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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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226話 納得いかない

 




「クリム。お婆ちゃんに迷惑をかけるな」


 四人の談笑は食後も続いたが、そこに新たな人物が割って入った。

 四十歳ぐらいの、大人の男の人だった。

 彼もまたクリムと同様、特に断りもなく家の中にまで入ってきて、そう言った。


「ジャン、入ってくるなりそれはなんだい。まずは客人に挨拶しなさい。あんたがそんなだからクリムに落ち着きがないんでしょうが」

「ぐっ、すいませんね、母さん。君たちも。

 クリムの、友達かな? 娘が世話になっているね」

「違うよ、パパ。初対面。っていうか、従姉妹。守護都市のおじさんの、子供だって」

「――は?」


 ジャンは大きな口を開けて固まった。


「あ、どうも。セージです。よろしく」

「マギーです。その、お邪魔しています」

「挨拶したっ!?」


 ジャンは声を上げて驚きを示した。


「な、なによ、パパ。普通のことに驚いて」

「あ、いや、ああ、そうだな。普通のことだな。普通の、その、母さん。本当に?」

「ああ、本当に、本物さね。あたしも守護都市で驚いたよ。ジオの子なんだから会話ができるかも怪しいと思ってたんだけどね」

「……え、ひどくない」

「いや、姉さん。たぶんこの人たちにはその権利がある」


 しみじみとそう言うセージに、ナタリヤが同情するように重々しく頷いた。


「そうか、あの、ジオに、こんな大きな子が。俺も年をとったなぁ……。ジオは元気なんだろ?」

「ええ。竜の呪いを受けてしまいましたが、生活には支障がありません。喧嘩も強いままですよ、困ったことにね」

「はは、そうか。そうか……。懐かしいな。今度は、ああ、いや――すまん。今日はそれどころじゃない。

 クリム。帰るぞ、ママも心配してる」


 セージの言葉に、ジャンはわずかに瞳を潤ませた。だが感傷に浸ることはなく、すぐに娘へと言葉の矛先を変えた。


「えっ、やだよ。今日は帰らない。お婆ちゃんの所に泊まる」

「ダメだ。ほら、母さんからも言ってくれ」

「うん? アタシは別にかまわないよ。せっかく従姉妹も来てるんだし、子供同士仲良くさせてやりな」

「ありがとう、お婆ちゃん!! 大好き!!」

「また甘やかして。板挟みになる俺の事もちょっとは考えてくれ」


 マギーとセージは放って置かれて、家族の口論は続く。


「なによ、パパとママが悪いんじゃない。私は歌手になりたいの。踊れる歌手に。親なんだから応援してくれたっていいじゃない」

「俺の稼ぎじゃ、あんな学校は行かせられないんだよ。それに学校に行ったって、それでプロになれるわけじゃないんだ。ママの言うように普通の学校に行って、歌は趣味で続ければいいじゃないか。今みたいに」

「それじゃあダメだもん。私はプロになるの。そりゃあ、今はまだどっちも下手だけど、ちゃんとした先生に教えてもらったらすぐに上手くなるから。お金なんてすぐに稼ぐから」


