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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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229話 勘違い系女子(25歳)

 




 正直、頭が痛い。なんだか胃も痛い。

 精霊様直属の皇剣から天使を上手く飼い慣らせと遠まわしに忠告をされた当日に、その事件は起きた。

 クラーラ・シャルマーは――お嬢様なので外見は取り繕っていたが――内心で、頭を抱えていた。


「何時までそうしている気じゃ、もうやって来る頃合じゃないかのぅ」


 そんなクラーラに声をかけたのはもっとも信頼できる忠臣、カナン・カルムだ。


「やっちまうんだろ? 俺にやらせてくれよ」


 そうからかい半分、本気半分で粛清を口にしたのは幼馴染の忠臣、アルバート・セル。


「……マルク・べルールはともかく、トール・ホルストには表立った瑕疵がなく、当家への貢献、そしてクラーラ様の当主就任にも尽力した人物です。

 不当な暴力にさらされるなら、庇わなければなりませんね」


 そして現実を突きつけたのは普段からクラーラの護衛を務める女騎士の忠臣、ルイス・オーゲルだった。


「わかってるわよ。ええ、わかっているわ。

 でもね――」


 執務室に集めた腹心の言葉にクラーラは言葉を返す。


「――あんな趣味を持ってるなんて、知らなかったわよ」


 そして我慢できなかったその愚痴に、その場にいたものたちは押し黙った。



 トール・ホルストは重度の少女偏愛嗜好をもっていた。

 彼の性欲の対象となる少女は十代であることが条件で、発育が良ければ九歳や八歳の子も対象とした。二十歳以上はよほど見目麗しく、さらに性格も合わないと無理なのだ。

 その事をクラーラが知らなかったのは、周りがそれを隠していたからだ。

 先代当主の急逝のおりクラーラの当主就任に尽力したホルストだが、その動機には彼の下半身が大いに関係していた。

 母の死にショックを受け、それを乗り越えるために当主として母の意思を意志を継ぐと、その為ならば何でもやると意気込む当時のクラーラ(十七歳)は、ホルストのストライクゾーンのど真ん中にいた。


 だからこそカナンをはじめとした古くからの臣下は、クラーラの貞操を守るためにもホルストの性癖を隠していたし、ホルストも忠誠心をフル稼働させてクラーラの前では紳士であることに努め、そして見ていないところで手頃な少女にクラーラと同じ服装をさせて楽しんで、歪んだ欲求を解消していた。

 そして現在、二十五歳となっているクラーラはホルストの対象からは外れたが、忙しすぎる毎日に追われて恋愛沙汰と距離が離れ、性というものに対してやや純情(うぶ)な面を育んでしまっていた。



「……愚痴を言っても始まらないけれど、まずは状況を確認しましょう」


 父親のいなかったクラーラは幼い頃から支えてくれていたホルストへ特別な信頼を寄せていたが、彼が自分に良くしてくれる理由が幼い女子への特殊な性的欲求があってのことだと知った今は、その信頼は嫌悪感にひっくり返っている。

