212話 誇り高き竜騎士アルドレ
全身から殺意の濃い闘志をみなぎらせてフレイムリッパーが走った。
私はそれを追いかけた。ただ全力で、その背中を追いかけた。
フレイムリッパーは速かった。それは単純な速度だけではない。
フレイムリッパーの一歩一歩は正確だった。山の道は凹凸があり、足場が安定していない。そもそも草木に隠れてまともな道もない。
それでもまるで私と同じ魔力感知を持っているかのように、確かな足場を選んでいた。
それでいて私にも見通せない罠を見切って無力化して走った。
私はその背中を追った。全力で追って、かろうじて突き放されないことしかできなかった。
いいや、それも正確ではない。フレイムリッパーはまるで背中に目でもついているかのように私を警戒している。道中もそうだった。そして私と奴の距離は常に一定だった。私がどれだけ加速しても、距離は変わらなかった。
フレイムリッパーは、私がついてこれる速度で走っているのだ。
私は意地になってその一定の差を詰めようと速度を上げた。フレイムリッパーと私の歩幅は違う。
奴は奴にできる最短のルートを走って目的地に向かったが、小柄な私はより最短のルートを選択できる。そしてより体重の軽い私は奴よりも足場の選択が自由であり、疾空を使えばさらに自由度は増す。
単純な動きの速さは魔力量に依存するが、実際の速度はそれだけでは決まらない。
私はそうして少しでも距離を詰めようと、あわよくばその背に斬りかかろうと走ったが、結局一定の距離は一定のまま目的地にたどり着いた。
「俺の勝ちだな、セイジェンド」
「……ちっ。好きに言っていろ、フレイムリッパー」
「おいおい、俺はBBと言ったはずだがな」
フレイムリッパーはそうおどけた。
私がコイツの正体に気付いていることを、コイツも理解している。
いや、この仕事で顔を合わせたことは偶然とは思い難い。
ならばそもそも気付かれることを承知で、私に近づいてきたと考えられる。
目的はどこにあるのだろうか。
「私の目が良いと認めたのはあなたでしょう。BBなんて露骨な偽名に付き合わせるんじゃなく、本名を名乗ったらどうですか?」
「ガキのくせに気持ちの悪い敬語だな。チン毛が生えたら教えてやるよ、小僧」
「野卑た言葉遣いが格好良いとでも思っているのですか?
厨二病は十代で卒業して下さいね」
「あ゛?」
「は?」
洞窟の前で、私はフレイムリッパーと睨み合う。
コイツとは反りが合わない。
シエスタさんを殺し、兄さんを痛めつけたこいつの事は当然嫌悪していたが、こうして顔を合わせ、言葉を交わすとその嫌悪感ははっきりと強いものとなった。
どうやらコイツがテロリストだというのは私の勘違いだったようだが、犯罪者であることは間違いない。機を見てテロリスト諸共に殺せれば最良だろう。
そうすれば枕を高くして眠れるというものだ。
「未熟なガキがいなけりゃ殺気を隠す気もない、か」
「……ふん。ミケルさんがこの場に来るまで、あと数分はある。あなたを殺してテロリストの仕業に見せかけるには十分な時間でしょうね」
「ははっ。いいね。甘っちょろい噂の割には守護都市らしいガキだ。
……だがよ。お前、俺を殺れるつもりでいんのかよ。
そりゃ思い上がりってもんだぜ」
フレイムリッパーはそう言って嘲笑った。その感情は戦意で昂ぶっている。
「思い上がりかどうか、それでは確かめるとしましょうか」
私は竜角刀を抜き、フレイムリッパーに襲いかかった。
◆◆◆◆◆◆
それの準備には、十年をかけた。
十一年前に聖獣がこの忌まわしい国の征伐に赴き、無念の死を遂げた。
だがその死は決して無意味なものではなかった。
聖獣が死の間際に残した呪いはこの国の龍脈に傷を付け、結界にほころびも与えた。それを復旧するために監視の目も緩み、結果として多くの同志が忍び込むことに成功した。
アルドレ・ボールド。
エスペリア帝国の魔族である彼は、この国を内部から崩し、国主精霊を弑するために忍び込んだ一人だった。
アルドレは現地で既に組織を作っていた共生派と呼ばれる反政府組織に身を寄せ、その力を振るった。
アルドレには魔物と心を通わす力がある。魔物使いとも呼ばれるその力は、共生派の大きな助けとなった。
共生派の理念は本来、平和的なものだ。知性と理性を持つ魔物とは共存が可能だと知らしめることなのだから。だがこの穢れた国ではそうはいかない。魔物からは理性が失われ、凶悪な闘争意志に汚染されているから。
