183話 家に帰るまでが旅行です
学園都市に着いてすぐにエリックさんとは別れた。というか、逃げるように去っていった。
まあ今後関わることもないだろう。良い人を見つけて、大事にしてください。
それからはシオンさんとトリスさんのお見送りがてら都市の中を歩いた。
家の留守番組へのお土産を物色し、私たちは無難にお菓子の詰め合わせを買ったが、マリアさんは何やらエロい下着や変な雑貨を買っていた。
どことは言わないがマリアさんにしてはサイズの小さいものだったので、ケイさんへのお土産なのだろう。
お土産で嫌がらせをされるケイさんが少し可哀想になったので、彼女が好きそうなお菓子を買っておいた。今度遊びに来たら振舞おうと思う。
まずはトリスさんの通う学園都市にいくつかある高等学校の一つに着いた。
漠然と日本の高校をイメージしていたのだが、敷地は広くその中に寮も含まれていて、その形態は私が見知っている中では大学という方がイメージとしては近かった。
もともと学園都市は研究機関を集めた都市で、そのために研究所を持つ多くの大学が互いにしのぎを削り合っていた。ただそうなると学園都市には大学への進学を目標とする学生も集まるようになって、自然と高校生の数も増えてしまったとの事。
ただ学園都市に高校は少なく、競争倍率を鑑みて既存の高校を拡張し続けた結果、マンモス高校が出来上がってしまったらしい。
守護都市もそうだが、望まれていた都市設計と現実は離れてしまうものなのだろう。
まあ高校は大きくなったものの学園都市の主要施設が大学と研究所である事には変わりなく、高校生の割合も全体の人口からすればそこまで多いわけでは無い。
つまり求められている都市の役割は忘れられていないので、問題もないのだろう。
守護都市も治安が悪い世紀末都市だが、国を守っているのでオッケーな扱いだし。
「アベルは学歴がどうのって言ってたけど、学校はどうしてるんだ?」
「通ってないですね。まあ試験を受けて大学に入れるようにと考えてますよ」
「……姉ちゃんと結婚するんだし、俺に敬語は使わなくていいよ」
トリスさんは気恥ずかしさを隠して、ぶっきらぼうにそう言った。
「そう。ありがとう、トリス」
「いきなり呼び捨てかよ。まあ、いいけどよ」
なんとなく和んだ雰囲気の二人に、シオンさんが声をかける。
「試験受けるって言っても、勉強はどうしてたの? 家庭教師?」
「ええ、シェスが」
「私はほとんど何も教えてないけどね。教科書と参考書だけでほとんど済ませちゃうんだもの」
「ふーん。頭いいんだな。まあいいや、それじゃあ俺はこれで」
「ええ。それじゃあまた」
「今度はうちに遊びに来てくださいね」
そんなやり取りをしてトリスさんと分かれて、今度はシオンさんが生活しているアパートへ足を向ける。
「シオンさんは薬学部ですか」
「うん。医療系の大学の中でも、小さい部署なんだけどね」
「でもすごいじゃないですか。新薬の研究とか、そういう事をしてるんですか」
薬学部のやってそうなことを他に思いつかないので、とりあえずそう聞いてみたが、その安易な推測はシオンさんに否定された。
「ううん。私は魔物や荒野の植物の成分分析。実験してデータまとめるの。まあその実験データ見て新薬に使えないか調べたりもするんだけど、まあ新薬として本格的に研究するのは別の部署だからね」
「……それってもしかして実験データを盗られてるってこと?」
シエスタさんが少し眉をひそめて物騒な言い回しをした。私の感覚からするとデータを取るところと、データの使い道を調べるところが分かれているのはそうおかしなことではないと思う。
だがシオンさんの顔を見る限り、シエスタさんの言葉を否定はしていなかった。
「まあ、そう言えなくもないけど、新薬で失敗があったらそいつらの責任になるし、そう悪いことばっかりでもないよ。
丁寧にデータとってレポート書けばある程度認めてもらえるし、論文を書く時間もあるしね。発表会で賞が取れればもっと良い待遇の部署か、あるいはもっと良い大学にも行けるから、今はそれが目標。
そんな訳で荒野で変わった植物や魔物を手に入れたら持ってきてね。私が解剖して調べるから」
「荒野で植物なんて滅多に見かけないし、魔物の死体は持って帰るのも保存するのも難しいですよ。
まあ学園都市に接続する前には気にかけときます」
「お願いね――と、あれ?」
大きな高校から離れたことですれ違う人たちが高校生主体から大学生主体に変わってくる。シオンさんが声を上げたのは、そうなってからしばし歩いたあとだった。
「――ああ、そうか。合同学園祭か」
