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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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224話 大丈夫、普通だから

 




 マギーは貯めていたお小遣いと、その日もらった給料を握り締めて、芸術都市に降りていた。

 通行税は高額だが、この一年の間、欲しいものも買わずに我慢していた事もあって支払えないほどではない。

 お金を貯めていたから、支払えた。

 給料だけでは、片道分も支払えなかった。

 芸術都市の、守護都市とは違う華やかな町並みを、マギーは下を向いて歩いていた。


「はぁ」


 意図せずに溢れるのは、ため息。

 十五歳(おとな)になった時、セージからこんな事を言われた。



「姉さんは託児の仕事をしているんだから、ちゃんと給料を払おうか?」



 その時は断った。

 家の手伝いをするなんて当たり前のことだし、家のお金は稼ぎ頭で算数の得意なセージが主に管理している。そんな弟からお給料をもらうのは嫌だったのだ。

 だがセージはこうも言った。


「とりあえず、お金の使い方は覚えたほうがいいと思うんだけど……」


 その時は馬鹿にしているのかと思って、むっとした。

 危ないからと、大人になるまでは一人で出かけることはなかったけど、父に付き添われて買い物をしたことは何度もある。それこそセージが生まれるずっと前から何度もだ。

 でもマギーはハンカチの本当の相場を理解していなかった。

 仕事で得られる給料がどれくらいか知らなかった。

 セージはきっと、知っていた。

 マギーはセージの姉なのに、セージよりも知らないことが、出来ないことが多かった。


 そんなマギーに兄は子供でいてもいいんじゃないかと言った。弟が大人みたいに働いて無理をしているのに、そんなことを言った。

 弟にお金を無心するようなダメな兄が、そう言った。

 でもだからといって、マギーは何が出来るでもなかった。


 仕事を始めてみても、どんくさいとか、覚えが悪いとか、あの二人とは血が繋がってないからと、そんな陰口を叩かれた。

 マギーは泣かずに頑張ったが、その結果が貯めていたお小遣いよりも少ない給料だ。



 陰鬱な思考に囚われて歩くマギーに、声をかける人物がいた。


「ねえ、お姉さん。可愛いね。今一人? 俺ちょっと時間持て余しててさ、少し付き合ってくれない? ほら。俺ここら詳しいから、いい場所案内するよ。きっと楽しいからさ。行こうよ」

「あ゛?」

「あ、ごめんなさい」


 不機嫌な魔力の乗ったマギーの声を聞いて、軽薄な雰囲気の青年(一般人)は一目散に逃げだした。

 説明をしておくと、マギーの魔力量は下級上位であり、それだけを見るなら外縁都市ではかなりの強者に分類される。


「なんなの、人の顔を見て」


 だがそんな知識もなければナンパをされた経験もない――好意を寄せる人物はいるのだが、マギーを知る人間はジオの事も知っているから口説く勇気が持てないでいる――マギーは、一目散に逃げ去った青年に口を尖らせた。

 そして自分の頬を撫でる。そんなにブスなのかなと思いながら。


「べつに、いいけどね」


 マギーは可愛いものは好きだけど、自分がそうなりたいわけではない。なれればいいとは思うけど、きっと似合わない。

 だから自分が着飾るよりも可愛い格好をした人を見るのが好きだ。


 セルビアやセージに可愛い格好をして欲しいけど、二人ともあんまりそういう服は着ない。

 セージは嫌がるし、セルビアも危ないからと、周りが止めてしまう。

 シエスタは綺麗だけど、いつも堅苦しい服だからあんまり可愛いと思えない。

 マリアは服は可愛いけど、意地悪だからあんまり褒めたくないし、そもそも胸やお尻を触ってくるので近づきたくない。

 でもマリアがケイを着せ替え人形みたいにしようとするのを見かけると、ついつい近寄ってしまう。


 ケイはスレンダーでかっこいい女の子だけど、可愛い格好もよく似合うのだ。

 マリアにはキャミソールという不思議な名前の服も、教えてもらった。着せられるのには全力で抵抗した。


「そうか……」


 マギーは一人、そう呟いた。


「私、可愛いものが作りたかったんだ」


 裁縫に興味を持ったのは、それが理由だった。

 でも始めたのはお金が欲しいから。そのために始めた。お金を稼ぐためなら、始めてもいいと思ったから。

 そして作りやすいハンカチに刺繍をして、でもそれは大した価値にはならなくて。

 だから、嫌な気持ちになって。全部忘れたくて捨てて。

 そしてマギーの足は芸術都市に、好きだからという理由で下手な踊りをする子の下に向いた。

 好きだからやりたいなんて、マギーには出来なかったから。



 ******



「……迷った」


 マギーは端的に自分の置かれている状況を口にした。

 みんなと降りたときはアベルが地図を持っていて先導してくれていた。地図は持っていなかったが、一度通った道だから多分わかるだろうと思って、記憶にあるそれらしい道を歩いた。そして物の見事に迷ってしまったのだ。