アルドレの力もここでは血なまぐさいことにしか振るわれない。
魔族の中にはアルドレと同種の力を持つものも多く、母国で暮らす彼らはまさしく魔物と共に暮らすために使われ、多くの尊敬を集めている。
だがアルドレの行いはそうではない。同じ知性ある魔物を道具のように扱い、繁殖させ、暴走させ、殺されるとわかっていて村や町を襲わせる。
母国の心あるものがアルドレの行いを知れば、汚らわしいと眉をひそめるだろう。
アルドレと同じ力を持つものならば軽蔑の眼差しを向けるだろう。
母国を愛し、魔物たちを愛するアルドレは、だからこそそんな卑しい行いに従事した。
アルドレは共生派の中心戦力だが、しかし反政府組織の運営に関しては携わってはいない。
その権限がなかったわけではないが、この任務に志願したとき、生きて母国に帰ることはないと覚悟を決めていた。
そして戦士としても優秀なアルドレは前線で戦うことを志願しており、万が一にも生きて捕らえられる事を危惧して、重要な情報からは遠ざかって下される命令に従っていた。
だが組織運営に携わっていないと言っても、任務に対する意見がないわけではない。
母国では共感能力と呼ばれるアルドレの力は魔物使いとしてしか振るわれることはなく、そしてその力の有用性からアルドレが戦士として前線に出ることも叶わなかった。
十年は、長命の魔族にとっても長い時間だ。その間に尊い聖獣の命がまた一つ、散ってしまっている。
本来、アルドレは相棒とともにその尊き聖戦に参加するはずだったが、聖獣は予定よりも早く訪れて天使や英雄を詐称するものたちによって一晩で弑逆されてしまった。
アルドレたちは参戦することも叶わなかった。
だがそんな屈辱にも耐えたこの十年で、育ててきた力はようやく十分なものになった。
その子は幼くして両親から引き離された可哀想な子だ。
アルドレにとって盟友であるその両親は、この子が生きて帰らぬことを、戦い死ぬためだけに育てられることを知って、それでも涙を飲んで差し出した。
叶うならば自身がアルドレと共にこの忌まわしき地に赴きたいとすら思って。
だが魔族であるアルドレはともかく、成長し力を持った両親がこの国に忍び込むことはできなかった。
だから死地に向かうアルドレのために、文字通りその身が引き裂かれる思いで愛する我が子を差し出した。
そしてその子は今、十年の時を経て両親にも匹敵する力をつけた。
アルドレはこの子と共に戦うと、そう覚悟を決めていた。
共生派の上層部はアルドレには戦いに参加しないで欲しいと思っていたが、しかしそれは出来なかった。
友の子は強く育ったが、しかしそれでも姿を現し戦いに赴けば死ぬだろう。それは避けられないことだ。
そして多くの魔物を道具として扱ったアルドレも、友の子を一人で死なせることは出来なかった。アルドレが上層部の説得に応じることはなかった。
心を変えることはできないと悟った上層部は、この十年、己の心を殺して共生派に尽くしてくれたアルドレにせめてもの手向けとして、最高の死に場所を用意した。
エスペリア帝国において卓越した戦士であるアルドレと新たな相棒である友の子は、この敵国において猛威と言える力を有している。
だがしかし、対抗する力を持つ者もいる。
それはこの国で守護都市という特殊な都市に住まう戦士と、精霊を名乗る忌まわしき偽神の契約者――即ち、皇剣である。
共生派はまず守護都市と皇剣の目を引きつけることにした。
それが今、彼らの潜伏している洞窟だ。
多くの罠を設置することでここに拠点があることをあえて知らせる。その上で調査に来る守護都市の戦士を、アルドレが相棒とともに鎧袖一触とする。
守護都市の戦士は脅威だが、しかし拠点を嗅ぎ回る連中の実力と戦意は十分に下調べが済んでいた。一当たりすれば軽く蹴散らせるだろう。
強い脅威があることを教えれば、あとは拠点に戻り、籠城をする。
ここには多くの食料と、飼い慣らした魔物、そして共生派に忠誠を誓うニンゲンがいる。アルドレたちがいなくとも一週間は持ち堪えられるはずだ。
この拠点の奥ではとても長いトンネルが掘られている。
山二つは越えられるほどの長い長いトンネルだ。
