表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デス子様に導かれて  作者: 秀弥
4章 主人公はもう兄さんでいいと思う
179/459

174話 その名前の意味

 




「ねえ、親父」

「なんだ」

「手紙、読んで欲しかったってさ」

「……後で読もうとは思っていた」


 珍しく後悔の混じった声で、親父がそう言った。


「アンネロッテ様は……」

「伯父貴の娘だ。ちっ」


 危険が迫っていると知っていれば助けに行っていた。

 そんな後悔を滲ませながら、親父は舌打ちをした。


「伯父貴って、アシュレイさんのこと?」

「他に誰が居る」


 ふんと、親父は鼻を鳴らした。

 不機嫌そうにどこか遠くを見ているのは、故人であるアンネロッテさんを思い出しているからだろうか。

 アンネさんは親父にとってアシュレイさんの子供であると同時に、特別な女性だったようだ。

 ……しかし、アシュレイさんはよそに子供作ってたんだな。しかも名家に。さすが親父の教育者と、言っていいんだろうか。


「セージはいつこれを?」

「見つけたのは三年前。その時の僕でも使える武器を探してて偶然に。その時はそれどころじゃなかったし、大層な封がしてあるし、それに隠してあったのかもと思って、読まなかった。

 ただ二年前に恩給の問題があったから、ほっとかない方がいいかと思って勝手に読んだ。

 で、妹の名前にアンネさんの名前を使ってるから、まあ親父もわかってて放っていたのかと思ってた」


 その時はジェイダス家の家紋とはわからなかったし、そもそも変な夢で私と妹に血の繋がりがないことも知っていた。

 私には前世の記憶があるので本当の親とかあんまりこだわりはないんだけど、他の兄弟たちはそうではない。

 妹だけが本当の娘だってなると姉さんや当時の次兄さんには悪影響があると思って黙っていて、今の今まで正直ずっと忘れていた。


 いや、ジェイダス家の事件を知った今となっては、アンネさんが自分の死を予期して出した大事な手紙だとわかるけど、その前情報のなかった私は子供を押し付けた身勝手な手紙としか感じなかったのだ。

