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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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223話 信じるものは騙される

 ※忘れている人への補足※


 クラーラ ←偉い人。セージのママンと同い年。

 カナン  ←偉い人。お爺ちゃん。

 アルバート←強い人。ケイに負けた。

 




 デイトが芸術都市で利用しているアジトに帰還すると、そこには年若い女性が待っていた。正確にはデイトよりも女性の年齢は上なのだが、その外見年齢は二十歳の時に止まっていた。


「……あ」


 女の焦点の定まらぬ瞳を見て、デイトはそれがいつもの性格ブスでないことを把握する。


「よう、まだ生きてたんだな」

「……」


 女は小首をかしげた。

 言っていることが分からなかったのか。それとももう、その耳は声が聞こえなくなっているのか。デイトには判断がつかなかった。


 女の外見は控え目に言っても美しい。

 しかし透き通るような白い肌は、病的に生気がない。

 よくできた人形のように整った顔の輪郭は、冷たい印象を醸し出す。

 腰まで届く白く長い髪は、丹念に手入れされているのに艶を失っている。

 吸い込まれそうな大きな瞳からは、色と輝きが失われ見る者の不安を掻き立てる。

 女の外見は美しいが、しかし女性として、生き物としての魅力は発していなかった。

 不老を含め、世の多くの女性が羨むその立場と外見を持つ女性に、不運なことだとデイトは憐れみの眼差しを向けた。


「……どうしたの、ですか?」

「いや、何でもねえ」

「そうですか」


 女はそう言って小さく微笑んだ。どうやらまだ聞こえているようだなと、デイトはそう思った。


「あの、私、今日は体調が――」


 女がそこまで言って、言葉を止めた。

 焦点の合わなかった目がしっかりとデイトを捉え、全身に生気(まりょく)が満ちて、女の印象は一変する。

 死を待つだけのか弱い雰囲気から、ふてぶてしく傲慢な性格ブスへと。


「――寄り道をした割には、早かったですね」

「なんだ。もっと遅いほうがよかったか」

「些事に気を取られていただけです」


 性格ブスは噛み合わぬ答えを返して、笑った。


「ですが、ちょうど良い。護衛をしなさい」



 ******



 守護都市名家の一つ、シャルマー家。

 その当主クラーラ・シャルマーは芸術都市に降り立っていた。

 共に従えているのは長くシャルマー家に仕えてきたご意見番とも言うべき皇剣カナン・カルム。

 そして普段はもう一人、同性の女性騎士を随伴するのだが、今日は別の者を連れていた。

 アルバート・セル。

 シャルマー家が実権を持つ征伐騎士に所属し、若くして上級の力を認められたシャルマー家の期待のホープ。そして次期皇剣武闘祭の優勝筆頭候補だった。


「アルよ、少しは肩の力を抜けんのか」

「はっ」

「お主は護衛は向かんのう」

「申し訳ありません」


 場所は芸術都市の中で最も古く、最も大きく、最も権威ある大劇場のVIPルーム。

 緊張で固くなっているアルバートにカナンが声をかけるが、返ってくるのは堅苦しく簡潔な言葉だけ。

 護衛という職務に専念しているだけなら良いのだが、アルバートのそれは緊張からくるものだ。

 そしてその緊張は主人であるクラーラにも伝染している。

 カナンは雛鳥を見るような気持ちで二人を見守りながら、ゆったりとした姿勢で遅れている相手を待った。


 劇場で行われている演目は〈はぐれ皇剣世直し旅〉という、芸術都市では昔から庶民の間で親しまれている題目だった。

 その内容は、公式には存在しないはずの九人目の皇剣が、六つの外縁都市を旅して回り、その都市の名家と協力して悪事を働く豪商を懲らしめる勧善懲悪ものだった。


「なかなか愉快な劇じゃのう」

「……そうかしら。九人目の皇剣なんているわけもないし、そもそもなぜ主人公は小さな子供が演じているのかしら。

 たしか以前に見たときは成人の、大柄な男性だったはずだけど」

「それはそうじゃろうて。なにせモデルが変わっておるんじゃからのう」


 カナンの言葉を理解して、クラーラは成程と頷いた。

 この題目には社会風刺の意味もある。

