172話 夢~~re answer~~
夢を見ていた。
それが夢だと、朧げながら分かっていた。
夢の中ではフレイムリッパーが見下ろしていて、お前は弱いと嘲笑っていた。
「そうだ。僕は弱い」
そう言うと、フレイムリッパーは面白くなさそうに顔を歪めた。
「僕は弱い。
お前は強くなれと言う。
だから僕は強くならない。
お前と同じにはならない。
弱い奴が許せないお前と、同じにはならない」
フレイムリッパーは、じゃあお前はどうするんだと、奪われるままでいいのかと、そう言った。
「それもしない。
そんなのは間違ってる。
お前みたいに奪うやつは間違ってるんだ。
だから僕は――」
その答えを口にすると、フレイムリッパーは口元を皮肉げに歪めて笑った。
じゃあやってみなと、笑って言った。
きかん坊の子供に向けるような声で、慈しみの混じった父親のような目でそう言った。
口元にはまるで褒めているような笑みが浮かんでいた。
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ぼんやりとした心地で目を覚ます。
視界に入ったのは優しい色の明かりに照らされた、見慣れた天井。
「ひどい夢だ」
アベルはそう言った。
いくら夢だからといって、あいつがあんな顔で笑うところを見るなんて。
アベルはそう思ったが、しかし気分はそれほど悪いものではなかった。
「起きたの、アベル?」
「……シェス?」
アベルはかけられた声の主の顔が見たくて身体を起こそうとするが、うまくいかない。
痛みもそうだが薬が効いているせいで体の反応がとても鈍く、まるで自分の体では無いようだった。
「無理しないで」
シエスタはそう言ってアベルの背に手を回し、その上半身を起こす。
近づいたそのシエスタの顔を見て、アベルは自然と頬を綻ばせた。
その顔を見たシエスタが、安心したように笑った。
なぜだろうと、アベルは薬で鈍くなっている頭を働かせて、今朝の態度を思い出した。
「ごめん」
「え?」
「いや、僕は馬鹿だなって」
シエスタにはその言葉の意味は分からなかったが、アベルの顔を見て追求はしなかった。
「ごはん、食べる? セージさんがお粥を作ってくれたから」
「ああ、食べるよ」
アベルは頷いて、シエスタが小さな土鍋に入ったお粥をレンゲで掬い、アベルの口元に運ぶ。
ろくに体が動かないのは自覚しているので、アベルは恥ずかしがることもなく素直にシエスタの差し出すレンゲに口をつけた。
「梅干の香りがする。でも、美味しい……」
保温力の高い土鍋であったが、しばらく放置されたことによってお粥は人肌程度の優しい温度まで冷めていた。
最低限の栄養と水分を取ることを目的に作られたお粥は、ほぐした梅干と刻んだネギが散らされただけの簡素のものだ。
アベルが飲み込んだのを確認してから、シエスタは再度お粥を掬って差し出した。
ゆっくりと時間をかけてそれを繰り返し、二人の間には静かな時間が過ぎる。
時折、食卓の方から賑やかな家族の会話が聞こえてきて、アベルは頬を緩めた。それを見てシエスタも幸せそうに笑った。
「ああ、もう大丈夫。ありがとう」
土鍋の中身を半分ほど食べたところで、アベルはそう言った。
「そう。それじゃあ、お薬飲んで」
「うん」
シエスタが処方された錠剤をアベルの口にいれ、ついでコップに入れた水を飲ませる。
アベルはそれを素直に受け入れて、錠剤を水とともに飲み込んだ。
「……ふぅ」
そうして一息ついて、アベルはあらためてシエスタを見つめた。
ライトブラウンの優しい色の髪。
気の強い焦げ茶色の瞳。
整った鼻筋。
ふっくらと柔らかそうな唇。
自分にはもったいないぐらいの美しい女性で、だからこそ守れなかった自分は遠ざけたいとも思った。
でもそれは嘘だ。
心のどこかでそんなことできないと思ってた。
遠ざけてもきっと彼女の方から近づいてくれると、優しさに甘えていた。
アベルの手がごく自然に伸びて、シエスタの頬を撫でた。
「ありがとう」
「……え?」
「ありがとう。生きててくれて。君が死ななくて、本当に良かった」
シエスタは頬に触れるアベルの手を優しく握り締めた。
「セージさんと、アベルが頑張ってくれたからよ。こっちこそありがとう」
アベルは首を横に振った。
「違うんだ。そうじゃなくて――」
強い睡魔に襲われているアベルはまとまりきらない思考で、それでも今この気持ちを伝えたいと、声を出した。
「――セージは関係ないんだ。
君が生きていることが嬉しいんだ。
君が殺されなかったから、君がいるから、僕は――」
そう。
己を犠牲にして弱者を救うセージとは違う道を生きる。
己のために弱者から奪うあの男とは違う道を生きる。
その道はアベルが決めた、アベルのためのもの。
あの男がいたから、アベルは真剣に悩んだ。
セージがいたから、アベルは背筋を伸ばすことができた。
それでもその道を選ぶことができたのは、きっとシエスタが生きていてくれているから。隣にシエスタがいてくれたから。
「――僕は、優しい国を作るよ。
愛してる、シェス」
その夜、シエスタは悶々とした。