 そのやり取りは、親子の間で何度となく交わされたものだった。娘をすぐには納得させられない事は、ジャンもよく分かっていた。

 だから攻め口を変えた。


「それは……とにかく帰ってきなさい。従姉弟の、ちっちゃな子の前で、聞き分けのないことを言わない」

「小さくはないですけどね」

「え? あ、ああ。すまん。それはそうとして、そもそも金がないと――」

「お婆ちゃんがいるじゃない。ねえ、絶対にプロになるから。売れるから。お願い、今はお金貸して。絶対返すから。ね?」


 このままだと無理やりにでも連れて行かれる。そう思ったクリムは祖母にすがった。だが返事は無情なものだった。


「あ? ああ、そうさね。ごめんね。お婆ちゃんもそこまでの蓄えはないからね」

「クリム。お婆ちゃんに無理を言うな。諦めろ。そういうものなんだ」

「それは――」


 口論の中で、クリムは泣きそうになっていた。ジャンが来るまで、ずっと元気良く楽しそうに話していたクリムが。

 マギーはいたたまれなくなって、つい口を挟んだ。


「ねえ、お金が必要なの?」

「え? うん」

「マギー……」


 何かを察したナタリヤが、それを止めるかどうか迷う素振りを見せた。だが実際に止めるよりも早く、マギーは言葉を続けた。


「セージ、家族なんでしょ? アベルみたいに……」

「マギーっ」


 最後までは言わせたくはない。ナタリヤは声を張った。

 だが場を支配したのは、そのあとに響いた静かな声だった。


「姉さん、それはダメ」


 セージの、静かな拒絶の言葉だった。


「なんで? アベルには良いって言ったのに」

「クリムの家族が、保護者がダメって言ってるから。

 私は、お金持ちだよ。その事はきっとナタリヤお婆さんもジャン叔父さんも知ってる。でも私にお金を出して欲しいなんて言ってないし、思ってもいない。

 クリムさんの夢は、二人にとってその程度のものだから。だからダメ」

「はぁっ!?」

「ちょ、セージっ!?」


 クリムは荒い声を上げ、マギーはなんでセージがそんな冷たくてひどい事を言うのかわからなくて、戸惑った。

 マギーの知っているセージはいつも優しくて、たまに意地悪なことをしても、それは笑って済ませられるような事ばかりだった。

 少なくとも人の夢や、家族を馬鹿にするようなことはなかった。


「いえ、勘違いしないでください。お二人がクリムさんを大事に思っていないという意味ではないです。

 ただ恥や面子、道徳を捨ててまで私にお金を無心するほど、応援をしていないという意味です。

 そしてクリムさんが、そこまでお二人の心を動かせていないと、そう言っているんです」

「え、なに? 何言ってるの?」


 クリムはムッとしていたが、しかしセージの言葉に耳を傾ける余裕ぐらいはあった。ただ聞いたところで何が言いたいのかは、よく分からなかった。


「うーん、なんて言いますか。詳しいことはわからないんですけどね。芸術科の名門高校に進学したいって話でしょう? たぶん、学費のすごく高い」

「あ、う、うん」

「でも名門校なら奨学生をとっているはずですよね。難関の狭き門でしょうが」

「それは……だって、それはあるけど、私なんかじゃ受からないもん」


 クリムはそう答えることが恥ずかしいとは思っていた。だが隠しても仕方のないことだから、そう言った。良くも悪くもあけすけな少女だった。


「だから一般生徒として入試試験を受ける。そのためにはお金がいる。それで、間違いないですか?」

「……うん」

「それを叶えるのに、具体的にどれくらいのお金が要るか、ちゃんと知っていますか?」

「ええと……」


 クリムが口にしていく金額を聞いて、マギーは目を丸くした。

 受験費用だけでも今日のマギーの給料を軽く超えているし、入学金なんて知らない桁の、想像のつかない大金だった。そしてそれだけでなく、一年間の学費や、教材費、制服費など、聞きなれない単語と耳を疑う金額がクリムの口から次々と並んだ。


「へぇ。ちゃんと調べてるんですね」

「馬鹿にしてるの? 私だってちゃんと説得しようとしたもん」

「セージ。変な気を起こすんじゃないよ。これはウチの問題なんだからね」


 ナタリヤに釘を刺されて、セージは頷いた。


「ええ、分かってますよ。

 うーん……。クリムさんは、なんでお父さんとお婆さんが反対してるかわかりますか?」

「それは、だからお金がないからでしょ」

「それもありますけど、それだけが理由なら、私を頼りますよ。さっきも言いましたけど、私はお金持ちですから」

「え? さっきの聞いてたよね」


 セージの、九歳の子供の言う事だからと真面目に受け止めていなかったクリムは、驚いてそう言った。


「ええ。特に問題ないですね」

「「えっ?」」


 クリムと、そしてマギーの驚きが綺麗に重なった。


「守護都市の戦士は、稼ぎがいいからな」

「え? えっ?」

「私はギルドで働いてるんですよ。それなりに活躍もしてます」

「それなり、ねぇ」


 ナタリヤの含みのある声を、セージは素知らぬ態度でスルーした。


「まあそれはいいとして、ジャン叔父さんが反対する理由は、ちゃんと聞いてましたか? 歌や踊りのプロになるって言ったって、スターになれるのはほんのひと握りなんでしょ。その道を目指して、もし失敗したら、将来食べていくのも難しくなるかもしれない。

