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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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234話 再会は突然に

 




「なあ、まだ来ねえのかよ」

「僕が知るわけないだろう」


 場所は芸術都市のハンターズギルド。

 退屈そうに問いかけたのはBB(デイト)で、ぶっきらぼうに返事をしたのはミケルだった。


 ミケルはBBと別れた後、他所のパーティーに守られ、守護都市からの応援部隊が来たところで、休むべきだと後方に下げられた。

 その時にはテロリスト拠点周辺のクリアリングも終わっており、洞窟内部の探査は終わっていないまま――日付の変わった今もそれは終わっていない――気の早い凱旋としてワイバーンの死体とともに都市に帰って来て、病院で診察を受けた。

 幸い大きな怪我はなかったものの、魔力と体力の著しい消耗と診断され、休養が認められた。


 ただそれでもギルドからは報告を求められ、しかしミケルにしてもどうやってセージがテロリストの拠点を見つけたのかはわからないし、セージとBBの戦闘にしてもどう話していいかはわからなかった。

 なので当たり障りなく拠点を見つけて戦闘になったとだけ話し、突っ込んだ質問にはわかりません、セージとBBに聞いてくださいとしか答えられなかった。


 そして日付が変わった今日、遅まきながらセージがやって来るという話を聞いて、疲労で重い体に鞭を打ってやって来て、ミケル(さいふ)を探していたBBに捕まった。


「なんでお前には聞き取りがないんだ」

「知らねえよ。野良のギルドメンバーなんかの報告なんて信用できないんだろ」


 それは嘘だと確信ができる。

 最初は寄生目的のゲスだと思っていたが、目の前の男が圧倒的な強さを持っていることをミケルはもう知っている。

 そして天使と呼ばれる英雄の子と、何かしらの因縁があることも。

 この男にギルドが聞き取りをしないのは何か大きな――恐らくは名家の――力が働いているからなのだろうと、当たりをつけていた。


「そんな事より、本当にやるのか」

「ああ、絶対面白くなるぞ」

「……はぁ」


 ミケルは溜息をついた。BBの事情に深入りするつもりはない。

 口と態度は悪くとも尊敬できる戦士なのだから助力を求められれば応じるが、名家には関わりたくないというのも本音だったし、そもそもBBがミケルの力を必要としているとは思えなかった。


