189話 仕事をするとは言ったが、魔物と戦うとは言っていない
さて指名依頼を受けて、さらに日をまたぎました。
現在、私は学園都市を囲う防壁にいます。
学園都市には今、守護都市が接続中なので大門のある防壁の中央では結界の外が見えません。そんな訳で防壁の端っこの方で、荒野に続くお外の景色を眺めています。
魔物の侵入を防ぐ精霊様の結界は大門付近に穴があるのだが、防壁の端まで来ると結界は十分に機能している。
そんな所まで防壁が伸びている理由は、結界は魔物を通さないが、魔物の攻撃は通してしまうからだ。また魔物も下級なら素通り出来てしまうので、その下級の魔物が入ってこれないよう物理的な壁を造っているのだ。
ちなみに結界外縁には大きな国道が通っているのだが、予算の都合上、その道全てに防壁は立てられない。防壁があると結界の外の魔物が壊そうとするので、それを撃退し、また壊れた防壁を修繕するにも人手と物資が必要となるためだ。
そんな訳で外縁の国道は要所要所で騎士の詰所はあるものの、魔物が入ってきやすい箇所などもあってそれなりに危険だったりする。
話が逸れたが、私がいるのは学園都市を守る外壁の端っこの方で、そこには学園都市と守護都市から人が集まり、また機材が持ち込まれていた。
集まっている人は情報管制室から派遣されてきたスタッフと、あとは騎士やギルドの人。どっちも守護都市と学園都市の混成メンバーだ。
守護都市から来た人は私を含め中級で、学園都市から来た人は下級だった。まあ外縁都市の防衛戦は下級の人が主体になるから、彼らが使える魔法で成果が上げられないとこの試験は失敗になるのだろう。
「いい日和だね」
「そうですね」
ヴァインさんに声をかけられて、そう返した。
空は気持ちのいい晴天で、地上には結界から漏れた恩恵により緑が広がっている。荒野の岩山と砂地の赤茶色の世界とは違って、見ていて癒される光景だった。まあチラホラと魔物もいるのだけど、視界には入っていないのでセーフ。
「それじゃあ始めようか。まずはセージさん、見本をよろしく」
「わかりました」
今回やるのは二キロほど離れた地面に的が描かれており、そこに中級下位の魔法を威力の減衰を抑えて当てることになる。
魔法の種類はなんでも良いが、火の魔法を使うのならば周囲の木が延焼しないよう気を付けなければいけない。もっともファンタジーな魔法なので燃やさないと決めた対象に熱を与えないなんてことも出来るので、そんなに難しいことではない。
魔法の着弾と効果の確認は情報管制室と現場の騎士の探査魔法で行われるが、的のそばには目視での観測役もいて、ここだけは予算を奮発して――と言うと、失礼かもしれないが――上級のギルドメンバーが担っている。
照準や制御を誤って観測役に当てても自分で防いでくれるけど、怒らせたくはないのでちゃんと的だけを当てます。
的は地面に描かれた半径三十メートルの円で、目視では確認できない。
ただスーパー魔力感知を持つ私にははっきり見えているので、狙うのは難しいことではない。というか、そもそも現場ではもっと難易度の高いことをやっているので、そんなに気負うことでもない。
「……無詠唱」「早い」「綺麗な魔法式」「無駄な魔力がないな」
ギャラリーというか、ギルドメンバーがそんな声を漏らしてよいしょしてくれます。騎士の人たちは感心しているけど声には出さずこちらを見守っている。そして出張してきている管制室のスタッフさんたちが機材を使って何やらデータを取っている。
うん。いささかやりづらい。
まあ(前世の話だが)碁を打っているとギャラリーを背負うこともあるので、注目されるのはそれなりに慣れてるし、別にいいけど。
私は管制室の人がデータを取るのをある程度待ってから、魔法を発動する。
炎弾が新幹線ぐらいの速さで弧を描いて飛んで、的に着弾。しけた花火みたいなしょぼい音が、一拍遅れて防壁にいる私たちに届いた。
「着弾確認。ど真ん中です」
「威力は?」
「減衰認められず。下級上位ならば十分に殺せます」
「よし、では騎士隊。始めてくれ」
ヴァイスさんに言われて、学園都市の騎士さんたちが準備を始める。実力は下級上位が二人だ。
私が中級になる前から上級魔法の真似事ができたように、下級上位の人でも中級の魔法は使える。ただ魔力総量と消費魔力量の関係から連発はできないので、連携魔法で中級相当の魔法を使うのだろう。
連携魔法は二つ以上の魔法を組み合わせることで相乗効果を発生させるものだ。風魔法で酸素を作り、火の魔法を加えて激しく燃える、みたいな感じ。
まあ魔法は物理法則がちゃんと機能しないので、酸素が無くても火が燃えたり、酸素を無くしても普通に呼吸ができたりするんだけど。
ともかく連携魔法はうまく使うと少ない魔力消費でより大きな効果を生み出すことができる。そして今まで普通に流してきたけど、上級魔法はだいたいこの連携魔法に該当している。