 そんな事になるぐらいなら、堅実なお仕事について、歌や踊りは趣味として続けていけば――」

「はっ、糞喰らえ」


 セージの説得を遮って、クリムは鼻で笑った。


「おい、クリム。子供になんて口をきくんだ」

「うっさい。そんなの先生から何回も言われたもん。私はチャレンジしたいの。ダメだった時の事なんて、知ったこっちゃない。好きなこと我慢した生き方なんて絶対嫌。だってそんなの死んだほうがマシだもん」

「……何て言うか、苛烈なお嬢さんですね」

「そうさねぇ。アシュレイもこんな感じで家を飛び出したっていうから、血筋なのかもねぇ」


 セージは感心した様子でそう言って、ナタリヤが続いた。


「……ねえ、セージ。ダメなの? その、すごい大金だっていうのはわかるんだけど」

「ああ、それはダメ。お金が絡むと、人付き合いって汚くなるから。折角の親戚と変な関係になりたくない」


 セージが口にした考えは、ナタリヤやジャンが頷くものだった。


「そうさね。そうなんだけど、あんたなんでそんな(ちっ)こいうちから達観してるのさ」

「……苦労してるんです。バカ親父のせいで」

「そうかい」

「そうですよ」

「むー……」


 可愛いのに生意気なちびっ子と、大好きなお婆ちゃんが古い茶飲み友達みたいな雰囲気を出しているのを、クリムは恨めしそうに睨んだ。


「そもそもクリム、お前の成績だとそもそもあの高校には受からないんじゃないか」

「うっ。そ、その時は諦めるし、滑り止めもちゃんと受けるから、そっちで頑張るし」


 それまでの勢いはどこへ行ったのか、クリムは目を泳がせた。それを見て、ジャンは大きなため息を吐いた。


「……そうか。わかった、じゃあ受験はしていい。もし受かったら、その時は借金でもするから、まあ、頑張れ」

「ホントにっ!?」

「いいのかい?」


 クリムとナタリヤが、色の違う驚きの声を上げた。


「いや、だって、ここまで言われると。それに言い出したら聞かない子だからね。母さんがしょっちゅう甘やかすから」

「アタシのせいかい」

「そうだよ。ああ、俺は母さんの説得をするから、今日はお婆ちゃんのところに泊まっていきなさい。二人も、遠慮せずにね。クリムと仲良くしてやってくれ」

「はい」

「は、はい」


 セージとマギーが、ジャンに答えた。

 勢いで良いと言ったけど、これからどうしようと、ジャンは肩を落とした背中で語り、ナタリヤ邸から去っていった。

 それは娘のために怒り狂う妻を宥めに向かう、哀愁溢れる父親の背中だった。



 ******



「……ねえ、セージ、マギー、起きてる?」

「……うん」

「……」


 夜も更けたナタリヤ邸の客間。

 明りを消して三人は眠りについたが、ベッドの中のクリムが不意に声を上げた。返事をしたのはマギーだけだった。

 客間のベッドは二つしかなく、一つをマギーとセージが一緒に使っていた。

 暗闇の中でマギーは隣のセージの様子を窺った。規則正しい静かな呼吸音だけが聞こえた。

 ちなみにクリムはセージと一緒に(健全な意味で)寝たがったが、それはマギーが全力で食い止めた。


「今日は、ありがとうね」

「えっ?」

「パパが良いって言ってくれたの、二人が来てたからだから」

「それは、私たちは、私は別に、何もしてないから……」


 何も気の利いたことが言えなかったマギーは、そう言ってクリムの感謝を否定した。


「ううん。私さ、この前ストリートで踊ってみたんだ。文化祭の時にお婆ちゃんに買ってもらったドレス持ち出して。

 ストリートは、特に今は守護都市が来てるから、色んな人が芸を披露してるんだ。そうやってお金稼いでる。

 私もそうして、出来るんだって、パパとママに見せつけたかった。

 でも全然ダメだった。

 文化祭の時は色んな人が見てくれて、拍手もしてくれたけど、それは結局、子供が頑張ってるからってだけだった。

 ストリートだと誰も見向きもしてくれなくて、そんなダンスで恥ずかしくないのって、周りに思われてる気がした」

