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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 主人公は私だ
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187話 女難は主人公っぽい属性だけど、お前にだけは譲らない

 




 ルヴィアとエメラが運び込まれたのは倉庫街で働く労働者向けの、小さな飲食店だった。

 店の中にはルヴィアとエメラ、そして女性の騎士だけしかおらず、客や店の従業員は騎士に寄って締め出されていた。

 ダイアンがその店を訪れた時は二人が着替えの最中だったため、店の外でしばしの時間待つこととなった。

 店にいた客は関わりになるまいと散っていたが、店の外には締め出されたこの店を切り盛りする夫妻がいて、遠巻きから不安そうにダイアンたちの動向を窺っていた。


「追い払いますか?」

「いや、いい。後で金を渡しておけ」

「は。手配しておきます」


 ダイアンはこの程度の小さな店には配慮する必要のない立場だったが、大事な家族が無事に保護された祝いも込めて寛大な対応をすることにした。

 それからしばしの時間が流れ、店の中から女性騎士が出てきた。


「お待たせしました、ダイアン様」


 女性騎士のその言葉に鷹揚に頷き、ダイアンは小さな店の中に入っていった。

 店の中が狭いのは外観から分かっていたが、不快なのはそれだけではなく、店内のいたるところに汚れや傷みが目に付いた。

 柱や壁には小さな傷が有り、厨房は壁面に油汚れが染み付いている。客席側からは見えないが、換気扇も相当長いこと掃除されていなかった。

 名家の人間、その中でも特に麗しい淑女が入るには到底ふさわしくない庶民的な店だった。


「こんな店しかなかったのか」

「は?」

「こんな汚い店しかなかったのか?」

「も、申し訳ありません。お嬢様方を早急にと、その思いから、使用する場所の選定が不十分でした」

「……そうか。そうだな。火急の事態であったからな。余計なことを言った」

「いえ、配慮が足りませんでした」


 脂汗を大量に浮かべる女性騎士に、ダイアンは『ご苦労』とねぎらいの言葉をかけ、家族の元へ歩みを進めた。

 目を覚まし、汚れた衣服と体を洗ったエメラが、祖父の姿を見つけて抱きついた。


「お祖父様!!」

「無事で良かった、エメラ」


 ダイアンはエメラを大事に抱きしめ、優しくその背中を撫でた。


「怖かっただろう」

「はい。でも叔母さまが助けてくれたから」

「ルヴィアが? そうか。がんばったな」

「いいえ。私は何もしてないわ。助けてくれたのは男の人よ」


 ルヴィアの言葉にエメラは怖いことを思い出して、びくりと体を震わせた。


「そうか」

「お父様の部下?」

「いや」

「……そう」


 あの男の態度は父であるダイアンの忌み嫌うたぐいのものだ。だからその答えは意外でないといえば、意外でもなかった。ただ父は何かを隠していると、そう感じた。


「十分にお礼をして欲しいのだけど、彼はどこに?」


 ダイアンは軽く目を見開いた。ルヴィアが他人を気にかけるなど、この八年無かったことだったからだ。


「名を尋ねても答えることはなく、引き止めるのも聞かずに去っていった。後でギルドに問合わせて探そう。お前たちの命の恩人だからな。十分に報いねば」

「そう。そうね。お願いするわ、お父様」


 ルヴィアはそう言いながら、父があの男を探す気がないと察した。綺麗な言葉を使う時の父は信用してはいけないと、よく知っていた。


「それで、何があった」

「さあ。エメラがどうしてもと言うから一緒に散歩に出たら、護衛の人たちが殺されて、エメラが布袋に入れられたわ」

「お前はどうして捕まった?」

「咄嗟にエメラの入った袋を掴んだら、そのまま一緒に入れられて運ばれたわ」

「そうか。災難だったな、二人とも」


 ダイアンは露骨に話を男の事から事件へと移した。

 だがそれでいいのかもしれない。

 ルヴィアは初めてあの男を見たとき、暗い倉庫の中で不吉な笑みを浮かべていた彼を死神のようだと、そう思った。生きているか死んでいるかわからない自分の所に、迎えが来たと。

