173話 埃に埋もれた手紙
兄さんの退院から数日が経ちました。
経過は良好で、兄さんはとりあえず普通に立って歩いて生活できるまでに快復した。さすがに若くて体力あると怪我の治りも早いよね。
私もおかしなレベルで体の治りが早いけど、兄さんより魔力もたくさんあるし、さらに兄さんより若いのでそんなにおかしくはないはず。
いや、実はちょっとおかしいとは思っているんだけど、しかしおかしい事があると私はとりあえずデス子を疑いたくなる。
でもその事にははっきりとした答えが出るわけでもないので、真面目に考えるだけ損だと思う。だからあんまり気にしないようにしているのだ。
まあそれはさて置き、兄さんの容態も落ち着いてシエスタさんも仕事に復帰することになった。
フレイムリッパーは依頼を受けてシエスタさんを殺しに来たという証言が認められ、殺害の標的となった理由はシエスタさんが監査室室長である事が大きいだろうという事で公傷認定がされました。
そんな訳で労災よろしく大手を振ってゆっくり休めば良いのだが、そうはならなかった。
病院での診断で異常が見つからなかったし、本人も正直にもう元気ですと答えたため、臨死体験をしたにも関わらずスピード復帰となってしまったのだ。
いや、本人は殺されたのにも関わらずもっと仕事頑張るぞと張り切っているので、悪いことではないのだろうけど。
ただシエスタさんの仕事復帰に関しては一つ問題があった。
フレイムリッパーに襲われたシエスタさんだが、結果的には殺されず生き延びたのだから再び襲われるリスクは決して小さくない。
彼の実力は最低でも上級相当。私の見立てではケイさんよりも強いと感じた。
いや、魔力量だけならば精霊様からの供給を受けられるケイさんに軍配が上がるだろうが、あのフレイムリッパーは魔力量だけではないところでケイさんを上回っていると感じた。
そしてそんな男から狙われているのだから、護衛も上級相当でなければ務まらない。
私がやろうと思ったが、しかしシエスタさんはそれを断った。私なんかのために大事な時間を使わないでください、と。
どうもシエスタさんとの契約がおかしな方向に力を発揮しているような気がしてならない。
契約は今も続いていて、望めばいつでもシエスタさんに魔力を送ることが出来る。
そして魔力は感情に結びついているので、多少ではあるものの行動に影響も与えられる。
現状では契約の結びつきは周りの人にバレていないが、魔力を送るとどうしても周囲に漏れるものがあるので、無駄に勘のいい親父とか、契約者とかの、ふぁんたじぃな事に詳しそうなアーレイさんとかにはいずれバレてしまいそうだ。
話が逸れたが、シエスタさんの護衛は私が心配するまでもなくもう手配してあった。
正確にはシエスタさんではなく、ミルク代表がマリアさんにお願いをしていた。
マリアさんもケイさんが手がかからなくなって時間が余るようになっていたので、給料さえ出してくれるのなら問題ないとのことだった。
ちなみに護衛料は上級の戦士にしては破格の安さで、その代わりにシエスタさんが家にいるときなど、ある程度安全が確保されているときは自由にしてもいいなどの、緩い条件となっていた。
失礼ながらマリアさんではフレイムリッパーに勝算は低いだろうが、それでも基本的な戦闘能力は私よりも高いので十分に任せられる人材だ。
有事の際はすぐにでも駆けつければいいのだから。
ミルク代表は自分の家に帰った。
もう少しいたほうがいいと引き止めたのだが、『こうして引きこもっていても俺の部下が襲われていない。なら狙いは俺じゃないさ』とふてぶてしい態度で口にして帰っていった。
言っている事はわかる。
ミルク代表を狙う理由は商会だろうから、代表を殺さなくても商会を支える役員を狙えば目的は達せられる。
逆説的に言えば、重要な役職に就いている部下が誰も襲われていないのだから、先の襲撃は商会を潰す目的ではない。