 弱者を守る強者をBBは騎士だと言ったが、ミケルにとって騎士は名家に尻尾を振る悪党という印象が強い。

 事あるごとに袖の下を求め、憂さ晴らしで民衆に暴力を振るう彼らから幼いミケルを守ってくれたのは、ギルドメンバーだった。


 少しは大人になった今では、騎士にもまともな奴がいるというのは知っているが、それでも汚職騎士と、そいつらが媚びを売る名家への嫌悪感は根強く残っている。

 そしてだからこそ名家を恐れず、そして実際にその悪政と戦う天使や、その父である竜殺しの英雄に憧れを抱いていた。

 そして困ったことに、目の前の粗暴な恩人はその天使に恨まれており、その上で無理やりにでも遊び(性的な意味)に連れて行こうとしていた。


「こんなところで殺し合いはやめてくれよ」

「心配すんな。奴の性格はもう掴んだ。街中では戦闘にならねえよ。

 いざって時は踏ん切りはつけられるが、いざって状況にならなきゃ欲を出して戦場を選ぶ。絶対にな」


 そんな相手と一緒に遊びに行こうとするなよ。

 ミケルはそう思ったが口には出さず、別のことを問いかけた。


「……お前は、セージさんが好きなのか」

「いいや、嫌いだね。あいつとは絶対にソリが合わない」


 はっきりとしたその言葉に、再度ミケルは溜息をついた。

 セージの行動もそうだが、BBもまたミケルには理解のできない人間だった。

 守護都市の人間はみんなこうなのだろうか。

 だとしたら上手くやっていける気がしない。


「前にも言ったけどよ、力ってのはテメエの好きなことに使わねえと嘘なんだよ。

 どんな人間だって好きな事、やりたい事をやってる時が一番力を出せる。

 周りに合わせて欲を、自分を消すなんて間違ってるんだよ」

「……心配なんだな」

「あ゛?」


 ギロリと睨まれて、ミケルは思わず一歩引いた。

 そのタイミングで、ギルド内で大きな歓声が湧いた。


「な、なんだ」


 大きな歓声はギルドの外を向いている。しかしそれ以上のことは分からず、ミケルはその歓声の大きさに狼狽えた。

 だが――


「やべ」

「BB? BBっ⁉︎」


 ――BBはその歓声の意味に気がついた。それが遅かったことを理解しながらも、BBは即座に行動に移った。

 ミケルの声を置き去りにする速度で、BBはその場から跳び去った。



 ******



 どうやら気が緩んでいたようだ。こんなに近くに来られるまでその男に気づかなかったことをデイトは反省した。

 恐らくはもっと遠くからこちらに気づいていて、気配を隠して来たのだろう。

 破天荒な言動と戦果のせいで勘違いされがちだが、あのバカは隠れて獲物に忍び寄る技量も高かった。


 しかしその反省も今は後だ。バカと顔を合わせるのは流石にまずい。

 周囲には多くの人がいて、机や椅子の障害物があって、一番大きな出入り口は使えないという状況で、しかしデイトは持ち前の素早さで二階へと跳んだ。目的は窓だ。

 迷いなく窓をぶち破って逃げ出そうとするデイトに、同じく迷いのない衝裂斬が放たれた。

 窓どころか窓枠や壁ごとデイトを両断せんと迫るそれを、身体をひねって向きを変え、斬撃の腹の部分を蹴って破壊する。


 姿勢を変えて後頭部から窓に突っ込んだデイトはガラスを割り、しかし息をつく暇もなく次弾を迎え撃つ。

 窓から飛び出た先に回り込んで放たれていた孤月斬。それが三つ。

 デイトは伸身の宙返りを披露しつつ竜角刀を抜いて斬り払う。

 抜き打ちで一つ。

 返す刀で二つ。

 三つ目は間に合わず、疾空で空中をひと蹴りし、体を捻って躱す。ギリギリでの回避となったそれは、至近で爆発してデイトをギルドの壁に叩きつけた。

 痛みはない。込められた魔力はデイトが無効化できないほどの膨大なものだったが、それでも風圧に重きを置いた基本技だったからだ。


「ちぃっ!」


 しかしそれでも上手く嵌められたのは事実だ。

 見えていたのに、わかっていたのにその流れを避けられなかった。

 そのことに苛立ちと喜びを覚える。

 腕は鈍っていないようだと、歩いて姿を現した兄の姿に、デイトはそう思った。


「ようやく会えたな、デイト」


 二人が顔をつき合わせたのはギルドの裏通り。

 人通りの多い道とはいえないが、それでも大通りから一本中に入った道で、日中から人気がなくなるような道ではなかった。

 だが実際にその場にいるのはデイトとジオの二人だけ。

 その場には他者の立ち入りを拒絶する空気(まりょく)が充満していた。


 それは性格ブスの操る人払いの結界ではない。

 あの女との繋がりはまだ切れている。

 この11年で慣れ親しんだ、あの女の力の行使もデイトには感じ取れない。

 感じられるのは目の前の男のプレッシャーだけだった。


「……竜の結界。そんなものまで真似できるとはな。相変わらずデタラメなやつだぜ」


 周囲一帯はジオの魔力で満たされていた。

 その魔力、その感情が他者の立ち入りを拒んでいた。

 同じ効果を持っていても、それは性格ブスの人払いの結界よりもよほど原始的で暴力的、そして圧倒的な力強さだった。

 これと同じような力を、デイトは一度だけ体感していた。


 己に従うものを屈服させる魔物の王の力。

 それが竜の結界だった。

 ジオが支配するこの小さな裏通りに立ち入れるのは、守護都市でも上級相当だけだろう。


「ふん。そんな事よりも話すべきことがあるだろう」

「別にねえよ」

「セージを負かしたのはお前だな」

「……知らねえな。人違いだろ」


 ジオは黙ってデイトの腰の、竜角刀に顎で示した。


「……落ちてたのを拾ったんだよ」

「ふざけてるのか」

「待て、待て。ちょっと待て。今はまずい。一年待て。そうしたら全部教える」


