表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デス子様に導かれて  作者: 秀弥
5章 普通が一番
220/459

214話 不死の心

 




「少し待ちなさい、フ――BB」

「なんだよ」

「その魔物に敵意はない。平和的に、話し合いで解決するべきだ」

「はぁっ!?」


 何言ってんだこいつと、フレイムリッパーが私を馬鹿を見る目で見つめる。


「いいから、こちらの言う事を聞け。

 そこの魔物。ワイバーン。どうやらこちらの言葉を理解しているようですね。間違いがないなら頷きなさい」


 ワイバーンはゆっくりと頭を縦に振った。


「……マジかよ」

「こんな事が……」

「その後ろにいるのは貴方の主人ですか」


 ワイバーンは再び首を縦に振った。

 それでいいと、私も一度頷いて返す。


「それでは合理的に、話し合いをしましょう。

 こちらとしてはこの洞窟を、テロリストが拠点化している疑いを持っています。あなたは何か知っていますか?」


 ワイバーンは躊躇いがちに首を横に振った。

 否定しているというよりは、言っている事がよく分からないという意味のようだ。

 素直な反応ではあるが、あまり知性は高くないようだ。


「おいおい、これは何の茶番だ」

「黙ってもらえますか、BB。

 質問の続きです。そこで寝ている彼ならば、詳しい事情を知っていますか?」


 ワイバーンは、今度はしっかりと首を縦に振った。


「それでは、そちらの彼と話をさせて欲しい。危害は加えません。彼に起きてもらって、そして話をするだけです。

 近づいてもよろしいですか?」


 ワイバーンは悩んだ。

 それほど長い時間ではなかったが、フレイムリッパーが焦れたように動き出そうとして、ワイバーンが警戒した。

 私はため息をつくと、腰に下げていた二本の竜角刀と、予備武器でもってきていた(ハンマー)を床に落とした。

 そして両手を挙げて、ワイバーンに歩み寄る。


「おいおい」

「ちょ、ちょっと――」


 フレイムリッパーとミケルさんが何かを言いたそうにしていたが、別に無謀なことをしているつもりはない。

 ワイバーンの感情は見えている。

 ワイバーンはでかいが、中身はおびえている犬、それも本来は人懐っこい犬のようなものだ。

 私は猫派だが、犬も嫌いではない。でかいトカゲも、まあ別に嫌ってはいない。


 フレイムリッパーは嫌そうな顔をしながらも、私に続いてワイバーンに近寄ろうとする。その感情が私を守ろうとしているのに腹が立つ。お前は一体何なんだ。

 だがワイバーンはフレイムリッパーを警戒している。

 ワイバーンがうなり声を上げて威嚇し、私が横目で睨むと、フレイムリッパーは舌打ちをして近寄るのをやめた。

 一応、この場は任せるつもりのようだった。


 だが私がワイバーンに近づくと、すぐに妙な魔力がフレイムリッパーの体の中を走った。

 妙な魔力だった。表面がザラザラとしている。荒野の魔力障害や洞窟内のジャミングに似ている。

 つまりは探査魔法対策の偽装。

 そんなものがなされた魔法が、唐突に奴の体に走った。


 魔法を遠距離地点に発動させるのはそう難しいことではない。

 攻撃系の魔法の場合、発動兆候を嗅ぎつけられ潰されるので自身の近くで魔法を発動、完成した魔法で遠くの敵を狙い撃つのがセオリーだが、視認もできない遠距離地点に魔法を発生させることも不可能ではない。


