210話 二人きりになりたいな
「こんにちは。道案内をしてくれるのは、あなたですか?」
セージが問いかけると、薄汚れた男性は――デイト・ブレイドホームは、にやりと笑った。
「まあそんなところさ」
「違います。僕が道案内の上級ハンター、〈アルセルヌ〉のメンバー、ミケル・ウィンテスです。
失礼な質問かもしれませんが、守護都市の天使、セイジェンド・ブレイドホームさんですか」
割って入って訂正をしたミケルにセージはハッとして、そして気持ちを落ち着けるように一拍をおいてから、応える。
「それは失礼を。私は、ええ、セイジェンドです。長いので、セージと呼んでください」
「は、はい」
ミケルは興奮する気持ちを抑えて、そう返事をした。
天使の噂はミケルも耳にしている。だからリーダーから守護都市からくる戦士について聞かされたとき、もしかしたら来てくれるのではと期待していた。
だがそんなはずはないと、落胆をしないよう考えないようにしていた。
大抵の人間は天使の噂を嘘だと決め付ける。
五歳や六歳の子供が荒野で戦えるはずがないと。
七歳の子供が竜の角を折れるはずがないと。
八歳の子供が名家と渡り合えるはずがないと。
だがミケルは天使の噂を信じる数少ない一人だった。
英雄の息子が、次代の英雄を担う。それに見合う戦果を上げる。未熟な戦士を救う優しさを持っている。
治安の悪い守護都市を変える、悪政を行う名家を正す、そんな正義の心と実行力を持っている。
そんな都合のいい物語の主人公のような話を、ミケルは信じた。
だってその方が夢があるから。
噂の全てが真実ではないにしても、きっと素晴らしい戦士、あるいは将来そうなるであろう英雄の雛であることは間違いがない。
それを証明するように、目の前に立つセージからは一般人のような魔力しか漏れていない。それでいて次の瞬間には誰かを殺しかねない危うい緊張感が漂っている。
きっと魔力を完全にコントロールしているのだろう。だから魔力が漏れない。それでいて緊張感が隠しきれないのは彼が強者だから。
ミケルはそう考えた。
「それで、こちらの彼は?」
「BBだ。そう呼べよ、エンジェル」
「偽名臭いですね」
ミケルの興奮をよそに、セージはスタッフの女性に声をかけた。答えを返したのはデイトだった。
「その、彼は道案内の追加要員です」
「……その話は聞いていませんね。道案内は一人で良いのでは?」
それを聞いてミケルはニヤリと笑う。天使は見る目があると。だが次の瞬間、セージの発する言葉にミケルは耳を疑った。
「ミケルさん、申し訳ありませんが私はこちらのBBと仕事をしようと思います。今回はご遠慮いただけませんか?」
「な、なぜ。正規に仕事を引き受けていうのは僕なんですよ」
「すいません。金銭的な補填はさせていただきますので――」
「そういう問題じゃあないでしょう」
ミケルが声を張り上げると、セージは困ったように口をつぐんだ。
「く、くくっ。いいね。
よう、エンジェル。二人で仕事なんて野暮なことは言わず、三人で行こうぜ。何かあってもお優しいお前が守ってやればいいんだからさ」
「ちっ……。
ミケルさん、山狩りでは危険は少ないということですが、今回は高い確率でテロリストを発見する可能性があります。そうなった場合、あなたの身の安全は保証できません。それでもついて来ますか?」
「当たり前だ。僕はこの国を守るためにギルドに入ったんだ。テロリストがいるかもしれないなんて理由で命を惜しむ気はない」
はっきりと言い切るミケルにセージは気圧され、スタッフの女性が心配そうにそのやりとりを見つめる。
そしてデイトは心底可笑しそうに笑っていた。
「何がおかしい」
「いや、なに。国を守るために命を懸けるなんて、ご立派だと思ってね。いやいや、若いってのはいいねぇ」
「……ふん。お前みたいな小汚い人間に馬鹿にされる謂れはない。力を持つものは正しくあるべきだ。力なき弱者を守る、そのために」
「はん。反吐が出るな。それで? そんな綺麗な気持ちで生きてますってひけらかして、お前はそれで満足してんのかよ」
「好きに言え。お前みたいなやつに理解してもらおうとは思わない」
「じゃあいちいち突っかかってくるんじゃねえよ」
口の減らないその言葉に、ミケルは思わず腰の剣に手をかけた。
「止めなさいっ!!
