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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 主人公は私だ
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190話 この喧嘩は言い値で買ってやる

 




「だからほら、お仕事の方はちゃんと上手くいってたんだから、そっち頑張ればいいの。アベルは」

「……まあそれを言われると辛いんだけどね」


 夕食を家族で囲っていると、試験に落ちたことで兄さんが姉さんに責められた。かなり珍しい光景だった。


「べつにフツーなんじゃねえの。アベルは今まで学校なんて行ったことねえんだからさ」

「……うん、まあ、そうだね」


 これもまた珍しく、次兄さんが慰めるようなことを兄さんに言っている。


「勉強なんてできなくても困らんだろう。気にするな」

「うん。いや、困るんだけどね……」


 親父の言いようへの返しに力がない。代わりに突っ込んでおくと、とりあえず親父は算数できてないことを気にしたほうがいい。


「あたしは勉強できるよ。テストいつも満点だもん」

「あはは……。セルビアはすごいね」


 小学校二年生――じゃなくて、騎士養成校初等科二年生のテストは、問題文の中に答えが載っているような作りになっているので、一緒にするのは可哀想だと思います。

 いや、妹も頑張ってるんだけどね。


「……」

「あー……、セージ?」

「え?」

「いや、何か言いたいことがあるんじゃないの?」

「えっ? いや、無いけど……」


 私がそう答えると、兄さんは何とも言えない、自責の念を抱いた複雑な表情になった。


「そうか……。その、悪いけど、次の都市接続でもう一回試験受けるから、受験費用の方お願い」

「ちょっとアベルっ!!」

「うん。いいよ」

「セージ! 甘やかしちゃ駄目。もっとお金を大事にしないと」

「……ごめん。次はちゃんと受かるから」


 姉さんを無視して、会話が終わる。

 そして『また私の言うこと聞いてくれない』とむくれる姉さんの機嫌を取るため、相当苦労する羽目になりました。明日の夕御飯はビーフシチューです。

 まあ忙しくなりそうだから、それは次兄さんに作ってもらうんだけどね。



 さて、私には人の感情を見通すスーパー魔力感知が備わっています。チート技能というやつです。

 そんな訳で兄さんの感情も見通せています。


 嫌なことがあった哀しみ。

 それを自分の力でどうにかしたいという熱意。

 でもそれが出来ないという諦め。

 グツグツと煮えるような静かな怒り。

 納得がいかない。理不尽だ。腹が立つ。

 言葉にするならそんな感情。

 そして、それを()に隠そうとする感情。


 私に見えるのは感情だけで、考えていることまではわからないし、何があったのかもわからない。

 でも兄さんはそれを隠したがっていた。


 もしかしたら起きてしまった何かに、私が関係しているのかもしれない。

 そんな訳で、明日になったらその隠していることを暴きに行こうと思います。

 いやね、夕食が終わればもう夜で、そうなると兄さんは未来のお嫁さんのところに行くわけですよ。

 馬に蹴られるようなお邪魔をする気はないし、兄さんには気持ちを落ち着ける意味でも静かで熱い夜を過ごしてもらいたいしで、まあ良い子は何も考えずに早めに寝ます。

 おやすみなさい。


 あ、妹。宿題なら私が見てあげるから、離れに行くのはやめなさい。教育に悪いから。



 ◆◆◆◆◆◆



 シエスタは管理職なので融通は利くが、基本的な勤務開始時間は朝の八時となる。

 通勤は徒歩で三十分ほどと、そこそこの時間を歩かなければならない。自転車があれば良いのにと思わないでもないが、守護都市では車両の個人所有が原則認められていないため、自転車の保有は叶わない。

 本来この法律は土地の狭い守護都市で民間人が馬車を走らせないようにと制定されたものだったが、自転車も馬車と同類の車両扱いされているため適用されてしまっている。


 ちなみにこの法律では荷物を運ぶためのリアカーなども違法となるのだが、商業目的であるならば合法となり、個人利用かどうかの判別がつかないため持っていても摘発されることはない。