 だがそれは今は棚に上げておくべき感情だ。それは名家の当主としての判断に組み込んでいい私情ではないのだから。

 クラーラはそう思って仕切り直しの言葉を発した。


「魔人の子がホルストを敵視した理由ですが、姉であるマギー様をホルストが狙った可能性があるという事で、間違いは無いようですね」

「……本人は否定しておったが、まあ、知らずに声をかけた可能性は高そうじゃのぅ」


 娼館にも十代の子はいるが、その数は多くない。

 そしてホルストの好みは若い少女だが、彼はその中でも性に疎い者を好む。

 そのためホルストは路上で、お金に困っている少女に声をかけることも多かった。


 だがこの数年、浮浪児たちの多くがまっとうな仕事に就いたため、ホルストの誘いに乗る少女が減ってきていた。

 手っ取り早くお金が稼げるからと誘いを受ける子もいるが、そんな子らは往々にして性に対して積極的で、ホルストの歪んだ欲を十分には満たさなかった。

 ホルストはお金のために感情を殺し、その体を差し出す少女が好きなのだ。人形のように無反応になった少女を、無理やり鳴かせるのが大好きだったのだ。


 もっとも狡猾なホルストはその歪んだ性癖をうまく隠しており、カナンたちはあくまで感心できない少女偏愛嗜好の持ち主としか知らなかった。


「しかし、そうだとしても彼は力づくという手段は取りません。合法の内でしょう」

「気分は悪いがな」


 クラーラの最大の支援者の一人であるホルストを擁護するルイスの言葉に、アルバートがツッコミを入れる。

 ルイスは横目で睨んだが、アルバートがそれを気にした様子はなかった。


「……合法、とは言い切れないのでは?」

「どういう事ですか、クラーラ様?」

「セージ様はホルストに対し、合法的に対応すると言っています。

 実際には不法侵入と器物損壊をしていますが、ホルストが違法な事をしているという確信は得ているのかもしれません」


 クラーラの言葉に、カナンたちは二年前のマージネル家での出来事を思い出す。

 知らないはずの出来事を知っていた少年は、どうやら特別な加護(ちから)を持つ神子であるらしい。

 そしてその不可思議な加護で、クラーラたちも知らないホルストの犯罪歴を見通している可能性もある。


「……ですが、魔人の子に甘い対応をすれば軽んじる者も出るでしょう。

 そして支援者を切り捨てれば、離反につながります。

 詰まる所これを見過ごせば、あるいはジェイダス家を襲った災いが我らシャルマー家に起こり得るでしょう。

 少なくとも魔人の子の確信とやらが、法に基づく正当性の確かなものだと示されない限り、やはり厳格な対応をするべきだと思いますが」

「俺もそちらに賛成だな。セイジェンドが何か知っているなら痛めつけて吐かせればいい」

「……」


 カナンはアルバートに、セージの後ろに居る危険人物について忠告しようとして、止めた。

 アルバートは脳筋なのでそこに思い至ってはいないだろうが、わかったところでむしろ喜び勇んでセージに戦いを挑み、ジオを引っ張り出そうとするだろう。


 アルバートの母親はカナンと同じく、シャルマー家の皇剣だ。

 かつて皇剣武闘祭の決勝でジオに敗れながらも皇剣の座を得て、多くの戦士たちから侮辱と蔑みをぶつけられた騎士が、アルバートの母親だった。

 加えてセージは、かつてアルバートが皇剣の座をかけて剣を交わし、負かしたケイを降している。


「それは最後の手段よ。

 まずは話し合って、……そうね。

 賠償金とは別に、何かしらの繋がりを周りに見せたいところよね」

「……やはり取り込むおつもりですか」


 不満そうに口にしたのはルイスだった。口には出していないが、アルバートも同様の気配を発していた。


「彼の、というよりも、彼を支援しているシエスタ御姉様と推し進めているプランは私たちにとっても有益で、重要なものよ。

 名家を恐れない魔人と天使がいるからこそ、他の都市の名家との交渉も捗るし、反感の受け皿にもなってもらえる。

 それなのに明確に敵対してご破産にするわけにはいかないわよ。

 それに至宝の君から言いつけられているのだから、首輪を付けていることを示す必要もあるわ」


 だからこそ今回の件は落とし所が難しいと、クラーラは頭を悩ませていたのだ。

 だがそんな当主の姿を見ても、アルバートとルイスは納得した様子は見せなかった。

 クラーラはため息をついて、そんな彼らの説得を続ける。


「さらに言えば、彼はまた功績を挙げているわ。

 共生派のテロリストのアジトを発見し、その企みの阻止、そして中核戦力と思われるワイバーンと魔族の討伐をね。

 彼に厳罰を与えるのは、共生派に敵意を持つ騎士や戦士たちの、そしてテロの脅威から助けられた芸術都市の反感に繋がるのよ。

 そして逆に言えば、彼を取り込めれば一気に勢力の拡大が狙える」

「それはホルストを切り捨てることに見合うメリットですか?」


 クラーラに対して、懐疑的なルイスの反論が突き刺さる。


「彼は切り捨てない。彼の嗜好に思うところはあるけれど、今はそれを選べはしないわ。あなたの言う通りにね。

 でもどちらかを敵に回すという選択肢しかないわけではないでしょう。

 少なくともセージ様の話を聞いて、ホルストについてどの程度を知っているかを探るべきでしょう」


 その言葉に、ルイスは一応は納得したようで頷いて答えた。


「まあ子供だからな。色の話に過敏に反応しただけかもしれないが、それならどうする?」

「謝罪金をもらって、今後はホルストに近寄らないよう誓約書に署名させるわ」

「まあ、妥当か?

 ……だが、セイジェンドが納得しなかったら?」


 アルバートの挑むような問いかけに、クラーラは怒りを覗かせる酷薄な笑みをアルバートに向けた。

 クラーラは名家当主として若い。そして未熟だ。

 だからこそアルバートもルイスもクラーラの決定にたびたび異議を挟む。それがクラーラを想っての事だとは理解しているが、だからといって試されるような問い掛けまで許すつもりはない。

 こんな時にフォローをしてくれるカナンは、あと一年しかクラーラのそばにいないのだから。


「その時はあなたに任せるわ。ただし、挑発は許さない。それは理解しているわね」

「ああ、わかった」


 アルバートも怒りを買ったことで踏み込みすぎたと自覚して、言葉少なく従う姿勢を見せた。


「カナンは、何かあるかしら?」

「いいや、わしに不服はないよ。

 ……ただ、ふむ。少し、そうじゃな。

 恐らくは思い過ごしなんじゃろうが……」

「何かしら?

