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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
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220話 特別な相手

 




 時刻は昼の三時を回ったところ。

 常日頃と変わらず子供の騒がしい声の響くブレイドホーム家。アベルは一人、自室の机に向かって参考書の問題を解いていた。


 アベルは一般高校卒業の資格を得ていたが、それは高校で学べる学業の全てを完璧に修めているという意味ではない。試験の結果はあくまで合格ラインをいくらか上回る程度で、自分の物になっていない知識は多くあった。

 またアベルは国立の難関大学への進学を目指しており、一年前の学業成績では未だ合格に十分なラインとは言えなかった。

 加えて合格するだけでなく返還不要の奨学金も狙っていたので、可能であれば合格者の中でも成績最上位グループとなりたかった。

 そんな訳でこうして時間を見繕っては勉学に励んでいたのだった。


 家の中に、ブレイドホーム家の者はアベルしかいない。

 末娘のセルビアは騎士養成校で勉強をしている。そろそろ帰ってくる頃だ。

 セージはギルドの仕事で芸術都市に行っている。

 家長のジオはセージがまだ仕事から帰ってこないため、セルビアを迎えに学校へ行っている。

 アベルが行っても良かったのだが、勉強をしたいのだろうと、そう言って出て行った。

 カインとマギーはどちらもバイトだ。ミルク代表の商会で、それぞれ与えられた仕事に精を出しているだろう。


 託児の仕事は雇っている保育士に任せており、道場は目を光らせる人間がいないことから閉めていた。

 ブレイドホーム家の人間が託児の仕事に関わらないことを、保育士の人たちも理解している。

 どうも雇うときに、いずれそうなるという事をセージが事前に説明していたようだった。さらに資格を取ったことを理由に給料も上げており、彼女たちの労働意欲は高い。


 不意に、セージが彼女たちの愚痴を聞いているのを思い出し、アベルは小さな笑みをこぼした。内容はさしたることではない。子供の相手は大変だとか、腰が痛いとかそんな事だ。

 そしてそれを耳に入れたマギーは愚痴をなんてみっともないとか、やる気がないと怒っていた。資格があったってやることは変わらないんだから、給料を上げるのがおかしいとも。

 マギーの言うこともわかる。愚痴は聞いていて気分のいいものじゃないし、小さい子が聞けば傷つくだろう。お金だって託児所の運営という点で考えれば、人件費は大きな負担となっている。

 マギーの考えはある意味正しい。


 でも給料を上げても――ギリギリではあるが――赤字経営にはなっていないし、それは保育士のやる気につながっている。そしてどこからか高待遇を聞きつけた人たちが雇って欲しいと言ってくることもあった。

 新しく人を雇えば、保育士たちは楽ができる。しかし経営がギリギリである以上、給料を下げられるか、最悪契約を切られる。それをセージは保育士たちにやんわりと伝えていた。

 その事が保育士たちに良い緊張感を与えていた。


 セージの考えは確かに甘いところがある。

 でも甘いだけではなく、仕事や契約に対して厳しいものの見方も持っている。セージなりのバランスを持っているのだ。


「マギーにも、いつか分かるといいんだけどな……」


 そんな事を呟き、勉強への集中力が切れてきた事を自覚したアベルは大きく伸びをした。

 休憩がてらコーヒーを入れようと思って席を立つと、コツンと小さな音が耳に入った。


「うん?」


 アベルが訝しむと、音は再び鳴った。窓ガラスになにか小さいものが当たる音だった。


「……ああ」


 アベルは一人、納得した。

 たまに小さい子がいたずらで石をぶつけることがある。アベルが窓から顔を出すと、きゃーきゃーと声を上げて楽しそうに散っていく。

 何が楽しいのかイマイチわからないのだが、婚約者(シエスタ)曰く、わからなくていいから怒らないで笑顔振りまきなさい、女の子の夢を守りなさい、しかし小さい子に色目は使うな、と。

