181話 二人の想いが重い
「それじゃあ、あんたのせいだったの、ミリー」
「あはははは、ごめんねー」
シエスタがエリックを昏倒させてから、いくらか時間は流れた。
シエスタは村の駐在騎士に引渡し、殺人未遂にその他もろもろ付けられるだけの罪状を付けてエリックを死罪に持っていこうとしたが、それを察したセージが全力で止めたため騎士に引き渡されることはなくなった。
現在のエリックは治療を施してセージとマリアが泊まるホテルの一室に軟禁をしていた。
反省をしているようならという条件付きで、無条件解放することをセージがシエスタと約束したからだった。
そしてトート家では夕食会を終え、セージとマリアはそのホテルに引き上げている。もっとも護衛のために今はマリアがトート家の近くに潜んでいるので、ホテルで休んでいるのはセージだけだった。
夕食会は騒ぎを聞きつけた村人が村の出世頭であるシエスタの婚約者に興味を移し、食材を持ち寄った即席のバーベキューとなった。そしてそのバーベキューには仕事を早めに終えた友人のミリーも参加していた。
ミリーはシエスタの高校時代の友人ということで、エリックとも交流のある人物だった。
既に結婚し、夫を持つミリーには相談したいこともあったため今回の帰郷を手紙で伝えていたのだが、何を血迷ったかかつての恋人であるエリックにそのことを教えたのだった。
「おかげでこっちは大変だったのよ」
「だからごめんって。アイツよくうちのお店に来るからさ。つい、ね?
ほら。
だって二人が別れたのってもう十年近く前でしょ。
今更こんな事するなんて思わないしさ。それに何とも無かったんだから許してって」
夕食会が終わってもミリーはトート家に残っていた。
街までは少し距離があり、相談事のために呼び付けている事もあって今夜はトート家に泊まってもらう予定だった。
ちなみに学生時代にもたまに泊まりに来ていたミリーだったが、学生時代と違ってシエスタの部屋ではなく、妹のシオンの部屋に泊まることになっている。
そんな訳で今はトート家のリビングで、ミリーとアベルを交えて食休みにのんびりと雑談をしていた。
「……もうっ」
「はは……。まあ、シェスもそれくらいで」
「ほら。ほら。若い旦那もこう言ってるんだから」
「ミリィ……」
「ちょっと、怖い怖い。
でも、シェスも結婚か……。式にはちゃんと呼んでよね。私の時には来てくれなかったけど」
いい加減責められるのも辛くなってきたミリーが、やんわりと言い返す。
「うっ。それは、仕方ないじゃない。招待状が届いたの、結婚式が終わってからだったんだから」
「ああ、守護都市だもんね。ほんとに手紙が届かない都市なんてあるんだね」
この国の八つの主要都市はそれぞれに特色が有り、馴染みのないものにはそれが奇異に映ることは珍しくない。
ただその中でも守護都市は治安が悪い、あるいは公共サービスが酷いなどの、不名誉な特色が語られることの多い都市だった。
「本当にね。シェスとアベル君は、結婚しても守護都市に住み続けるんでしょう? どうせなら学園都市に移住すればいいのに」
「いえ。折角ですけれど、あそこでやりたい事があるんです」
「やりたいことって、あの男に言ってた名家の当主になるってやつかよ」
「それはまあ、やりたい事をするための条件ですね。権力がないと出来ないことがたくさんあるので」
アベルは頬をかきながら困ったように曖昧にほほ笑んだ。
この国を優しい国にする。守護都市を優しい都市にする。
それが荒唐無稽な子供の夢だということを、アベルは理解している。
だからまだ今は、アベルははっきりと口にはしなかった。
その夢は、シエスタのように共有できる相手にのみ明かす事のできる、大事な想いだったから。
「……ずいぶん簡単に言ってるけど、それ、口だけで終わるんじゃねーの」
「トリスっ」
「いいよ、シェス。うん。まあ、そうならないように頑張るつもりですよ」
「けっ。言い返してこないのかよ」
「口喧嘩に勝っても意味のない話ですからね」
そう言われたトリスは、年下のアベルが立派な大人に見えて口をつぐんだ。
それを見かねたシオンは、話題を変えようと口を開く。
「そう言えばシェスがあんなに怒ったところなんて初めて見た。あの子……、セージ君は、別に危なくなかったんでしょ?」
シオンはトリスとともにセージの実力の一端を肌で感じている。もっとも信頼できるほどに知ってはいないのでナイフを突き付けられたところを見たときは心配もしたし怖くもあった。
