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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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232話 ちびってません

 




 ギルド近くの酒場で、一人の男が酒を飲んでいた。

 デイト・ブレイドホーム。あるいはフレイムリッパーと呼ばれる男だった。


「かったりぃな」


 そのぼやきは小さく、聞き取れた人間はいない。

 人間(・・)は、いない。


『なにか言いたげですね』


 デイトに返ってきた声は脳内に響くもので、空気を震わすものではなかった。


「働いてんのに金がないからな」

()剝ぎの成果があるでしょう』

「そりゃまだ先の話だ」


 デイトには信用できるブローカーがいたが、その人物は芸術都市にはいない。そしてさらに言えば、可能な限りそのブローカーの正体は性格ブスに知られたくない。

 接触するならば性格ブスが別件にかかりきりになっている時か、そうでなければ口の硬い人物を仲介に挟みたい。

 そして今はそのタイミングではないし、仲介を頼める人物もデイトのそばからはほとんど居なくなってしまっていた。


 デイトには仲間がいた。

 彼らは親友や、兄弟と呼んでもいい連中だった。

 その数は両の手で数えられる程度だったが、彼らには心から背中を預けられる事が出来た。だからその数が少ないとは思わなかった。

 そんな彼らは、もういない。

 不義理な道を、死へと向かう道を歩くとわかって姿を隠して、探しにきたのは殴り飛ばして、それでもしつこく付いてきた馬鹿な彼らは、もういない。

 この11年の間に、デイトに課せられた無茶な命令に付き合って死んでいった。


 後悔はしない。

 奴らが勝手に付いてきたのだから。

 悲しみはしない。

 弱者が死ぬのは慣れているから。

 恩なんて感じない。

 そんな理由で動く気は無い。

 ただ願いを果たすまでは、兄の呪いを解くまでは、この心臓を捧げるまでは、必ず生き延びると誓いを強くするだけだ。


「辛気臭い顔してんね、兄さん。一杯どうだい」


 安酒をちびちびと飲んで居座るデイトに、ウエイターが声をかけてきた。

 黒い髪に黒い瞳で二十歳そこそこの若い男だったが、やけに厭世的な目をしていて、印象はいくらか老けて見えた。


「……っ‼︎」


 目の前の相手はどこをどう見ても一般人だったが、性格ブスから驚愕の感情が伝わってきて、デイトは警戒心を強めた。


「悪いが金がねえ」

「見ればわかるさ。奢るっていってんの。隣いい?」

「なんだ? 男に口説かれる趣味はねえぞ」

「安心しろよ。俺も男を口説く趣味はない」


 ウエイターは仕事中だというのに無遠慮にデイトの隣に腰かけた。


「ちっ。何モンだ、テメエ」

「いいからいいから。まあ飲め」


 ウエイターはどこからともなく瓶とグラスを取り出した。

 グラスは2つで、そのうち1つをデイトの前に差し出して、瓶の中身を注いだ。

 それは血のように赤い酒だった。

 赤ワインよりももっと濃く、黒味を帯びた赤い色。

 匂いは薄く、ほのかにリンゴに近い匂いが香った。


「かんぱーい」


 ウエイターはデイトの不審な目を気にすることなく、自分のグラスにも同じものを注いで、一息に飲み干した。


「……ちっ、仕事中じゃねえのかよ」


 あまり気は進まなかったが、ウエイターの景気のいい飲みっぷりにビビっているのかと言われている気がして、デイトも一息にその得体の知れない酒を呷った。

 そして――


「――っ‼︎」

『バカっ、吐き出しなさい、今すぐ‼︎』


 性格ブスの慌てた声などデイトの耳には入らない。

 それほどの衝撃がデイトを襲った。


 まず口に広がったのは圧倒的な果実感。

 単純な味でいえばそれはやはりリンゴに近い。

 甘みは薄く、酸味と酒精特有の辛味があった。

 だが重要なのはその味ではない。

 それは砂漠で干からびたときに与えられた水のように、口に含んだ瞬間、全身に満ち足りた喜びを与えた。

 そして焼き付くような強い酒精が喉を刺激し、しかしその痛みはすぐに快感へと変わる。

 そしてその熱は胃に落ちても衰えることなく、僅かな酩酊感とともに身体中を心地よい温もりで満たした。


「――めちゃくちゃうまいな、これ」

「だろ。爺さんに無理言って出してもらったんだぜ」


 ウエイターは得体の知れない相手だが、美味い酒を奢ってくれたのならば良い奴だ。

 デイトは上機嫌でそう言った。気分が良くなったからか、なんだか体調も良くなった気がした。


「……ん?」


 いや、気がした、ではない。

