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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
4章 主人公はもう兄さんでいいと思う
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156話 素直に負けてもらえませんかね

 




「――そのままじゃあんた、セージを本気にさせることもできずにやられるわよ」

「なに」


 ケイの言葉が癇に障った戦士は何か言い返そうとして、しかしセージが斬りかかってきてそれができずに終わる。

 戦士はかろうじて舌打ちをして、苛立ちを表した。


 確かに、セージは思っていたよりも強かった。

 魔力量は中級の上位程度で、はっきりと格下だ。しかし幼い外見に似合わず戦技は高く、地力の差を埋めていた。

 歴戦(・・)の戦士である自分との実力差を埋めるために、高い技量を発揮していたのだ。特に魔力制御という点でははっきりと戦士に優っている。それが戦士のプライドを刺激しないはずもない。


 だがそれでもこの戦闘で優位に立っているのは自分だと理解していた。勝とうと思えばいつでも勝てる。

 ただ殺してはいけない理由が有り、手加減をしているから手こずっているのだと、そう考えていた。

 反省すべきはセージとここで戦う必要はないのに喧嘩を仕掛け、ケイという難敵が近くに寄ってくるのに直前まで気付かなかった迂闊さだろうと。


 その考えは間違いではない。地力は確かに戦士がセージの上をいき、手加減の必要は大きな枷となっている。

 だが戦士はひとつ考え違いをしていた。

 枷はセージの側にもあったのだ。ミルク代表や従業員を巻き込まないようにと飛び技や威力の高い技、効果範囲の広い魔法を制限しなければならなかった。

 人知を超えた魔力感知により心を見抜き、多彩な戦術で虚を突くセージにとってその制限はとても大きなものだった。

 だがケイがミルク代表たちの安全を請け負ったことで、その枷は取り払われた。


「すいません代表――」


 セージが叫んだ。


「――事務所壊します!!」


 そして返事を待つことなく、それを実行した。

 中級の炎術を展開し、戦士の視界を埋める。戦士は衝烈斬で炎を切り払い、そして衝烈斬はそのままミルク代表たちのもとへと迫り、ケイが打ち払って消えた。

 炎が戦士の視界を奪ったのはほんの一瞬。ダメージはもちろん与えていない。せいぜいが床や壁を焼いたぐらいだ。

 だがその一瞬の間に、セージは別の魔法を使っていた。


 ミシリと床が鳴り、次の瞬間には大きく崩れ出す。

 戦士は唐突に崩れた足場に驚くこともなく、疾空でまだ無事な床に飛び移ろうとして、セージの飛び蹴りによって阻まれた。

 セージの奇襲は腕でガードしたが、気を取られて重力による落下が始まる。頭上を取られた戦士はそのまま自由落下に身を任せつつ、セージの攻撃を凌ぐ羽目になる。


「ホント、実戦だと強くなるわね」


 ケイたちのいる足場はまだ崩れていない。セージたちが落ちていった穴を見ながらそう呟いた。


「……本当に大丈夫なのか、ケイ・マージネル」

「フルネームで呼ぶのやめてよ。

 大丈夫。そりゃ格上は格上だけど、でもそれって魔力量だけの話だから」


 疑いの眼差しを向けられても、ケイの態度には揺るぎがない。


「そんな事よりここも危ないんだけど、どうしようか」

「そんな事だとっ!!」

「ちょっとおばさんうるさい。そういう意味じゃないっての。

 あいつほんとに遠慮なしにやってるから、早く出ないと生き埋めになっちゃうの」


 二階に落ち、そこでも何かやったのだろうセージは戦闘の場を一階にまで移していた。その過程で床や壁、大きな柱が破損しており、建物の倒壊は時間の問題となっていた。

 ケイはそうなっても無傷で済むが、ほぼ一般人のミルクたちはそうはいかない。

 ただ避難させるにしても1階に降りれば戦闘に巻き込まれるし、悠長に階段を使っている余裕もない。ここは隣の建物にでも飛び移って避難するべきだが、避難させなければならない人間は四人いる。ミルク代表と、その部下が三人だ。

 膨大な魔力量を持つケイだが、その体格は十六歳の少女のものである。成人四人を抱えるには無理があるし、分けて運ぶ場合、短い時間とはいえ襲撃者たちの前に無防備な状態で置く事になる。

