は少なくないと見積もったのだ。

 その点、他人の心臓を再生させるような加護持ちならば心配はいらないだろう。


「そう、なんですか。はい、わかりました。ありがとうございます」

「ふん」


 デイトが鼻を鳴らして、マギーはつい微笑んだ。

 さっきの舌打ちも、この態度も悪意がないとわかって、なんだか可愛く見えたのだった。


 ふと、マギーは最初に会った頃のジオ()を思い出した。

 拾われたばかりの時はろくに喋らなくて、いつも眉間にシワを寄せている父を怖がっていた。

 だが行く当てのない自分に住むところと食事をくれるからそばにいた。そしていても良いと思われたくて必死に彼の身の回りの世話を覚えた。

 そして一緒に過ごすうちに、怖いのは見た目だけで中身は可愛いのだと感じるようになっていった。


 マギーはそのことを思い出して、なんだか優しい気持ちになった。


「優しい人なんですね、おじさんは」

「――おじさんは止めろ、俺はお前の家族じゃない」


 馴れ馴れしいと言われた気になって、マギーはびくりと肩を震わせた。

 それを受けて、クリムが再びうめき声をあげた。


「お前たちはもう行け、別にこいつも殺すわけじゃない。そこの馬鹿も殺さなかったろう。全部馬鹿の勘違いだ」

「……本当だろうな」

「おいっ」


 場を収めようとするデイトにアルが疑いの声を上げ、ホルストがそれを窘めた。

 アルは舌打ちをして、しかしそれ以上の反抗を示さなかった。


「ふん。行くぞ」

「ああ、済まないね。お嬢さん、どこに連れて行くにしても、早めにね」

「は、はい。

 カイン、行こう――カイン?」


 マギーはその時、初めてカインの様子がおかしい事に気がついた。

 カインのことを気にしていないわけではなかったが、アルの魔力や目まぐるしい状況の変化もあって、注意深く見ることは出来ていなかった。

 カインも自分と同じ理由で驚き混乱しているのだと思い込んでいた。


 だが改めてみれば、カインの様子がそれだけでない事は明らかだった。

 目は虚ろで、まるで生気がない。

 口は半開きで、漏れてくるのは意味のない呼吸音。

 手や足は小刻みに震えて、まるで何かに怯えているようだった。


「カイン、しっかりして。もう大丈夫だから。ただの喧嘩だったから」


 マギーはアルの魔力が怖くてそうなったと思った。

 だから赤い血を流すクリムを抱えて、不用意に近づいた。

 そしてその血を見て、カインの目に光が灯る。

 それは妖しく輝く、狂気の光だった。


「あ、あ、あああああぁぁぁぁぁあっ!!


 カインは泣き叫び、腰に下げた剣を抜いた。

 その切っ先は、まっすぐにデイトへと向かった。





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