 だがそれには魔法の発動地点を正確に把握できる、例えば私と同じ魔力感知()が必要となる。

 それに他人の体内で魔法が発動したのも不可解な点だ。

 生き物には少なからず固有の魔力が有り、それは他者の魔力に反発する。

 一般的に抗魔力と言われるそれは、医療などでは大きな障害として知られている。

 攻撃系の魔法は当然として、医療目的の魔法でもそれが他人の魔力によるものなら、自然と拒んでしまうからだ。一年前のシエスタさんの時もそうだった。


 だがフレイムリッパーの中で突如として発生した魔力は、他人の魔力でありながらまるで抵抗されなかった。

 一般人のシエスタさんとは違う、上級上位、あるいはそれ以上の戦士であるフレイムリッパーの抗魔力が、なんの抵抗もしなかったのだ。


 魔法の発動は一瞬のことで、偽装が施されていたこと以上のことは分からなかった。

 だがその魔法でフレイムリッパーの感情(まりょく)は大きく動いた。


「待てよ、セイジェンド」

「……何か?」

「お前のそれは共生派の言い様だ。魔物は全て駆除する。それは絶対だ。話を聞くなんて認められねえ」


 フレイムリッパーは嫌々そう言っている。態度には現れていないが、内心はわかりやすく嫌悪感が浮かんでいる。

 だがその建前は完璧なもので、反論の余地はなかった。


「……情報を得ることは重要なことですよ」

「それは騎士の仕事だ。戦士は魔物を狩る。それだけだろ。このワイバーンを迅速に狩れるのは俺とお前しかいない。魔族もな。ここで逃せば大きな被害につながる。

 それがわからないってんなら、テメエこそ足手纏いだ。さっさと家に帰れ」


 フレイムリッパーと睨み合う。

 ワイバーンは会話の中身を理解しているようだが、襲いかかってくる様子はない。本当に怯えていて、何とかして欲しいと、縋るような思いを向けてくる。

 ……くそっ。わかっている。言い分はフレイムリッパーが正しい。テロリストも魔物も、生かしてはおけない。

 助けを求められていること、フレイムリッパーが殺そうとしていること。

 行動の理由は感情的だ。私に道理はない。


 膠着の最中、再度フレイムリッパーの体の中に魔力が走った。

 注視していた今回は、ある程度その魔法を読み取ることができた。

 魔法の発動はフレイムリッパーの心臓からで、体内を通り頭に走った。

 通信魔法に似た何か。何かしらの情報を伝えるためのものなのは間違いはない。ただそれ以上は見れなかった。

 だが重要なのはそこではない。


 魔法の発生地点であるフレイムリッパーの心臓。


 それを魔力感知で改めて見れば、違和感があった。

 魔法同様に偽装が施され、その下には私の心臓と同じように魔法的な加工がなされていた。

 ただし私のソレとは、正確には違う。

 私の心臓に施されているものは仮神に与えられた魔力感知でも把握しきれないほど繊細で難解なナニカだ。

 だがフレイムリッパーのそれは、かろうじて私にも理解できるものだった。


 例えるならば、幾重にも厳重に封が成された箱。

 そして私の心臓と違って、封の仕組みが理解できるその心臓の奥にあるものは、魔力感知()を凝らせば見ることもできる。


「――おい」


 不意に、フレイムリッパーが荒い声を上げ、私は思考を切り上げる。

 こいつが契約者であるかどうか。

 そして契約者であるなら、デス子との関係は。

 大きな疑問だが、今は落ち着いて考えを巡らせていられるような状況ではない。

 しかしフレイムリッパーはさらに奇行に走る。


「さっさと片を付けるぞ」


 そう言いながら、フレイムリッパーの手が動く。

 後ろのミケルさんに、そして自分の目に映らぬように空中に魔力で文字を書く。


『共生派の考えを持っていると疑われている』


 そして、文字は続く。


『身の潔白を証明しろ』


「……お前は」


『見たならわかるはずだ。お前の家族にもう手出しはしない。だから言う事を聞け。魔物を殺せ』


 見た?

 こいつは私が何を見たと思っている?

 私が契約者だと知っている。私の目を知っている。

 いや、それはもう気づいている人がいる。だからその考えは早計だ。

 こいつがデス子に送り込まれたと考えるのは。

 だが――いや、余計な推測はやめよう。

 フレイムリッパーは、見たと言った。ならば分かるはずだと。

 ならばこの目で見れるものに答えがあるはずだ。



 だから私は、それを見た。

 フレイムリッパーの幾重にも封印がなされた心臓の中身を。

 契約の証だろうと高を括って、覚悟もなく。

 決してこぼれぬように封じ込められた、その地獄を見た。



 ◆◆◆◆◆◆



 馬鹿の息子が、馬鹿なことを始めた。

 殴ってでも止めるか、デイトは悩んで、結局やりたいようにさせることにした。

 間合いには既に入っている。ワイバーンが何かをするよりも早くその額にダガーを突き立てることは可能だった。

 だから見守るつもりだった。


『殺しなさい』


 短く、いけ好かない性格ブスから命令が飛んできた。

 ぴたりと、セイジェンドが歩みを止めた。性格ブスは気づいていないが、こちらを警戒している。


 ギルドで偶然(・・)セイジェンドに会ってから、いつもは口うるさい性格ブスがぴたりと口を挟んでくることを止めた。

 理由はセイジェンドの目を警戒しているからだろう。

 あの目がどれだけのものを見れるのか、現状ではわかっていない。

 ただ生半可な探査魔法よりもよほど高性能で、そして厄介なことに探査魔法と違って、その発動を察知できないことは確実だった。


 今回の命令も、察知されることを恐れていつも以上に情報が欠如している。

 性格ブスがセイジェンドを警戒する理由はわかる。

 あの女が把握できていない契約者など、帝国か共和国の間者である可能性が高い。

 今のところおかしな事はしていないし、この国を守ることに貢献している。だが外縁都市の一部の名家からは、危険視する声も上がっているとも聞く。


 案外、どこの国とも関係のない偶発的な神子なのかもしれない。そしてその場合、セイジェンドを害することは、契約主である大きな力を持った現世神(うつしよがみ)を敵に回す事につながる。

