176話 やってきました学園都市
さあやって来ました学園都市。
みんな大好き学園都市。
並々ならぬ努力でレールガンを使いこなすようになったツンデレ短パン少女や、白髪の最強のロリコンがいてもおかしくない学園都市。
いや、違うんだけどね。学園都市は研究都市で、若い子あんまりいないんだけどね。白衣とか作業衣着てる人が大量にいて、なんだかよくわからない怪しい最先端のアイテムが売られているのが学園都市だ。
そして台所の黒い悪魔や蚊よけの魔法薬とか開発してくれた、この国に大きく寄与している大事な都市だ。
さてそんな学園都市に来たのだから、ちょっと珍しい魔法薬や調理用品などを見て回りたいところだ。
それに我が家は守護都市において立派な豪邸に分類されるのだが、いかんせん長い歴史のある家屋なので築年数が相応に経過している。
建築当時は最先端だったオーブンや冷蔵庫なども、今では三十年以上昔の骨董品。質が良いので今でも使えるが、使い辛さがあるのは否めない。
そして学園都市ではその手の商品開発も行われている。
多くは商業都市と政庁都市に卸しているそうだが、学園都市でも販売はしている。折角なので大型家電(※電動ではない)も買い換えたいところだ。
とはいえそれらは先約が片付いてからの話。
学園都市での目的はシエスタさんの家族に挨拶――を兄さんが行うので、私はマリアさんとその護衛をするのだ。
ちなみに日程は土日を利用した一泊二日。学園都市に接続した日に、シエスタさんが速達を出したので向こうへの連絡も済んでいる。
その一方で私も親父の代わりにアシュレイさんの遺族に手紙を書いて、アーレイさんからもらった名簿の住所に送った。二十五年ぐらい前の住所だけど、頑張って届けてください。郵便屋さん。
まあ手紙が届いたとして、返事がもらえるかどうかわからないし、守護都市は手紙が届きにくい都市なので返事を出してもらえても受け取れるのはいつになるかわからない。
つまりは返ってくる当てのない手紙というやつだ。
まあでも、こういうのも風情が有っていいだろう。
うん。
私は風情と雅のわかる日本人なのだ。
……これって、風情って呼んで大丈夫なジャンルだよね?
たぶんそうだよね?
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「シエスタさんのご家族って、どんな人たちなんですか?」
学園都市からシエスタさんの実家がある村は距離としてはそれほど離れていないので、私やマリアさんは走ったほうが早くたどり着く。しかし一般人のシエスタさんや病み上がりで体調が万全でない兄さんがいるので、もよりの街までは馬車に乗って向かっている。
そしてこの馬車だが、実のところ荷車を引いているのは馬ではない。というか、生き物が引いていない。
魔力で動いているのだ。ちなみに見た目は小さめのバスだ。
たぶん呼び名は魔車とか、動力が魔力だけどわかりやすく自動車と呼んだ方が正しいと思うのだが、一般的に馬車と呼ばれている。
魔力可動の車は数が限られる上に魔力を安定して供給できる人材を確保するのも難しいということで、あまり多くは流通していない。
ただ学園都市はこの手の最先端機器に不足がなく、試験運用の意味もあって気軽に使われているのだが、いつぞやのアールさんが乗った馬車は本当に馬(っぽい生き物)が引いた車で、馬車はそちらが主流だ。
そしてそういったのと特に区別することなく魔力稼働バスも馬車と呼ばれている。
正式名称はきっと違うんだろうけど、テレビのチャンネルを変えるのを、チャンネルを回すと表現するのと同じで、用途が馬車と同じだからもうそう呼び続けよう、みたいなことなのだろう。
「どうって……普通ですね。お父さんは近くの町で働いてて、お母さんは専業主婦だけど、ご近所さんが農家だから、その畑を手伝ったりしてるかな。あとは妹と弟が一人いて、どっちも学園都市で学生やってますよ」
「へぇ」
「マリアのところは、どうなの?」
「実家ですか? 私のところも普通ですね。東の農業都市の、なんの変哲もない小作人の家ですよ。
……まあ、十年以上顔を見せてませんが」