……BB、あなたの目的はわかりませんが、私と仕事に出れなくなっては困るのでは?」
「はいはい。わかったよ、エンジェル様。
喧嘩はしない。ただ育ちが悪いもんでね、口が悪いのくらいは勘弁してもらいたいね」
そのやりとりにミケルは眉を顰める。
二人は知り合いなのだろうか? その割には他人行儀で初対面のようにも見える。
答えを探るようにスタッフの女性に疑問の眼差しを向けるが、女性は何も答えられないと言わんばかりに首を横に振るだけだった。
かくして、奇妙な三人の山狩りが始まった。
******
今回の山狩りには四つのパーティーが参加していた。一つはセージとミケルとデイトの臨時パーティーで、他の三つは守護都市のパーティーがそのまま参加している。
それぞれに受け持ちのルートをたどって山を登り、山頂付近での合流をめざす。途中経過を逐次管制に報告し、異変があれば他のパーティーに救援を求めることになる。
当初、セージたちはミケルを先頭に山を進んでいたが、途中からはその横にセージが並んで歩くようになった。
ミケルは剣呑な関係に見えたデイトに対し、無防備な背中を見せるセージを訝しんだ。
しかし守護都市で名を上げる天使と、他人の仕事に寄生して小遣い稼ぎを目論むような小悪党とでは比べるまでもない。もし襲いかかられても何とかできる自信があるのだろう。
それにそもそも今は仕事中で、管制に見張られているのに喧嘩などするはずもない。
そうミケルは考えた。
「セージさんは優れた探知技能を持っているんですよね」
「……ええ、まあ。山全部を見るのは無理ですが、ざっくりとおかしな反応がないかは確認しています」
「……え?」
ミケルは耳を疑った。芸術都市を出発してからそれなりの時間はたったが、探索対象の山の麓にたどり着いたところでしかない。今から山を上って、探査魔法を使って調べていくものかと思っていたのだ。
「いい眼してるけどよ、管制になんて言って報告するんだ。探査魔法を使った形跡もないんじゃ、嘘報告だって疑われるんじゃないか」
「……何もないと報告すればそうなるかもしれませんね。ですが怪しいところはもう見つけています」
「は?」
ミケルは再度驚いた。
「ジャミングが施された洞窟があります。奥まで見るのは難しいのですが、少なくともまともでない連中が利用しているのは間違いないでしょう。詳細をこれから調べに行きますが、ミケルさん、あなたは足手纏いだ。帰ってください」
「な、何を……」
「怪しい場所を発見したのです。詳細な位置の報告はこちらで管制に致しますので、今回の仕事は無事完了です。麓までの案内、お疲れ様でした」
ミケルは呆気にとられる。今回の仕事は道案内だが、本当にそれだけで終わるなんて思っていなかったのだ。
いや、何事も起きなければ山を上って、そして芸術都市に帰るような仕事なのはわかっている。
だがそれまでの間に天使の武勇伝や、父である英雄について話を聞けると期待していたし、それ以外にも守護都市の一線で活躍する天使から何かを学べると思っていたのだ。
それが馬車に揺られて綺麗な大通りを走り、そこから駆け足で二、三十分走って、それで終わり。それではランニングの訓練にもならない。肩透かしなんてものではない。
「そ、その、僕もその探索に参加させてもらえませんか。決して足手纏いにならないようにします。いえ、足手纏いになるならその場に置いて行ってくれて構いません。それで死ぬなら、僕はその程度の人間なのですから」
「そういう問題ではありませんよ、あなたの仕事は道案内であって、それ以上のリスクを負うのは過剰業務です」
「ですが、あなたは――」
「私はそれに見合う給金と権利をいただいているし、そもそもあなたにとって危険でも、私にとってはそうではない。
これは要請ではなく、今回の仕事を請け負った中級ギルドメンバーとしての判断です。従えないというのなら、それ相応の罰則を覚悟してください」
「そんな」
ミケルは言葉を失う。なぜそこまで頑なに自分を追い返そうとするのか、理由がわからなかった。
「そうかい。そりゃ助かった。午前様でテロリストのアジト発見なんて功績がもらえるんだからよ。帰ったら一杯引っ掛けようぜ、小僧」
「それは冗談ですか、BB」
「あん? 忘れたのか、俺も道案内で参加してるんだぜ。
それとも、小僧を帰して俺を帰さない理由があるっていうのかよ」
デイトの言葉に、セージは眼光を細めた。
この男をミケルとともに帰らせれば、ミケルの命はないだろう。そう思ったからだ。
やはりここに来る道中で殺すべきだったかと、後悔が頭をよぎる。
だがここに来るまで、デイトの立ち振る舞いにはどこにも隙がなく一撃で殺すことは不可能に思われた。一撃で殺せず、そのまま戦闘になれば周囲に被害が出る。
街では出来なかった。