 そしてたぶん自転車に乗っても摘発されることはないだろうが、シエスタは監査官なので違法行為をするわけにもいかない。

 加えて、リアカーと違って守護都市では自転車に乗っている人間が一人もいないので悪目立ちしてしまうという理由もあったし、もしも自転車で通勤するとその日の内に盗まれるかいたずらで壊されるだろうという理由もあった。


 話を通勤事情に戻すが、フレイムリッパーを警戒しているため、シエスタはマリアの迎えを待ってから家を出る。

 マリアには住み込みで働いてもらうという案もあったが『ケイお嬢様を完全に放っておくのもかわいそうですから』との理由でやんわりと断られている。

 ちなみにその発言を知ったケイは『かわいそうって何よ』と頬を膨らませながら恥ずかしそうに喜ぶという、器用な感情の発露をしてセージを感心させたが、余談である。


 ともかくシエスタとマリアが他愛ない雑談(下ネタも交じる)をしながら官庁に向かって歩いていると、不意にマリアがその身に緊張感を漲らせてシエスタを背に庇った。


「――誰ですか?」


 マリアの睨みつける眼光は数メートル先の曲がり角の先に向いている。その路地裏に隠れているであろう気配に向けて、マリアが鋭く問いかけた。


「……上手く隠れたつもりだったんですが、さすがですね」

「セージさん?」


 あっさりと姿を現したのはセージだった。


「後学のため、なぜ気づいたか教えてもらえますか?」

「魔力を周囲に同化させるのは完璧でしたが、タイミングが遅かったですね。セージ様はこちらに追いつくため走ってきたのでしょう? こちらを目指し、意識を向けて。それは何となくですが感じ取れるものですよ。そしてその感覚が唐突に消えれば警戒もします。魔力の同化は警戒している相手には効果が薄いのですよ」

「……マリアさん以外だと上手くいっているんですが、まあ甘かったってことですかね」

「そうかもしれません。しかし向上心が強いのはいいことですが、あまりこのような事はしないで欲しいですね」


 マリアはやんわりとセージの行動を咎めた。

 護衛中のマリアはいくらか気が立っているのでセージを誤って攻撃してしまう危険があったし、こういう事をされるといざ暗殺者が現れた時に決断を誤ってしまう可能性もあった。


「すいません。確かに失礼でした」


 セージは素直に頭を下げた。マリアは訓練の一環ということにしてくれたが、隠れて近づいたのにはマリアの護衛としての実力を測ろうという意図も有り、それは護衛をお願いしている立場からすれば間違いなく礼を欠く行為だった。