 検閲を受ける新聞などが名家を悪く書く事はないが、だからといって人の口にまで戸が立てられるわけではない。

 民衆を苦しめる権力者や豪商とは、大衆からすれば名家のことを指す。だからこの劇でも悪役はたいていどこかの名家を思わせる要素を取り込んでいた。

 クラーラはその事は最初から知っていたが、しかし悪役を懲らしめる演者にまでは気が回っていなかった。


「昔は魔人ジオレイン。今は天使セイジェンドかしら」


 ぴくりと、その言葉にアルバートの眉が僅かな反応を示した。


「そうじゃのう。かつては皇剣になることを拒んだ英雄が、存在しない九人目の皇剣として名家と戦っておったのが、今ではその息子に代替わりじゃて」

「……これを見るよう勧めてきたあの方の思惑は、さてどういう事なのかしらね」


 クラーラはそう言って待ち合わせの相手に思いを馳せた。

 相手は見方によっては精霊様と同等の権力を持つ人物だ。彼女には名家当主のクラーラであっても逆らえはしない。

 そして最古参の皇剣カナン・カルムもそれは同じだ。いや、皇剣であるカナンの方がより服従を強いられる。

 そんな人物が、天使が名家を正すことを含ませた演劇を見るよう勧める。

 含むところは名家当主として背筋を伸ばした行政をしろという意味か、あるいは天使に首輪をつけて秩序を保てという意味か。

 クラーラは眉根を寄せて考え込んだ。


「……さてのう。案外、何も考えずに人気の演目を勧めただけかもしれんのう」

「ふふっ、そんなわけ無いでしょう」


 クラーラはカナンのあまり上手くない冗談に口元を綻ばせた。

 わざわざ遅刻などという礼を失する行為をしているのは、クラーラに演劇を見て、そして考える時間を与えているためだろう。

 だから、そんなはずはないと。

 そして笑ってみて、クラーラは自分の肩に思いのほかに力が入っていたことに気がついた。


 考えすぎてもいけないわねと、クラーラはゆったりとした気持ちで演劇に目を向けた。

 ちょうどクライマックスの、主役の子が性格の悪そうな女主人を剣で斬り伏せ――当然のことだが剣は小道具の偽物で、その刃先も届いてはいない――子供特有の幼い声を張って女主人に説教をしていた。



 ******



 劇の閉幕と同時に、待ち人は姿を現した。

 VIP席の下の一般席で、観客たちが鳴らす賞賛の拍手が、まるでその人物の現れを歓迎し、称えるように鳴り響く。


「お待たせしてしまいましたね」


 現れた白い髪と白い肌をした美しいその女性は、護衛であろう仮面を付けた長身痩躯の男を伴っていた。


「拝謁の機会をいただけたこと、平に感謝をいたします。最も気高く、最も忠実な皇の剣。偉大なる我らが主の代弁者。美しきエーテリアの至宝」


 クラーラは急いで、しかし美しく見える限界ギリギリの速度で抑えて椅子から立ち上がり、そしてすぐさま膝を付いてその人物を迎えた。


「立ちなさい、クラーラ・シャルマー。せっかくのドレスが汚れてしまいます」


 女性は――仮面の護衛が言うところの性格ブスは――クラーラに歩み寄って、その手を取って立ち上がらせた。


「はい。ありがとうございます」

「さて、どうやら劇の方は終わってしまったようね」


 女性は席に着き、手振りでクラーラにも着席を促した。


「ええ。失礼します」


 クラーラの着席を待って、カナンがごく自然に茶を入れ、二人に振舞った。

 VIPルームには本来専属の給仕がついているが、今は席を外させていた。


「ごめんなさい。遅刻をしてしまって、退屈させてしまったかしら」

「いえ。良い勉強の機会をいただきました」

「……そう」


 女性は少し残念そうな声を出した。まずい答えだったかと、クラーラは身を固くした。


「愉快な劇じゃったぞい。見れんで残念じゃったな」

「ええ、そうね。この演目は芸術都市で昨年、興行収入一位を記録したらしいわね。俗っぽい出来かとも思うのだけれど、それでも少しは気になっていたの」

「それは……」

「ああ、劇の顛末なら語らなくていいわ。来年は政庁都市でも演るという話だから、それまで楽しみにしているから」

「は、はい……」


 クラーラは愛想笑いを浮かべながら相槌を打った。

 もっともその内心は困惑で満たされていた。劇の内容を知らなかったのなら、裏の意図は考えすぎだったのだろうか。いや、劇の題目は昔からあるもので変わっていない。主役や敵役など、構成に細かな変更点があるだけだ。

