222話 デス子に呪いあれ
夢を見ていた。
朧げながら、夢だということは分かっていた。
「お前さあ、俺に勝てるとか何思い上がってんの?」
「バカじゃねえの、あんだけ親父からヒントもらっておいて、答え教えてもらうまで気づかないとか、バカじゃねえの」
「それにシエスタ殺されたから俺が悪党とか決め付けてるけど、殺される理由があったかもとかちっとは考えろよ、バーカ」
「親父のこと馬鹿馬鹿言って、僕って頭良いみたいにしてるけど、お前が一番馬鹿なんじゃねえの、このバーカ」
「しかも死にたくなかったら命乞いしろとか言ってたよなあ」
「テロリストなんかに助けてもらって、ようやく一撃入れただけなのに」
「あーあ、ダセぇ。マジダセぇ」
「しかも武器が良いから勝てるとか、デス子に助けてもらえるから勝てるとか、いちいちせこい事しか思いつかねえし」
「それで、勝てましたか?」
「超絶強いこのデイト様に勝てましたかぁ?」
「ほら、負けましたって言えよ」
「囲碁でもちゃんと負けを認めるのが礼儀なんだろ」
「ほらほら。生意気なボクちんでは最速最強の叔父様には手も足も出ませんでしたって認めろよ」
……す。
「あん? 何だよ、最弱おバカのオチビちゃん?」
******
「やっぱぶっ殺すっ!!」
あと私はチビじゃない。
怒りに震える私の拳に、確かな手応えが返ってきた。
よし。殺った。
……ん?
周囲を見ると、見慣れた自分の部屋で、妹と兄さんが驚いた顔で私を見つめ、そして床にはなぜか次兄さんが倒れている。
そして私はベッドの上半身だけを起こし、拳を天に突き上げていた。
「……何やってるんだ、セージ?」
「……僕より強いやつを、倒そうとしてた?」
「ねえ、カイン? 大丈夫?」
「クソ痛ぇ。とりあえず謝れ、バカセージ」
次兄さんに謝り、痛み止め程度の簡単な治癒魔法をかけ、状況の整理をした。
時刻は十六時を過ぎていた。デイ――フレイムリッパーと戦闘をしてから、五時間程度が経過している。
私を家まで運んだのはそのフレイムリッパーで、鉢合わせたのは兄さんだけとのこと。
親父と出くわさなかった事に、少しだけ安心する。
姉さんはまだ帰っていないが、もうすぐ帰ってくるだろうとのことだった。
「セージ?」
「買い物がてら、姉さんを迎えに行ってくるよ」
外に出る支度を始める私に、兄さんが訝しげにそう言った。
デス子の夢はこれまで全て外れている。夢と同じ結果はもう訪れないだろう。
だがそれでも心配にはなるし、この根拠のない不安を家族に伝染させる気もない。
だから私は当たり障りなくそう言って、外に出た。見送る兄さんの感情が常と違って不安そうに揺らいでいるのが、少しだけ気がかりだった。
******
きっと今回も何もないだろう。
そんな楽観的は私の考えは、商会を訪れて一瞬で吹き飛んだ。
正確には商会の、姉さんがバイトしている店を魔力感知で調べて姿がないことを確認した時には、もう楽観論は吹き飛んでいた。
家からバイト先までの道のりにも、姉さんの姿はなかった。魔力の痕跡もだ。
私は周囲の視線も憚らず、全力で店まで走った。
「マギーなら今日は早くに帰ったよ。初めての給料日だったから、遊びに行ってるんじゃないの」
そしてお店でそう言われた。
姉さんが給料握り締めて遊びに行く?