 マギーに動揺した様子がないのは、大きな守護都市の姿が視界に入っており、帰ろうと思えばいつでも帰れるからだ。


「うーん……」


 マギーは頭を悩ます。仕事は早めに終わったが、移動でそれなりに時間を使っており、もう午後四時だ。

 日が落ちれば当然、そうでなくとも何も言わずに夕暮れまで帰らないと、心配されるだろう。そろそろ家に帰らないといけない。

 だから目に映っている守護都市に向けて歩き出した。

 適当に道を歩いてきたため、マギーは小道に入っており、そこから見える守護都市に向かって、暗がりには入らないよう適当な小道を進んでいった。


 そしてうねうねと入り組んだ道を進んで大きな道に出ると、今度は大きな壁に道を塞がれた。

 道は結界外縁を周る環状国道線で、壁は結界の内と外を分け、下級の魔物から都市を守る防壁だった。

 しかしあまり外縁都市の知識がないマギーは壁のことを、邪魔だなーとしか思わなかった。

 防壁は高く、守護都市の姿も隠していた。来た道を五十メートルも戻れば、再び視界に収めることが出来るのだが、朝から仕事をして、終わってからここまでさんざん歩いてきたマギーは、それを面倒だと敬遠した。


「たしかこっちだよね」


 そしてものの見事に逆方向に歩き出した。

 都市を守る防壁の背は高く、そして横も長い。大きな芸術都市を守るのだから当然だ。

 マギーは歩き、そして夕暮れ(タイムリミット)が近づいている事を悟って走った。

 高い魔力量を持ち、最低限の魔法を覚えているマギーは当然、身体活性も使える。

 それは戦士やハンターが使うような実戦的なものではないが、単純に走る動作を補助するには問題のないものだった。運動不足気味のマギーの体力は充分に補えた。

 そしてマギーは走り続けた。

 間違った方向に向かって。

 マギーは振り返らない女の子なのだった。



 ******



「どうした」

「あの、守護都市は……」

「え?」


 マギーは防壁の端の近くまで走り、そこを守る詰所の騎士に声をかけた。

 ここに来るまでに詰所はいくつかあり、騎士も見かけていたし、そもそもほかの通行人ともすれ違っていたのだが、ほとんど意地になって誰かに道を尋ねることもなく走ってきていた。

 マギーは悪い意味でも我慢強い根性のある子だったのだ。


 だがさすがに都市部の建物に囲われた国道から、緑が映える田舎の国道に風景が変われば、気づかないようにしているのも限界が来た。そして振り返れば、遠くに帰ろうと思っていた守護都市の姿を見つけた。

 見つけたのだから諦めて来た道を引き返せばいいのだが、突きつけられた現実にマギーの頭は受け入れられず、騎士に声をかけた。


「守護都市は、あれ、ですか?」

「あ、ああ」

「そう、ですよね」


 マギーは途方もない徒労感を抱えて、来た道を振り返った。その距離はおおよそ十km近くあった。


「どうか、したのかね」

「帰るんです。守護都市に」

「そ、そうか。馬車は一時間後だが、停留所はわかるかい」

「馬車?」


 マギーは馬車を知らなかった。

 ただ人力の荷車みたいなもので人を運ぶのだろうと思った。


「ああ。案内しようか? 馬車代はあるかい」

「いえ、いいです。走ります」


 マギーの知っている荷車は商会や個人で使うもので、ありていに言うとすごく遅い。正確に言えば、危ないので守護都市では速度を出すことが禁止されている。

 なので一時間も待ってそんな遅いものに運ばれるよりはと、走ることを選んだ。マギーは守護都市っ子なので、脳筋よりの考えなのだ。あとお金も惜しかった。

 マギーが、魔力量でいえばハンター上級近い少女が走り去るのを、騎士は呆気にとられながら見送った。



「守護都市の女の子か、やっぱり普通じゃないんだな」



 マギーは走った。夕暮れに染まる道を走った。

 いくら魔力によって補助がなされても、限界というものはある。

 へとへとになって、歩くような速度でそれでも走った。

 途中で馬車に追い越されたが、顔を上げて歯を食いしばって走った。

 あんな動物が引いてるようなの馬車じゃないと、よくわからない強がりを心の中で唱えながら、汗だくで走った。

 茜色の空に飛ぶ鳥の、人を小馬鹿にしたような鳴き声が響き渡り、道行く人々がマギーをみてヒソヒソと囁きあっていた。

 笑いたければ笑えばいいじゃないと、マギーは胸を張って走った。もう何もかもがやけくそだった。


「……どうしたの?」


 ふと、こんなところで聞こえるはずのない幻聴が聞こえた。

 いや、帰りが遅くなった自分を迎えに来たとか、ここで出会う理由はいくらでもあるのだが、とにかく今は聞きたくない声だった。

 だって今は目に汗が入っていて、目から汗がたくさん流れてるから。泣いているみたいに見えるから。


「ね、姉さん」

「泣いでなんがないもんっ!!」

「あ、うん。そうだね。大丈夫。もう大丈夫だから、ちょっと休める所に行こう? ね?」


 セージに優しく背をさすられ、大粒の汗を目と鼻から流すマギーは、


「……うん」


 力なく頷いて、従った。





セージ「大丈夫、これくらい普通だから。兄さんとかがおかしいんだよ。姉さんは全然ポンコツとかじゃないし、むしろほら、愛嬌があって可愛いぐらいだし――」

マギー「……ポンコツ? 私、ポンコツ?」←目がイっちゃってる

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