 本当に何がなんだかわからないが、アベルは婚約者の言う通りにしていた。


 コツンと、催促するように再び窓ガラスに石が当たる。

 ブレイドホーム家は古いが立派な家であるため、窓ガラスにも十分な強度がある。しかしだからといって決して割れないガラスというわけではない。

 焦れて大きな石を投げつけられないうちにと、アベルは少し急いで窓を開け、


「こら――ぁぶふっ!!」


 こぶし大の、大きな石を顔面に受けて、ひっくり返った。


「くっ――最近の子は危ないことを……」


 これはさすがに叱らないといけないと、投げつけられた石を手に取り起き上がろうとして、その石に紙が巻きつけられている感触を覚えた。


「……何だ?」


 アベルはあまり深く考えず、石を包んでいたその紙を広げ、そこに書かれている文字を見た。


 〈お前の大事なものを預かっている。返して欲しくば外に出て来い。

 フレイムリッパー〉


 アベルの全身から血の気が引く。

 すぐさま魔力感知を家の中に走らせる。アベルが感知できる範囲で、知らない人間はいない。

 そして前述のとおり、家族もいない。

 アベルの心に僅かな迷いが生まれる。

 出て行ったところでフレイムリッパーには敵わない。この文章が嘘ならば人質となる可能性がある。

 だが本当だったら婚約者の身が危ない。それに敷地の中に乗り込んでこられる訳にもいかない。

 アベルの脳裏には生家で生み出された地獄絵図が甦る。預かっている子供たちや保育士たちの犠牲で、再びそれが作り出されかねない。

 アベルは護身用のナイフを持って、部屋を飛び出した。



 そうして門から出たアベルは警戒心を顕に周囲を見渡す。

 通行人はそんなアベルを訝しげに一瞥して、すぐに目をそらして思い思いの方向に進んでいく。

 それは代わり映えのない、いつも通りの日常だった。


 アベルはしかし緊張の糸は切らず、握り締めてきた紙に目を通す。

 書いてある文言は、外に出て来いと、それだけだ。

 もしかしたら敷地の外ではなく、家の外に出て来いという意味だったのだろうか。

 あるいは家の中を留守にさせるつもりだったのか。

 アベルの魔力感知はセージやジオに比べてまだまだ拙い。上級の戦士が気配を隠していればそれを探り当てることはできないだろう。


 英雄である父に危険を知らせることはできる。家の中には、信号石に魔力を飛ばす簡易通信装置がある。

 あのメッセージは、それから引き離すためではないのか。

 アベルはそう思って背を翻し、家の中に急いで戻ろうとして、自分の想像が間違いでなかったと――実は勘違いなのだが――確信した。


 アベルが振り向いた先には、いつの間にか目の前にいた。

 アベルの実の両親を、家にいた全ての人を、そして最愛の人を一度は殺した、フレイムリッパーがいた。

 昏倒した様子の大事な弟を肩に担いで、そいつはいた。



 ******



 デイトはさてと、目の前の自分を睨む青年を観察した。

 懐かしのブレイドホーム家では、何やら小さな少女たちが小石を投げており、その部屋の中にはこのアベルがいる事が魔力感知で把握できていた。

 家の敷地に入りたくなかったデイトは、少女たちに倣ってメッセージをつけて石を投げることにした。


 そうして上手いことアベルを呼び出せたのだが、その目つきは剣呑な殺意と憎しみで染まっている。

 悪くはない。

 悪くはないが、手に持っているのが殺すための剣で無く護身具のナイフで、それすらカバーから抜く気のない意思が垣間見えるのが気に入らなかった。


「はぁ」

「……何の用だ」


 盛大にため息をついてみせたデイトに、警戒もあらわにアベルが言葉を発した。その目線はデイトが抱えるセージを捉えていた。

 どうすればデイトを殺せるかではなく、どうすればセージを救えるか、そう考えているのが容易く見て取れた。


「テメエはどうやら、父親よりも弟に憧れた口らしいな」

「――なに?」

「いいさ。ま、そういう事もあるだろう。そら、手を出せよ」


 デイトはそう言って猫の首を掴むように、セージを持ちアベルに向けた。

 アベルは恐る恐る、手にとった瞬間に首を撥ねられることも覚悟しながら差し出されたセージを受け取った。


「じゃーな」


 しかし予想に反してデイトがアベルに危害を加えることはなく、そう言って背を向けて歩き出した。


「おい」


 アベルは思わず声をかけた。止めろと、去っていくなら呼び止めるな、刺激するな。

 そう理性が叫んでいたが、しかしアベルは我慢ができなかった。


「お前がやったのか」

「ああ。喧嘩売ってきたから返り討ちにしてやった」


 ざまぁと、痛快に笑うデイトの顔に毒は無い。

 父やケイがセージに勝ったときに浮かべるような、親愛の情が交じるその顔にアベルは苛立ちを隠せなかった。


「お前は、お前は一体どこの誰なんだ。父さんが怖いと僕を見逃し、それでいてシェスを狙った。セージを相手にして、子供を相手にしたように言う。それに十年前、なんで父さんの名前を騙った? 本当に父さんが怖いなら、そんな事しないはずだ」


