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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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230話  長いものには巻かれておきたい

 




「ようこそいらっしゃいました、天使セージ様。そしてポピー商会代表、タイガ様」

「は、はい」

「……ああ」


 おそらく最初は待合室で長時間、待たされる事になるだろう。

 長い時間待たせて気持ちを焦らせ、あるいは待っている間の代表との雑談を記録して、交渉に使う為だとかで。

 前持ってそんな風に聞かされていたのだが、そんなことは無かった。

 すぐに対応しないことで名家の当主は忙しいんだぞ、それなのにお前らの謝罪に付き合ってやるんだぞという、アピールの意味合いもあるのだとか。

 だが繰り返しになるが、そんな事はなかった。


 私たちがシャルマー家に訪れると、美人なメイドさんに応接室――当然だけどうちとは比べ物にならないくらい立派なお部屋――に通され、そこであらかじめ待っていたクラーラさんにそう出迎えられた。

 クラーラさんは席に座って待つのではなく、立って私たちを出迎え、そして私たちに着席を促してからようやく自分も腰を下ろした。

 なんというか、目上の人や大事なお客を出迎えるように。


 どういう事だろうと困惑気味にミルク代表の顔を盗み見るが、その顔は猜疑心に満ちていた。どうやらこの丁寧な対応には裏があると思っているようだ。

 ちなみにクラーラさんの感情は緊張と恐れで占められており、正直なところ意味がわからない。

 その感情はやらかした私が持つべき者だし、前世のクレーム対応を思い出しながら私が現在作っている雰囲気と同種のものだ。


「あの――」

「まずはお祝いの言葉を贈らせてください、セージ様」

「――え?」

「この度は魔族の討伐、おめでとうございます。また一歩、お父上の偉業に追いつきましたね」

「あ、ありがとうございます」


 私は咄嗟に不機嫌な声にならぬよう尽力した。

 魔族を、そして上級の魔物を討伐したのもフレイムリッパーの手柄だ。

 結果だけを見れば、私は国防のために働いたあの男の邪魔をしただけだ。

 あの男を殺そうとしたことを間違いだとは思わないが、その功績を奪う真似をしたいとも思わなかった。

 だが同時にそれを口に出すつもりもなかった。

 奴が本当に精霊様直属の処刑人であるならば、クラーラさんはそちら側だろう。余計なことは言うべきでない。


「どうかしましたか?」

「いえ、なんでもありません」

「……そうですか。それならばよろしいのですが。

 ああ、来ましたね。それではささやかですが、セージ様の昇級を祝って」


 クラーラさんはメイドさんが持って来たお茶を受け取って、私たちにも飲むように勧めた。

 とりあえず、私たちも付き合ってお茶を一口飲んだ。……毒とか入ってないよね、これ。


「昇級と言うのは?」

「聞いていませんか? ギルドの方では今回の功績を称えて、セージ様を中級上位へと昇級する意向ですよ。

 ああ、すいません。正式な内示の前に私が情報を漏らしたと言う事は内緒にしておいてくださいね」


 代表の言葉に、クラーラさんがいたずらっぽい笑みでそう言った。

 ああ、そうか。また勝手に上がるのか、私のランク。

 まあそれはいいけど。

 フレイムリッパーの功績でって言うのは気に入らないけど。

 おそらく上は、スノウ・スナイクは全部わかった上で決定しているだろうから、まあいいけど。

 ……いや、やっぱりよくないな。

 スノウさんとはどこかでちゃんと話さないといけないだろうな。


「それは、わざわざありがとうございます」


 私はそう言うと、代表が面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「こちらとしてはホルスト氏への謝罪で訪れたのだが、そちらには興味がないのかな」

「……いいえ、そう言うわけではありません」


 クラーラさんは目つきを鋭くしたが、その内心はわりと臆病な感じになっていた。たぶん心臓はバクバク鳴っていると思う。

 何なんだろう。

 もしかしてホルストって、夢で見たようなことを恒常的にやっていて、クラーラさんはそれを隠蔽しようとしているのだろうか。


「それで、ことの顛末を聞かせていただけますか、セージ様」

「はい。

 この度は私の勘違いからホルストさんには、ひいてはクラーラさんにも大変なご迷惑をおかけしました。

 心から謝罪をいたします。

 申し訳ございませんでした」


 私は席を立って、深く頭を下げた。

 クラーラさんの感情には不信感が生まれていた。


「座ってください。謝罪を求めているわけではありません。

 私は、なぜその勘違いが生まれたか、その経緯を教えて欲しいのです」

「……はい。

 家族内の問題となるのですが、姉のマギーは幼い私が仕事をしていることに引け目を感じており、同等の収入を得たいと考えている節がありました。

 もちろん中級ギルドメンバーと同等の収入など高度な教育を受け稀有な資格を持ったものでしか得られません。

 姉はそのことを頭では理解していても、不満を解消出来てはいませんでした。

 私は偶然のことながら、ホルスト氏があえて娼婦ではない年若い女性に金銭を渡し、性交渉を迫っていることを知っていました。

 姉は芸術都市に遊びに行っていただけだったのですが、そのことを知らなかったため行方不明になったものと思い込み、そしてお金を稼ぎたいと思っているからと、一方的な思い込みでホルスト氏を疑いました。

