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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 主人公は私だ
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178話 守護都市の戦士は強いんだぞ

 




「来たか坊主。血も抜けたし、先に捌き始めたぞ」

「あ、すいません。場所をお借りした上に、ご面倒おかけします」

「がはははは。子供がそんな言葉使うもんじゃないわ。背中が痒くなって仕方ない」


 村で猟師をやっているおっさんは、セージの言葉を豪快に笑い飛ばした。

 場所は村はずれにあるおっさんの家のそばで、様々な道具をしまってある納屋の前の作業場だった。薪の束が積み重なり、作りかけの家具がそこらに散乱していた。

 そんな中で目を引くのは首を落とし、皮を剥がされ、内臓をくり抜かれたホーンラビットの死体だった。


「……思ったよりグロくないね」

「そ、そうか?」

「まあ、死体のおどろおどろしいところは目ですよね。たぶん落とした首をみれば、いい感じにグロイと思いますよ」


 セージが善意でそう言うと、シオンとトリスは盛大に一歩引いた。


「え、な、何なんですか。グロイのが見たいっていったからじゃないですか」

「そうかもしれないけど、やっぱり普通じゃないんだね」

「いや、待ってください。今のは気を遣っただけですからね。僕個人としては生き物の解体とか死体に興味はないですからね」


 何か良からぬ誤解をされていると弁明するセージに、シオンとトリスの疑いの目が突き刺さる。


「……でも殺したんだろ。うん? いや、殺したのはあのマリアって人か?」


 メイド服のマリアを思い出しながら、トリスはそう言った。

 実際のところトリスにもハンターの知り合いはいるが、そちらのほうがマリアよりもよほど屈強な体つきだ。

 守護都市の上級は、ハンターの上級とは比べ物にならないくらい強いということは聞き及んでいても、本当にマリアがその知り合いよりも強いとは思えない。

 ただまあそれでも角の生えた兎ぐらいは簡単に狩れるのだろうと、そう口にした。


「いえ、僕ですね。本当に魔物がいないか調べてたら見つけて、マリアさんが久しぶりに食べたいって言ったんで、狩りました」

「……これ、魔物なんだよな」


 トリスが重ねて疑問を口にする。

 魔物といえばトリスのような一般人は決してまともに相対してはいけない相手だ。もし外を出歩いていて魔物を見つけたら、すぐに逃げるよう学校では習っていた。

 そんな怖い魔物が、英雄の息子とはいえ八歳の子供が散歩でもするかのように気楽な調子で狩れるものなのだろうか。


「まあ弱っちいし臆病だから、魔物って言っても大人ならそんなに怖がらんでもええけどな。

 しかしそんな簡単に見つかるところにいたとなると、子供らは注意しといたほうがええかもしれんな」

「……そうですね。注意するに越したことはないと思います」


 セージの魔力感知があればこそ簡単に見つかったが、実際にはホーンラビットは道から外れた森の、それもかなり奥の方に隠れていた。

 荒野から結界をくぐり抜け、そして繁殖を繰り返し世代を重ねた魔物は人間と敵対することの危険を理解しており、基本的には人間と関わらないで済むようひっそりと隠れて生きている。