 ただ死神に連れて行かれるのは誘拐犯と自分だけでいい。

 そう思っていたら、その死神は子供の泣くのに慌て、自分のわがままに文句を言いながら付き合った。


 口と態度が悪くて不器用な死神は、まるで死んだ夫が歳をとったみたいで、よく似ていた。その死神は意味深な事を聞いて、そして姿を消した。

 何か理由はあるのだろう。きっと自分とは関係のない意味が何かあるのだろう。その結果、自分とエメラは助けられた。

 感謝はしているが、彼はそれを望んでいない。

 だから父が放置するのもそれはそれでいいのだろうと、ルヴィアはそう思った。



 ******



 商業都市の中の、とある建物の、とある一室の中。

 部屋の中にいるのはデイトと、そして人形のような雰囲気を持つ女だけだった。


「失態ですね、デイト。私は誰にも見つかるなといったはずですが」

「ああ、悪いな。今回は援護がなかったからな」


 デイトのまるで悪いとはまるで思っていない様子に、人形のような女が目を細めた。


「……私のせいだと言いたいのですか。あなたの能力不足が原因でしょう」

「そうだな。すまんな」

「何か言いたいことがあるのなら、聞いてあげても良いのですよ」


 デイトの奥歯にものが挟まったような言いように、女は軽く鼻を鳴らした。


「指示ははっきり出せ。俺が最初に聞いたのは、あの事務所の中にいる人間を皆殺しにしろだ。後になって殺し漏れがあるなんざ言われて、俺の責任にされたんじゃたまったもんじゃない」

