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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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237話 災いへの導き

 




 マギーたちが聞き込みをしたホテルに着いた時、ちょうど目当ての人物はそのホテルから出てきたところだった。

 そして先程は見なかった、明らかに荒事を生業としている騎士風の男をそばに連れていた。

 マギーたちが見慣れているのは都市内を見回る警邏騎士の制服だ。そのため同系統ながら細部の違うアルの装いから、その男を芸術都市の騎士だと思った。


「アーニーたちをどうしたの」


 少女を連れ込んだロリコンがそのホテルから出てきたところを見て、最悪の想像を脳裏にちらつかせながらクリムが問い詰めた。


「何もしていないよ。対価を払って開放した。早々に彼女たちも出てくるはずだ」

「やっぱ胡散臭いな、おっさん。何の対価を払ったんだよ」

「ふん。美人局ってやつか、面倒なのに引っかかったな、おっさん」


 カインはホルストに対して、アルはホルストと見せかけてカインに対して口を開いた。


「は?」

「はぁ?」


 そして二人は互いに睨み合った。


「ふざけんな、不良騎士が。ロリコンの護衛がでかい口きいてんじゃねえよ」

「あ゛? だれがこんな変態の護衛だ。訂正しろよ、小悪党」

「ロリコン、変態……。野卑な男どもに蔑まれるのは趣味ではないな」


 カインとアルの言葉を受けて、ホルストはやれやれと、無駄に洗練された動作とカッコいいボイスでそう言った。


「誤魔化さないで、私の友達に何をしたの」

「売女が友達ね。芸術都市だなんて言ってるくせに、品性に欠ける女が多いな。

 邪魔だ、失せろ。

 あの下賎な女どもなら大金に浮かれて踊り狂ってるだろうさ」


 怒りで頭が真っ赤になったクリムがアルを平手打ちしようとして、しかしその手首をあっさりと掴まれ、捻り上げられて地面に転がされた。


「あ、痛っ、痛い、やめてよ、痛い痛い痛い!!」


 関節を決められクリムは悲鳴を上げるが、アルの握力が弱まることはなかった。


「テメエっ、放しやがれ」

「ふんっ」


 殴りかかってくるカインを一瞥して、アルはクリムを解放したその手で、カインの拳を受け止めた。


「なっ!」

「ほぅ……」


 二人は意味合いの違う感嘆の声を上げた。

 互いに相手を芸術都市の住人と思っている二人は、ろくな身体活性を使っていない。

 下手に強化して殴れば容易く人を殺すだけの力を持っているし、ただ受けるだけでも防護層の反発で殴った相手の拳が砕けることもあるからだ。


 そして上級のアルは当然として、魔力制御の高いカインもまたその状態で魔力が外に漏れることはない。だがそれでも体が触れ合えば相手の隠している実力を感じ取ることができる。


