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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 主人公は私だ
198/459

193話 気が付けば終わっていた初恋

 




「アベルはどこに行くの?」

「え? ああ、ちょっとね。学園都市に」

「……遊びに行くの?」


 その日の朝、セージやシエスタが仕事に出た時間から少し遅れて、アベルは身支度をして家を出ようとした。

 それを見とがめたのは妹のマギーで、その声には少しだけ険悪なものが含まれていた。


「いや、遊びに行くわけじゃないよ。その、学園都市にいられるのはあと二日だからね。教材を見ておこうと思って」

「……それは、セージのお金で買うんだよね」

「うん。そうだね」


 マギーはほとんど睨むようにアベルを見る。

 父親ほどではないがマギーもあまり口のうまい方ではなく、アベルを止められるだけの言葉が浮かばず、結果として不満の感情が目に溜まることになっていた。


「……ふふっ」


 そんな彼女を見て、アベルは笑った。それは安堵の笑みで、マギーはなんとなく毒気が抜かれた。

 ただそれでも不満が消えてなくなったわけではなく、口からはトゲのある声が溢れる。


「なに笑ってるの」

「いや、ごめん。ありがとう。マギーの言うことは当たり前のことだから、安心した」


 アベルとしては弟も父も感性が特別で、ついでにいうと家族に甘いから、不甲斐ない自分を責めてくれる人が居るのは気の休まるところがあった。

 まあそうは言ってもマギーの言うとおりには出来ないし、妹にダメな兄として扱われるのは心苦しいものがあるのだが。


「ふん」

「ごめんね。まあセージにはいつか出世払いで恩返しするから、今は許してよ」

「……絶対だからね。約束してよね」

「ああ、絶対だ。約束する」


 マギーの言ったことを繰り返しただけのアベルの言葉は、思いがけず強いものとなった。それに気圧されるマギーを置いて、アベルは家を出た。

 自分の経歴に、ひいてはブレイドホームの家名に傷をつけたガスター教授とやらと話をつけるために。



 ******



 アベルが守護都市から学園都市に続く昇降口にたどり着き、都市間移動審査の列に並ぶとすぐに横合いから声をかけられた。


「やっと来たわね、アベル」

「……ケイ? どうしたの? 僕に何か用?」


 声をかけたのはケイ・マージネルだった。

 アベルからみたケイは、父ジオの血縁上の娘である彼女は、家によく遊びに来る義理の姉のような、あるいは従姉妹のような存在だった。


 本来ならば名家の令嬢であり、皇剣という国家の重責を担う彼女をそんな風に捉えるのは不敬なのだろう。

 しかしケイ自身も気安い関係であることを望んでいるよう感じられるため、アベルは彼女を近しい親戚として扱っていた。

 アベルは並んでいた列から離れて、ケイの下へと歩み寄った。


「うん。マリアから話を聞いた。他所の都市の偉い人と話をするんでしょ。当てはあるの?」

「……まあ、無いね」


 アベルは正直に答えた。

 ブレイドホーム家を貶められたのは事実であり、それを覆すには今の自分では力不足だ。おそらくまともに交渉することもできないだろう。

 ただ今のアベルはそれでいいとも思っていた。


 ジオやセージを頼れば、あるいはミルク代表やマージネル家を頼れば、上手くやれるかも知れない。

 ただそれではいつまでたっても子供のままだ。

 ここで失敗しても、別に命を取られるわけでもない。フレイムリッパーと戦うのとは違う。傷つけられた名誉を挽回する機会もいずれあるだろう。

 この問題は自分とシエスタだけで立ち向かおうと、昨晩(ベッドの中で)約束していた。


「私が一緒に行くよ」

「ありがとう。でも断る。これは僕の問題だからね」


 予想できたケイの申し出を、だからアベルは断った。

 顔を見て、同じくその答えを予想をしていたケイは諦めずに声をかけた。


「でもマリアはシエスタの手伝いしてるよ」

「ああ、うん。でも彼女がいないとシェスが危ないからね。それにマリアはシェスが雇ってるんだ。力を借りてもおかしくないよ」

「じゃあ――」

「皇剣の君を僕が雇えるわけがないよ。

 それに、親父さんとはしばらくお別れになるんでしょ。挨拶してこなくていいの」

「――あんたまで(うち)の連中と同じこと言わないでよね」


 アールとケイの確執は、アベル以上にマージネル家の人間の方がよく知るところだ。

 ケイはもちろん実質的な父であるアールと仲良くしたいし、昔と違って優しくなったアールといるのはとても楽しい。

 だがそれはそれとして学園都市に接続すると、ほぼ毎日『訓練も仕事も休んでいいから学園都市に行ってこい』と言われるのだ。


 気を遣ってくれているのはわかっているし、最初は素直に嬉しかった。

 しかしアールはアールで大学の勉強がある。毎日遊びに行くのはいくらなんでも気が咎めるし、十六歳で伸び盛りのケイが訓練をおろそかにするのも間違っていると感じていた。