 無論、その縄張りを荒らせば牙をむくが、少なくともゴブリンほど害のある魔物ではないので率先して狩る必要もなかったし、そう恐れる必要もない魔物だった。

 とはいえ防犯や自衛に気を配ることはいいことなので、セージもおっさんの懸念を否定することはなかった。


「……ふん。まあ、子供でも狩れる魔物だしな」

「……ああ、トリスさん。その認識は改めてください」

「は?」


 小さな子供であるセージの嗜めるような言葉に、反射的にトリスは反感を覚えた。


「いえ。僕は子供ですが、あなたの百倍は強い。僕のような子供が狩れるから、魔物を侮っていいなんてことはありません」

「な、なんだよ」


 だがセージの声も視線もとても真剣で、トリスの感情的な反感はすぐに小さく萎んでしまう。

 だが小さな子供に萎縮させられたという事実は、トリスの心に新たな反発を生んだ。


「それじゃあなんか証明してみせろよ。ギルドっぽい事してさ。お前、強いんだろ」

「ちょっと、トリス」

「……ええ、いいですよ。間違いが起きてしまってはシエスタさんに申し訳が立ちませんから」

「おい、姉ちゃんは今かんけ――っ」


 トリスの言葉が、詰まった。


「あ、あ……」

「ちょっと、どうしたっていうの!?」


 トリスは口をパクパクと開閉させ、意味のない呻きを漏らす。その顔色は青く染まって冷たい汗を噴き出していた。


「今あなたが感じているのが下級上位相当の圧力です。ハンターの上級ってやつですね」


 その状況を作っているセージは、淡々とした口調でそう説明した。


「では、一段上げます。辛かったら言ってください。止めますので」

「ひぃぁっ!!」


 セージはトリスに与える魔力の圧力を、言葉通りに一段階引き上げた。その不可視の圧力に、トリスはたまらず尻餅をついた。

 当然のことながらトリス以外には影響を及ぼしていなかったが、多少は闘魔術の心得のあるおっさんはセージの放つ魔力を感じ取って驚愕していた。


「これが中級下位の圧力です。結界の中にはこれが出来る魔物は入ってこないと言われていますが、だとしてもこれに耐えられる魔物はいくらでも入ってきます」


 セージはそう言うと放っていた魔力を押さこむ。

 圧力から解放されたトリスは、酸素を求めて荒い息を繰り返す。

 セージはそんなトリスの肩を労わるように優しく撫でた。


「すいません。怖かったですよね。でも、魔物や守護都市の危ない人は、本当に危ないんです。なので、挑発するような事は止めてください」

「わ、わかった。……わかり、ました」

「……敬語はやめてください。すいませんでした」


 トリスはこの時、セージが見た目通りの子供ではないと、子供の姿をした化物だと感じた。

 そんな感情が見えているから、セージは困ったように笑って誤魔化すことになった。


「……結局、なんだったの」

「ええと、うーん。口で説明するのは難しいんですが……」


 セージはそう言うと、普段は体内に隠蔽している魔力を体の外に纏わせた。

 それは本来のランクである中級中位にふさわしい魔力量だったが、トリスにしたのとは違って指向性を持たせることもなく、害意も込めていないただの魔力だ。


 それでも一般人であるシオンには感じるものがある。

 例えるならそれは猫が見知らぬ人間を恐れる感覚に近い。

 たとえその人間に悪意がなくとも、自分よりはるかに大きな生き物というのはそれだけで脅威なのだから。


「これを、ちょっときつめにしてトリスさんだけに送りました」


 セージはそう言うと、外に漏らしていた魔力を体内に戻した。

 緊張から解き放たれたシオンは、思わずため息を吐いた。


「う、うん。なんとなくわかった。

 ……トリス、大丈夫?」

「あ、ああ」


 トリスは起き上がって、お尻についた砂汚れを手で払った。


「びっくりしたなぁ。こんなちっこいのに、一端の戦士なんぞな。いや、本当にびっくりだ」

「ははは……。なんか、すいません。

 ところで狩ってきておいて何なんですが、ホーンラビットのお肉ってどんな味なんですか?」


 セージはやりにくさを感じて、話題を変えることにした。


「うん? 食べたことないんかい」

「ええ。荒野で見かけるような魔物じゃないんで、守護都市では売られてないんですよ。

 外縁都市で買うにしても、普通の家畜のお肉を買うほうが安くて安心ですからね」

「まあそれもそうか。肉質は少し固めで噛みごたえがあるから、シチューなんかによくするな。薄く切って焼くのもありだな。

 ……ほれ、できたぞ。約束通り角と皮はもらうぞい」


 おっさんは綺麗に骨や内臓から切り分けた生肉を大きな葉っぱでくるみ、セージに手渡した。


「ああ、何から何までありがとうございます。お肉も、一頭丸々は多いので、ちょっと貰ってください」

「いいのか。悪いな」

「いえいえ。こちらこそお世話になりました。

 それじゃあ行きましょうか」


 セージはそう言ってシオンとトリスに声をかける。


「うん。またね、おじさん」

「それじゃあな」

「おう。気をつけて帰れよ」



 ******



 村はずれでお肉を手に入れて、しかしそのまま帰るのも味気ないということで、トリスたちはセージに村の中を案内しながら少し遠回りをして帰ることにした。

 もっとも村には特段見るものはなく、雑談の話題も村とは関係のないことが主となった。


「お二人は学園都市で生活してるんですか?」

「うん。まあね」

「俺は寮で、シオンはアパートで一人暮らしだけどな」


 自分も一人暮らしが良かったと、トリスは不満気にそう言った。


「寮って言うと、トリスさんは相部屋なんですか?」

「ああ。気ぃ使うし、はやく大学に行って、アパート借りたいんだけどな」

「でもトリス、一人暮らしなんてできるの? 掃除とか炊事とか、結構面倒よ」

「シオンが出来てるんだから、俺だって出来るだろ」


 事も無げにトリスは言うが、シオンは疑いの眼差しを崩さない。


「私は家にいた時から家事手伝ってたし。あんた自分の部屋の掃除もろくにしないじゃない」

「しようと思ったら母さんが勝手にやってるんだよ」

「ははは。まあどこも同じですね」

「セージくんも部屋の掃除はお母さんにしてもらってるの?」


 その質問に、セージは少し迷った。

 当たり障りなく返すことはできるが、今後の付き合いを考えれば早い内に伝えておいた方が良いだろう。


「……ああ、いえ。僕はもともと孤児で、拾ってくれた父も独り者なので、母はいないんですよ」

「あっ……。ごめん」

「いえ。気にしてないので、お気になさらずに。

 部屋の掃除をしないのは二番目の兄ですね。放っておくと無制限に散らかすので、姉さんや僕が時折掃除してます」


 微妙な空気は望むところではないので、セージはすぐに話を戻した。


「兄貴の部屋の掃除をするのかよ……」

「ええ、わりとダメな兄でして。料理は出来るんですけどね」

「それじゃあトリスの方がダメよね」


 シオンが頷くと、トリスが犬歯を見せて噛み付く。


「なんでだよ。つーか、一人暮らし始めてから覚えればいいだろ」

「ああ、そうね。でもご飯ないからって私のところに転がり込んでこないでよ」

「いかねーし。お前んところ行くぐらいならメシ作ってくれる彼女作るってーの」

「あんた彼女なんかいないでしょ。見栄張るんじゃないわよ」

「今いないだけだっつーの。研究ばっかで色気のないシオンは黙ってろ」

「はあっ!? あんた弟だからって言っていいことと悪いことがあるぞ。毒盛るぞこの野郎」

「ふざけんなこのマッドが」

「……仲いいですね」


 セージは乾いた笑いを浮かべてそう言った。

 そうこうしている内に、三人はトート家の近くまで歩いてきた。

 そしてそのトート家の中からは、穏やかでない怒声が聞こえてきた。

 シオンとトリスは顔を見合わせた後、家に向かって駆け出し、セージもそれに遅れないぐらいの駆け足でついていった。





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