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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 主人公は私だ
187/459

182話 お留守番は退屈です

 





 セージとアベルがシエスタの実家に泊まった、学園都市に接続されて最初の日曜日。

 残された家族はというと、普段通りの生活を送っていた。


 道場や託児所は休日だが、自主練習にやってくる生徒はちらほらといて、カインとセルビアはそれに混じって汗を流していた。

 ジオは珍しく自発的に収支の帳簿――助成金をもらうために毎月提出の義務がある――をつけていたが、すぐに飽きて道場で子供らの相手を始めた。


 マギーは家事などをしていたが、掃除や洗濯はジオが、昼食の準備はカインが、庭の手入れはセルビアがそれぞれ手伝ってくれたので、それほどやるべきことはない。

 道場に行ってみようかとも思うのだが、生憎とマギーには剣の鍛錬は見ていて楽しいものではない。


 いや、頑張って汗を流している人を見るとすごいなと思うし、その真剣さを応援したくもなる。

 幸いな事に保育士を雇って普段から時間が余ることも増えたので、道場の子らに冷やしたタオルや水を持っていたり、試合をしている子らの応援をした事もある。

 だがその際に目に見えてジオが不機嫌になったのだ。


 ジオが不機嫌になったのにはマギーぐらいしか気付かなかったが――その時はセージもアベルもいなかった――邪魔になったのだろうと思って、それ以降はあまり道場には行く気になれなかった。


 実情としては道場生(♂)が、マギーに優しくされたことで俺に気があるんじゃないかと勘違いし、それをジオが察した事が不機嫌になった事が原因なのだが、男心にも父親心にも疎いマギーが気づくことはなかった。

 そしてそんなマギーの考えにジオが気づくこともなかった。


 そんな訳で広い家の中で一人ぼっちになっているマギーは、やはり一人で使うには広すぎるリビングでぼんやりと刺繍に勤しんでいた。

 刺繍は最近始めた趣味だった。

 家の収入がセージに頼りきりだと知ってから、なんとか自分でも稼げるようになろうと色んな事に手を出したが、一番向いていると思えたのがこれだった。


 チクチクと、無地の布に針を刺し、糸を通していく。

 簡単に上手くはいかない。初めて作ったのは花の刺繍のハンカチだったけれど、誰も花だと分かってくれなかった。

 簡単には終わらない。何十回と繰り返して、ほんの一部の模様しかできない。

 でもだからこそ嫌なことを考えずに、可愛いものを作りたいと無心になれた。


 いつか売り物にできるぐらい立派なものができたら、セージに危ないことをさせないで済む。カインやセルビアにだって危ない仕事をしちゃダメだって言えるようになる。

 ジオ()アベル()がダメだから、姉の私がしっかりしないとと、マギーはそう思った。


 そうして一心不乱に針を使って布と格闘していたら、カランカランと、来客を告げるドアベルがなった。

 その音に驚いたマギーは針を指に刺してしまった。


「痛っ」


 針はそれほど深く刺さっていない。ただそれでも痛みはあって、咄嗟にマギーは針を抜いた指に手に持っていた布を当てて抑えてしまった。


「――あっ! ……私の、バカ」


 作りかけの布に、刺繍とは違う小さな赤い染みが出来てしまった。



 ******



「やっほー。マギーちゃん。セージくん居る?

 ……どうしたの?」


 玄関の方へ行くと、陽気な笑顔のアリスが入って来ていて、しかしマギーの顔を見て心配そうにその笑顔を曇らせた。


「いえ、ちょっと失敗しちゃって。

 セージはいないです。今日中に帰ってきますけど、何時になるかはわからないです」

「あー……、そうなんだ。午前中なら捕まるかとも思ったんだけど」

「何か御用だったんですか?」

「うん。セージ君に指名依頼が二つ入っててね。この時期はギルドに来ないだろうから、直接声をかけに来たの」


 そう言われて、マギーは目の前のアリスがセージにギルドの危ない仕事を斡旋する受付嬢だということを思い出した。


「別にもうお金に困ってないから、そんな仕事しなくていいんじゃないですか」

「……えっと、報酬も多いけど、それよりも偉い人からの指名依頼だから、理由もなく断らないほうがいいんだよ」


 マギーの声にやや非難めいた色を感じて、アリスは困ったように言った。


「マギーちゃん、どうかしたの?」

「べつに、どうもしてないです。それじゃあ、セージが帰ってきたら伝えておきますから、それでいいですか?」

「え、あ、うん。

 ……どうもしてないって事はないよね。何か嫌なことがあった? お姉さんなんでも聞くよ」

「別にないです」


 取り付く島もない拒絶に、しかしアリスは気にすることもなく踏み込んでいく。


「いいからいいから。ほら、今日暇なんでしょ。私も予定ないから一緒にお茶しよう」

「べ、別に暇じゃないです」

「遠慮しなくていいんだって。ほらほら。いつも家にいたら息が詰まっちゃうでしょ。お姉さんがおごってあげるから、外に遊びに行こう」


 弱々しく抵抗する素振りを見せるマギーになんだか楽しくなってきて、アリスは強引に誘う。

 そこに声をかけたのは、ドアベルを聞きつけてやってきた新しい人物だった。


「……何をやってるんだ?」

「あ、ジオ様。マギーちゃんに遊びに行こうって誘ってたんです。借りていきますね」

「ふむ。わかった。夕方までには帰せ」

「お父さんっ!?」

「わかりました!!」


 マギーが非難めいた悲鳴を上げるが、それはアリスの気持ちのいい返事にかぶせられ消えてしまった。

 そしてマギーはアリスに抱き抱えられて、そのまま外へ取れ出されていった。


「……ふむ。気晴らしになればと思ったが、間違いだったか」


 遠ざかっていく二人を見送りながら、ジオはそう零した。二人を呼び止めようとは、しなかった。



 ******



 二人は適当な喫茶店に入って、文字通りお茶を飲んでいた。

 当初は無理やり外に連れ出されて不機嫌にしていたマギーだったが、しかしめげずに話しかけてくるアリスに言葉を返すうちにそのイライラも消え、溜まっていた愚痴をこぼし始めた。