「……ふん。事前の情報が正確でないなどということは、ギルドでもよくあったことでしょう」

「ああ、情報が正確じゃないなんてのはな。だがお前のはそもそもの目的の指示が曖昧なんだよ。カンサカンのときにしても、結局はそれでいらん損害が出た」


 女の整った眉がやや不快さを示す。


「あなたは末端の労働者ですよ。全てを教えるわけにはいきません。教えられた中で上手くやりなさい」

「はっ。その言われたことをやって、結果上手くいかなくて、偉そうに指図したお前が何の責任もないとふんぞり返っているのはどういう理屈だよ。ふざけんな性格ブス」


 そう言った瞬間、デイトは心臓を押さえてうずくまった。


「……態度の悪さには目をつむっても、侮辱を許す気はありません。身の程をわきまえなさい」

「くっそがぁ……」


 心臓を止められ、デイトはそれでも憤怒の瞳で女を睨みつける。


「……まあ、いいでしょう。所詮は育ちの悪いゲスなのですから、今回はその汚い口が吐き出した言葉を大目に見てあげましょう」


 女がそう言うと、デイトの心臓は再び鼓動を再開した。


「私が問題としているのはあなたが多くの、それも名家とそれに従う騎士たちの前に姿を現したことです。本当にそれを避けることは出来なかったのですか」

「ふざけんな死ね」


 女の問いに返されたのは悪態だけだった。


「ふん。まともに言葉も喋れないのですね。ですが結果的にではありますが、利点もありました。今回は不問にいたしましょう。

 しかし次に勝手なことをすれば、その心臓が貴方自身に牙をむくと知りなさい」

「はっ……。それで困るのは、お前だろうが」

「ふん。確かに痛手ともなりますが、命を失うあなたほどではないでしょう」

「死ぬかバカが。俺は不死身なんだよ」

「ふっ。人間風情が」


 デイトの強がりには嘲笑の一つで返して、女は立ち上がった。


「次は荒野です。まずは産業都市に来なさい」


 そして女は部屋から消え去った。


「ちっ。人使いの荒いブスが」


 デイトは呼吸を整え、その部屋を、そして建物を出て街を歩く。


 白状すれば、誰にも見つからずに標的の四人を殺すことは可能だった。ただそれにはあの場にいた女と少女を見殺しにする必要性が強かった。

 標的の一人が女を殺そうとしたとき、姿を見せずに三人を殺すことは可能だった。

 だがそうなると女たちは自力でその場を逃げただろう。最後の一人が逃げた女たちと鉢合わせずに倉庫まで来てくれれば問題はないが、それは望み薄だ。

 そして外での戦闘となれば、女たちや倉庫街で働く者たちから完全に姿を隠して事に及ぶのは難しい。


 ……いや、それは結局のところ言い訳だ。

 女が少女を庇うのを見て、助けてやりたいと思った。

 あの瞬間、姿を現したのは結局のところそれだけの理由でしかない。


「けっ……」


 デイトは自分の中の甘さに反吐を吐いた。

 別にあの女が好みだったわけではない。美人ではあったが、目に生気がない。死人のような目だった。あれではいくら美人でもヤる気が勃たない。

 ただ女のその目が眠っている少女を見るときだけは和らいでいて、その目つきを懐かしく感じた。


「まあ、あれはあれで性格ブスだったけどな」


 デイトは人形のような女に言ったのとは真逆の声音でそう言った。

 デイトにわがままを言える人間など限られている。目つきにしろ雰囲気にしろその性格にしろ、恐れられて当たり前の人間だからだ。

 そうだというのに初対面であれだけ物怖じせずに好きな事を言ってくるのは、面白いと感じる部分があって、軽い笑みを浮かべた。


「……もし」


 そして珍しく気分良く歩いていると、ふと声をかけられた。


「もし、そこな戦士様?」


 声をかけてきたのは全身黒ずくめの怪しい人物だった。

 黒いローブを着て、頭の黒いフードは目元を隠すほど深くかぶっていて人相を隠していた。かろうじて声で性別が女だとわかった。

 その怪しい女は路地の端で小さなテーブルを置き、椅子に座っていた。


「物乞いか? 金は持ってねぇ」

「いいえ、私は占い師です~」

「物乞いじゃねぇか」

「……」


 自称占い師は黙った。なにやら傷ついているようだったが、デイトには関係のない話だった。


「じゃあな」

「お待ちください~」


 デイトが歩き去ろうとすると、自称占い師が机と椅子を持ってその行く先に回り込んできた。


「元気だな、おい」

「ぜひ占わせてください!!」

「金はねえって言っただろう。他を当たれ」

「いえいえ、お金は要りません。戦士様にはとても良くない相が出ております。

 なにか心当たりがあるのではありませんか~?」

「……ああ、そうだな。今日は妙な女によく捕まると思った」

「……」

「じゃあな」


 デイトは先を急いだ。いや、産業都市に着けばまたこき使われるのだから急ぐ気はないのだが、とりあえずこの場からは急いで離れようとした。


