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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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227話 届かない祈り

 




 真っ白な世界で、黒いドレスに身を包んだ女性が祈りを捧げていた。

 女性は右目を眼帯で覆い、その下の失われた瞳から世界を見て、祈りを捧げていた。

 彼女の名はデス子。それは本名ではなく、仮の名前。

 死に通じる仮神。

 死が安らかなものであるように。生者が悔いなくその命を終えられるように。そんな願いを抱いて世界と契約した女。

 世界が歩むべき運命を知り、それを守る使命を帯びた彼女が祈る対象は想像上の神でも、残酷な運命でもない。

 それはただ一人、自らが選んだ転生者。

 不死の心と、献身の呪いを持つ少年。


 デス子が静かに祈りを捧げる真っ白な世界に、来客が訪れる。

 この世界に入り込んだのは、幼い少女だった。少なくとも外見はそうだった。

 年齢は十二歳程度、肩にかからない程度に伸びた赤い髪に、眠たげな赤い瞳。どちらもまるで血のように不吉な色合いだった。

 幼い顔立ちは、しかし物憂げな表情のため印象を大人びたものに少しだけ変えていた。


「……無駄」


 少女はポツリと、祈り続けるデス子に言った。


「あいつの介入で、魂の変質で、完成した人格が与える影響で、運命は大きく変わった。

 でも大きく揺れ動いた運命はもう安定を始めてる。

 いくら目を封じても、現世神になりきれてなくても、未来は見えているはず」

「……でも変わる余地は、まだあるはずです」


 デス子は努めて慇懃な態度で少女に言った。


「いくらかは。でも、無駄」

「なぜ、でしょうか?」

「あれはデイトを許さない。

 許せば呪いが解ける。

 あれは死の中で、ようやく輝ける命。

 夜の闇に覆われなければ、そこにあるとさえわからぬ小さな輝き。

 絶望の中でしか生まれないもの。

 死に魅入られたから、あれは足掻く。

 でも呪いが解ければ、あれは足掻くのを止める。

 そもそもあれには生きる意志がない。

 不死の心は、もう死んでいるから死ねないだけ。

 呪いが解けて生き返れば、もう耐えようとしない。

 そんな壊れた人間を生贄に選んだのは、あなたたち」


 淡々と、少女は言った。


「……はい」


 デス子は暗い声で、しかし確かに頷いてそれを肯定した。


「責めてない」

「はい」

「……ん」


 少女はデス子が微笑んだのを見て、満足そうに小さく頷いた。


「変えたいのなら、あいつに頼むといい」


 少女が口にするあいつというのが誰を指すのか、デス子にはよく分かっていた。

 しかし彼はデス子が送り込んだ少年のような作為的なイレギュラーではなく、偶発的に生まれた異物だ。

 運命を変える力は誰よりも強いが、あまりに強すぎる。救われない誰かを救うことは、救われたはずの誰かを突き落とすことにつながる。

 だからこそその人物は怠惰に眠り続け、世界に危機が訪れるその時にしか目を覚まさない。


「いえ、もう助けてもらいました。これ以上は必要ありません」

「……そう。あいつは馬鹿だから、仕方ないね」

「そうですね」


 デス子がそう言って笑うと、少女もぎこちなく笑った。

 少女はデス子が人間として生まれるよりも前から、ずっとずっと長く生き、そして現世神をやっていた。

 それは決して名誉なことではない。

 現世神には世界から求められる使命がある。そしてそれを果たせばその自我は与えられた力とともに世界に還る。

 不死である現世神は、そこでようやく終わりを迎えられるのだ。


 しかし少女はその使命を果たすことなく、与えられた力を使うことも極力抑え、長い時間を過ごした。

 その長い時間が、少女から表情を、感情の変化を奪っていた。

 少女は自身を使命を放棄した堕神、あるいは魔女と呼んでいた。

 帝国の魔王に傅き、人間の王国に反旗を翻した、絶望を告げる魔女と。


「……ん。邪魔をした。帰る」

「はい。大したおもてなしもできず、申し訳ありません」

「……ここでおもてなしなんて出来たら、すごいと思う。

 わかっていると思うけど、時間はもうそんなにないから。

 その時が来たら、私が全て殺すから」


 少女は何でもない事のように、いや、魔女からすれば本当に何でもない事をわざわざ口にして、その姿を白い世界から消した。


「ええ、わかっています。大事な問題はまだ先にある。

 でも、私は、彼のことも……」


 そう言って、デス子はふと気づく。

 デス子と魔女が契約した、死と絶望という概念。

 概念として強固なのは死であるが、しかし長く生きた少女は、デス子とは比べ物にならないくらい力を持つ現世神である。

 それこそエーテリアの自称精霊が入れず、そもそも知ることもできないこの特別な領域に、あっさりと侵入してくる事が出来るぐらいには。


 だから運命の変化も、これから起きることも、最後の最後以外は見通しているはずである。つまりわざわざここに来て、デス子に声をかける意味はない。

 だってそんな事をしても未来は変わらないのだから。

 それでも、あの引きこもりの魔女がわざわざやって来たということは、


「心配して来てくれたんでしょうか。相変わらず読めないお婆ちゃんですね~」


 くすりと、デス子が言葉を崩して笑うと突然、目の前にその魔女が現れた。


「あ、ご、ご、ごめんなさい。その、悪い意味ではなくて――」

「わかっていると思うけど、時間はそんなにないから」

「――え?」


 デス子が慌てて取り繕おうとするが、魔女は気にした様子もなく言葉を続けた。


「その時が来たら、私が絶望を告げに行くから」


 そしてロリ魔女はドヤ顔でそう言うと、改めて姿を消した。


「え? えっ? な、なんだったの?」


 デス子は本当に魔女の姿がないことを何度も確認した。

 そして決めゼリフを間違えたから言い直しに帰ってきただけであることに気づくまで、それなりの時間を落ち着かない心持ちで過ごした。





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