あくまでクラップの個人的な逆恨みと、シエスタさんへの注意を逸らすのが目的だったのだろう。
とは言え、その推測が絶対だなんて言えるはずもないのだ。
私としてはもう少し様子を見たほうがいいとも思ったのだが、代表も今回の事件で思うところがあったようだった。
そしてシエスタさんやミルク代表だけでなく、兄さんにも大きな変化があった
******
体調がある程度戻った兄さんが、私と親父とシエスタさんを呼んだ。
場所は応接室で、ソファに私と親父が並んで座り、テーブルを挟んだその向かいのソファにシエスタさんと兄さんが並んで座っていた。
「改まってどうした」
その時の兄さんはとても緊張しているようだった。
魔力感知で見通せる感情はもとより、表情やうっすらと浮かぶ冷や汗がはっきりとそれを物語っていた。
「あー……、なんて言ったらいいのかな。ひどく恥ずかしいことだと思うけれど、お金を貸して欲しい」
「え、それはいいけ――いったぁ」
私が二つ返事で答えようとしたら、それを遮って親父が拳を振り下ろしてきた。何てことをしやがる。あやうく舌を噛むところだったぞ。
「なぜだ」
「……しばらく、勉強をしたい。まずは一般高校卒業の資格を。今欲しい資格の条件になっているから。あとは、大学にも行きたい」
「……どういうこと?」
いきなり何を言い出すのだろうか。いや、学校行きたいっていうのに反対する気はないんだけど。
「うん。色々と考えて、シェスとも相談したんだけど、まずは遠回りしたほうが良いかなって。だから学歴と資格が欲しいんだ」
「面倒だ。目的を言え」
親父は睨むように兄さんを見据える。
そのプレッシャーを真正面から受け止めて、兄さんはまっすぐに親父を見返した。
「この国を、まずこの都市を変える。そのために僕は名家の当主になる。
父さんを部下にして、ブレイドホーム家を名家として興す」
そうして兄さんは、はっきりとそう口にした。
親父はいっそうのプレッシャーを兄さんに加えるが、兄さんは微動だにせず、親父を見返し続けた。
しばらく時間が経ち、先に折れたのは親父だった。
「……まったく。面倒なことだ。好きにしろ」
「はい」
「……えーと、どういう事?」
私がついていけずに首をかしげると、親父がフンと鼻を鳴らした。
「お前のためだろう」
親父がそう言うと、兄さんが静かに首を横に振った。
「いや、そうじゃないよ。
たしかに、きっかけはそうなんだけどね。
こいつはたぶん苦労しないと死んじゃう病気だから。
僕の理想が叶えば、きっと居場所がなくなってどこかに行ってしまう気がする。
だからこれは、きっと、こいつのためじゃない」
「……ええと、本当に話についていけないんだけど、とりあえず僕はそんな変な病気にはかかってないからね」
ちょっと運が悪いだけだからね。
「ははっ。そうだな。ただお前にもこれからたくさん頼る事になると思う。手伝ってくれると嬉しい」
「まあ、それは良いけど……。
とりあえず、現実的な話に戻そう。勉強するためにお金がいるってことだけど、とりあえずプランみたいなものはあるの?」
「うん。運良く次の接続先は学園都市だから。そこで高校卒業の資格を取る。
あの都市なら試験の常時受付をしてるからね。
そのあとは通信教育で資格のいくつかをとって、二年後の政庁都市接続で大学に受験、入学する。
そこから三年以内に卒業するつもりだけど、それまでの間養ってほしい。あとは学費も」
……え?
無理じゃない、それ。
「わかった。いいだろう」
「いや、いくらなんでも厳しくない?
兄さん今までほとんど独学だったでしょ」
「ああ、でも休んでいる間に模試をしてみた。高校卒業資格は十分に可能だと思う」
マジで?
兄さんまだ十五歳で、中卒の年齢だよね。そして今まで学校なんて通ってこなかったよね。
この世界の学力レベルなんて把握してないけど、そんな簡単に取れるものなの?
それとも兄さんがチートなの?