 支援というのは私たちが拾われてから続いていた出処不明の金銭援助だろうけど、それも三年で打ち切っていたし。


「いや……。セルビアの名はお前のイニシャルに、手紙の裏の名前を加えてつけた」


 だから手紙は見てないと、親父はそう言った。

 いや、蜜蝋がそのままだからそれはわかっているんだけど、アシュレイさんの子供であるアンネさんの手紙だってことを知ってたんじゃないかって言ったんだけど、まあいいか。

 死体に鞭打つようなことは言うまい。


「……セージさんは、最初から名前がついていたんですか」

「ああ、服に書いてあったな」

「服に、say the end……? え? それ、名前だったの?」


 服の柄じゃなくてと、シエスタさんの声が小さくなって消えたが、名前です。間違いないので、突っ込まないでください。

 血文字で書かれていたし、妹のベビー服と違って安物だったけど、今生のママンがくれた(はず)なので、あんまり悪くは言いたくないのである。


「まあとにかく、妹はジェイダス家の跡取り娘だけど、あんまり表には出したくないよね」

「……そうですね。セージさんがそう言うなら」

「なぜだ」


 シエスタさんがそう言って、理解していない親父が尋ねてくる。


「妹の性格からして『あたしお姫様』って、はしゃぎそうで怖い。それを見てジェイダス家復興の御輿にしようと、擦り寄ってくるやつが出るのも。

 僕がそうだって誤解されてるのは都合がいいからね。少なくとも妹が自分で身の振り方を決められる大人になるまでは、黙っておいたほうが良いよ」

「そしてお前は、また貧乏くじか」


 私の言葉に、兄さんが諦めたようにそう言った。


「まあ兄の役目ってやつだよ」

「そうか。そうだな」

「ただ問題はフレイムリッパーとその雇い主だね」


 そう言うと、場の空気が引き締まったものになる。


「本当の事実を知っているってことは、たぶんアンネさんの殺害にも関わっている」


 ぴくりと、親父の感情が私に見通せる程度に動いた。それは殺気というものだった。


「フレイムリッパーだからね。もともとその嫌疑はかかっていたよ。ただ、今はシェスとセルビアか」

「うん。親父の家族を殺したくないっていうのは、ある程度信用していいと思う。実際兄さんは徹底して痛めつけておきながら、死なないように上手く手加減をされていた。

 妹にちょっかいをかけてくるにしても、いきなり殺すってことはないと思う」

「そうだね。だからあとはシェスの護衛と、保険の話になるんだけど……」


 兄さんはそう言って口ごもる。何と切り出そうか悩んでいるようだった。

 私は声をかけて促そうとするが、ノックの音が響いて割って入った。


「入るよー。お客さん」

「やあ、お邪魔するよ」


 妹と共にそう言って入ってきたのはエルフの族長代行アレイジェスさんこと、アーレイさんだった。



 ******



「どうも、お邪魔だったかな」

「いえ。急にどうしたんですか」

「いや、頼まれていた件が済んだからね。アリスに預けても良かったけれど、お見舞いがてらによらせてもらったんだよ」


 アーレイさんがそう言うと、親父が首をかしげた。ちなみに妹は案内を終えたあとは退室している。

 皇剣武闘祭新人戦出場というはっきりとした目標ができたことで気合が入り、暇があれば道場で稽古をするようになったのだ。


「また何か頼んだのか」

「うん。ありがとうございます、アーレイさん。

 あとこれ元は親父の頼みだからね」

「うん?」

「……はぁ。アシュレイの家族に手紙を書きたいんだろう?」

「ん? ああ、そう言えばそうだったな。すまんな」


 ぬけぬけとそんなことを口にする、まるでダメな親父。


「葬式の時に連絡先は聞いていたんだけど、使う機会がなかったからね。引っ張り出すのに時間がかかってしまったよ」


 そう言って、アーレイさんはA4サイズの封書を取り出した。厚みはそれほどなく、その中に他所の都市に降りたというアシュレイさんの家族の住所が記されているのだろう。


「もっとも二十年以上前の古い住所だから、今も変わらず住んでいる保証はないよ」

「いえ、十分です。もともとがどうしてるかなって思いつきで、どうしても連絡を取りたいってわけじゃないので」


 親父はアーレイさんから封書を受取ると、中から書類を出してそこに並ぶ名前を懐かしそうに見つめる。


「そう。取れるといいね」

「はい」


 アーレイさんがそう言って、名簿を見るのに夢中になっている親父に代わって返事をした。


「……一人いないぞ」

「え?」

「一人いない」

「ええと、誰が?」

「うむ。あいつだ」


 親父はわかるだろうとそう言ったが、わかるわけがない。


「もうちょっと具体的にお願い」

「あいつだ。前に聞いただろう。強い奴だ。ギルドに登録した」

「……ああ、アシュレイさんの息子の。守護都市に残ったっていうんだから、その名簿には載ってないんじゃない?」


 ああ、彼かと、アーレイさんも誰のことかわかったようで頷いていた。


「うむ。で、どこにいるんだ」

「……君も、知らないんだね?」

「っていうか、いい加減名前で言ってくれない? アシュレイさんの子供ってことなら、兄か弟みたいなもの――」

「弟だ」

「――ああ、うん。で、その弟さんの名前は?」


 親父は口ごもった。


「それはさすがにひどくない?」

「いや、待て。テッド……いや、違うな。少し待て。覚えてはいるぞ」


 はははと、アーレイさんが乾いた笑いを漏らす。ここまでひどいとは思わなかったという呆れ方だった。

 親父はうんうんと頭を悩ませる。普段使われていない頭はきっと知恵熱を出しながらどうにか稼働している有様だろうから、もう少し時間がかかるだろう。