 つまり演劇の今の構成を詳しくは知らないというだけの意味で、中身を全く知らないわけではない。

 つまり裏の意図は間違いではなく、知らないふりをしたのはその意図をぼかす為か、あるいはクラーラの頭の回転を図っているのか。

 クラーラはより一層の緊張で身を固くし、カナンはやれやれと、自らの豊かな髭を撫でた。


「それで、用向きはなにかしら」

「はい」


 クラーラはなるべく優雅に見えるよう心掛けて、護衛として連れてきていたアルバートを手の平で示した。


「彼は?」

「我がシャルマー家の期待の星、アルバート・セルです。次期皇剣を担えるのは彼を置いて他にはいません」


 紹介されたアルバートは身を固くして女性の値踏みする視線に耐えた。


「ごめんなさい。戦士の目利きは得意ではないの。彼、どうかしら?」

「強いのならば、優勝をするでしょう。優勝をするのならば皇剣となりえます。そして優勝ができないのであれば、彼は弱いということでしょうね」

「そう。そうね。その通りね」


 女性は明言をせず、護衛に代弁をさせた。その内容にクラーラはわずかな落胆を覚える。

 ここで女性から皇剣に相応しいと保証をしてもらえれば、一年後は色々とやりやすくなる。それが今回の最大の狙いだったのだが、そう上手くはいかないようだった。


「ああ、でも皇剣の席はもう埋まっているのだから、武闘祭での優勝だけでは正確ではありませんね」


 びくりと、取り繕うこともできずにクラーラは肩を跳ねさせた。それは謁見を申し込んだもうひとつの理由でもあったからだ。


「安心せい。次の優勝者は〈ガーディン〉の皇剣じゃ。間違いなくの」

「そう。残念ね。貴方はこの国に長く仕えてくれたというのに」

「十分生きた。これ以上、長生きしようとは思わんよ」


 静かな沈黙が、場を支配する。それを短い時間で終わらせたのは他ならぬカナンだった。


「……ところで、そこな御仁。お主は祭りには参加せぬのか」

「ああ、出たいのならば出て構いませんよ」


 カナンが水を向けたのは女性の護衛である仮面の男――過去に口うるさい姉に護衛としてこき使われたため礼法も収めている殺人鬼――で、追従するように女性が男に出場の許可を与える。