シオンさんは大学の正門近くに建てられている看板を見てそう言った。看板はコサージュで彩られており、〈第二十八回都市大学合同学園祭〉と書かれていた。
正門から中を覗くと多くの出店が道沿いに立ち並び、その中には飲食だけでなく参加型アトラクションのような出し物も多く見えた。
「シオン、知らなかったの?」
「うん。そういえば最近研究室の外が騒がしいなって思ってたけど、この準備やってたんだね」
「……研究熱心なのもいいけど、あなたはもうちょっと外のことに関心持ちなさいね」
「あははは……。どうする? 寄ってく?」
シオンさんはシエスタさんの注意をはぐらかすように、そんな提案をしてきた。
「私はどちらでも構いませんよ」
「僕も。でも折角だから寄って行ったら? 大学の中の見学もできるだろうし」
マリアさんも私も学園祭そのものにはあまり興味がないが、兄さんはいずれ大学に進学するんだし、雰囲気を見て回ってもいいだろう。
「……そう、だね。それじゃあ帰るのが遅くならない程度に」
「よし。それじゃあ案内するね。まずは手荷物も多いし、ロッカー借りましょ」
シオンさんに先導され、私たちはその貸ロッカーコーナーに向かった。
ところで意図せずにトリスさんを除け者にしてしまったが、よかったのだろうか。
******
合同学園祭ということで、そのお祭りはいくつかの大学が共同で開催しているお祭りだった。
学園都市の大学は専攻の学門に特化した分、トリスさんの高校と比べて小さいものが多い。ただその分、大学同士が隣接しており協力する体制が出来上がっているらしい。
そしてこの合同学園祭も、普段は専攻の違う学生たちに交流の機会を与え、のちのちの協力体制の礎にするためにあるのだとか。
まあいつの時代もどんな世界でも人脈は宝で、学校ではそれを育む機会を作っているということなのだろう。
私たちは出店を冷やかしながら、いくつかの大学を渡り歩いていった。
兄さんが目を惹かれたのは経営学や経済学のコーナーで、作品展のように賞を取ったという論文とその解説が陳列されている部屋だった。論文をしっかり読む時間は当然ないので、解説を見てパラパラと流し読みをする程度だった。
魔法大学なんていうのもあり、その中では特別公開授業なんていうのもやっていた。
火を灯した普通のロウソクと、火を灯した坑魔呪鍊されたロウソクを並べて、魔力でこの火を消してみましょうというものだった。
普通のロウソクは火よ消えろと念じながら魔力を込めれば簡単に消えるが、坑魔呪鍊されたロウソクの方はそうはいかない。ただ初級の魔法で水を作り、それをかければ、簡単に火は消える。
それを見せたあとで、魔力そのものでは対象に干渉しづらい場合でも、魔力を別の形に変えてからならば干渉しやすくなるという講義をしていた。
ちなみにこれは正しいが、間違ってもいる。
土を剣に変えて高速射出すれば金属の鎧だろうとぶち抜けるが、生身の親父には何のダメージもない。人間の肉体が金属より硬いわけではないので、そこには親父が肉体を強化していることと、親父の持つ坑魔力が関係している。
人間や魔物の持つ抗魔力には、魔法の効果を消す力があり、親父ほどの高魔力になると魔法で作った剣が土くれに戻ったり、与えたはずの運動エネルギーが消えたりするのだ。
つまり何が言いたいのかというと、親父はずるい。
ただしかし魔法大学の講義を見に来ている人は初級魔法を覚えていればいい方の一般人が主なので、魔法の触りを教えるこの講義は妥当なものだろう。
私はそう思ったのだが、生憎と私の連れには大人気ない人がいた。
二つのロウソクが並べられ、まず普通のロウソクを講義をする学生が魔力だけで消し、その後でもう一方を講義を受けている人にやってもらおうと声がかけられた。
そして手を挙げた中から選ばれたのが、メイド服を着て目立っていたマリアさんだった。
「さて、初級魔法は使えますね。それじゃあ僕がやったのと同じように魔力行使でこのロウソクの火を消してください」
「ええ、わかりました」
学生さん、その人は上級魔法も使えます。私はその言葉を飲み込んだ。
そしてマリアさんは案の定、坑魔呪鍊をものともしない出力で魔力を発し、ロウソクの火を消した。
「え? あれ?」
「消しましたが、なにか問題でも」
私言われたとおりにやったので全然何も悪くないですよねと言いたげな態度で、マリアさんが小首をかしげる。
「え、あ、そ、そうですね。おかしいな。使いすぎてダメになってたのかな。ああ、すいません。ちょっと機材の点検をさせて欲しいので、今回の講義は一旦打ち切らせてもらっていいですか?」
テンパった学生さんがそう言って講義に使われていた教室からの退出を要求してきたので、私たちは素直にそれに従った。