 セイジェンドにやられたはずの腹と手の傷が、いつの間にか完治していた。

 魔法で治した傷特有の、ジクジクとした痛みと不快感が綺麗に消えていた。試しに力を込めて、手首や腹の筋肉を動かして見ても違和感は一切ない。

 間違いなく完治している。


「……なんだ」


 考えられるとしたらウエイターから貰った酒だが、


「神竜の爺さん自慢の霊薬だよ。健康体で飲むと毒になるから一杯だけね」

「テメエ、本当に何モンだ」


 デイトの誰何(すいか)は、ウエイターだけに向けたものではない。だが意識を向けた性格ブスは、ただ恐怖だけを目の前の男に向けていた。


「……ニート、かな」

「にーと?」


 性格ブスが恐れるならば帝国の魔女か、それに近しい人物だろう。それは現世神や土地神と呼ばれる人間を超えたナニカだ。

 しかし目の前のウエイターは少なくとも魔女(おんな)には見えないし、そもそも魔人伝のなかに〈にーと〉という人物はいなかったように思う。


「基本引きこもって寝て暮らして、たまに酒盛りとか散歩とかして、時折ロリBBAに襲われたりしてる」

「わけわかんねえな。説明する気は無いってことか」

「そうとも言う」


 デイトは抜刀した。

 椅子に座った状態から目にも留まらぬ速さで立ち上がり、腰の竜角刀を抜いてウエイターの首を刎ねた。

 首は宙を舞って地に転がり、頭を失った首からは血が吹き出した。


「ば、ば、ば、ば――」


 慌てた様子の性格ブスは声を隠すことも忘れている。

 それをスルーしてデイトはウエイターの死体を見下ろした。


「呆気ない。何かを感じたのは気のせいか」

「――ばか、逃げなさい。今すぐにっ!!」

「あ? 何を言ってるんだ」


 そう言って、デイトは異変に気付いた。

 人一人を惨殺したのに、周囲は騒ぐ様子はない。

 そして首を失ったウエイターの身体からは血が吹き出しているが、しかし椅子から倒れることはなく、座った姿勢から微動だにすることはなかった。


「別に逃げなくて良いよ。危ない奴だってのは知ってるし。まあ躊躇なく人の首を撥ねるのはどうかと思うけどね」


 そして首だけになったウエイターが、そう口にした。


「幻には見えねえな。デタラメな奴だ。首だけで生きてんのか」

「というか、体がなくなっても生きてられるってだけだね。でも痛いからやめてね」


 ウエイターの首は浮かび上がって自分の体に戻った。

 そして指をパッチンと鳴らすと、店内に、そしてデイトに降りかかっていたウエイターの血は綺麗に消え去った。


「the お掃除魔法。便利でしょ」


 どこまでもふざけた奴だ。デイトはそう思いながら竜角刀を鞘にしまって、再び席に着いた。


「ふんっ。テメエの素性は置いておく。俺に何の用だ」

「う〜ん。用と言われても困るんだけどね。基本俺は受け身で、用のある人が来る感じだから」

「俺はテメエに用なんてない」


 デイトはウエイターの話をバッサリと斬り捨てる。

 目の前の男は現世神かそれに近しい化け物だろう。首を刎ねたと言うのに敵意は持たれていないようだが、だからこそ気味が悪い。

 理解のできない思考をしている相手は、何をしでかしても不思議ではないのだから。

 ただ警戒を抱きつつも、デイトはこの変なウエイターに嫌悪感は抱かなかった。


「知ってる。助けてほしいなんて思ってないことも。

 だから介入する気は無いんだけど、そうすると寝込み襲われんだよね。やめて欲しいよね、そういうはしたないの」

「わけわかんねえな。要はテメエの問題かよ。酒の代金分ぐらいなら働いてやっても良いけどよ」


 性格ブスの狼狽えた感情に、奢ってもらった美味い酒と、浴びるほどの鮮血。

 機嫌の良いデイトは困った様子のウエイターにそう言った。

 何となくこいつに付き合えば面白そうなことが起こりそうだという予感もあって、少しぐらい助けてやってもいいかと思った。


「やっぱお人好しだね。君がロリBBAのところに行ってくれると楽なんだけど、そういう訳にもいかないんだよね。

 だって運命はもう変わったんだから」

「……」


 ウエイターの雰囲気がわずかに変わって、デイトは身構える。

 それを脅威には感じない。

 ウエイターは目の前にいるのに、確かに見えて、その存在を感じ取れているのに、まるでそれが幻か何かのような、気を抜けば次の瞬間には消えていそうな希薄さがあった。

 その雰囲気はデイトに、感情を失ったセイジェンドを思い起こさせた。


「あんたのことは気に入っている。

 ただの人間の、ただの努力の積み重ねが、奇跡に手をかけたから。

 だからあんたには資格がある。

 でもあんたは多くの不幸を生んで、多くを殺して、そして幸福を生んで、命を救った。

 文字通り懸命に、命を燃やす人生だった。

