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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
4章 主人公はもう兄さんでいいと思う
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163話 彼女は彼女と出会った

 




 真っ白な空間に彼女はいた。

 気が付いたらそこにいた。


 いつから居るのかはわからない。

 時間の感覚はとても曖昧で、自分というものもとても曖昧だった。


 なにか大事な想い(こと)を忘れている。

 なにか大事な身体(こと)を失っている。


 とてももどかしくて、それでいてとても安らいでいた。

 怖い夢から目が覚めて、お母さんに抱きしめられたような、そんな感じ。


 ああ、これは小さい頃の記憶。

 私は何をと、そう思う。

 私は、ああ、そう私だ。

 名前はなんだっただろうか。

 記憶が不確かだ。

 でも私は確かに私なのだ。


 少しずつ少しずつ、私は思い出す。

 輪郭を得ていく。

 でもそれは不十分。

 ピースの欠けたパズルのように完成しない。

 私は私が誰かもわからないのに、そんな事が分かってしまう。


「緊急避難ですからね~。最低限のあいでんてぃてぃい? みたいなものしか、持ってこれなかったんですよ~」


 ……だれ?

 私は尋ねた。白い世界に、いつの間にか黒い女性(ヒト)がいた。喪服と思わしき黒いドレスに身を包んだ女性で、右目をやはり黒い色の眼帯で覆っていた。

 異様なと言うと失礼かもしれないが、普通ではない雰囲気の女性だった。

 それでいて、どこかで見たような雰囲気も持っていた。

 私はその不思議な女性に尋ねたが、しかし声は出ていない。

 当たり前だ、私には喉がないのだから。


「デス子って言います。一応、はじめまして」


 はじめまして。

 私がそう応えると、デス子はおかしそうに笑った。


「うんうん。名前を馬鹿にしないのはいい反応です~。好感度に一ポイントプラスです~」


 ふざけているのか、意図的に作った間延びした声でデス子は言った。

 私は誰?

 私は重ねて尋ねた。


「普通の女の人ですよ。

 当たり前に生まれて、

 当たり前に学んで、

 当たり前に恋をして、

 当たり前に生きて、

 そして当たり前に死んだ、

 普通の女の人です」


 言われて、思い出す。

 痛みを思い出す。

 恐怖を思い出す。

 胸を押さえてうずくまって、胸も体もないことに気づいて、私は叫ぶ。

 私は泣いた。

 私は大きな声で泣き、叫んだ。

 ああ、声は出ていないのだけれど、とにかく叫んだ。



 デス子はそんな私を慰めるでも迷惑に思うでもなく、ただ穏やかな笑顔で見つめ続けた。

 そして私が泣きやむと、声をかけた。


「落ち着きましたか~」


 はい。

 私は死んだんですね。


「ええ」


 ……死にたくなかったです。


「みんなそう思ってます」


 冷たいんですね。

 あなたは死神様ですか。

 私はどこに連れて行かれるのですか。

 それともあなたに食べられてしまうのですか。


「そんなにいっぺんに聞かれても困ります~。

 えーと、私は死神ではないです。死と契約し、その象徴代行として世界の運命を守るものです。あなたの知っている言葉で言うと、現世神(うつしよがみ)ですね。もっとも私は仮免許中の半端ものなんですが」


 ……そうですか。すごいんですね。


「あ、よくわかんないけどとりあえず褒めておこうっていう反応、ちょっと減点です~」


 ごめんなさい。


「よろしい。まあ死神みたいなものですが、正しくは死に通じる仮神で、別にだから何をしているわけでもないんですけどね~。死者の魂の浄化はちゃんと担当者がいますし」


 ……?

 つまり私は今ここで、何をしているのでしょうか。


「待っているんです。奇跡よ起きろと祈りがあって、奇跡を起こすと決意があるから、その手助けです」


 キセキ?


「はい。特別にちょっとお見せしますね~」


 デス子様がそう言うと、白い世界にその光景が映し出される。

 その中で、男の子を見つける。

 ボロボロの姿で、辛そうな顔で、真摯に祈りを捧げる男の子を見つける。

 ああ、私のない胸が熱くなる。

 そうだ。死にたくなかったのだ。あの子と一緒に生きたかったのだ、私は。


「……ええ。そうですね。死は孤独ですが、そこまでの道のりまでそうである必要はありません。あなたの気持ちはとても普通で、とても尊い」


 ……?