「ええと、何だったの?」
「……マリアさんがやりすぎたんです」
「協力を求めた相手が失敗するよう仕向けているのが気に入らなかったんですよ。わかりやすい講義かもしれませんが、お客に恥をかかせることを前提にしているのは好ましくありません」
ああ、理由はちゃんとあったんだ。マリアさんの魔力からはドSな嗜好しか読み取れなかったから、勘違いしちゃった。
「セージ様は何か言いたそうですね」
「いえ、何でもないです。何も知らない人を笑いものにするなんて許せないですよね」
うんうんと、頷いておく。私は強いものには巻かれていくスタイルなのだ。
それからしばらく歩いて、今度は教育科の大学に着いた。
「なんだか人だかりがありますね」
大学の中央広場の方に人が集まっていたのを見て、シエスタさんがそう言った。
「あ、看板が出てる。〈鬼将軍に挑戦しよう〉だって。もし勝ったら参加費を十倍にして進呈だってさ」
「へぇ、何かのゲームですか?」
一対一の競技っぽいからテニスか、あるいはバスケの1on1かな。ちょっとやってみたい気もするが、スポーツは魔力を活用できるからズルになるんだよね。
「何って、鬼将軍なんだから格闘技じゃない?」
「守護都市と接続しているこの時期にですか?」
マリアさんの言葉に共感して、私も首をかしげた。
大学の学園祭に興味を持つ守護都市の実力者なんてそうはいないだろうから、まあやってもおかしくはないのかもしれないが。
「うん。あれ? 母さんから守護都市でも有名な戦士だったって聞いてたんだけど、知らない?」
シオンさんの言葉にマリアさんと顔を見合わせる。お互い聞いたことのない二つ名だった。
「まあ中級の下位ぐらいなら、よくわからない二つ名を自称しているものですが……」
「そうですよね。僕も中級中位ですし、(天使なんて恥ずかしい二つ名は)そんなに知られてないでしょうからね」
「いえ、セージ様は新聞報道されているのでもう定着しているかと」
ドSメイドさんは私の希望を打ち砕かないで欲しい。
ええ、知っていますよ。一年前に祝勝パレードをブッチした後の新聞でしっかりはっきり英雄と天使は不参加って報道されましたよ。
ご丁寧に親父のもう一つの通り名である魔人と合わせて、天使の二つ名についてもばっちりと解説がなされましたよ。
「あー、そうなのかな。でもお母さんは昔から強かったって言ってたんだけどなぁ……。
もしかして、二人なら勝てるの?」
「さあどうでしょう。勝てるとは思いますが、当の本人を見ないとなんとも。折角ですから挑戦されてみますか?」
「いえ、目立ちたくないのでやめておきます」
マリアさんに水を向けられたので、素直に断っておく。
イベントの参加費は一番安い紙幣一枚なので、その十倍といっても勝利報酬は高額紙幣一枚にしかならない。
いや断る理由はお金ではなく、目立ちたくないというのが本心なのだけどね。
色々イベントの多い今生だけど、私はもうちょっと穏やかな毎日を送りたい……。
「私も遠慮しておきましょう。こういった場で弱い者いじめをするのも気が引けますから」
マリアさんも気乗りしないようでそう言った。
地元の有名人を軽くみられる事が少しだけ気に障ったのだろう、シオンさんがやや不機嫌に口を開いた。
「……すっごい自信。鬼将軍って言うと、学園都市の英雄なんだけどなぁ」
少し気を悪くしたシオンさんを取りなすように、兄さんが声をかける。
「へぇ、そんな人がいるんですね」
「うん。守護都市の名門道場マージネル家の騎士さまで、アール・マージネル様なんだけど、本当に知らない?」
「気が変わりました。ちょっといじめてきます」
アールさん逃げて。ドSメイドが目を輝かせてるから超逃げて。
いや、まあ冗談は置いておいて、マリアさんの嗜虐心は結構真剣な感情だったりする。
……もしかしてだけどマリアさんって、一年前にアールさんがやったこと、まだ許してない?
作中補足~~二つ名について~~
セージ →天使、あるいはオカン
ジオ →英雄、あるいは魔人
ケイ →新世代の魔人、あるいは天才
ラウド →飛翔剣、あるいは最強の皇剣
マリア →破壊魔、あるいは天才美少女
アール →鬼騎士、あるいはかませエリート
リオウ →銀英騎士、あるいは犬騎士
アシュレイ→戦技万才、あるいは性技万才
アリス →エロフ、あるいは安エルフ
クライス →暴風、あるいは甲斐性なし
デイト →不死身、あるいは死神
※ここで紹介した二つ名は一部であり、現役時代のもの、広く認知されているもの、あるいは多数が使っているわけではありませんが悪意の込められたものをピックアップしてあります。