「ところで兄さん達は、何か言いかけてなかった?」

「ああ、うん……」


 そう言って兄さんが口ごもった。折角の機会だし、フレイムリッパー関連でアーレイさんの知恵が借りられるかもしれない。

 兄さんは親父の方を見て少し苦笑して、まあらしくていいかと、そう小さく呟いてから改めて口を開いた。


「シェスと、結婚しようと思う」

「え」

「へぇ」


 呆気にとられた私と、感心したようなアーレイさんの声が重なる。


取り消せ(delete)……」

「「え」」


 そして親父がふざけたことを言った。とりあえず殴っておいた。


「なんだ。もう少しで思い出せそうだったのに」

「やっぱりそんな理由か。間が悪い上に人の名前を思い出すのに不吉な単語を出すな」

「知るか。あいつはそういう名前だったんだ」

「……まったくもう。そっちはいいから、ちょっと話を聞け」


 私が顔を向けると、改めて固まっていた兄さんが再起動する。


「それなんだけどね。フレイムリッパーが父さんの家族を襲わないなら、結婚をすれば保険になるかもしれないからね。

 ……いや、それが理由ってわけじゃあないんだけど、うん。

 そうだね。

 シェスとずっと一緒にいたいと思ったんだ。だから、結婚しようと思う」

「ええと、おめでとう。シエスタさんも?」


 無粋とは思うものの、一応の確認として賛成ですかと水を向ける。

 はいと、幸せそうな笑顔が返ってきた。ごちそうさまです。


「そっか……。結婚かぁ。兄さん早いなぁ……」

「そ、そうかな。いや、正確には大学を卒業するまでは、正式には結婚せずに、婚約っていう形にしようと思うんだけど」

「ああ、そうだね。確かにその方がいいよね」


 所帯を持つんだし、社会人になってからのほうがいいだろう。


ブレイドホーム家(こっち)は当然賛成だけど、シエスタさんの家族は? たしか学園都市の近くに住んでるんですよね」

「ええ。たまには顔を見せろって手紙でせっつかれていたので、次の接続で一緒に挨拶に行こうかと。

 きっと反対はされませんよ。はやく孫の顔を見せろって言ってくるぐらいですから」

「ああ、それは良かった。あんまり詳しくないんですけど、結納の品って何を贈ればいいんでしょう」


 ゆいの……と、兄さんが首をかしげる。あれ。この国にも結納とか、結納金とかあるよね。そう言えば今生だと身近な人が結婚するのって初めてだな。兄さんが知らないだけで、あるよね?

 そんな不安を抱いたのだが、シエスタさんがありますよ、といった様子で相槌を打った。


「それに関しては任せてくれて大丈夫ですよ。地元の友達がもう結婚してますから、ついでに相談しておきます。

 それに私の実家って貧乏だから、あんまり立派なことをされてもお返しがちゃんとできないので、セージさんは気楽に構えててください」

「ああ、そうですね。すいません、なんかびっくりして。

 とりあえず必要なのは、シエスタさんの家までの護衛ですね」

「ええ。マリア一人に任せる訳にもいかないので、それでセージさんかジオさんにお願いできればと思ってました」


 シエスタさんにそう言われたので、親父と顔を見合わせる。


「護衛か。別に問題ないぞ」

「……親父。護衛の方は心配してないけど、兄さんの新しい家族にちゃんと挨拶できるの?」

「………………………………」


 親父は無言になった。

 ここで親父と相手方の家族が顔を合わせないにしても、結婚式までそれを先延ばしにするのはいくらなんでも非常識だろう。

 しかしとりあえず先に私が顔を合わせて人となりを知っておけばフォローもしやすいだろう。


「僕が行くよ」


 親父は任せると言わんばかりに、鷹揚に頷いた。

 シエスタさんは苦笑いを浮かべた。


「とりあえず私たちの方はそれだけなんですが、ジオさんは弟さんのお名前は思い出されましたか?」

「む……。デッド……いや、少し違うな」

「本当にひどいよ、それ」

「うるさい、あいつとは十年会っていないんだ。顔を出さんあいつが悪い」

「……十年、か」


 アーレイさんが静かに呟いた。その声は少し暗いものだった。


「……どうした」

「いや、そうだね。正直に言うと、彼の所在はわからないんだ。十年前からね。

 ギルドの仕事中に失踪というわけではないから、他所の都市に降りているだけかもしれないけどね」


 死んだわけではないとアーレイさんは言ったが、上級上位の彼が他所の都市に降りて全く話題にならないとも思えないと、そんな思いが顔に出ていた。


「……ふん。あいつがそうそう死ぬタマか」

「その叔父さんと、最後に会った時ってどんな様子だった?」

「さあな。よく覚えていない。面倒くさいことをウダウダ言っていたから殴ったら、殴り返された。

 ああ、思い出した。

 デイトだ。デイト・ブレイドホームだ。

 あの野郎、人が呪いでまともに体を動かせんのをいいことに……」


 どうも喧嘩別れをして、しかもその喧嘩には負けたようで、親父はその過去を思い出しながらプルプルと拳を震わせていた。

 デイト・ブレイドホーム。

 この時は呪われているとはいえ、親父に喧嘩で勝つとかきっと非常識でむちゃくちゃな脳筋なんだろうなと、そんな事を思っていた。


「そもそも俺はあいつがいるからアンネのことは……」


 恨みがたまっているのか、あるいはそうやって遠慮なく本心をぶつけられる相手だったのか、親父は珍しく愚痴を続けた。

 私がデイトという名前の意味を知るのは、一年後の話であった。





 次回、デイト叔父さんがグレた理由。

 お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