アリスさんの矢の魔法(私はちょっとアレンジして使っている)や、いつぞやの空から散弾が降ってくる魔法、あるいはフレイムリッパーに使った追尾式の炎弾を降らす私のオリジナル魔法などだ。
まあ連携と言いつつ私はひとりで発動させているけど、いいんだ。連携魔法はあくまで複数の魔法を同時に起動して一つの魔法とするっていうジャンルの話だから。
別に一人で使って悪い理由なんてないし、むしろ一人で使える方が魔法制御力が高い証だし、親父だって私と同じボッチ魔法使いだし。
――あ、間違えた。親父はボッチ魔法使いだけど、私は孤高の魔術師。断じてボッチではない。その属性は親父とケイさんのためのものだ。
話が逸れたが、連携魔法は上手く組み合わせないとその効果はむしろ低下する。
たださすがにこういった場に呼ばれる騎士さんたちの練度は高く、連携魔法はつつがなく中級下位の威力で発射された。魔法の中身は土を固めて作った砲弾だった。
砲弾はやっぱり新幹線のような速度で飛んで行ったが、直線的に飛んだため途中で木に当たって弾けてしまった。
当たった木が倒れるところは目視では確認できなかったが、音はここまで響いてきた。
「着弾、確認できていません」
「……的の近くにもか」
「有効視野となる的の周囲五十メートルではありません」
「途中で木に当たってましたよ」
ヴァイスさんと管制スタッフとのやり取りに口を挟んだのは、探査魔法を飛ばしていたギルドメンバーだった。
「……ああ、そうか。それでセージさんは弾道を曲げていたのか」
「え? ええ、そうです」
わかってなかったのか。長距離射撃なんて初の試みらしいから、そういうものなのだろうか。
いや、指導員だったペリエさんは遠見の呪鍊装具を併用してやってたから、外縁都市の騎士が訓練としてやるのは初って意味で。
魔法は距離があると威力が減衰するし、来るとわかっていれば対処もしやすい。実際親父には距離をとった魔法はほぼ通用しない。
まあ親父はちょっとアレなので参考にならないが、私でもある程度の魔法攻撃は潰せるし、回避もできる。
そんな訳で目視できないほどの長距離魔法というのは、親父がハイオークの軍勢に使ったようにはっきりと格下の相手の数を減らすために使うのが基本だった。
そしてそんな常識を変えようというのが、今回のヴァインさんの試みである。
「……ふむ。次はギルドメンバーに試射をしてもらうつもりだったが、続けたほうがよさそうだな」
「はい。もう少し試させてください」
ヴァインさんの言葉に、騎士さんが頷いてリトライが始まる。
ただ、今度は魔法が発動しなかった。
「どうした?」
「……すいません。弾道を曲げて落とすということをやったことがなかったため、イメージが上手く噛み合わなかったようです」
「……そうか。二人は端で練習をしていてくれ。次だ」
ヴァインさんに促されて、学園都市からやってきたギルドメンバーが前に出た。実力はこちらも下級上位で、人数は三人。たぶん学園都市のハンターさんだ。
「君たちはできるかね」
「うーす」
「やった事ないけど、まあ大丈夫だろ」
「私たちは単独魔法だしな」
騎士が二人での連携魔法だったのに対し、ギルドメンバーは単独でそれぞれ中級の魔法を使う。
騎士と違ってギルドメンバーは仲間以外との連携が下手くそで、そしてパーティーに二人以上の魔法使いを置くことは珍しい。今回の三人もそれぞれ在籍しているパーティーは別だろう。
そんな訳でギルドメンバーは消耗が早いのを前提とした運用を考えて、単独で魔法を使わせるようだ。
「じゃあ俺が一番な」
そう言った魔法使い(テストを始める前にジャンケンして勝った)が、魔法を発動させる。これも土を固めた砲弾だった。
砲弾は弧を描いたものの、的から大きく外れたところに落ちた。
「着弾は?」
「確認できません」
「百メートルぐらいオーバーしてた」
「そうか」
「ちっ。もう一回だ」
「ちょっと待てよ。こっちだって長いこと待ってるんだ。さっさと変われよ」
「いや。照準の感覚をつかむためにも、もう一度やってもらおう」
「おう。百メートル手前に落とせばいいんだな」
ハンターさんがもう一度魔法を発動する。今度は的から八十メートルほど手前に落ちた。
「着弾は?」
「確認取れません――あ。現場の観測員から通信です。『外しすぎ。下手くそ』だ、そうです」
「くそっ。難しいぞ、これ」
「……セージさん。すまないが、もう一度見本を見せてもらえるか」
「あ、はい」
炎弾作成。発射。
「着弾確認。ど真ん中です」
「……はぇーよ」
「……コツはあるのかな」
「うーん。僕は的が見えてますからね。距離と方角だけで的を狙うにはやはり練習が必要なのではないでしょうか」