アルドレと相棒はそのトンネルを通って別の拠点に移り、さらにそこから姿を隠して移動。芸術都市に警戒の目が移った敵国首都に強襲をかける予定だった。
汚れた首都を焼き払い、何も知らず贅を尽くすニンゲンを殺し、そして叶うならば偽神を討伐する、そのはずだった。
だが――
「強大な魔力反応。間違いありません。エース級が投入されています」
――そう上手く事は運ばなかった。
「間違いないか」
「はい」
拠点である洞窟の内部は、敵の目から逃れるため強力なジャミングを施してある。
そのため高い魔力感知性能を持つアルドレも、外の様子を窺い知ることはできない。そのため情報は外の見張りと、内部で特殊な機器を扱う観測員が頼りだった。
そしてその観測員はこの拠点に高速で迫る敵勢魔力反応をアルドレに報告した。
そしてその魔力反応は、予定よりもはるかに強大なものだった。
「どう、しますか?」
観測員はそうアルドレに尋ねた。このニンゲンは現地で登用し、教育したものの中では数少ない信用の置けるものだ。友人と言い替えてもいい。
決死隊を担うアルドレのため、計画の全容を知りながらここで戦う覚悟を決めてくれた者だった。
「計画を前倒しにしますか?」
友人は重ねて尋ねた。命懸けで時間を稼ぐ。だから行ってくれて構わないと。
アルドレはわずかに迷った。
敵の上級の戦士が出てきたのならば、無傷で勝利するのは難しいだろう。
そしてエース級を投入したのならば、敵はここに重要拠点があると確信しているはずだ。
計画を前倒しにするのも一つの手ではある。だが計画がどの程度漏れているか、それが問題だ。
最悪を想定するならば、計画の全てが筒抜けで拠点内部通路の出口は既に抑えられていると考えられる。
最良を期待するならば、敵は何も知らず、エース級が投入されたのは質の悪い偶然という線だ。
アルドレは頭を振った。
後者と信じ、通路内で戦闘になってはアルドレはともかく相棒はその力を十分に発揮できない。それでは無駄死にだ。そんな判断はできない。
「外に出る。場合によっては予定を変更し、空から直接首都に向かう。その場合、お前たちは拠点を放棄して逃げ延び、少しでも多くの情報を仲間に伝えろ。
同じ失敗を繰り返すわけには行かない。
いいな。必ず生きて仲間たちの下へとたどり着け」
アルドレの言葉に、友人は何かを言いたそうな顔をした。
「……はい、分かりました」
だが口に出したのは了解の一言。アルドレが決して生きて帰れないのは初めから分かっていたこと。状況が変わったのだから、敵の損害を多くすることよりも、こちらの損害を減らすことに重点を置くのは間違った判断ではない。
もっとも状況を把握しきれていないのだから、正しいとも言えない判断だった。
だがアルドレはこの作戦の事実上の最高責任者である。だから友人も不承不承頷いた。
騙すようで気が引けるが、魔族であるアルドレは百年以上の時を生きている。その三分の一も生きていない友人に少しでも長く生きて欲しいと思うのは当然のことだったのだ。
「さあ、行くぞ。我が相棒、翼付亜竜グローリア。初陣の時だ」
アルドレは愛用の槍と短銃を持ち、グローリアとともに拠点の出口に走る。本当ならグローリアの背にまたがって颯爽と行きたい所だが、生憎と通路は狭く、グローリアが羽ばたく広さはない。
ドスドスと地響きを立て走る相棒を従えて、アルドレは拠点の、洞窟の出口に走り出た。
そして――
「邪魔だ阿呆が――」
「諸共に死になさい――」
――喧嘩真っ只中のデイトとセージに、同時に蹴り飛ばされ、意識を失った。
作中補足~~アルドレくん~~
帝国からの工作員。 今回の中ボスで、つまるところ作中での扱いは残念な感じなので、ぶっちゃけこの解説は読まなくても問題ありません。
階級は子爵。帝国は各部門の長に魔王がいて、その下の役職名が貴族みたいになっている。領地はもちろん持っていない。
より詳細に表記すると、軍魔王の下に空軍陸軍海軍の公爵がいて、それとは別に魔王直属の特務軍侯爵がいて、その中にある大隊長の伯爵がいて、その下で部隊長をやっていた。
そんな訳で結構偉いエリート。実働部隊員としてとても優秀で、愛国心も強い。
そしてだからこそ使い捨ての汚れ仕事も信頼され任された。アールのとこのリオウみたいな立ち位置の竜騎士。
性格は正義感の強い騎士だが、ゴブリン繁殖の黒幕で、変態テロリストを切り捨てた、非道を行える魔族でもある。