「待ってください~」


 しかしデイトは再び回り込まれた。ばたばたとコミカルに走っているのに意外に素早い動きだった。


「鬱陶しいな。蹴り飛ばすぞ」


 自称占い師は両手を挙げた。


「暴力反対です~。どうか、少しでいいんです~。少しだけ話を聞いてください」

「……はぁ。面倒くせえな。じゃあ勝手に喋ってさっさと終わらせろ」


 走って逃げてもいいが、なんというか今日はもういろんな意味でやる気が起きない。

 そんな後ろ向きな理由でデイトは自称占い師の好きにさせることにした。


「はい。それでは手短に。

 あなたにはこれからとても大きな試練が訪れます」

「なんだよ。壺でも買えばいいのか?」

「いいえ。あなたにはその試練と戦い抜く力と覚悟があります。あなたに加護は必要ありません」


 ぴくりと、デイトの眉が動いた。

 何がというわけではないのだが、目の前の自称占い師の雰囲気が変化したように感じたのだ。


「あなたは時にその身一つで、時に仲間と力を合わせて、多くの試練を乗り越えてきました」


 わかったような事を言うその自称占い師の雰囲気は、どこかいけ好かない方の性格ブスに近しいように感じられた。


「ですがそんなあなたには、足りないものがあります」

「あん?」

「それは謝ることです。あなたは人に謝るということが足りていません」


 自称占い師の女はそう言った。大真面目な口調で母親のようなことを言った。


「……はぁ、それが占い師の言うことか? 終わったなら行くぞ」

「悪と罪は罰によって裁かれます。それは正義と呼ばれるものです」


 自称占い師はデイトの言葉をスルーして言葉を続けた。

 何を付き合っているのだろうなと、デイトは馬鹿らしくなって自称占い師に背を向け、歩みを再開した。再び前を塞ぐなら蹴り飛ばそうと思って。


「しかし悪と罪は誰かの心でもって赦されるものなのです。それが愛なのです」


 自称占い師は、しかし回り込んでくることはなく、そのまま言葉を続けた。


「愛は世界を救うのです。人を救うのです。愛こそが最強なのです。だから愛を信じてください。許して欲しいと願ってください。それが謝るということなのです」


 デイトはしつこく聞こえてくる自称占い師の言葉に、適当に手を振って応えた。


「それに、アシュレイ・ブレイドホームもよく言っていたのでしょう。悪いことをしたらちゃんと謝れって」


 デイトは目を見開いて振り向いた。

 しかしそこにいるはずの自称占い師の姿はどこにもなかった。彼女が使っていた机も椅子もだ。何もかも最初から存在しなかったようにその姿が消えていた。


「なにが……」


 警戒していたわけではない。注意を払っていたわけでもない。

 それでも一瞬でその姿を見失うなど信じられなかった。


「……何の魔力も感じない。俺は、一体何を見ていた」


 周囲を見渡し警戒するも、見えるのは緊張感を放つデイトを訝しみ、危ぶむ通行人の姿だけだった。

 そこでふと、デイトは疑問に思う。この通行人たちは先程までいただろうかと。


「おい」

「は、はい」

「この辺りに占い師の女がいただろう」


 デイトは手近な通行人の胸ぐらを掴んで問いかけた。


「えっ。いえ。すいません。わかりません」

「ちっ」


 デイトが舌打ちして手を離すと、その通行人は慌ててその場から逃げ去った。

 周囲の通行人もそれを見て一斉にデイトから距離をとった。そんな些事は気に止めずしばし考え込んでいると、デイトの頭の中に直接声が飛んでくる。


「あなたは今どこにいるのですか?」


 いけ好かない性格ブスの声だった。


「商業都市の大通りだ」

「本当ですか? まあいいでしょう。あまりおかしな場所には足を踏み入れないように。私はいつでもあなたの居場所を把握できるのですからね」

「はっ。じゃあ聞くんじゃねえよ」


 次の瞬間、デイトの心臓に鋭い痛みが走った。


「言っても無駄だと分かっていますが、口の利き方には気をつけなさい。それでは産業都市で待っています」


 頭に響く声はそれで途切れた。


「なんだったんだ、一体」


 デイトは訳の分からないこの一連の流れに舌打ちし、


「くそっ。親父に怒られてたのは馬鹿アニキだ……」


 そう零した。

 子供時代のデイトは優等生だったのだ。



 ◇◇◇◇◇◇



「今の私にできる介入はこれが精一杯……。

 でも結局は変わらない。私では運命は変えられない。

 そして運命が変わることで救われる魂が生まれれば、その席からこぼれ落ちる魂も生まれる。

 うん。わかっていた。わかっていたよ。

 それでも私はそれを選んだ。

 ごめんなさい。

 どうか貴方に、満足できる終り(しあわせ)が訪れますように」





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