馬鹿な。ありえない。
ありえるとすれば、なんだ。
誘拐だろうか。
それもあり得る。だけど狙う理由がわからない。フレイムリッパーがデイトであるなら、処刑人であるなら、姉さんに危害を加える必然性は低い。
身代金や身体を目的とするならありえるが、ここに来るまでに揉め事が起きた形跡がない。姉さんが抵抗をしたような魔力の痕跡も。
姉さんは人通りの多い道を通って帰ることを徹底している。よほどの実力者でもなければ誰にも見られず、抵抗する間もなく拐う事など出来ないだろう。
それこそフレイムリッパーでもなければ。
「……っ」
私は、アイツを信用しているのか。
剣を交えて、言葉を交わして、あいつが外道ではあっても、外道なりの筋を通す男だということは理解できた。
だが、だからといって悪党であること、殺人鬼であることは変わらない。必要であれば、それこそ赤子でも殺すような悪党であることは。
ああ、クソッ。本当に、本当にヒントは十分にあったのに。
いや、今は考えるな。
今は姉さんだ。思い出せ。夢の中では姉さんを殺した役人が妙な事を言っていた。
確か、どうしても邪魔だとか、そんな事を。
それはつまり、姉さんを殺す理由がフレイムリッパー以外にあったという事だ。
同じ相手に狙われているのか。
ああ、クソ、気を失っていなければ、何があったか見ていられたのに。
なら探すべきは幼女趣味のあのクソ役人だ。
シエスタさんの護衛で役人の名前や顔はいくらか知っているが、見たことのない顔だった。夢の中で姉さんに騙った名前にも、心当たりはない。
おそらくはフレイムリッパーが言ったように、保身のために偽名を使ったのだろう。
顔ははっきり見ているが、夢の中の相手の魔力は読み取れていない。
直接目視しなければ……、いや、そうだ。
私は代表の下へと急いだ。
「どうした、一体」
「姉さんが行方不明です。すいませんが、少し時間をください」
場所は商会本部の一番立派な会議室。
その部屋の中で、商会の重役と偉そうな人たちが顔を突き合わせていた。
おそらくは大事な会議の中に、私は乗り込んだ。
「お、おい、待て。過保護だぞ、セージ。人は貸す。好きに使っていい。だから出て行け」
怒るというよりは戸惑っている様子で、代表がそう言う。この場には外部の人間もいるようだった。
これから使う魔法は情報系統に位置する。通信魔法ほど使用に厳しい制限はないが、しかし技能習得証明は必須になる魔法ではある。
外部の有力者の前で使うのは政治的に問題のある行為だが、最悪を想定するならそんな事には構っていられない。
私は幻影魔法で夢で見た役人の姿を投影した。
その場がざわついた。
私がいきなり情報系の魔法を使ったことに驚いたのが主な理由だが、会議室にいる人たちの魔力の揺れからこの姿に心当たりがあるのが感じ取れた。
「この人を探しています。おそらくですが、年若い少女を偏愛しています。心当たりのある方は教えてください」
「そいつは、ホルストだ。マギーを狙ったのか?」
答えてくれたのは代表だった。
「それはわかりません。ですが確認をしたいので、彼がよく使うであろう宿、あるいは彼の住まいを教えてもらえますか」
私がそう言うと、何人かに反応があった。
その中でも気が弱そうな相手を正面から見据える。
「教えてください」
「し、知らない。私は知らない」
「時間がありません。早く」
「――っ、ぁ……」
その人は迷ったが、私が視線を外さないのに折れて、とある娼館の名前と住所を口にした。
「ありがとう」
「ちょと、セージ。ホルストは財務の重役だぞ。証拠もなくことを荒立て――」
「ご心配なく。合法的な行動を心がけます」
そうだ。悪党であるから、敵であるから殺していいというのはフレイムリッパーの理屈だ。
私は常識人で文明人なのだから、合法的に紳士的に追い詰め、破滅させる。
何の罪もない少女を抵抗できないようにして、あんな事をする奴を野放しにしていい理屈はないのだから。
そうして、私は走った。
今日は姉さんの初の給料日だった。
