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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
4章 主人公はもう兄さんでいいと思う
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160話 勝ち目のないゲーム

 暴力描写、残酷な表現が続いていきます。

 苦手な方はご注意ください。

 




 目の前でダガーを手にする男を、アベルはよく知っている。

 人一人(ひとひとり)を殺してなんの感情の変化も見せない男のことを、アベルはよく知っている。


 アベルは腰元からナイフを抜き、その男と、家族の仇であるフレイムリッパーと相対した。

 ナイフは今の父、ジオレイン・べルーガーから成人の祝いに与えられたものだ。

 未だ成長期で大人の男と比べれば小柄なアベルだが、セージと違ってそれが理由で手に出来る武器に制限はかからない。

 だがジオはアベルにナイフを渡した。


 そのナイフはアシュレイが初めてジオに与えた刃物だが、しかしそれは実戦で使うためのものではなかった。

 本当にごくごく最低限の社会常識を身につけたジオへのご褒美に、身を守るための護身具として与えたものだ。

 それをジオは、成人を迎えて懺悔でもするようにギルドには登録しないと口にした息子へ与えた。

 そのナイフを手に、シエスタを背に、アベルはフレイムリッパーと相対した。


「おいおい。そんなちんけな刃物で俺とやりあう気かよ。俺の狙いはそこの女だ。さっさと逃げちまえよ」

「……シエスタ。できるだけ時間を稼ぐ。早く逃げて」

「で、でも……」

「いいから。セージや父さんのところにいって。僕は大丈夫だから」


 その言葉を信じたわけではない。だがシエスタは必死になって立ち上がり、その場から逃げようとした。

 ここにいても何もできない。怖い。死にたくない。そういう理由も確かにある。

 だがそれと同時に狙われている自分が逃げれば、この襲撃者はアベルを放って追いかけてくるのではないかとも考えた。


「動くな、カンサカン。お前が逃げれば小僧を殺す」


 だから、その言葉で体が動かなくなった。


「シエスタ!!」

「はっ!! いいね。見せ付けてくれるじゃないか。

 いやいや。俺を前にして不抜けた目つきしてると思ったら、そんな理由か。男でも女でも、権力を持てば若いのを囲みたがるもんだな」


 くははっと、嘲る様子を隠そうともせず、デイトは笑った。


「……お前」

「ゲームをしようか、アベル・ブレイドホーム」

「何だと」

「お前が二本の足で立ってる限り、俺はその女を殺さない。せいぜい足掻いて見せろよ」

「――っ!!」


 弄ぶようなその言葉に頭の中が熱くなる。アベルはその感情を他人事のように思考から切り離す。

 流されてはいけない。少しでも時間を稼がなければならない。

 きっとセージや父が気づいてくれる。そうでなくても誰かが気づけば騒ぎになる。

 だからそれまで時間を稼がなければならない。あいつが遊ぶというのなら、いくらでもそれに付き合って時間を稼ぐ。


「――お前、名前は?」

「ぁん? なんだ、もしかして本当に忘れちまってるのか? つれないねぇ。寂しくなるじゃないか」

「ふざけるな。お前の事を忘れたりするものか。僕が聞いてるのは、お前の本当の名前だ」

「……さてな。偽物とでも、フレイムリッパーとでも好きなように呼べよ。名前なんざ、誰か分かればそれでいいだろう」


 不機嫌そうにデイトは言い、歩いてアベルに近づいていく。

 ひどく無造作にアベルの間合いに入り、そして緩慢な動作でダガーを振るった。

 ガキンっと、アベルの持つナイフを打ち据え甲高い音が鳴り響き、シエスタが悲鳴を飲み込む。


「腰が引けてるぞ、アベル・ブレイドホーム。ゲームをやる気がないってんなら、俺はさっさとあの女を殺してもいいんだぜ」

「――くっ」


 アベルは覚悟を決める。

 モニカがなす術なくやられたところは目に焼き付いている。デイトの動きは目で追うこともできなかった。

 それは何度となく見てきたセージとジオの立ち合いで繰り広げられる動きよりも、速く鋭いものだった。

 まともに戦っては勝つのはもとより、時間を稼ぐのも難しい相手。会話でなんとか誤魔化そうという意図は、しかしあっさりと崩れ去った。

 デイトのゲームに乗らなければ即座にシエスタが狙われる。実力差を考えれば庇うことなんて出来やしない。デイトの圧倒的な速さについていけずに、見殺しにするしかなくなる。