 それは運命が変わったって変わらないだろ。

 あんたはあんたなんだからさ。

 命短し楽しめ戦士ってね。

 空気ぐらいは読むさ。どっちの味方もしない。

 ただ、少しでも悔いが残らないようにね」


 そう言って空になったグラスを取り、どこかに消し去った。気がつけば酒の入った瓶も消えていた。


「じゃあね」


 ウエイターはそう言って店の出入り口に足を向けた。

 短いやり取りの中、デイトはウエイターの正体に思い当たるものがあった。

 魔人伝の中で、初代魔王が多くの試練を果たして出会った人物。

 王国の神剣に対抗しうる神刀を授けた人物。

 名も性別も外見も記されていない〈偉大な人〉。

 あらゆる願いを叶えてくれるという、おとぎ話の人物。


「よう。あんたに願えば死人だって生き返るのかよ」


 デイトはウエイターの背中に声をかけた。


「イエス。友達だろうと、父親だろうと、世界に記録は残っているから。

 君が望むのなら、この場ですぐにでも。

 あるいは失った瞬間から、やり直すことも。

 どうする?」


 悪魔が囁くように、天使が言祝ぐように、背中を向けたままウエイターは選択肢を示した。

 彼が悪魔か天使か、デイトには分からなかった。

 だがどちらにせよ答えは決まっていた。


「はっ、糞食らえだ」

「そうかい」


 ウエイターは満足そうに笑って、店を出た。


「……ふぅ。馬鹿な男ですね。あれに願えば、なんであろうと思いのままであったでしょうに」

「ふん」


 デイトは鼻を鳴らした。

 死者をたやすく生き返らせるという言葉に反感を覚えて突っぱねたが、よくよく考えればそれ以外の望みはあった。

 ジオにかけられた呪いと、性格ブスの始末である。

 だが吐いた唾を飲み込む趣味はないし、願ったものにどんな対価が求められるかわかったものではない。

 だからこれで良かったと、半ば強がりでデイトは納得した。


「まあ良いでしょう。あれは生ける災厄。刺激しないに越したことは――」

「あ、そうそう。俺のこれはただのコスプレだから。別にここのバイトじゃないから」


 ひょっこりとウエイター(偽)が戻ってきてそんなことを言った。

 そしてこの11年で初めて感じた事がないほどの恐怖が、性格ブスからあふれ出した。

 遠く離れたところでちびっていても不思議ではない。

 それぐらい強い恐怖だった。


「あ、ごめんね。それじゃあ改めて、お邪魔しました」

「――あ、あ」

「行ったみたいだぜ」


 頭に意味のない声と恐怖と安堵のごちゃ混ぜの感情が響くのが気持ち悪くも楽しくて、デイトは珍しく性格ブスに気遣いを見せた。


「あ、わ、分かっています。

 私はセイジェンドを懐柔するために動きます。あなたもこれ以上はあの少年を刺激しないように。

 私はいつでもあなたを見張っているのですからね」

「はいはい、さっさと失せろ」


 そう答えると、心臓への小さな痛みを置き土産にデイトの中から何かの繋がりのようなものが切れる。

 感じ取れるようになったのは最近だが、どうもそれが繋がっていないときは性格ブスは自分を見張れていないようだった。

 もっとも奴の心持ち一つで、いつでもその繋がりは生まれるので油断はできない。

 だがそれでも今は自由だ。


「さて……」


 自由になったのだからまずは遊ぼう。デイトはそう思った。

 そのためには金だ。

 街中で適当なチンピラに喧嘩をふっかけて巻き上げてもいいが、今の芸術都市には守護都市が接続中だ。

 この時期は街のチンピラ達もおとなしくしている。

 粋がっている連中を殴り飛ばすのはいいのだが、特に理由もなく因縁をつけてカツアゲをするのはデイトのポリシーに反する。


 守護都市のチンピラなら今も活きが良いが、そちらを狙うとセイジェンドや馬鹿、あるいはそれ以外の昔馴染みに見つかる危険(リスク)がある。

 それにそもそも守護都市に上がれば、即座に性格ブスから制止がかかるだろう。

 だから小遣い稼ぎにはカツアゲ以外の手段を択ばなければならないが、それにはすでに当てがあった。

 それはミケルだ。


 性格ブスからは、事が大きくなりすぎたからテロリスト討伐の報酬は諦めろと耳にタコができるほどに言われ、それは納得した。

 だがギルドに行くなとは(はっきりと言葉にしては)言われていないし、(デイト主観で)命を救ったミケルからお礼をもらうのも筋の通らない話ではない。

 ついでにギルドにはセイジェンドもいるだろうから、とりあえず殴り飛ばして、三人で娼館巡りと洒落込もう。ミケルの奢りで。

 デイトは体調も気分も良く、酒場を後にした。

 そこで誰と出会うか、想像することも無く。





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