「テメエ、守護都市の騎士かよ」

「悪くない……、いや、良い。

 惜しいな、美人局なんて犯罪者じゃなければスカウトしたいところなんだが」


 二人はそう言った。

 カインは冷や汗を流して余裕を失い、アルはいくらか感心した様子で余裕を保っていた。

 魔力を抑えていたという点は同じでも、隠していた実力にははっきりとした差があった。


「……何をしてるの」


 睨み合う二人に声をかけたのは、ホテルから出てきたアーニーたちだった。

 その目は泣きはらして赤く腫れ上がっており、ついでにアーニーの服はやや乱れていた。

 そんな様子を見て頭に血を上らせたのはクリムだった。


「あんたら、ふざけんなっ!!」


 痛めた肩をさすってうずくまっていたクリムは、その姿勢からホルストに飛びかかった。

 その動きというよりも、血走った目と地獄の底から響くような恨みと怒りのこもった声に、ホルストは咄嗟に体を動かした。


 ホルストは財務官僚だが、生まれついた時から守護都市の名家に仕えているため武道の心得もある。

 それは最低限の護身術というレベルではなく、中級相当の、騎士としての仕事もできる水準のものだった。

 そして体に染み込んだ武道の技が、クリムの殺気に咄嗟に反応してしまった。

 クリムの低い姿勢からの強襲に、ホルストは膝を合わせた。

 それはしっかりとクリムの顔面を捉えた。


 力を込めた膝蹴りではなかったが、我を失って猪突猛進したクリムの勢い、そして中級相当の防護層の反発で、クリムは鼻を砕かれた。


「っ!!」

「馬鹿っ、おっさん!!」


 顔面血だらけで倒れるクリムに、その場の全員が目を見開いた。


「す、すまない、つい。大丈夫かね」


 ホルストが慌てて気を失って倒れるクリムを抱き上げようとするが、


「汚い手で触らないで!!」


 アーニーたちがそれを阻んだ。

 彼女たちはそのままホルストから守るようにクリムを囲んで抱き上げた。


「おい、馬鹿女ども。どけ、頭を打ったんだ。揺らすんじゃない」

「近づかないでよ、変態。クリムには指一本触れさせないから」

「馬鹿が!! 助けようって言ってるんだ。俺は征伐騎士だ。治癒魔法と応急手当の心得がある。早く見せろ」


 アルに一喝され、アーニーたちは怯えながら互いの顔を見合わせた。

 アルのことは信じられないが、しかし少女たちも怪我人をどう扱っていいか知らなかった。


「任せろよ、そいつ、嘘言ってねえよ」


 アーニーたちにそう言ったのはカインだった。

 クリムの知り合いらしい少年の言葉に、少女たちは渋々とアルに道を開けた。


「ちっ、まどろっこしい奴らだ」


 悪態一つを付いて、アルはすぐにクリムの様子を見始めた。


「……どうなの?」


 黙って見守ることに我慢ができず、ジルがそう尋ねた。

 気を失って脱力し、顔面を血で染めている友人の姿は心が痛むものだった。


「軽い脳震盪だろう。ただ鼻の骨が折れている。出血もそのせいだ。口で呼吸は出来ているから、死にはしない」

「そ、そうなの。

 ……治癒魔法で、治せるの?」

「治せる。……が、医者にやって貰った方がいい。

 俺の治療だと鼻の形が不出来になるかもしれない」

「え?」

「顔が不細工になるかもしれんと言った。下品でも女なんだ。ちゃんとした治療のほうがいいだろう」


 アルはそう言ってクリムの脇に手をいれ、立ち上がらせた。


「おい、おっさん。背負え」

「わかった」


 アルはホルストの背にクリムを乗せた。少女たちは嫌そうな顔をしたが、きっと必要なのだろうと我慢した。


「おっさん、呼吸音は聞こえるな。もし聞こえなくなったら教えろ。血を吐き出させる」

「ああ」

「よし。

 おい、地元民。病院まで運ぶ。案内しろ」

「は、はい。こっちです」


 アルの言葉にケイトが頷いて、先導を開始した。

 ケイトはすぐに人気のない路地裏に入っていき、全員がそれをおかしいと思うことなくついて行った。

 また少女が大きな出血するような怪我を負ったにも関わらず関心を寄せる通行人などもいなかったが、それを気にするものもいなかった。



 ******



「本当にこっちでいいのか」


 しばらく歩いた、アルが焦れたように言った。

 クリムを早く医者に見せなければならないというのもあるが、アルにはホルストを当主クラーラの下へ突き出すという仕事がある。

 市民を守る騎士の責務として怪我を負わせた少女を気遣っているし優先もしているが、さっさと終わらせたいというのも本音だった。


「え、は、はい。こっちの方が近道だから……。あれ、近道だよね。そうだよね」

「え、し、知らない。こんな道通ったことないし。ケイトがこっちだって言ったんじゃない」

「だ、だって。こっちだと思ったんだもん。間違ってるって思ったら言ってくれたらいいじゃない」


 言い争いを始める少女たちに、アルは苛立ちを隠せなかった。


「ちっ。一刻を争うって時に、馬鹿どもが。じゃあどっちに行けばいいんだよ」

人気(ひとけ)がねえ。とりあえず大通りに出て道を聞こうぜ」


 カインの言葉に、それが妥当かとアルも頷いた。だが一つ聞きたいこともあった。


「お前は病院知らないのかよ」

「俺は守護都市の人間だ」

「そうかよ。……ぁん? じゃあなんで俺の顔を知らねえんだよ」

「知らねえよ、お前の顔なんて」


 武道に熱心であろう少年にそう言われ、地味にショックを受けた皇剣武闘祭準優勝者だった。

 そんな彼の行く手を阻むように、一人の男があらわれる。

 その男は仮面を付け、刀を腰に差した長身痩躯の男だった。