 アベルはナイフを振るい、デイトに襲いかかった。


 キンキンキンと、ナイフとダガーの打ち合う金属音が響く。まるで打ち込み稽古でもする様にデイトはアベルの振るうナイフの受けに回る。


「はっ。年の割には上出来な動きだな。よくまあ鍛えたもんだ。さて、それは誰を殺したくて鍛えた技かな」

「……黙れ」

「くははっ、いいねぇ。いい目つきになってきた。そうじゃなきゃ嘘だよなぁ」


 余裕を隠そうともしないデイトの表情が、不意に真剣なものへと変わる。


「――っ!!」


 そして次の瞬間、アベルは強い衝撃で吹き飛ばされた。

 地面を何度も転がり、シエスタの足元まで吹き飛ばされる。蹴り飛ばされたのだと、腹部に走る激痛で思い知らされた。


「アベルっ!?」

「……だい、じょうぶ」


 痛みをこらえて立ち上がろうとするアベルを支えながら、シエスタはその耳元で囁く。


「アベルが逃げて。あいつの狙いは私でしょう」

「――っ!!」

「聞いて。私なら大丈夫。あの手の男から時間を稼ぐくらいはできるから――」

「嘘つき」


 アベルはそうシエスタの言葉を遮って、立ち上がった


「――アベル!!」


 シエスタの悲痛な声を背に、アベルは再びデイトに向かい、しかし自分の手からナイフが失われている事にそこで気がついた。

 失われたナイフはデイトの手の中にあった。


「安もんだな」


 デイトはそう言うと死体となったモニカの手から剣を取り、ナイフと共にアベルに向けて放った。

 その両方を受け取ったアベルは困惑の顔つきになる。


「刃だ」


 デイトに言われ、ナイフの刃を見る。もともとが護身具で呪鍊もされていないナイフは、一級品のダガーと打ち合うことで容易く刃こぼれを起こしていた。

 もうあと一合二合打ち合っていれば、ナイフはポッキリと折れていただろう。


「そんなんじゃあゲームが楽しめねぇだろ」


 嘲笑うデイトに、しかし感情の変化を見せない冷たい目をしたアベルはナイフをしまって、渡された剣を手に向かう。


「くはっ!! いいねぇ、殺る気マンマンじゃないか。そら、もっと俺を楽しませろ」

「言ってろクソ野郎!!」


 アベルは手に持った剣で、再度デイトに襲いかかる。

 ナイフよりも刀身が長く、そして訓練で使っていた木剣に近い形状の剣は扱いやすい。それまでより一段鋭さを増した斬撃はしかし、当然のようにデイトのダガーに阻まれる。


「いいねえ。動きに殺気が乗ってきた。だがまあ、道場剣術だな」

「何を――」

「人も魔物も殺したことのない、お綺麗すぎる剣術って言ったのさ」


 そう言って、デイトはダガーを振るった。ガキンっと、アベルの剣は容易く跳ね上がる。


「そら。腹に力込めな」


 デイトはそう言って、ダガーを握った左手でアベルの腹を殴った。

 さきほどと違い、見えていた分アベルはその痛みに備えをしていた。腹に力を込め、魔力を溜めていた。

 だがそんなものは何の意味もないとでも言わんばかりに、デイトの拳は深々と突き刺さった。

 アベルは悶絶して膝を折る。


「ほらな。実戦経験あるやつは剣なんざ手放して無様に転がってでも逃げるぜ。それにお前、俺の言うとおりに腹を守ったろ。素直すぎるぜ。俺が顔面殴ったらどうするつもりだったんだ?

 さあ、立てよ。立たなきゃ大事な女が殺されちまうぞ」

「く……そ、やろうが」

「はっ。負け惜しみだな」


 アベルは立ち上がって剣を一閃する。デイトはそれを後ろに飛んで悠々と躱した。


「お前、俺がなんでこんなゲームをするかわかるかよ?」

「クソ野郎だからだろ」

「その通り。でもお前にも原因があるんだぜ。色ボケしたかどうか知らんが、俺を前にして憎しみよりも殺意よりも女を生かすことを優先させただろう。自分が死んでも構わないってよ。

 ムカつくんだよ。弱いくせに殺したいくせに怖いくせに、正義の味方ヅラすんのがよ。

 お前の剣は俺を殺すために鍛え上げたもんだ。

 そうだろ。

 お前の剣には才能のないやつが必死になって鍛えた跡がある。

 そうだっていうのに、守るために使う?

 阿呆が。

 剣ってのは斬るためのもんだろう。武器ってのは殺すためのものだろう。強さってのは自分のためのもんだろう。

 お前はいざって時に、自分の積み重ねたもんを裏切ったんだよ」


 ギリと、アベルは歯を噛み締めた。


「違うか、アベル・ブレイドホーム?

 感情は人間を鍛える大きな力だ。お前の憎しみはお前を鍛え上げるほどに本物だったのに、お前自身が裏切った。

 ああ、だから思い知れ。

 お前は女を守れない。また俺に殺される。

 膝を折って這いつくばって、自分の無力さを噛み締めながら奪われろ」

「うわぁぁあああああああ!!」


 押さえ込んでいたアベルの感情は決壊し、殺意と怒りに任せて剣が振るわれる。

 その剣は真っ直ぐにデイトの首を狙い、切っ先が届くその直前で、


 パキンと、


 目にも映らぬデイトの神速の一閃に切り落とされた。


「ゲームは終わりだ。そこそこ楽しめたぜ」


 デイトはそう言うとダガーを放り投げ、空いた拳を見せつけるような動きで振り上げた。アベルは腕を上げて防ごうとするが、しかしデイトの拳はアベルの腕の間をすり抜けて、その顔を殴りつけた。

 アベルの体は勢いよく吹き飛び、地面を転がり、そして力なく横たわる。


「じゃ、寝てな」


 倒れふして動かなくなったアベルにそう言うと、デイトはシエスタに向き直る。

 放り投げたダガーがくるくると回転しながら落ちてきて、その手に収まった。


「待たせたな、カンサカン。なに、親父の教えでね。女には優しくするように教え込まれてる。痛いのは一瞬だ」


 シエスタに死を宣告するデイトの目は、酷薄に冷たい輝きを放っていた。





 作中蛇足・デイトくんの行動


 IFではアベルは死んでいるものだと思い込んでいて気付かなかったので(あと睨まれてムカついたので)ぶっ●しました。

 今回はアベルだと分かっているので(見せつけられてムカついたけど)殺しませんでした。

 デイトくんも脳筋くんです。

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