 性格ブスがセイジェンドの扱いに困っていることを、デイトは把握していた。

 そしてだからこそ、性格ブスが本性を現した時の切り札になりうるとも思っていた。

 一年後、呪いから解き放たれたバカな兄を支えてくれるのではないかと。


 だが今はまずい。今のセイジェンドが性格ブスに挑んでも勝ち目はない。

 真実は告げられない。そんな事は性格ブスが許さないし、そもそも自分の言うことを素直に信じることはないだろう。


「――おい」


 デイトは意を決した。これは賭けだ。


 セイジェンドは、天才ではなかった。

 剣を交えてわかった。

 確かに頭はいい。

 視野も広い。

 動きも速い。

 魔力量は年齢を考えれば驚愕の一言だ。

 だが、それだけだ。


 きっと歳を経れば神子であることもあって、類稀なる魔力量を誇る戦士になるだろう。

 だが伝え聞くような竜や皇剣に狙われて生き延びることのできるような、特別な何かを持っているようには感じなかった。

 ジオ()やマリアのような天才とは違う、自分やラウドよりの秀才だと感じ取っていた。

 だがそれでも頭が良く、特別な目を持っている。

 だからそれに賭けた。


『共生派となるぐらいなら、ここで殺しなさい』


 性格ブスが催促をしてくる。やはり殺せというのはテロリストの事だけではなかったか。

 性格ブスは精霊の排斥を叫ぶテロリストよりも、魔物との共生を唱えるテロリストを目の敵にしている。

 得体の知れぬ現世神を敵に回してもいいと思うほどに。

 家族は殺せないと突っぱねるのは簡単だ。だが自分がやらなくても、性格ブスの標的にされればこの国で生きていくことはできない。

 それこそ、テロリストにでもならなければ。


「さっさと片を付けるぞ」


 デイトはそう言って空中に文字を描く。

 視界に入ったもの、耳に聞こえたものしかあいつに伝わらないのはもう確認済みだ。

 だから今は言うことを聞いてくれと、そう賭けに出た。



 そしてその結果は、最悪なものだった。



 心臓が、ドクンと撥ねる。いつもの性格ブスからの痛みとは、違う痛み。

 夜な夜な夢に見る怨嗟の声。

 それが一瞬だけ漏れ出てきた。

 何だと、動揺する間はない。

 それは自分のやった事だ。

 後悔はない。

 ただ目の前の幼い甥っ子の表情から、感情が失われていることに意識が奪われた。

 その表情を、デイトは何度も見たことがある。

 その表情に、自分自身の手で何度も追いやったことがある。

 それはまるで死人のような、生きていることに絶望しきった顔だった。


『くっ――、あははは』

「なんだ。何が起きた」

『わからないのですか? あの少年は見たのですよ』

「何だ。何を言っている」

『だから、あなたの心臓の中身を見たのですよ。

 怒りと憎しみに狂う竜の呪いを鎮めるための、多くの人間の絶望を』


 性格ブスは楽しくて仕方がないといった声音でデイトに解説をした。

 デイトはそれを理解するのに、一瞬の間を必要とした。

 その間にも性格ブスの哄笑のような言葉は続く。


『あなたが殺してきた多くの人々の痛み、苦しみ、悲しみ、怒り、憎しみ。

 ああ、人の内面を見通すほどの目なら、きっと共感をしてしまったのでしょうね。

 この十一年の間、あなたに殺された人たちの経験を、濃縮して、一瞬で。

 ああ、悲しい事故よね。ええ、事故。

 危険なものを納めているあなたが近づいてこなければ、そんなものは見ずに済んだのに。

 怒れる竜を満足させるほどのそれを見て、共感して、死を浴びて。

 数え切れぬ程の死を経験して、人の心は耐えられるのかしら。

 ああ、かわいそうな子。

 叔父が救いようのない愚か者でなければ、私の剣としてその生涯に栄華を約束してあげたのに』

「――っ、糞が」


 デイトは感情のない目をしたセイジェンドに駆け寄った。


「おい、しっかりしろ。家族のとこに――」


 手を差し伸べたデイトに、セイジェンドが無造作に手を返した。

 差し伸べた手を握り返すような自然な動きに、錯覚が引き起こされる。

 その手に殺気はなく、ただ無機質な魔力だけが乗っていた。

 だから、咄嗟に反応が遅れた。


「――帰っ!!」


 デイトの差し伸べた手はセイジェンドの手刀に切り落とされた。

 セイジェンドは無造作にさらに間合いを詰め、喉もと目掛けて突きを放った。


「チィっ!!」


 デイトは後ろに大きく跳んで、その一撃をやり過ごす。

 セイジェンドは無理な追撃は行わず、切り落としたデイトの手を踏み潰し、自身が地に捨てた武器の回収を始めた。

 デイトは舌打ちをして、切り落とされた手の再生を行う。


「おい、セイジェンド。聞こえてるか。正気に戻れ」

「……正気ですよ。ええ。紛れもなく正気です。

 何て言うか、気分はスッキリとクリアですよ。

 今まではあれこれ考えて、雁字搦めになってましたね」

「何?」


 セイジェンドは感情のない目でデイトを見据え、自分自身に言い聞かせるように何事かを呟いた。

 何を言ったのかは聞き取れなかった。

 そしてデイトがそれを聞き返すよりも早く、セイジェンドは新たに言葉を発した。


「どんな理由があれ、どんな状況であれ、お前みたいな糞野郎を後回しにするのは間違いだった。

 お前はここで死ね、フレイムリッパー」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