「もともと学歴は役に立つだろうからって、いつか試験を受けられるようにって私やミルク代表がある程度勉強はさせていたの。もちろんこんないい成績が取れるなんて思ってなかったんだけど」
模試の成績を採点したであろうシエスタさんがそう言った。一応、好成績を出せる理由はあったようだ。いや、これはあったと言っていいのだろうか。
「ペーパーテストはなんとかなる。スポーツや救急対応の実技も、聞いた話じゃあ問題ないと思う。あとは小論文と面接があるらしいから、その勉強をこれからするよ」
「あ、うん。そうですか」
なんか高校卒業資格は簡単にとってしまいそうだ。
さすがです、お兄様。
「それで、資格っていうのは」
「うん。今は家の託児と道場の事業は行政支援を受けているけど、事業そのものは正式な認可を受けたものじゃない。
だから経営と保育や介護の資格を取って、認可を取ろうと思う。認可を受ければ名家の承認が近づくからね。
ただ認可を受けてから数年経営をした実績も必要になるから、その間に政庁都市で学歴と人脈を作る」
あ、なんか思ったよりもずっと本気で家を名家にしようとしてる。そして兄さんならやってしまいそうな気がする。
……止めたほうがいいかな。
あくまで個人的なイメージだけど、政治家なんてろくな仕事じゃないと思うし。
「いや、それは、どうかな。ほら。名家っていうか、政治家って割に合わない仕事だと思うよ。
ほら、何やったって文句を言う人はいるし、権力もつと悪い虫も寄ってくるし、もっと大人しい人生設計をしたほうがいいんじゃないかな」
「そうだね。お前がそうできるんなら、そうするよ」
「何その不吉な言い方。僕は大人しく慎ましやかな生活をしているよ」
私がそう言うと、その場にいた三人が一斉にこっちを見た。
「「「それはない」」」
はもらないで。
今の私が置かれている立ち位置は、私が望んだものじゃないからね。
「まあとにかく僕はそこを目指すよ。
うん。
僕は、優しい国を作る」
大切に噛み締めるように、兄さんはそう言った。
私としてはまあ、賛成はしかねるのだが、しかしその顔を見て何も言えなくなった。
ケイさんじゃないけど、本気になっている人の邪魔をするのはやはり気が咎めるので。
******
「それと、アベルの事ではないんですが……」
今後の商会での仕事など、兄さんとの話がひと段落したところで、シエスタさんがそう切り出した。
内容はフレイムリッパーに関する話だ。
どうもあの男は親父のことをよく知っているような口ぶりだったこと、そして私ではなく妹がジェイダス家の跡取りだということだった。
「……驚かないんですか?」
「まあ親父は有名人なので、あの年代の実力者が親父を知っているのは不思議ではないですし、妹のことも知ってましたから」
「「え?」」
兄さんとシエスタさんが疑問符を浮かべる中、親父はひとり頷いていた。
「親父は知ってたんだ」
「いや。だがそんな気はしていた」
つまり、とりあえず頷いただけか。
「な、なんでですか?」
「いや、シエスタさんや兄さんが知らないのは仕方ないんだけど、手紙があったので」
「……手紙?」
「はい。僕と妹は門の前に捨てられていたらしいんですが、そこで僕たちの入っていたバスケットに手紙が。
ちょっと失礼――」
そう言って私は席を外して、地下室に行った。
そして保管されていたバスケットの中にお目当ての手紙を見つけて、持ってきた。
「――これです」
持ってきたのは蜜蝋で封がされた便箋だ。ちなみに蜜蝋部分が小洒落た模様になっていたので、何か意味があるんだろうなと思って蜜蝋部分が壊れないようペーパーナイフでその便箋の端を開いて、私は中の手紙を読んだ。
とりあえずその便箋をシエスタさんに渡すと、彼女は表裏をひっくり返してその便箋を眺めた。
表に書いてあるのは親愛なるジオレイン様へ。
裏に書いてあるのはアンネより。
そして蜜蝋の模様は大鷲だ。
「ジェイダス家の家紋ですね。アンネというのは、たぶんお亡くなりになったジェイダス家ご当主、アンネロッテ様の事だと思います。
……中を見てもいいですか?」
シエスタさんが親父に伺いを立て、親父は頷いた。
シエスタさんは蜜蝋の封を開くのではなく、私が開いてセロハンテープで仮止めしていたところから中の手紙を抜き出し、その中身を読み上げた。
「――親愛なるジオレイン・ベルーガー卿へ
拝啓、強い日差しと荒野の砂埃の舞う日々が続く中、お元気に過ごされていますでしょうか。
昨日より周囲が慌ただしくなってしまい、貴方以上に頼れる人は見つからず、このような突然の行いに至ることとなったことをお許し下さい。
この子は貴方と私の子です。
悲しいことにとても大変な問題が起きましたので、私の下から離さねばならなくなりました。
勝手なお願いとは思いますが、これからこの子を強い子に育ててください。
あなたには興味のないことかもしれませんが、この子にはこの国の将来がかかっているのです。
ささやかながら、支援をさせていただきます。
よもや忘れてはいないでしょうが、この子は貴方と私の子なのですから、私の父の血を受け継いでいます。そのこともよくよく念頭に入れた上で、大切に育ててください。
それでは、もう会うこともないでしょう。
最後に、貴方がこの手紙を読んでくれることを切に願っております。
アンネより愛をこめて――」
作中蛇足~~もしも青年時代のジオを主役に物語を書くとしたら~~
ジオ 主人公(最低でも年に一度は何かやらかす)
アシュレイ 師匠(序盤で死ぬ)
アール かませ犬(かませ犬)
エース かませ犬のパパ(胃痛枠)
ラウド ライバル(薄い本を厚くする)
アンネ ヒロイン(ただしジオ以外にも恋人がいる)
マリア サブヒロイン(純情乙女系ツンデレ)