「いえ、幸せを見失っている人はそんな貴方だから、幸せになって欲しいと願っているんですよ。

 願うというか、傲慢に決めつけていますけどね~。幸せになるのが当たり前で、そうでないなら自分が何とかするって」


 何を言っているんですか。

 私がそう尋ねると、デス子様は映し出された光景の中心を指をさした。

 そこには血まみれになって倒れる私と、私に何かをしている少年がいた。

 それはとても厳かで、血にまみれているというのに、とても神秘的な光景だった。

 今の私に目があれば、きっと涙を流しただろう。

 それはとてもとても、ありがたいもののように見えた。


「貴方は普通の人です。運命は多くの普通の人の、いいえ、多くの命あるものの営みの中で流動します。

 だから貴方一人が死んでも運命は大きく変動しない。私には貴方を助ける理由はないんですけどね~」


 そう言ってデス子様は微笑んだ。

 困ったような、喜ばしいような、まぜこぜな微笑みだった


「あの子はね、あなたが好きなんですよ」


 ……!!

 ショックを受けた。なんだかわからないが、あの少年がとても愛おしく思えてきた。


「そういう意味じゃないですよ、浮気者。いえ、あるいは歳が近ければそうなったのかもしれませんね~」


 歳と言われて、何かとても嫌な気分になる。私はそんなことを言われるべきではないと、とても遺憾であると感じてしまう。


「ええと、うん。その、どうしても仕方のないことなんですかね~、それは。

 とにかくあの子は貴女みたいな普通な人が幸せになるのが好きなんですよ。

 そのためなら、奇跡の一つだって起こせるぐらいに」


 ……奇跡。


「ええ、奇跡です。さあ、耳を傾けてください」


 何をと聞くよりも早く、デス子様ではない声が私にかけられる。


「私と、セイジェンド・ブレイドホームと契約してください、シエスタ・トート」


 まるで手を差し伸べられるような感覚。

 私はシエスタ()だと、思い出す。

 私は反射的に差し伸べられたその手を取ろうとして――


「それに応えれば、貴方はまた辛く苦しい世界に戻ります。

 死は永遠の安息。全てのものに与えられる救済。

 貴方はそれでも、その手を取って戻りますか?」


 ――死に通じる仮神様に、問い直される。


 でも改めて考えなくても答えは決まっている。

 私はまだ死にたくない。

 まだやり残していることがたくさんある。

 残して逝けない人を待たせている。

 だから浅ましいかもしれないけど、生き還らせてもらえるなら、その手を取りたい。


「わかりました。

 そもそもこの奇跡は私のものではないですからね~。止める気もないし、答えもわかっていたんですが、まあ一応それっぽいこと言っておかないと格好がつきませんからね~」


 デス子様は少し照れたような様子でそう言って、そしてこう続けた。


「命は本来ただ一つだけ。人生はただ一度きり。

 だからこそ命を持つ者は死を恐れ、敬い、そして己の生を文字通り懸命に燃やすのです。

 望外の幸運が訪れたとは言え、貴方もそれを忘れず、満足できる終わりを迎えられるよう、存分に生きてください」


 はい。

 私はデス子様に返事をして、そして差し出された手に応じる。

 私の意識は白い世界から急速に離れて、広がる光景の中に吸い込まれ、まずは痛みを思い出した。

 文字通りの胸を引き裂く痛みに出もしない涙と嗚咽をこらえていると、最後にこんな言葉が耳に入った。


「まあここでの出来事は覚えていられないんですけどね~」


 私を見送るデス子様は真面目な空気が苦手なのか、そうやってふざけようとするところが、私に手を差し伸べた少年にちょっとだけ似ている。

 ありがとうございますと、声の出せない私はその気持ち送った。

 ―――をお願いしますと、不鮮明な声が返ってきた気がした。



 ◇◇◇◇◇◇



「私と、セイジェンド・ブレイドホームと契約してください、シエスタ・トート」


 返事はない。

 息をしていないのだから当然だ。

 それでも変化があった。

 それは瞼が動いたのか、あるいは顎が動いたのか、それとも指先が動いたのか。


 もしかしたら何も動いていないのかもしれない。

 だが変化を感じ取った。

 私の問いかけを承認する意思を感じた。

 契約はなされた。

 何がどうなったのか、本当のところ私はよくわかっていない。

 だが私の魔力を、シエスタさんが受け取れるようになった。

 だからやれる。


 シエスタさんの体は一般人か、それより少しマシな程度だが、許容量限界まで魔力をいれれば下級には達する。そしてその状態を維持し続ければ当面の生命維持は叶う。

 ああ、これで最低条件をクリアできた。あとは一刻も早く心臓の修復をなすだけ。

 気を抜いていい状況ではない。

 だというのに、私はもう峠は超えたと、シエスタさんは助かると、そう確信していた。



 ◆◆◆◆◆◆



 シエスタとセージを中心に展開されていた魔力場が収束する。

 それを確認して、スノウが慎重な足取りで一歩だけ二人に近づくと、我慢できないといった様子でアベルが駆け出した。