馬車の移動ということで、特にやることもなく雑談をしている。ただ兄さんは体調が万全でないのもあって、一人寝ていた。
「何か理由でもあるんですか?」
「特には何も。会おうと思えば簡単に会いに行けますからね。そう思うとわざわざ足を向けようと思わなくなるのですよ」
「そうね。私もアベルの事がなければ村まで行こうなんて思わなかったから」
シエスタさんはマリアさんの言葉に頷いている。便りがないのは元気な証と言うのは、きっとこんな理由なのだろう。
親不孝といえば親不孝かもしれないが、私はそれに口を挟む資格がありません。
「村の様子はどんな何ですか? 学園都市の近くって言うと、勉強が盛んなイメージなんですけど」
「うーん。どうと言われても、小さい学校があるくらいで、図書館とかは街まで行かないとないから……。街までは結構歩くから、調べ物をするときは大変だったかな」
「ああ、ゴブリンが出ますもんね。私も小さい頃は大人同伴でなければ遊びにも行けなかったので、面倒でしたよ」
「え? ゴブリンなんて出ないですよ」
「え? 村のそばといえばゴブリンでしょう」
シエスタさんとマリアさんが疑問符を浮かべて顔を見合わせる。
「あー、たぶんマリアさんのところは農業都市だったから、農作物目当てのゴブリンとか多かったんじゃないですか? 下級の魔物は結界をすり抜けるせいで荒野から簡単に流れ込んで来るって言いますし」
「……そういう事なんでしょうか?」
「そうですよ。女の子だから一人で出歩くなとは言われてましたけど、さすがに魔物が出るから気を付けろなんて言われませんでしたから」
シエスタさんはそう言ったが、しかし魔物がそうそう出ないにしても子供だけで出歩くのは危ないんじゃないだろうか。
紳士じゃないロリコンなんてどんな国にもどんな時代にもいるもんだし。
守護都市ほどではないにしてもこの国にはテロリストがいて治安が悪いし、さらには魔物だって全くいないわけじゃあないだろうし。
「街まで行くときはさすがに大人同伴でしたけど、でもそれも小さい時の話で、高校に入ってからは一人で街まで登校してましたよ。自転車を使ってましたけど」
「ああ、十五にもなればゴブリンぐらいどうとでもなりますか」
「いえ、マリアさん。その感覚はおかしいです。十五歳の女の子は一般的に荒事は苦手としています」
私がそう言うと、マリアさんは遺憾であると言いたげに眉をひそめた。
「……私がゴブリンを初めて狩ったのは八歳の時ですよ?」
「それ普通じゃないと思います」
「……五歳の時から魔物を狩っているセージさんが言うと、すごく違和感がありますね、それ。
ああでも、それも農業都市出身だからじゃないですか?
守護都市を除けば、比較的強い戦士が生まれやすいのが東西の農業都市だって聞いたことがありますから。畑を守って下級の魔物から身を守る手段を学んでいるのが、その理由ではないかと」
シエスタさんの言い分に頭をかしげる。八歳といえば今の私や妹と同い歳だ。
私はまあ例外として、騎士養成校でめきめきと実力を身につけている妹なら一応ゴブリンぐらいなら一人で狩れる。
ただ数に囲まれると到底安全な狩りとは言えなくなるし、そうでなくとも小さな子に危険な真似はさせたくないのが親心だろう。
「だとしても、八歳からは早くありませんか? たしか農業都市の成人年齢も守護都市と同じで十五歳でしたから、たぶんゴブリン狩りもそれぐらいから始めるものじゃないですか?」
「……そう、でしょうか? でも同い年の子たちは……、ああ、そう言えばあんまりゴブリン狩りはしてませんでしたね。
子供心にいい小遣い稼ぎだったんですが、一緒にやってくれる子はたいてい道場の先輩たちでした。
……もしかして、心配して付いてきてくれていたんでしょうか」
マリアさんが子供の頃を思い返して、そんなことを言った。
マリアさんは十代で上級の戦士にまでなった才媛だが、子供の頃はケイさんに負けず劣らずお転婆だったようだ。
「……たぶん、そうだと思いますよ」
きっと周りの人は苦労したんだろうなと、そんな事を思って相槌を打った。
「マリアも今度実家に顔を出したらどうですか? きっと地元の友達や家族も喜んでくれますよ」