「ええと、その、セージさんはどうしたんですか?」

「はい。兄さんのことで相談に来ました」


 うっ、とシエスタは表情を苦いものへと変えた。


「やっぱり口止めされてるんですね。まあどうせバレる話なのですから、早く教えてください」

「……ああ、うん。セージさんのそれって本当にずるいですよね」

「それ?」


 なんのことだろうとセージは首をかしげる。そこだけを見れば愛くるしい、それこそまさに天使のような少年のしぐさだった。


「――まあ、いいか。それで、兄さんの成績はどうだったんですか?」

「筆記試験は平均で合格ラインにプラス十点。体育なんかの実技は文句なしの満点で、小論文も課題に沿った文章で合格点。落とされた理由は、面接結果です」


 セージは頷いた。

 模試の結果を見る限り、アベルが本番に弱いということでもなければ筆記試験で落ちることはないだろうし、肉体を使った試験では合格ラインを割り込むほうが難しいだろう。

 だとすれば落とされる理由は小論文か面接のどちらかになる。


「落とされた理由は?」

「――育った家庭環境が悪く、倫理観に問題があるから」

「……」


 セージは呆気にとられて押し黙った。


「それだけ、ですか? 具体的な理由は?」

「ありません。それだけですよ」

「……まあ守護都市の人間は色眼鏡で見られるものですが、学校の試験というのはそういうものなんですか?」


 首をかしげたのは学歴とは縁のないマリアだった。

 いいえと、シエスタが首を横に振った。


「面接官に殴りかかったり、あるいは反社会的な言動を繰り返したり、よほどひどいことをしないかぎりは、こんな理由で落とされるはずがありません」

「では、名家絡みですか」


 理不尽なことが起こるならそれは権力者の横暴であり、そして権力者は名家とつながる。この国に住んでいるものからすればよくあると言える状況だった。


「……おそらくは。

 そして面接の採点に、面接官以外の人物が関わっています」

「ガスターって教授ですか」

「え? ええ。さすがですね。どうも教え子のエリックの件で逆恨みを――」


 あの時やはり騎士に突き出しておけばよかったと思いながら、シエスタはそう眉をひそめて口にする。それを途中で遮ったのはセージだった。


「いえ。恨まれているのは私です」

「――え?」

「彼がどの名家に属しているのか知っていますか?」

「あ、はい。プリドア家です」

「そうですか。ありがとうございます」


 セージはそう礼を言って背を翻した。


「え、ちょ、ちょっと、セージさん!?」

「はい? なんでしょうか」


 セージはシエスタに顔だけ向けて問い返した。


「どこに行くんですか?」

「そのプリドアっていう名家に。ガスターってお爺さんは頭が堅そうでしたからね。直接話し合うよりも、頭の上がらない人から叱ってもらうほうが効率が良いかと」

「名家を動かす算段は出来ているのですか?」

「ないです。まあ学園都市との接続は明日のお昼すぎまでですからね。出たとこ勝負の力勝負って感じになるでしょうね」


 力勝負ですかと、マリアがセージの言葉を繰り返した。


「セージさん? あの、ここで無理をしなくても、別の都市で試験を受ければ済む話なんですよ?」

「ええ。でもシエスタさんも兄さんも泣き寝入りする気はないんでしょう」


 確信を持った声音でセージはそう言った。

 事実、シエスタはこれからガスター教授の身辺を調査するつもりだった。私怨で無関係な試験の合格取り消しを決めるような横暴なことをする人間なら、他にも黒い行いをしているはずだ。

 幸いなことにシエスタには学園都市に人脈がある。一日と少しで不合格の決定を覆すことは無理でも、調べ上げたことを学園都市の監査官に引き渡せば、そんな決定をしたガスター教授に痛い目に合わせることが出来るやもしれなかった。


 そしてアベルはといえば、直接そのガスター教授に直談判をしに行った。まずは相手が何を考えているか知ろうと口にして。

 それが危ういことだとシエスタは止めたが、殺人鬼に立ち向かうほどじゃないよと、アベルは笑って考えを変えなかった。

 そんな考えではなく、その考えに至る二人の感情を見通したセージは、確信を持ってそう言った。


「やっぱりセージさんのそれ、ずるいですよね。でもそれならアベルが力を借りたくないって思ってるのも、わかってるんじゃないんですか?」

「まあ、今回の件がエリックさん絡みだったら静観してたでしょうね。

 いえ、勝算があるならそうでなくとも静観してもいいと思っていたんですが、とにかく気が変わったんです」

「……私は良いんですが、たぶんアベルは過保護だって口を尖らせますよ」


 シエスタはセージの介入は止められないと理解したものの、しかし恋人のプライドを想ってそうささやかな抵抗を示した。


「いえいえ。今回喧嘩を売られたのは私なので、買わないって選択肢はないんですよね」

「……はぁ」

「家庭環境に問題がある、育ちが悪い、それはまあ認めますけどね。

 兄さんを見て倫理観が欠如しているだなんて、節穴にも程がある」


 その声には静かな、しかし確かな怒りが燃えていた。

 セージの二つ名はエンジェルであり、そしてブレイドホーム家のおかんであるのだった。





 ~~役所へと向かう二人~~


マリア 「力勝負ですか……。セージ様にしては珍しいですね」←比喩だと分かっていない

シエスタ「仕方がないですよ。下準備の時間なんてないんですから。いえ、セージさんの場合、あんまりその常識は当てはまらないとも思うんですけどね」←比喩だと分かっている

マリア 「そうですね。ですが、今のセージ様では苦戦するかもしれませんね」←比喩だと分かっていない

シエスタ「まあ、今回はそうかもしれませんね」←アベルはよその都市なら試験に受かるとわかっているので、やる気はあっても悲壮感はない

マリア 「……ふむ」←何やら考え事をしている。繰り返すが、力勝負という言葉が比喩であると気づいていない

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