 たどたどしく駆け寄ったアベルはシエスタに飛びかかるような勢いで迫り、途中でセージが押しとどめる。


「大丈夫、大丈夫だから」

「セージ。セージ、シェス、シェスは」

「大丈夫。うまくいった。でも動かさないで、安静にさせて」


 セージにそう言われ、なんとかそれを理解したアベルはその場にへたり込む。

 そうしてアベルはシエスタの顔を恐る恐る覗き込む。そこには痛みをこらえ苦しむような、しかし確かに命を感じさせる赤みのある顔があった。

 アベルは慎重にその顔に触れ、涙をこぼした。


「ありがとう。ありがとう、セージ」

「いや、いいよ。アベルも――、兄さんも休んで」


 嗚咽の交じるアベルの感謝に、セージは傷ついたような弱々しい声で、労りの言葉を返した。


「すごいね。君は大丈夫?」

「――スノウさん、ですか」


 セージは近づいてきたスノウを、明確な敵意を込めて睨みつける。

 スノウは降参とばかりに両手を挙げる。


「護衛の部下が近くにいる。彼らに病院まで運ばせるよ、アベル君も一緒にね」

「……お願いします。それで、あなたがここにいる理由は?」

「ああ、それは――」


 疑心を隠さない直球な言葉に、スノウもたじろぐ。スノウとてこの状況に思うところはあり、後ろめたさを感じていた。

 そしてそれはセージの見通すところであり、猜疑心を掻き立てるのに十分なものだった。


「セージ!!」


 だがセージとスノウの護衛たちの間で緊迫する空気の中に、割って入る少女の声があった。


「――と、スノウさんも? 何をしているんですか?」

「いやね。トート監査官とアベル君は僕の屋敷を訪れていてね。帰りに何かあっても困るから、遠巻きに護衛をするよう部下に命じていたんだよ。

 そしたら見失ったって言うから何かあったのかと思って、様子を見に来たんだよ」


 言葉そのものは軽いがその口調は神妙なものだった。

 スノウが口にしていない部分を補足すると、同時にミルク代表の事務所が襲われていることも耳にし、セージとケイがそちらに向かったと聞いて、あえて逆に来てみれば予想を大きく超えた深刻な事態に遭遇したという状況だった。


「それで、セージ君はこれをやった犯人を見たかい」

「――はっきりとは見てません。ですが、犯人はフレイムリッパーです」

「……そう。そうか。なんにしても良かったよ。彼女はこの国にとって有益な、かけがえのない人材だからね」


 そうなのと、ケイは頷く。

 遅れて到着した彼女は血だまりの凄さにこそ目を取られたが、シエスタもアベルも命に別状がないことを見抜いていた。

 首を撥ねられたモニカの死体には一瞬だけ痛ましい表情を見せたが、中級の騎士を容易く殺し、多くの建物を倒壊させた上級相当であろう暗殺者に狙われて二人も助かったのだから、それは十分に幸運な結果だと捉えた。


「ケイ君の方は片付いたの?」

「はい。今は応援に来た騎士たちが事後処理をしています。あ、商会のおばさんの護衛にはマリアがいるから、大丈夫だから」

「……ありがとうございます。それではスノウさん、二人をよろしくお願いします。お礼はまた後日」


 セージはそう言うと、明後日の方向を向いて歩きだした。


「ちょっと、どこいくの。そんな状態で」

「……フレイムリッパーを殺します」

「はぁっ!? どこにいるかわかるって言うの?」


 セージは静かに頷いて肯定を示すと、再び歩き出す。

 ケイはそれを止めようと思った。

 セージの体調は傍目から見てもひどい。手首の傷は治していたが、大量の失血の影響は青白い顔にはっきりと出ている。肉体への負担を考え封印を閉じたため、魔力量も極端に低下している。

 そして封印を解いた反動で全身の筋肉と魔力回路に疲労症状もあらわれている。さらに言えば戦士との戦闘で負った傷も十分には回復していない。


 はっきり言って最低のコンディション。もう一戦、それも格上の相手と戦うなど、正気の沙汰ではない。

 ただケイは背中を見せたセージに恐怖を感じた。鬼気迫るものを、セージの背中に感じ取った。

 言葉では止められないと、そう悟った。


「わかった。私も行く」

「……ご自由に」


 わずかに振り返り、ケイを見返したセージの目は冷たい。

 それは一年前に見た目つきだった。いつもの優しく、時には意地悪な目とは違う、人間味のない冷たい眼差しだった。

 ケイは何も言わずにセージの一歩後ろをついていくが、しかし前を行くセージがぴたりと足を止めた。


「どうしたの」

「……馬鹿か、私は」


 セージは憎しみのこもった声で小さく呟くと、全力で走りだした。

 ケイも慌ててそれを追う。

 残されたスノウは理由も分からず肩をすくめ、とりあえずやることをやろうと気持ちを切り替えた。

 シエスタといつの間にか気を失っていたアベルを病院に運ぶよう部下たちに指示を出した。

 セージたちの後をつけさせるのは、止めておいた。





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