ただ事が終わったあと、セージや実力者のマリアになんの緊張感もないことを思い出し、またエリックを取り押さえた後のやり取り等を経て、その結論に至っていた。
「う、うん。まあ、ね」
「……あいつは特別だからね。一般人のナイフじゃあ傷一つつかないし、指一本動かさないで気絶させることも出来たと思うよ」
アベルがそう言うと、トリスが口をへの字に曲げた。
「じゃあ姉ちゃんがあんなことする必要なかったじゃん。ナイフ持ってて危なかったんだし」
「……うん。そうね。私に何かあれば迷惑がかかるし、大人しく任せたほうがよかったかもしれなかったね」
シエスタの言葉に噛み合わないものを感じて、トリスは頭をひねった。
「いや、じゃなくて……護衛、なんだろ。子供だから変だけど、護衛ならやって当たり前じゃないのか」
「そうだけど、ううん。そうじゃなくて。セージさんがお母さんを庇ったの、気づいてない?」
「あ……。いや、それは、確かにそうだったけど、それも……」
「うん。護衛の仕事の範疇かもね。でも助けてもらってるでしょ。
それにね。セージさんは優しいの。自分が何をされても気にしないくらい優しすぎるの。
だから、周りにいる人が怒らないと、バランスが悪いのよ」
その言葉にアベルは苦笑して、他の面々は意味がわからないと頭をひねった。
「あいつは特別なんだ。困ったことにね」
「うん。それにお母さんだけじゃなくて、私も何度も命を助けてもらってる。だからセージさんに失礼なことすると許さないから、そのつもりでいてね」
「お、おう」
トリスはシエスタから得体の知れない圧迫感を受け、かろうじてそう答えた。
「ねえシェス、今、命を助けてもらったって言った?」
「あ、うん。いや。ほら、守護都市だから。ちょっとよくわかってなくて危ない目にあったりなんかしたことが……」
「シェス!?」
「いや、今は大丈夫だから。上級の護衛も雇ってるし、英雄の家に住んでるんだから」
「あ、アベル君。娘は本当に大丈夫なのかね」
「え、ええ。危険がないとは言いませんが、僕も微力を尽くして守りますし、セージがいるので、大丈夫です」
「危険があるの!?」
「いや、違うの。ちょっとやりすぎて反感買ったせいだと思うの。これからはもっと上手くやるから。そんな危ないことにはならないから」
「反感って何? 何かおかしなことをはじめてるの?」
「シェス!! 結婚なんていいから家に居なさい」
「お父さんそれはおかしい!!」
その夜、結婚よりも守護都市に住み続ける事を認めてもらうのに、シエスタとアベルは相当な苦労をすることとなった。
そんな深夜に渡って紛糾する家族会議を、不寝番で護衛をしているマリアが聞くとはなしに耳に入れていた。
「……まあ、心配してもらえるのはいいことですよね」
きれいな星空を見上げながら、のんびりと独り者のマリアはそう言った。
たぶん私が実家に帰ってもお金の無心をされるだけで心配なんてされないんだろうなーと、寂しく思いながら。
◆◆◆◆◆◆
エリックさんを懲らしめた後にその処遇で少し揉めたが、それ以外には何事もなく順調に話は進んだ。
シエスタさんの友達のミリーさんもやって来て、夕食会――というか村をあげたちょっとしたお祭り――は和やかで賑やかなものだった。
エリックさんに今日シエスタさんが帰ってくるのを教えたのがミリーさんだと判明し(同じ学校の友人だったので悪意なく教えたらしい。エリックさんがナイフを持ち出して暴れた事を聞いて、ひどく驚いていた)、シエスタさんがちょっと不機嫌にもなったりした。
ただ娘のことをよろしくと兄さんはお父さんからしっかりと頼まれ、それを見てすぐに気をよくしていた。
そして親父のことは怖がられると思っていたが、シルクさんがファンだったらしく、ぜひ会ってみたいと言ってくれた。
この分なら引き合わせてもそう問題にはならないだろう。いくら親父でも、きっと大丈夫なはずだ。
婚約ということで文書を交わしたり、あとは結納のこととかもシエスタさん主導で話を進めて、特に問題はなさそうだった。
まあシエスタさんは両家の資産状況を把握しているし、信用できる女性なので全部任せちゃっていいだろう。
そもそも私は八歳の子供で、今回は護衛としての参加なので、口を挟むのもおかしな話だし。
そしてエリックさんだが、騎士に突き出すのはやめておいた。