「ご冗談を。この身は人の道を外れた悪鬼。首輪をつけて飼い慣らされるのは、一生に一度で十分でございます」

「ふふっ。そうね。そういうことなら仕方がないわね」


 女性は機嫌よく笑ったが、仮面に隠された男の表情、そして男を見るカナンの眼差しには気づいていなかった。


「まるで、出場すれば優勝できると言いたげですね」


 そして仮面の男にそう噛み付いたのは、それまでほぼ無言であったアルバートだった。


「ええ、容易く。

 ジオレインやセイジェンドが出てくるのであればともかく、今の不抜けた守護都市の戦士たちに遅れを取るつもりはありません」

「口だけならば、何とでも言えますね」

「証明をお求めですか?」


 仮面の男はそう言って一触即発の空気が漂うが、それは弾けることもなく霧散する。


「やめなさい、アル。恥ずかしい真似をしないで」

「――はっ。失礼をしました」

「申し訳ありません。躾がなっていませんでした」

「構いませんよ。強き者であれば己の武に誇りを持つもの。若いのだから、なおさらに血気に逸るのは当然でしょう」


 女性は寛容な態度でそう言ったが、しかし仮面の男の慇懃無礼な挑発を嗜める事はなかった。


「さて、用件は以上かしら。次の予定が押しているから、先に失礼させて頂きますね」


 女性はそう言って席を立った。クラーラもすぐに席を立った。

 会談の予定時間は確かに過ぎている。しかし女性が大幅に遅刻をしたため、十分な時間は持てていない。

 だがそれでもクラーラは女性を引き止めることは出来なかった。この女性が決めたことに反対をするのは、許されないことだった。

 だがそうだとしてこのまま成果なく引き下がるわけには行かない。


「承知致しました。我が国至宝の君。願わくば最後に、この一度のみ、その尊き名を呼ぶことをお許し下さい」


 クラーラはそう頭を下げた。

 この国を守る精霊様と、そしてその代弁者である政庁都市の皇剣の名は隠されている。そうしなければならない理由があるらしい。その理由の詳細は名家当主であるクラーラも知り得ていない。

 精霊様も、政庁都市の皇剣も、名家の当主であれば名は知ることが出来る。だが安易にその名を口にすることは禁じられていた。

 逆に言えば、別れの挨拶に名を呼ぶことが許されれば、それは政庁都市の皇剣に認められたことにつながる。

 名家の当主として実績の少ないクラーラにとって、それは価値の大きいものだった。


「ええ、いいでしょう。クラーラ・シャルマー。この名を呼ぶことを許します」


 クラーラは深くお辞儀をし、そして体を起こしてから、改めて床に膝をついた。


「この度は拝謁の機をいただけたこと、そのお言葉をいただけたこと、そして過分な栄誉を頂けることに、深く感謝をいたします。サニア・A・スナイク様」

「私も実りある時間でした。一年後を楽しみにしていますよ」



 ******



 サニアがデイトを引き連れて部屋を出て、その後ろ姿を見送って、ドアが閉められて、しばらくの時間が過ぎて――


「はぁぁぁぁぁぁ……」


 ――クラーラは、跪いた姿勢から地面に大の字にうつぶせになった。


「だらしないな、クラーラ」


 そんなクラーラに声をかけたのは、それまではシャルマー家を代表する護衛として気を張っていたアルバートだった。そして高貴(めんどう)な客が帰ったことで、その態度には生来のふてぶてしさが戻っていた。


「誰のせいよ、アル。こんな場所で、至宝の君の護衛にケンカを売るなんて、私を胃痛で殺す気なの?」

「……まあ、悪かった」


 アルバートはそうバツが悪そうにそっぽを向いた。


「まったくのぅ。あれは今のお主が勝てる相手ではないぞ」

「あいつを知ってるのか、カナン爺」

「まあ、の。おそらくはあやつじゃろう、というぐらいじゃがな」


 昔を懐かしむようなカナンの口ぶりに、アルバートは口を尖らせる。


「ふんっ。カナン爺は昔の思い出を美化しすぎる。昔は名のしれた戦士だったのかもしれないが、政庁都市で護衛をやってる戦士が、今も強いものか」

「……お主は本当に魔物の相手しか取り柄がないのう。あの男からは濃い血の匂いと、怪我が見て取れたじゃろうに。

 現役じゃよ。あの小僧は、現役の戦士じゃ」

「だとしても、あんな小ぶりな剣を使う戦士に――」


 アルバートの悪態は止まらない。

 デイトが腰に佩いていたのは小ぶりな剣――納刀されていたので見抜けなかったが、正確には刀――だった。護衛という仕事を考えれば、街中や建物内での戦闘で取り回しのしやすい武器は理にかなっている。

 しかし魔物との戦闘が主の征伐騎士であるアルバートからすれば、小ぶりな剣など軟弱な警邏騎士たちの得物という印象が拭えない。


 もっともその悪態は、実のところデイトを罵るための口実でしかない。

 幼い頃からシャルマー家で育った彼には強い忠誠心と、幼なじみであるクラーラへの深い敬愛があった。

 魔人ジオレインやその息子セイジェンドを評価し自分を見下すようなデイトの態度も、シャルマー家をそこらの小さな家のように扱うサニアの態度にも、腸を煮え繰り返していた。


「……良い武器に見えたがのぅ」


 カナンの惜しむような小さな言葉は、誰の耳に止まるでもなく消えていった。





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