 ジオの目に迷いは浮かばない。

 デイトはわずかに後ずさり、それと同じ距離だけジオはすり足で詰め寄った。


「ダメだな。それでは遅い。今すぐに全て話せ」

「ちぃっ。相変わらず変なところで融通がきかねえな。ガキができて丸くなったんじゃねえのかよ」

「アベルたちの家族を殺したのはお前か」


 デイトの軽口には付き合わず、ジオは問い詰めた。


「ああ、そうだよ」

「アンネを殺したのは」

「……ああ、俺だ」


 闘う(やる)かと、デイトの目にチロチロと闘志の火が湧く。

 ジオはかぶりを振った。


「なぜ俺に嘘をつく、デイト」

「あ゛?」


 デイトは荒い声で睨んだが、しかしジオは気にすることなく言葉を続けた。


「俺は、叔父貴の子じゃあない。だがそれでも、お前を弟だと思っている。

 だから――」

「はっ、バカじゃねえのか」


 その言葉の先が怖くて、デイトは嘲笑で遮った。

 この11年、多くの事があった。多くの事を()った。

 今更、止められはしない。

 なら最後まで走り抜けるだけだ。

 だからその言葉は聞きたくなかった。


「たしかにアンネを殺したのは俺じゃねえ。俺に責任はねえ。何一つとしてな。

 あいつらが、そして親父がなんで死んだのか、わかっているかジオレイン」


 デイトはジオを、兄貴とは呼べなかった。


「……弱かったからだ」

「ああ、そうさ。

 最後の最後にテメエの命を守れるのは、テメエ自身の強さだ。

 ああ、だから弱いあいつらが悪かったのさ」

「違う」


 ジオは再びかぶりを振った。


俺たち(・・・)が弱くて、バカだったからだ」

「っ‼︎」

「息子を見て、思う。

 あいつだったら、上手くやっただろうと。

 家族のために誰かを殺すんじゃなく、家族を守れるだろうと。

 ただ、守れるだろうと」


 ジオは噛みしめるようにそう言った。

 忘れられない夜、何度となく繰り返し見た悪夢。

 ジオは姿を消したアシュレイを一晩中探し回ったが、見つけることはできずに、もの言えぬ体となって帰ってきた。

 ジェイダス家の騒動を知ってアンネに会いにいったが、しかし彼女の嘘を見抜けず追い返され、二度と会うことはできなくなってしまった。


 その二人だけではない。

 魔人ジオを恐れず親しく歩み寄ってくれる人間は少なくなかったが、彼らのほとんどと死別した。

 だからジオはマギーを引き取るまで、大きな屋敷でたった一人で暮らしていた。

 誰かを殺すしか出来なかった孤独な英雄は、自分とは似ても似つかぬ出来のいい息子を思い、そう言った。


「変わったな、ジオレイン」

「お前もな、デイト」


 二人の視線が真っ直ぐにぶつかり合う。

 それは意志のぶつかり合いであり、闘志のぶつかり合いだった。

 視線の戦いは、すぐに形を変える。


 先に動いたのはデイトだった。

 見せたのは居合の構え。

 そこから放たれるであろう神速の抜刀術を見越し、しかしジオは腰の刀には手を伸ばさなかった。

 ジオにはデイトに向けて抜く刀はないのだから。


 ジオはデイトの速さをよく知っている。

 そして竜角刀の切れ味も。

 無手で挑むのは傲慢以外の何物でもなく、首を落とされてもおかしくはない。

 だがやる。今ここでやらねばならぬ。

 ここでデイトを昏倒させ、セージのところに突き出すのだ。


 直感に従って、ジオは迫りくる殺意の刀身を右手で受ける。

 白刃どりなど望むべくもない、払いで剣筋を逸らすことすら難しい。

 そんな欲を出せば首が落ちる。

 だから腕一本を差し出して止め、もう一方の腕でぶん殴る。


 受けをしくじることはなく、デイトの刀身はジオの右腕に触れた。

 しかしその刃は腕を斬りとばすどころか、右腕に触れた瞬間に霧散した。


 凝縮した殺意を幻の剣として放つ闘魔術〈無刀斬り(だましぎり)〉。

 抗魔力の低い相手ならば斬られたと錯覚させ、ショック死させることもできる技だが、ジオの強固な防護層に触れればたちまち霧散するような強度の弱い技だった。

 そしてだからこそ、デイトが付き合いの長いジオに見せたことのない技でもあった。


 ジオはその技、そしてデイトの狙いに即座に気づくが、受けに周り守りを固めた体には一瞬の硬直が生まれている。

 その一瞬の遅れは、デイトを相手にするには大き過ぎる隙であった。


 何も持っていないデイトの右手はジオの左肩を掴み、思い切り引っ張る。

 ジオの体勢はわずかに崩れ、デイトはそのまま背後に回り込んだ。

 背後からの強烈な殺気にジオはとっさに拳を振ったが、返ってきたのは実体のない魔力を霧散する手応えだった。

 視認できた時には、デイトは遥か遠くまで走り去っていた。


「はっ、バーカ」

「この野郎っ」

「間違えるなよ、ジオレイン。

 死んだのはあいつらが弱かったからだ。

 誰のせいでもない。

 あいつらは誰のせいにもしてねえ。

 勝手に思い上がるなよ、バカめ」


 デイトはそう吐き捨て、姿を消した。



 多くの時間が過ぎ去った。

 長く顔を合わせず、久しぶりに見た姿はずいぶんと痩せこけていた。

 その技はかつてよりも速く、油断できない技の冴えだった。

 そしてかつての懐かしい日々のように、愚弟は一方的に言いたいことを言って、去っていった。



「変わってないな、バカめ」


 悔しさと懐かしさを噛み締め、ジオはそう言った。

 魔力を活性化したせいで竜の呪いが息を吹き返し、足がジクジクと痛む。

 ジオはその痛みと呪いを押さえ込みながらハンターズギルドに入った。

 そしてアリスに、いきなり暴れないでと叱られた。





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