「てめえは……」

「……」


 その男に、アルとカインが反応する。

 アルは先日会った至宝の君の護衛だと思い出して。カインは脳裏の奥からざわついた感情を沸き上がらせて。


「その男を置いていけ」


 仮面の男は、デイトは短くそう言った。

 その声音に、カインは一層気持ちを昂ぶらせた。

 その男の何に自分が反応しているのかわからない。

 だがそれでもなにか言いようのない嫌な気持ちが湧き上がっていた。


「断ると言ったら」

「後悔することになる」

「月並みなセリフだな」

「馬鹿の末路なんて、ありふれたものだろう」


 デイトとアルが、正面から睨みあう。

 アルは腰の剣に手をかけていた。

 アルの本来の武器は剣ではない。魔物討伐に使うそれは街中で持ち歩くには目立ちすぎるため、予備武器の方を持ってきていた。


「ど、どういう事だ」

「ここに来て誤魔化そうとするなよ、おっさん。あんたが処刑人と繋がってるのはもうバレてる。

 おおかた至宝の君にアルバイトがバレたくなくて、始末しに来たってところだろう」

「は?」


 ホルストは心底驚いた声を上げた。

 ホルストは処刑人などとは繋がっていない。

 だがそう疑われる心当たりはあったので、弁明はしなかった。


「はっ。ご自慢の推理を披露して悦に浸ってるところ悪いが、それを口にしたら周りが危ないとは思わねえのかよ」

「お前を殺せば済む話だろう?」

「くっ、いいね。紛い物の息子にしちゃ、随分と吠え方が立派だ」


 デイトの言葉に、アルははっきりと怒りを示した。


「紛い物と、言ったな」

「ああ。テメエの母親は紛い物の強者だ。なにか間違ってるか?」


 アルは剣を抜く。

 それを見た少女たちの悲鳴が虚しく路地裏に響いた。


「死ね、クズが」

「遊んでやるよ、小僧」


 デイトはしかし、刀は抜かずに迎え撃った。

 機嫌は悪く、()る気は欠片もない。

 そんな態度で、次世代の最強候補を迎え撃った。



 路地裏に荒れ狂うのは魔力の暴風だった。

 上級の上位、それも魔物討伐を専門とする征伐騎士アルバートの戦いはおおよそ上品さとは程遠い。

 警邏騎士などは周辺被害を考えて無駄な魔力を漏らさず、己の肉体を鍛えることに集約するが征伐騎士は違う。

 むしろ己は強いのだと魔力を高め、誇示し、相手を威圧する。

 その余波は一般人には到底耐えられないものだった。


 少女たちの前にはホルストが立っていた。

 ホルストはその体と魔力を使ってアルの魔力の悪影響から守っていたが、完全には遮断しきれていない。

 そしてその僅かな魔力ですら少女たちには有害だ。

 アーニーたちは全身をガクガクと震わせていた。


「困ったな……。これは紳士ではない。

 少年、すまないがこの子達を連れて逃げられないかね。私はどうやらこの場を離れられそうにない」

「……」


 ホルストは一縷の望みをかけてカインにそう語りかけるが、反応はない。茫然自失といった様子でデイトとアルの戦いに魅入っていた。


「カイン、どうしたの、しっかりして。逃げないと」


 マギーがそう心配し声をかけても、やはり反応はない。

 ホルストはこの少女に頼むべきかと思うが、その考えを即座に否定した。

 マギーの魔力は下級上位相当。これで戦闘訓練を受けていればアルの魔力余波の中でも走って逃げるくらいはできるだろう。

 だがマギーは魔力量こそ一般人と隔絶した高さを持っているが、それ以外は素人でしかない。

 頼んだところで少女たちを無事に迷いの結界から連れ出すことは不可能だろう。


 かの人物が見逃してくれれば話は別だが、おそらくそう上手くはいくまい。偶然ここに居合わせただけの無価値な人間をわざわざ殺そうとはしないはずだが、しかしこの人間だけ迷いの結界の影響から解き放つ手間をかけることもないだろう。

 彼女はそういう性格だと、ホルストは知っていた。

 だからこそ気持ちをしっかり持って先導できる人間が必要なのだが、先程まで気の強かった少年はなにやらおかしな具合になっている。


 このままでは少女たちが危ない。

 今はまだ恐怖を感じているだけだが、度が過ぎれば発狂の恐れもある。さらに戦いの余波で瓦礫などが飛んでくる可能性もある。

 そして背負っているクリムは特に危ない。気を失っていても影響は受けていて、呼吸や心臓の鼓動が安定していない。

 緩やかになっていた出血も再開している。すぐに呼吸が止まったり失血死するほどではないが、放って置いてはまずい事になるだろう。

 こんなことなら痕が残っても鼻の怪我を治させておくべきだった。


 こうなればホルスト自身が治療をするか、先導をするかをしなければならないが、治癒魔法を使うには少女たちの盾になる事を止めねばならない。

 しかし戦いの余波をまともに受けて平気なのはカインとマギーくらいで、他の子らは取り返しのつかないレベルの発狂を起こしかねない。


 連れて逃げるのも無理だ。

 あの方の手駒の中でも、困難で非合法な殺しだけを任されている男がやって来たのだ。逃げればアルとの戦闘を打ち切って確実にホルストを殺すだろう。

 そしてホルストが死ねば、やはり盾が無くなって少女たちにも累が及ぶ。


「……どうにかしてアルが戦いを止めてくれればいいのだが」


 精霊様に祈るのは無駄だと知っているので、ホルストは神に祈った。

 神様も信じてはいないのだが、とりあえずこういう時に祈られるのが神様とかいうものの仕事だろうと思いながら。





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