月半ばの中途半端な日から働き始めたため、他のバイトのように一ヶ月まるまる働いたわけではなく、さらに見習いの姉さんはそもそもの時間単価も低い。
初の給料を貰った姉さんは、その受け取った金額を前に何を考えたのだろうか。
託児とは違う慣れない仕事に苦労をして、与えられたのはそんな額で、何を思ったのだろうか。
偶然なのか、それとも必然なのかはわからない。
もしも現実でも夢と同じように、お金に執心している姉さんの前に、そのホルストが現れたとしたなら。
目の前で、大金をちらつかされたら。
間違ったことをするかもしれない。
ああ、クソっ。
私は本当に馬鹿だ。
なんでそんな気配りもできなかった。
我が家にお金はある。私が十分に稼いでいる。
そして姉さんがそれを後ろめたく思っているのは知っていたのに、兄さんと同じように受け止められると高を括っていた。
あの子はまだ、十五歳の不安定な女の子なのに。
私は、教えられた娼館にたどり着いた。
中は、しっかりと確認してはいない。
まっとうなお店だから、夢のような事にはなっていないだろう。
だが中で姉さんとホルストが普通の行為をしていたとしても、私は耐えられる自信がない。
合法的に振舞うと言ったくせに、もしも姉さんが泣いていたら、私は冷静に振る舞える自信がない。
だから、娼館の中を見る事は出来なかった。
受付の人にお金を多めに払い、重要な要件だからと、ホルストの使っている部屋を教えてもらった。
部屋の中からは、他の部屋と同じようにくぐもった嬌声が聞こえた。
姉さんの声とは思えなかった。そう思い込みたかったのかもしれない。
だが部屋の前まで来て、躊躇するのもおかしな事だ。
私は意を決して魔力感知で部屋の中を覗いた。
夢の中のように、凄惨な行いを目の当たりにするのを覚悟して。
「んん?」
私はとりあえずドアを開けた。
鍵はかかっていたが、思いっきり開いたらドアは空いた。うん、たぶん鍵が錆びてたんだと思う。私が壊したんじゃなくて、もう壊れてたんだから私は悪くないよね。
まあそれはともかく、ベッドの上で絡み合ってた男女は驚いてこっちを見た。ドアが壊れてでっかい音したからね。仕方ないね。
男の人は夢の中のホルストさんだった。
女の人は知らない人だった。
若いけど、十代後半ぐらいだった。とりあえずこの国では合法な娼婦さんで、無理やりされて苦しんでいる感情もなかった。むしろ普通に昂ぶっていた。私がドアを開けるまでは。
「な、な、な――」
「あ、すいません。間違えました」
私はドアを閉めるとそそくさと娼館を後にした。
受付には再度、お金を支払っておいた。
別に私が壊したわけじゃないけど、壊れていたドアの修理にお金がいるだろうし、なんか変な勘違いで営業妨害しちゃったので。
でも言わせて欲しい。
悪いのは勘違いさせたデス子であって、私じゃないと。
うん。デス子は好きな人とキスをすると、口臭いねって言われる呪いにかかるといいと思う。
あー……、なんだかどっと疲れたな。
家から持ち出したお金は全部渡したし、ちょっと芸術都市に降りようかな。ギルドカード預けたままだし、手元にお金が欲しい。
それに竜角刀が片方とか、弁当箱とか色々無くしものがあるので、落とし物として届けられてないか聞きたいし。今更だけど、装備は腰には刀が一本だけですよ。
ああ、いや、姉さんは探すんだけどね。
なんかね、姉さんの魔力の痕跡見つけちゃったんだよ。
芸術都市の方に。
お金ないから通行税払えないし、適当に人目につかずに守護都市から飛び降りれるポイント探してたらね。
何しに行ってるんだろ。
まあいいか。とりあえず行ってみよ。
マギー「次こそ私。次こそまともに出番があるはず」
セージ「……姉さん。最後に出たの、ナタリヤさんが来た時だもんねぇ」
デイト「あ、悪い。次、俺だわ」
マギー「――っ!!」←プルプルしてる
セージ「ふざけんなでしゃばりすぎだろ姉さん泣きそうじゃないか死んで詫びろ」
デイト「うっせーバーカ」
そして二人は殴り合った。ジオは止めに入らなかった。