 堰を切ったように溢れる疑問を聞いてデイトは――


「うるせえ、バーカ。自分で考えろ」


 ――答える気はないと、切って捨てた。


「なっ」

「……ふん」


 デイトは背を向けた姿のまま、少しだけ思案をした。

 それはアベルのことではなく、セージのことだ。

 自分と似たようなゾーンが使える奇妙な少年。

 もしも自分と同種ならば、セイジェンドにもそれがあるのかもしれないと、そう思った。


「ちょっとした勘なんだがな、そいつ、たぶん頭がおかしいぜ」

「……なんだと」

「人間なんてのは理性だ知性だので皮を被った獣なんだがな。皮をはがした本性ってのは人それぞれでな」


 デイトを睨むアベルの目つきは険しい。その脳裏には体を切り開かれた両親のことが、断末魔の叫びが蘇っていた。


「その本性ってのは、いざって時に姿を現す。

 ルールを守りましょうなんて奇麗事を言ってるやつが、バレないとわかると汚い真似をするとか。

 仲間は助け合うべきだと常日頃言ってる奴が、やばくなったら真っ先に逃げ出すとか、な」

「セージはそんな事はしない」

「そうかもな」


 アベルの否定を、デイトは素直に受け入れた。


「だがそいつの持つ獣は、他の奴よりもずっと強いぜ。

 ああ、そいつはきっと、自分じゃどうしようもない衝動を抱えている」


 デイトは自分の中にある殺人衝動を思って、そう言った。

 殺人と名を打っているが、実際のところ生き物であればなんでもいい。何でもいいから、殺したい。血を見たい。それが自分を害するものであれば言うことはない。

 そんな危険な衝動がいつもデイトの中で燻っている。

 それと同じようなものを持っていると、デイトはセージに共感していた。


「……それは――」


 何か、心当たりがあるのだろう。アベルの言葉は歯切れが悪い。

 デイトはワイバーンを助けようとしたセージを思い出す。

 そしてその後に、躊躇なく彼らと殺し合ったことを。


「そいつの衝動はもしかすると、いつの日かお前ら家族を裏切るかもしれねえ。

 そうなった時、助けてやれるのはきっと、お前たち家族だろうぜ」


 伝えたい事はまだあった。だがもう時間はない。

 デイトはその場を走り去った。



 ******



 デイトが去ってしばらく、アベルは呆然とその場に立ち尽くしていた。

 デイトの言葉を否定しようとして、しかしはっきりとそうする事は出来ず、得体の知らぬ呪いを掛けられたような不安に支配されていた。

 そんなアベルに、声をかけるものがいた。


「出迎えではないようだな」


 それは妹と共に帰ってきた父親だった。

 ジオは親しい人間でなければわからぬ程度に上機嫌な声で、そう声をかけた。

 気の動転しているアベルは、その小さな変化に気付かなかった。


「アニキ? どうしたの?」

「喧嘩に負けたようだな。

 ……大丈夫だ。しばらく寝かせておけば目を覚ますだろう」


 アベルの抱えるセージを手早く触診した。

 セージは気を失い、痛むのか、あるいは悪い夢(・・・)でも見ているのか、その顔は険しい。

 だが怪我そのものは大したことがなく、ジオはそう言ってセルビアを安心させた。


「アニキが、負けたの? ケイ? 来てるの?」

「ケイはいない。別のやつだ。

 ――ふっ」


 ジオは何かを思い出しながら、その思いに浸りながら小さく笑った。

 それはアベルを神経を強く逆なでした。


「なんで笑ってるんだ。父さん、あいつだぞ」

「うん?」

「セージをやったのは、フレイムリッパーだ」


 その言葉に、ジオは硬直した。

 反応がないことに、また名前を忘れたのかとアベルは憤った。アベルもまた、冷静ではなかった。


「シェスを襲ったのも、ジェイダス家当主を殺したのもフレイムリッパーなんだ。しっかりしてよ、父さん!!」

「あ、ああ……。その、なんだ。まずはセージを運ぼう」


 歯切れの悪いジオの様子に、アベルはようやく珍しいと違和感を覚えた。だが確かにセージを休ませるべきだと思い直してその違和感を思考の隅に追いやった。

 アベルが家へとセージを運び、それに心配そうなセルビアが付き添った。

 子供たちの背中を見ながらジオは、


「あいつが、アンネを? そんな、ありえない……」


 微かに感じ取った親しい気配(まりょく)を思い出しながら、そう呟いた。





マギー「次回は夢。つまりIF。私が主役!!」

セージ「……だといいけど」

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