 重ねて、お詫び申し上げます。本当に申し訳ありませんでした」


 なるべく誠実にみえるよう淡々とした口調で、同時に自分の中に後悔の感情を作って、そう説明した。

 クラーラさんの感情は恐怖が強くなった。何故だ。


「……そう。不自然な話ではない、かしら。思い込みは誰にでもあるものだから」

「そう言っていただければ、私の心もいくらか救われます。

 ホルストさんにも直接謝罪をさせていただきたいのですが、御目通りは叶わないのでしょうか」

「残念だけれど、彼は都合がつかなかったわ。でもセージ様の謝罪は私からしっかりと伝えておきます」


 それは嘘だ。具体的にどこが嘘かはわからないが、嘘を言っているのは感情で把握できる。

 会わせたくないのだろうか。

 私にホルストを会わせたくないとして、理由はなんだ。

 もしかしてスーパー魔力感知の力がバレているのか。だとすればやはり庇っている?

 夢の中で姉さんを殺したホルストだが、誰かに命じられていた可能性がある。

 もしかしてシャルマー家で後ろ暗いことを任されているのか?

 財務官僚が?

 ありえない。あり得ないと思うが、可能性はゼロじゃあ無い。


 汚れ仕事をしている人間をマークされたく無いというのが考えられるとして、他には何がある?

 本当に忙しいわけでは無い。それはわかる。

 ホルストが非道な性癖を持っているからか?

 子供が好きと言うなら私が対象になることも考えられる。


 自画自賛になるが、私の今生の容姿は恵まれている。それこそ男だと説明しても浮浪者が尻を見つめて追いかけてくるくらいには。

 流石に無いとは思うが、クラーラさんが私を庇っている――線は、やはり無いな。

 クラーラさんの感情は保身的で、敵対的だ。

 私のためではなく、自身と、自身が所属する陣営に心が寄っている。

 だとすればやはりホルストを庇っているのだろうが、理由はやはりはっきりしないな。情報が少なすぎる。


「言葉での謝罪だけでは誠意にかけると思います。まずはこちらをお受け取りください」


 代表の方から、謝罪金を渡してもらう。

 私がやったことは立派な犯罪行為だ。前科がついても仕方ないとは思うが、できればお日様の下を歩ける綺麗な体でいたい。

 今回のはとりあえずの挨拶分――それでも相手が名家なのでものすごい高額――で、正式な示談金はこれから交渉していくことになる。

 まあよっぽど非常識な金額を提示されなければ飲むつもりだ。

 下手に断って被害届を出されれば面倒だし、向こうもネームバリューの出てきた私に不当要求はしづらいだろうから、払えない金額を提示されることはないだろう。

 そう事前に代表と話し合って決めていた。

 だが――


「分かりました。セージ様の誠意は確かに受け取らせていただきました。

 今回の件は、シャルマー家当主の名に誓って不問とするようお約束いたします」


 ――クラーラさんは包んだ金額を確かめることもなく、そう言った。

 それはこれ以上の示談金は必要ないと言う意思表示だった。

 それに、ミルク代表がしびれを切らせた。


「どう言うつもりだ、クラーラ・シャルマー」

「なにが、でしょう?」

「とぼけるなよ。ここで追求せず、鉾を収めるなんてらしくない。一体、何を恐れている」

「ちょっと、代表」


 お詫びに来たのに失礼なこと言ったらダメですよ。それにこの後はギルドに行かないといけないんだから、早く話がまとまるならその方がいいじゃないですか。


「……シエスタお姉様が敬愛する天使を責めるなど、私にどうしてできましょうか」


 あ、甘い理由はシエスタさんですか。ありがとうございます。流石です、お義姉さま。

 まあクラーラさんの言葉は嘘なんだけど。


「嘘だな。それが本心ならシエスタはここにいるはずだ。交渉をしやすくするためあいつを遠ざけた後で、心変わりする何かがあったはずだ。違うか?」

「……謝罪に来たと言うのに、随分と高圧的な物言いをするのですね」

「事が事だからな。

 昨日のセージの顔色を見た身としては、俺もホルストには危機意識を抱いている。お前たちも、この短い時間でそれを抱いたんじゃないか」


 マジか。

 じゃあマルク・ベルールの時のように内々で始末しようとか考えてたとか?