ここに来る途中も、馬車の御者や通行人などの一般人とミケルを巻き込む可能性があった。
テロリストのアジトがあると口にしたセージの言葉に嘘はない。嘘はアジトである洞窟の中が見えなかったという言葉だけだ。
山の中まで行けばデイトの仲間に囲まれる。それはそれで構わないが、そんなところにミケルは連れていけない。そうなれば、本当に見捨てるしかなくなる。
「……あるでしょう。
無理を言う、というのなら私はすぐに管制に報告を上げます。それで困るのはあなたじゃないんですか?」
「は? なんで俺が困るんだよ。むしろさっさと……。いや、そうか、そういう事か。確かに美味しいところは独り占めしたいしな。気が合うじゃないか、セイジェンド」
「あ゛?」
「は?」
デイトとセージはそう荒い声を口にして睨み合った。それを仲裁したのはミケルだった。
「落ち着け、二人共。セージさん、テロリストは間違いなく居るんですね」
「ちっ……。ええ、間違いはありません」
「でしたら、詳細を調べるにしてもまずは報告を上げないと」
「なにつまんねーコト言ってんだよ。そんな事したら他の連中に出し抜かれるだろうが」
デイトはそう言ってミケルを軽く蹴った。ミケルは反射的に殴り返し、
「他人を気安く蹴る――な?」
しかしその拳はデイトの手の平にあっさりと受け止められた。
「遅いんだよ」
デイトはミケルの拳を押し返し、ついでとばかりに踏み込んでその額にデコピンをした。
痛みというよりは簡単に踏み込んでこられた事に驚いて、ミケルは尻餅をついた。
「なに、を。このっ」
ミケルは侮辱されたと立ち上がって剣に手をかけ、
「止めろ!!」
セージの怒声に動きを止めた。
「……落ち着いてください。剣は抜いてはいけません」
セージはミケルの身を案じてそう言ったが、ミケルは簡単に激昂して武器に頼ろうとした自分が責められていると感じ、恥じ入った。
「悪趣味な真似はやめてもらえますか、BB」
「身の程を教えてやっただけだろ。お前こそ、他人の生き死に出しゃばり過ぎなんじゃないか」
セージとデイトは言葉を交わし、再び睨み合う。
睨み合いはどちらも譲らず、再びミケルが声を上げることで中断された。
「すいません。ですがこんな事をしてる場合ではないと思います」
「……まあ、そうですね。この男の言い分が正しいわけではありませんが、管制への報告はもう少しあとにします。これはパーティーのリーダーとしての決定です」
理由はあえて説明せず、セージはそう断言した。
セージが洞窟の奥に見たものは、中級のギルドパーティーでは対処の難しいものだ。
だからこそ早めに報告を上げるべきかもしれないが、これに関与しているであろうデイトに余計な情報を与えたくもない。
今このタイミングで報告をし、デイト経由でテロリストにその情報が漏れれば彼らはきっとこの洞窟から逃げ出すだろう。そうなれば被害は一般の町や村に及びかねない。
だが洞窟の場所が割れているだけなら、向かってくるのが守護都市で中級相当の4パーティーだけなら、テロリストはその場で迎え撃つ選択をするかもしれない。
事実、今のところ洞窟内に大きな動きはない。
このまま洞窟まで近づき、奥に潜んでいるものの足止めさえセージが行えれば、報告は多少遅れても守護都市の実力者たちが問題なく対処してくれる。
むしろソレが洞窟から出てくることで、事態の深刻さを管制が理解してくれることも期待できる。
ただしそのときはソレとデイトの両方を相手取る必要が出てくるし、そうなればミケルを守っている余裕など欠片もなくなるだろう。
だからこそセージはミケルに安全な芸術都市に帰って欲しいと思っているのだが、
「この小僧は連れて行く。国のために命を懸けるって言ってるんだ。甘ちゃんが邪魔すんじゃねえよ、なあ」
「心配されていることを邪魔だとは思っていない。ただ相手がテロリストなら、少しでも役に立ちたいんだ。精霊様の治めるこの国で、あんな外道たちをのさばらせる訳にはいかないんだから」
他でもなくそのミケルに反対をされ、セージは折れることになった。
「……わかりました。ですが、今日あなたは死ぬと、そう覚悟をしてください」
セージが口にした最後の忠告は、まるで死刑宣告のようであった。
ケイ 「え? 二人きりになりたいって、え? そういう事なの?」←セージをからかいたくて仕方がない
セージ「出番ないからって無理やりボケて、入ってこないでもらえますか」←めっちゃ冷たい目
デイト「バカじゃねえの。てか、バカだろ」←めっちゃ白けた目
ケイ 「なによ、二人して。息ぴったりとか仲良しじゃん」
S&D「「は?」」←同時に抜刀
ケイ 「ひいっ!!」←走って逃げる
マリア「……お嬢様。からかっていい相手と話題ぐらいは見極めなさい」←デイトもキレたセージも苦手なので、巻き込まれないように遠くから見守っている