「だってアベルは一番年上の兄なんですよ。もう大人なのに、結婚するけど生活費は出して欲しいなんておかしいじゃないですか。

 それなのにお父さんもセージもそれでいいって、おかしいじゃないですか」

「あ、うん。でも大人って言っても十五歳だしね。私が十五歳の頃なんて狩りの練習始めたぐらいで、全然子供だったよ」

「アリスはエルフじゃない。お父さんもだらしないのに、アベルまで……。それにカインもセルビアもセージみたいに危ない仕事をしたいって言うし」

「ああ、うん。そうね。そうよね。危ないのはよくないよね」

「そうなんです。それなのに二人は全然私の言うこと聞いてくれなくって、セージに言ったって本人がやりたいって言うんならって。絶対セージがダメって言ったら止めるのに。そもそもセージがギルドの仕事なんて止めればいいんです」

「あ、うん。わかるよ。気持ちは良くわかるよ」

「ですよね。私、間違ってないですよね」

「うん。そうだね。マギーちゃんは間違ってないよ」

「そうですよね。そうです。だからアリスからもセージに言ってやってください。もうギルドの仕事なんて辞めてって」

「ああ、うん……そうだね。一応、言っておくよ」


 相槌を打つ機械と化していたアリスは少しだけ正気に戻ったが、しかし反対しても面倒だろうなぁという気持ちからやっぱり無難な相槌を打つにとどめた。

 ただマギーとしてはそれでも不満で、頬を膨らませた。


「もう。ちゃんと聞いてるんですか」

「聞いてる。聞いてるよ。それで、何の話だっけ」

「聞いてないじゃないですか、もう。アベルです。勉強するって言ってたけど、今までだって仕事をしながらやってたんだから、そうすればいいのに。

『それだけじゃ足りなくなった。いや足りないのは気づいていたのに、遠慮してたんだ。でもこれからはしない』って、格好つけて。

 全然格好よくないですよね。弟にお金ねだってるんですよ」

「ああ、うん。確かにちょっとそれはダサいね」

「でしょ。勉強なんて……、セルビアだって学校で楽しくやってるみたいで、それは良い事なんだけど、大人になってまでそんな遊んでるなんて、良くないじゃないですか」


 まるで酔っ払いのようにエンドレスに愚痴を吐き続けるマギーを相手にしながら、アリスはのんびりとお酒でも頼もうかなーなどと思う。実際には頼まなかったが。

 そしてやっぱり家の中に閉じこもっていると愚痴って溜まるもんだなー、と思いながら適当に相槌を打ち、ふと壁に掛けられたポスターに目が止まった。


「あ」

「それで――、なんですか?」

「ねえ、マギーちゃん。学校って興味ある?」

「え?」

「だからほら、セルビアちゃんとか、アベルくんが行くっていう学校」

「え、そ、それは――」


 本音を言えば、興味はある。素直に白状するのならば、マギーは学校というものに行ってみたかった。


 でもそれは家族の負担となるし、守護都市にあるのは騎士になる為の学校だけだ。

 小さな子供の頃ならともかく、十四歳のマギーに本格的な訓練が始まっている騎士養成校に入れる道理はなかった。

 だからイエスとは言えず、しかし誤魔化すための嘘もつけずに言葉に詰まった。

 アリスはそんなマギーの態度を気に止めず、壁のポスターを指さして言葉を続けた。


「今日学校のお祭りをやってるから来てくださいって。行ってみよう?」

「え? え?」

「ほら、それじゃあ行くよ」


 アリスはそう言うとすっかり冷めてしまっていた渋い紅茶を一息で飲み干し、席を立った。

 マギーは狼狽えながらもアリスに続いて席を立った。

 いきなりの提案と行動に驚きながらも、少しだけ期待を胸に抱いて。





~~二人が学園都市に降りる際~~


税関官吏「それではお二人で××××××になります」←日本円換算で四万円を請求されたとお考えください

アリス (え? 嘘? 通行税ってそんなに高かったっけ?)←もっと安いと思い込んでいた

マギー 「あの、アリス。無理しなくていいから。べつに私学校に行きたいってわけじゃないし」←お小遣いは持ってきていたけど自分の分の通行税も払えないので遠慮している

アリス 「ううん。べつに全然平気だから。ちょっとびっくりしただけだから」←見栄を張っている事を心の中で後悔している

マギー 「そ、そうなの」←大人の人だからお金はたくさん持っていると思い込んでいる

アリス 「うん。でもちょっと財布の中身が少なくなってきたから、学園都市のギルドによるね」

マギー 「う、うん。でも無理しないでね」

アリス 「全然平気だって。それじゃあめいいっぱい遊ぼう!!」←持てる演技力を最大限発揮

マギー 「お、おー!!」

税関官吏「お支払いありがとうございました」

アリス 「あの、そう言えば守護都市に帰るときも税金って取られますよね?」

税関官吏「はい」

アリス 「あははー、そうですよねー」←ヤケクソな笑い

マギー 「……本当に良かったんだろうか」

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