遠見の魔法や呪鍊装具を併用すると魔力消費と制御技術に負荷がかかりすぎるので、あくまでその役割は管制にやってもらい、砲撃役の魔法使いは距離と方角だけで的を狙えるようにならないといけない。
「まあ、そうなるか。とりあえず、次を頼む」
ヴァインさんがそう言って、別のハンターさんが前に出る。結果はヴァインさんが難しい顔をするもので、その後も休憩を挟みつつ繰り返した。
何度も繰り返すことで的に当たる事もあったが、狙いに神経を注ぎ込みすぎたせいで魔法の速度や威力が大きく減じてしまい、実用的とは言い難いものだった。
後一回だけ騎士さんたちの連携魔法(午後くらいからできるようになった)が、的の近くにいた上級のギルドメンバーたちに直撃してしまう事故もあった。
上級の人たちは的に当たらずろくに観測の仕事にならないため暇を持て余し、近くにいた魔物を適当に狩って捌いて、バーベキューを始めていた。
いや、最低一人は観測の仕事をしていたので、完全に遊んでいたわけではないのだが。
ともかくそのバーベキューをしているところに砲弾が炸裂した。
「ええと、観測員から通信です。『狙ってやったんだったらぶっ殺す』だ、そうです」
「……ただちに謝罪をしてくれ。後で酒を奢ると」
そんなこんなでハンターさんたちも魔力が無くなっていたので、十分な成果が出ることもなく今日はお開きとなった。ヴァインさんは上級のギルドパーティーに高いお酒を買うはめになっていた。
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そんな事を、三日間に渡って行った。
特に強い魔物がロード種に率いられて侵攻してくるとか、竜がまた出るとか、フレイムリッパーが襲いかかってくるとか、特別なイベントは起きず無事に予定されていた試験日程を無事に終えた。
最終日はそれなりに的に当たるようになって、距離感は練習すれば身に付きそうだとヴァインさんは胸をなでおろしていた。
あとはこれが防衛戦で役に立つのかどうかの検証だと、意気揚々と分厚い書類の束を抱えていった。
この三日間、ヴァインさんとは話をする機会が多くあった。
もともと学園都市の出身で、スノウさんとは大学生時代からの知り合いとのこと。大学で情報系の魔法技能の資格をとり、国家公務員試験の合格を経て情報管制室で働くようになって、それからは何度も防衛戦を経験したとのこと。
守護都市に頼らない都市防衛戦では、荒野に続く大門の前に防護柵や落とし穴等を設置し、ハンターや騎士がそれを活用しつつ門の前でまず戦うらしい。
これは大門や防壁が壊されれば結界の損壊につながるため(正確には大門が壊されるだけなら結界は維持されるらしいが、詳細は国防に関わるので私には知る権限がない)、なるべくその損傷を抑えるためにやるそうだ。
ただ結界の外で戦えば、当然けが人は出るし、死者も出る。ヴァインさんはそういった人たちを管制室で魔法越しに何人も見てきたそうだ。
そんな訳でどうにかして安全な結界の中で、防壁に守られながら戦えないかと、今回のように防衛戦の戦術研究をしているとの事だった。
そしてこれは国にとっても重要ごとであり、年に数回ほど戦術理論の討論会や発表会が行われているそうだ。
ヴァインさんはその発表会の中でも規模の大きいものに毎年論文を提出していて、今回もそのためのものだったとのこと。
そして今回の研究は私が救援要請を魔法の狙撃で済ませていることから思いついたので、是非とも論文の協力者に載せたかったのだと言っていた。
ありがたいことだ。守護都市は住みづらい都市だけども、こういうまともな人には長く働いてもらいたい。
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さてこの三日間は強化合宿みたいに試験のメンバーと寝食を共にして、家には帰ってなかった。
もちろん事前に言ってから泊まっているので問題は起きていないはずだが、妹がいつぞやの時みたいにブラザーシックになってないか心配である。
「ただいまー」
「あ、セージお帰り。ねえ聞いて――」
家に帰って、最初に出迎えてくれたのは姉さんだった。
「――アベルがね、試験落ちたの」
……わぉ。びっくりだ。
いや、まあでも落ちる方が普通だよね。こんなこと言ったら兄さん気分悪くするだろうけど、十五歳で高校の卒業資格取ろうとしてるんだから。
でもそれはそれとして、姉さんはなんでちょっと嬉しそうに言うんだろう。
マギー「やっぱり私は正しかった」←立派になってきた胸を張る
マリア「ええ、やはり大きいのは正義ですよね」←視線と言い方がおっさん
マギー「違うからっ、私そんな意味で言ってないからっ!!」←マリアに凝視されている一部分を手で隠す
ケイ 「……」←物悲しい表情で胸筋をさする