 いや、違うな。そこまで感情は定まっていない。

 ただそうするべきかどうかで悩んでいるみたいだ。


「何を馬鹿なことを」

「いいのか。セージはホルストの粛清を諦めていない。ここはこちらに乗るべきじゃないか?」

「だ、こ、馬鹿っ‼︎」


 なんでバラすんだよ。せっかく穏当な形で収まりかけてたのに。


「……やはりそうですか。

 確かに、彼は政庁都市と繋がりがあります。

 セージ様、胸襟を開かせて頂くならば、私は一年前の事件にはなんの関与もしておりません」


 一年前って、代表やシエスタさんが襲われたこと?

 知ってるよ。なんでそんな事――あ。


「つまり、シエスタさんを襲わせたのはホルストだったんですか?」

「「え?」」


 代表とクラーラさんの呆気にとられた声がハモった。


「あ、あれ、一年前の事件と、それに政庁都市と繋がりがあるって言ったので、フレイムリッパーを派遣させたのがホルストだと思ったんですが、違ったんですか?」


 あ、さん付けするの忘れた。まあいいか。


「何を言って――」

「知らなかったんですか⁉︎」

「――は?」


 今度は代表だけが呆気にとられた。


「ええと、そっちは知らなかったですよ。

 ただホルストは少女を痛めつけて殺したりする性癖があるので、捕まえたかっただけです」

「え?」


 そっちを知らなかったと言う顔で、クラーラさんが呆気に取られた。



 それからお互いに話し合って、なあなあな感じで話を纏めあった。

 とりあえずホルストが買った少女を殺したと言う証拠や疑いはないが、私の言葉は一定の信用があったらしく、クラーラさんたちの方で詳しく調べるそうだった。

 シエスタさんの暗殺依頼の件も疑いの域を出ていないので、報復のために襲わないでとしつこく念を押されたが、甚だ遺憾である。

 私は証拠もなく人を襲うような野蛮人ではないのである。

 いや、夢で見たのは証拠にならないけど、襲ってはないから。壊れたドアを開けただけだから。


 あと姉さんを囮に使うなんて事をするわけないし、そもそも昨日は仕事に出ているんだからそんなことを企んでいるはずがない。

 仕事に出たのはアリバイ作りで、予期せぬ魔族討伐で予定が狂ったから焦っていたと疑われたが、さすがに疑いすぎである。


 シエスタさんは頭が良くて基本そつなくこなすけど、たまに大きなうっかりをやらかす女性だ。暗殺依頼が出たのもやる気を出しすぎてそれまでの利権に配慮が足りていなかった形だし。

 まあそれは私も同罪だし、そもそも合法的に動いているシエスタさんを暗殺しようとした連中こそが悪だ。まあ悪でも権力者なんだけど。


 そしてクラーラさんは頭がいいんだけど、頭が良すぎて余計なことにまで考えを及ばせる悪癖があるようだ。

 もうちょっと心に余裕を持って、視野を広く持つよう心がけるといいと思います。九歳の私が言うようなことじゃないけど。

 囲碁とか勧めようかしら。来年に向けて実戦勘も取り戻したいし。


 ともかくそんなこんなでホルストのことはクラーラさんに任せて、私はギルドに行くことにした。

 あの時の彼の言葉もあるし、シエスタさんはもう狙われないだろう。ならばホルストをどうこうしようと言う気持ちは私にはない。

 兄さんには怒られるかもしれないけど、クラーラさんが彼を裁くなり、手綱をしっかり結ぶなりしてくれればそれでいい。

 政庁都市と結びつきがあって、夢の中で姉さんを殺した彼を敵に回すと言うことは、つまりは政庁都市にいるであろう大物と、フレイムリッパーと契約しているだろう大物と敵対することになるのだから。


 この国で生きて行く以上、そんな道は選べない。


 デス子の目的はあるいはそれなのだろうが、少なくとも家族に迷惑のかかるその道を選ぶのは、みんなが大人になった、ずっとずっと先にするべきだろう。



 一先ずの結論は出た。

 長い時間を費やしてしまったが、ギルドに向かうため、私たちはシャルマー家を後にした。

 途中でチンピラみたいな兄ちゃんがわざとぶつかってきて、


「ああ、悪いな。小さくて見えなかった」


 と、言った。

 私は紳士的に笑顔で、


「そうですか。あなたは人間が小さいんですね」


 と、返しておいた。



 その後、チンピラの兄ちゃんがクラーラ様にビンタされて何かしらを命令されているのを魔力感知で捉えた。





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