 そして極めつけは毎日父親のところに行けと繰り返し言われたことで、周りからファザコンだと思われているんじゃないかと、疑心暗鬼になりつつあるのだった。


「はは。ごめんね。

 まあとにかく僕は問題ないよ。体も治ってるし、何かあっても走って逃げるくらいはできるから」


 ケイはアベルの笑顔に一瞬見とれ、口をへの字に曲げた。

 ケイがアベルのことを気になりだしたのは一年前のことで、それが初恋と呼ぶものだと理解したのはつい最近のことだ。


 優しくて家族思いで、境遇を思えば頭が上がらないはずのセージやジオにもちゃんと言いたいことが言える。それはケイの持っていない強さだった。

 でも初恋だと気づいたときにはもうとっくに手遅れで、アベルは婚約までしていた。

 なんであんな年の離れたおばさんなのと、もしもシエスタよりも一歳年上のマリアに聞かれれば(性的に)危険なことも思ったが、でも頭が良くて落ち着いた雰囲気の大人びたアベルとシエスタはやはりお似合いに見えて、諦めもついた。


 そうやって潔く諦めることができたのはケイの性格もあるが、アベルから女として見られていないのも関係していた。

 ケイは自分の硬い胸板に手を当てる。胸筋の膨らみはかすかにあるが、女性らしい柔らかさは皆無だった。つるぺったんだった。

 それは事実ではなくケイの誤解だったが、さんざんマリアにからかわれているせいで、つるぺったんである事が女として見られなかった理由と認識していた。


 そんな訳でケイは学園都市で〈最新美容特集・女性らしさを育てるツボ〉の見出しが大きく書かれた雑誌を買い、熟読し、実践し、その本はベッドの下に隠し、部屋から出ている間にマリアの手によってベッドの上に置かれたりした(この時マリアは何も言わなかった。そしてしばらくの間ケイを胸の事でからかわなくなった)が、完全に余談である。


「別に助けるって言ってるんだから、いいじゃない」

「まあそうなんだけど、少しぐらいは意地を張りたいかなぁって。高校の卒業資格は他所の都市でも取れるし、それまでの間に出来ることもたくさんあるからね」


 ケイの口元がへの字に曲がる。

 言っていることはわかるが、助けに来たのにいらないと言われるのは面白くなかった。

 どうやってアベルの意見を変えればいいかわからないが、とりあえず諦めずにケイは口を開く。


「……セージも動いてるけど」

「え?」


 だから私が手伝ったっていいじゃないと、ケイは負け惜しみのように思ったことを口にしたのだが、アベルが呆気にとられるのを見てこれは説得できそうだと言葉を重ねる。


「あいつに隠し事できないし、ほっとくと全部あいつが片付けるんじゃない?」

「――あ」


 そこには考えが回らなかった。

 そんな顔でアベルが間の抜けた声を出した。

 上手く騙せているとは思っていなかったが、セージは争いごとが嫌いだから、頼まなければ何もしないと思い込んでいた。

 だがセージは自分が貶されるのは笑って許すが、身内の場合はそうではない。

 考えてみれば、不甲斐ない兄のためにお節介を焼く可能性は十分にあった。


「セージもそうだけど、アベルも自分が心配されてる事よく忘れるよね」

「……否定できないな。くそ、セージ(あの馬鹿)と同じミスかぁ……。仕方ない。悪いけど手伝って」


 アベルの中で問題の優先順位が変わった。

 あくまで今回は失敗しても良い状況の中でチャレンジして、その過程で自分に足りないものを学ぼうと思っていた。だがセージが出てくるのなら話は別だ。

 こんな事まで助けてもらっていては兄として格好がつかない。

 これから挑む交渉は、アベルにとって負けられない戦いへと意味を変えた。

 だったら使えるものは全て使う。差し伸べられたケイの手を取ることも(やぶさ)かではない。


「うん。じゃあこっち来て」


 ケイはそう言ってアベルを先導し、都市間移動審査に並ぶ行列の横を、歩いて抜いていく。


「ケイです。こちらは私の連れです。通ります」


 ケイは身分証――ギルドカードに似た黒い色の特級専用のカード――を提示し、職員の確認を受けてアベルとともに職員専用の通路を通る。

 まともな審査もなければ、都市間の通行税の支払いもない。これは皇剣を示す特級だけでなく、都市への来訪――ひいては移住――を望まれている、上級以上のギルドメンバーに許されている権利の一つだった。

 それなりに面倒な審査を受け、またその順番を待っている行列に並ぶ人たちからは多少恨みのこもった視線を向けられるが、時間を短縮できることはアベルにとって嬉しいことだった。


「ありがとう」

「うん。普段はちゃんと並んでるから、やってみたかったんだ」


 ケイは少し恥ずかしそうに、アベルのお礼に答えた。

 アベルは可愛いねと、年上の彼女を妹を見るような目で微笑んだ。

 二人は並んで、学園都市に降り立った。





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