「そうですね。次の接続の時に時間が作れれば、それもいいかもしれませんね」
あまり乗り気ではない様子で、しかしはっきりと拒否することもなく、マリアさんはそう頷いた。
「……その時は、護衛のことは気にしなくていいですから、ゆっくり休みを取ってくださいね」
「アベル。起きたの?」
「うん。ところで、そろそろ着くんじゃないかな」
兄さんが起き抜けの少しぼんやりした声でそう言った。それに促されて進路方向を見ると、二メートル近い高さの柵が目についた。
道はその柵と柵の間を通って続いている。柵のそばには小さな小屋もあった。
「あ、うん。あれが街の入口。村まではここから歩いて一時間かからないけど、ちょっと休憩していこう」
******
停留所で馬車から降りて、懐かしそうに街中を見回しながら歩くシエスタさんに先導されて、小さな喫茶店に入った。
「いらっしゃいませ」
お店の扉を開くと、カランという小気味よい音と店員さんの声に出迎えられた。
「四人です」
「どうぞ、お好きな席に」
店主の言葉にシエスタさんは頷いて、窓際のテーブル席に向かったので、私たちもそれに倣う。
店主とは別の店員さん――最初に出迎えてくれた女の人――が、メニューを持ってきてくれた。
「はい。こちらがメニューになります。シェスは紅茶とアップルパイでしょ」
「――? え、嘘? なんでここにいるの!? 久しぶり!! 全然わかんなかったよ」
「ふふん。今日来るって聞いてたからね。帰る前にきっとここによってくると思って、待ってたのよ。最初気づいてくれなかったから、こっちもびっくりしちゃった」
「いや、だって、ミリーがここにいるなんて全然思わないじゃん。結婚して旦那と一緒に働いてるって言ってたのに――」
そこでシエスタさんは置いていかれている私たちを思い出して、小さく咳払いした。
「――っん。この子はミリー。同じ高校の友達で、その、学校帰りによく一緒にこの喫茶店でお茶してたの――んんっ、してたんです」
「なにそれ。堅苦しい話し方」
「いいじゃない。私だってもう大人なんだから」
「あー、そうだよねー。最後に会ったのっていつだっけ。政庁都市に私が遊びに行って以来だよね」
「うん。感謝祭の時だから、二年前かぁ。久しぶりだよね。っていうか、家のお仕事は? 旦那さんは?」
「うん。あれ」
ミリーさんはそう言うと、店主さんを指さした。
「え?」
店主さん(推定四十歳)は恥ずかしそうに頬をかいた。
「マスター犯罪!!」
「失敬な。関係を持ったのはミリーくんが大人になったこの数年のことだ」
JKに手を出したと疑われた店主さんが、泣きそうな声で弁明の叫びをあげた。
しかしシエスタさん。十五歳の兄さんに手を出したことは棚上げですか。
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「それじゃあ、ごゆっくり。シェスもまたね。後でおウチの方に顔出すから」
「うん。待ってる」
時刻がお昼に近いこともあったので、私たちはここで昼食をとることにした。
私はお勧めされたサンドイッチとミニサラダにコーヒのランチセットA。
シエスタさんはオムライスとデザートにアップルパイと紅茶。どうも学生時代によく食べていたらしい。
兄さんはポトフとパンのランチセットB。あと興味がわいたようでアップルパイを頼んでいた。
マリアさんはカツ丼。なぜこんなメニューが喫茶店にと思わないでもないが、個人経営だし変なメニューの一つや二つぐらいあるのだろう。
「シェスもやっぱり友達の前だと砕けた言葉になるんだね」
「うん、まあ。大学や政庁都市で染み付いちゃったから、普段無理してるってわけじゃないんだけど。昔からの友達が相手だと、ついね。」
「そう」
シエスタさんはそう言いながら、懐かしさを噛み締めるようにオムライスを食べ進めた。
やはり故郷というのは特別なものなのか、シエスタさんの魔力ははっきりと良い方向に活性化している。そしてその様子を、兄さんが微笑ましげに見ている。
それが目的だった訳では無いけれど、フレイムリッパーに襲われたシエスタさんと兄さんにとって今回の小旅行は良い休暇になったようだった。