八歳児の私にナイフが突きつけられたことでシエスタさんを筆頭に村人たちも多くが許しちゃいけないと息巻いていたのだが、まあ実際に危険があったわけではないし、ついでに言えばシエスタさんに吹っ飛ばされたことが良い方向に作用したようで、エリックさんの気持ちがはっきりと冷めたのが大きな理由だ。
ちなみにエリックさんはその平手打ちで顎が外れたので、脳震盪と合わせて治癒魔法で治しています。
もしもこの世界に魔法がなければ、しばらくは流動食しか食べられなかっただろう。そして脳震盪の方は治癒魔法では完全には治りませんでした。
マリアさんはやりすぎだと怒られても仕方ないのかもしれません。
そして夕食後はホテルを利用し、護衛役の私とマリアさんは交代で睡眠をとり、一夜が明けた。
魔力感知で見ていたところ夜中に会話が盛り上がっている様子もあったが、まあ上手く収まったようだった。
なお不寝番で護衛についていることはシエスタさんも兄さんも知らない。
村の中なら大丈夫と楽観主義を発揮していて、でもせっかくなので気を休めて欲しいと思って特には何も言わずに護衛をしたので。
話を戻すが、この小旅行は土日を使った一泊二日の旅行で、つまり明日は平日の月曜日だ。
そんなわけで早めに帰宅するため、朝のうちにトート家を後にした。
その際に、兄さんはシルクさんから何かしらが入った紙袋をもらっていた。まあ深くは突っ込むまい。
そして村からはのんびり歩いて街にたどりつき、馬車に乗って学園都市を目指す。
まあ行きとは逆の工程なだけなのだが、帰りの馬車には同乗者が三名いた。
「言ってくれれば、行きも一緒にできたのにね」
「仕方ねぇよ。姉ちゃんが守護都市にいるなんて知らなかったんだし」
「そうそう。シェスの方こそ、言ってくれてれば良かったのに」
「あはは。まさか二人も帰ってくるなんて思ってなかったから」
「いや、帰るだろ。何年かぶりに姉ちゃんが帰ってくるって言うんだから」
「うん。それもこんな格好良い子連れてくるんだから。
あ、ちなみにだけど、一番無駄足だったのってお父さんだからね。シェスが帰ってくるって、大慌てで学園都市まで知らせに来たんだから」
「あはは。ごめんね」
馬車の同乗者は学園都市で生活しているシオンさんと、トリスさん。
そして同じく学園都市で生活しているエリックさんだった。
そのエリックさんは居心地悪そうに隅で小さくなっている。
放置はできなかったので、昨晩は私たちと同じホテルに泊まっており、マリアさんに慰めて欲しそうに擦り寄って殴り飛ばされて、さらに意気消沈するなんてこともありました。
隅で小さくなってはいるんだけど、時折こちらをチラチラ見てくるのが気になる。
私はその視線に屈して、声をかけることにした。
「……まあ、元気出してください。女の人なんてたくさんいるんだし。名門大学の先生なら、合コンの相手だってたくさん見つけられるでしょ」
我ながらどうかと思う慰めの言葉だが、他にかける言葉も見つからなかったのでそう言った。
ちなみに面倒なので放っておくか、馬車の空気が湿っぽくなるから放り捨てたいのが本音なのは内緒である。
「補助講師って、本当は偉くないんだ。俺、その中でも下っ端だし……」
どよーん、とした空気を背負って、エリックさんが言った。体育座りとかが似合う雰囲気だった。
「で、でも名門大学なんですよね。すごいな。勉強できるんですね」
「二浪したけどな……」
こっちから話しかけておいてなんだけど、コイツ面倒くさい。
「セージさん、そんなゴミと話してたら肺が汚れますよ」
そしてシエスタさんがひどい。
「……ぐすっ」
あ、エリックさん泣き出した。
まあいいか。どうせ関係ない他人だし。
馬車が学園都市に着いたらさっさと別れよう。それがお互いの為だ。
~~その日の朝~~
トリス「――なんだよ姉ちゃん、こんな朝早く」
トリス「――え? 使ってない制服?」
トリス「――いや、まああるにはあるけど……」
トリス「――いや、ここにはねぇよ。制服なんて全部寮に置いてるもん」
トリス「――中学の時の? それならあるけど、母さんに聞いてよ」
トリス「――サイズ? 覚えてないな。たぶん身長はアベルと同じぐらいだったけど」
トリス「――でもアベルは高校いかないんだろ。何に使うのさ」
トリス「――え? なに? ちょっとなんで顔赤らめんの? 本当に何に使うの? ちょっと待って姉ちゃんっ!!」
↓未明より不寝番を代わっていた人↓
セージ「僕は子供だから何の話をしてるかわからないなぁ……」←深い意味はないが両耳をふさいで、聞いていませんと、ポーズを取っている