 もったいぶらずに教えてもらえるかしら?」


 クラーラの冷たい眼差しにカナンは重々しく口を開いた。


「ホルストの坊主は政庁都市とも繋がりがある。表立ったもの以外にも、のぅ。

 一年前にシエスタ女史を襲ったフレイムリッパーじゃが、ジェイダス家を襲った時といい、こうまで捕まらんということは公儀隠密やもしれんと、思っての」

「……は?」


 カナンの言葉に、クラーラの頭が、いや、全身が急速に冷え込む。


「どういう事だ?」

「シエスタ・トートが処刑人に狙われたという事ですか? 流石にそれは……」

「いえ、ありえるわ。ありえるのよ。

 お姉様は急速な改革を行って、官吏からの反感も強かったから。ホルストからも強く対応を求められて、でも、私はそれを一蹴したから……」

「政庁都市に暗殺を依頼した、ですか?」


 ルイスの半信半疑な言葉に、カナンは頷いて答えた。

 処刑人がまともに動くのならば名家当主のクラーラに話が通らないはずは無い。

 だが処刑人を取りまとめる至宝の君には悪い噂もある。

 大抵は精霊様から寵愛を受けるだけの美貌と、皇剣の権威への妬みが囁かせるものだろう。

 だがその噂の中には、権力を乱用し、意にそぐわぬ者を殺すと言う物騒なものもあった。

 あるいは金に汚く、見た目の良い男たちをはべらせて淫蕩に耽っているという噂も。

 あくまで噂だが、しかしそれらが嘘でも政庁都市に太いパイプを持つホルストならば、末端の処刑人くらいならば動かせるのかもしれない。


「可能性の話、じゃがのう。

 もしもそれが事実ならば‥‥‥」

「セイジェンドは姉に乱暴を働いていると誤解してホルストを探し連れ込み宿に押し入ったのではなく、報復のために姉を囮にした?」

「……ああ、無理やり襲われたって事にしようとしたのか。

 だがホルストが誘いに乗らず別の女の子を買ったことで、その計画は狂ったってわけだ」


 クラーラは血の気の引いた頭で必死に考えを巡らせる。

 もしそうだとしたらこれから謝罪に来るセイジェンドは、表向きはともかく内心ではこちらを明確に敵と見定めていることだろう。

 そう言えばシャルマー家にシエスタが来るときは、常に上級の戦士が護衛についていた。

 若くして一線から退いた戦士で、いずれはジオやラウドにも匹敵するだろうと目されていた一世代前の天才、マリア・オペレアが。


 あれはシャルマー家を牽制する意味もあったのだろうか?

 そして一年経っても手を出さないことから、痺れを切らせて罠を張った?

 いいや、それはいくら何でも不自然だ。

 十分な護衛をつけて一年間様子を見て、シャルマー家の犯行ではなくホルストの独断だと理解したのだろう。

 だから落としどころのある形で罠を張ったに違いない。


「お嬢……、あくまで可能性じゃぞ?」

「ええ、ええ。

 わかっているわ。

 ちゃんとわかっているわよ」


 カナンは心配そうにクラーラへ声をかけ、それには力強く(本人主観で)応じた。


 ホルストを庇えば最悪の場合、魔人と天使との戦争になりかねない。そして彼を支援するマージネル家とも。

 そうなって負けるとは言わない。シャルマー家には皇剣が三人、そして皇剣に望めるだけの上級の騎士も数多くいる。

 だがそれは向こうも同じだ。

 確実に勝てる戦いではないだろうし、勝ったところで被害は甚大なものとなるだろう。


 これからの会談はどう天使を取り込むかではない。

 どうやって戦争を回避するか。

 どうやって天使の怒りを収めるか。

 その上で、どうやってシャルマー家の面目を守るか。

 とてもとても大変な交渉が、クラーラの前に立ち塞がっている、と思った。


「カナン爺、余計なことを言ったんじゃないか?」

「まったくですね」

「困ったのぅ……」


 これからのことに必死に考えを巡らせるクラーラの耳は、そんな忠臣たちのぼやきに気づかないようだった。

 色々と心配になるそんな姿を見ながら、カナンはもう少し長生きしたかったのぅと、そんなこと思った。

 そしてそんなカナンの目と耳から、この話を見聞きする者も、いた。



「……なんて事なの」



 その人物は誰もいない部屋で、そんなことを呟いた。





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