「そんな……」


 それはきっと、マギーが見たときの姿だろう。一生懸命に打ち込んでいるようにしか見えなかったが、クリムは苦しんでいたのかと、そう思った。


「それでさ。分かっちゃったんだ。私はまだまだ子供で、プロとは全然レベルが違うんだって。

 だから――ふふっ」

「……どうしたの」

「ふっ、いや、ごめん。思い出して。

 その時はもうダメだなって思ってたんだけど、なんか、すっごい感じ悪い子が一人だけ見てくれたの。

 その程度のくせに、なんで踊ってんのよって感じで睨んでてさ。

 私もそれで意地になって、最後まで踊って、歌って、そこでやっぱり気づいたの。私、プロになりたいって」

「そ、そうなの……」


 マギーの返事は少しだけ声が上擦った。やっぱり嫌なお客だったんだなと。そして初対面でないことを打ち明けるのはやめようと思った。


「うん。だから、国立の芸能高に行きたいって、改めて言ったんだけど、ああ、うん。それは関係なくて。

 その、パパは私が受からないと思ってるから試験受けて良いって言ったけど、それでも、ここに来るまでは無駄な試験を受けさせるお金もないって感じだったから。

 だから、その子の言ったとおり。

 私はパパの気持ちを動かせてなかった。でも、今日話してちょっとだけ動いた。

 だから今度は試験に受かって、行って良いよって言わせてやるんだから」

「そう……。でも、お金……」


 マギーがそう言うと、クリムの声も沈んだものになった。


「……うん。デイト叔父さんが来てくれたら良いんだけどね」

「デイト?」

「うん。すっごく良い叔父さんで。よそ者だったパパとお婆ちゃんを何度も助けてくれたんだって。

 私は本当にちっちゃい時に一回、会っただけなんだけど、すごく格好よくて。

 すごい人だって、お婆ちゃんも色々教えてくれて。

 だから、もしデイト叔父さんが来たら、全部何とかしてくれるんじゃないかなって」

「ああ、そう言えば。お父さんも言ってた。頼りになる人だって」

「ちッ」

「……セージ?」


 マギーには小さな舌打ちが聞こえたように思ったが、それは気のせいだったようだ。

 隣で眠るセージは、変わらず静かな呼吸をしていた。


「ごめん、遅くに長々とうるさくして。私ももう寝るね。おやすみ、二人とも」

「うん。おやすみ、クリム。セージも」


 そう言ってマギーは眠りに就いた。



 そして夜遅く、何やら布団が動く違和感でマギーは目を覚ました。ぼんやりと瞼を開けると、セージが部屋を出るところが見えた。

 寝ぼけた頭で、トイレに行くんだろうと思って、マギーは瞼を閉じた。



 朝になって目を覚まして、マギーは隣でセージが寝ているのを見て、安心した。

 セージが穏やかな顔で眠っているのが嬉しいくて、つい頬っぺたにおはようのキスをした。


「……おはよう。何してるの?」

「な、な、何でもない。おはよう、クリム」

「うん。さあご飯だー。セージも起こしてー」


 そして三人で顔を洗って、食卓でナタリヤが用意した朝食を囲んだ。

 そこで食事をしながら、ナタリヤが唐突に話を切り出した。


「そう言えばデイトが来たよ。相変わらずお節介しててね。ポストにまた紙袋が入ってた。クリム、これで学費のことは心配ないから、あんたはしっかりテストに合格できるよう勉強しな」

「マジで!? ラッキー!! デイト叔父さんマジ神様!!」


 ナタリヤが口にした言葉に、クリムが大喜びした。

 そして何故かナタリヤは紙袋でセージをつつき、セージは『ええ、デイト叔父さんすごいですね人格者ですね』と、仏頂面で言っていた。

 マギーにはよくわからなかったが、とりあえずクリムもナタリヤもジャンも、誰も苦しまないんなら良い事だなと、そう思った。

 デイト叔父さんって、良い人なんだなと。





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