 襲撃者がヤケを起こしたり、あるいはケイが離れた瞬間に建物の倒壊が始まれば、残した人間が犠牲になる。それでは約束を違えることになってしまう。


 ケイはわずかな時間迷い、襲撃者は気絶させて外に投げ捨てよう。それからなんとか四人抱えて飛んでみよう、という答えを出したところで、新たな人物が割って入った。


「――遅くなりましたが、完全な遅刻というわけでもなさそうですね」

「マリア!!」


 ケイが喜びの声で迎えたのは、メイドの格好(コスプレ)をした師匠のマリアだった。


「運んで。二人」

「わかりました」


 ケイが端的に言って、時間がないことを理解しているマリアも余計なことは言わずにその言葉に従った。

 よくわかっていないミルク代表たちは抱き抱えられるのに戸惑いと拒絶の態度を見せるが、ここから逃げるからと、ケイに短く言われて素直に受け入れた。

 それぞれ成人二人を担いだケイとマリアは、窓から重力を感じさせない跳躍でとなりの建物の屋上に飛び移った。

 遅れて襲撃者たちも窓から脱出し、しかしケイのいる建物は避けて路地に降り立ち、待ち構えていた騎士たちに取り押さえられた。

 屋上からそれを見届けたケイは、躊躇いがちにマリアに上目遣いをする。


「ありがとう、マリア。来てくれて助かった。その、それで、悪いんだけど……」

「見届けたいんでしょう。いいですよ。この人たちの護衛は私がやります。

 ですがセージ様が躊躇うようなら、あの戦士はお嬢様が殺しなさい。生かして帰しては面倒です」

「わかってる」


 ケイは力強く頷いた。セージの甘さと冷酷さは身を持ってよく知っている。その甘さの方に助けられておいてなんだが、こんな事件を起こす上級の戦士をのさばらせるのは治安と国防の点からリスクが高すぎる。

 セージがおかしな慈悲を発揮するようなら、ケイがその手を汚すべきだと覚悟を抱いた。



 ******



 ケイたちが脱出してほどなく、事務所は崩落を始めた。

 戦士はそうなる前に逃げるつもりだった。ケイは三階にいて人質を気にかけている。逃げるならこの瞬間がベストだった。

 だがそのための隙がセージにはなかった。

 いや、それどころか戦士は格下のはずのセージに追い詰められていた。


 陽の差す時間であり、壊れた天井や窓から十分な採光がされており明るさは十分にある。

 だが崩落に合わせて多くの埃が舞い視界が悪く、さらには断続的に瓦礫が落ちてきて注意もそがれる。そしてその瓦礫が積もっており、足場も悪い。

 そんな中で、セージは縦横無尽に動き回って戦士を振り回した。視界の悪さ、崩落してくる瓦礫への注意、足場の悪さの全てがまるで無いように振舞う。


 無詠唱の魔法や衝弾で戦士の視界を防ぎつつ、セージは死角へと回り込む。

 上級の戦士ともなれば相応の経験を積んでいる。視界や足場の悪い戦闘経験も当然持っている。

 だというのにセージにはそれが通用しない。魔力を感じ取ろうとしても衝裂波を利用した魔力の塊を囮として撒き散らされ惑わされる。足場の悪さを疾空で誤魔化そうとしても、足場を作ろうとしたそのタイミングで牽制の一撃を打ち出されて、集中を阻害された。


 やりにくい。

 戦士からすればその一言に尽きた。まるでこちらの考えを見通しているかのように的確に嫌がらせをしてくる。

 対人戦のはずなのに、得体の知れない魔物との遭遇戦のような気分になる。


「小さいからってこそこそ隠れてんじゃねぇ」

「私はチビじゃない」


 姿を隠し牽制の小技を繰り返すセージに、戦士は苛立ちを込めて挑発の声をかける、冷たく返された声音は、頭上から聞こえてきた。

 戦士は咄嗟に頭上へ向けて剣を振るった。

 魔力感知は隠蔽された魔力特有の違和感を感じていた。いつの間に上にとか、声を出さなければ虚を突けただろうにとか、わずかな疑問が脳裏をかすめたが、その迷いは剣には乗らない。やると決めたのならばやる。

 思い切りのよい剣は確かに頭上から降ってくる人影を捉え、


「――ちっ」


 舌打ちと大剣(・・)に迎え撃たれた。

 戦士を襲うのは混乱と驚愕。目の前にいたのは、事務所に戻りセージの開けた穴から飛び降りてきたケイだった。

 上級の戦士がそれに意識を囚われたのは一瞬だ。

 しかしこの状況に誘い込んだものからすれば、その一瞬で十分だった。

 地を這う蛇のように音もなく迫ったセージの振るった剣は、背を向けた戦士の足首を切りつける。

 戦士はたまらず飛び退くが、腱をバッサリ切られその跳躍に十分な力は乗らず、着地にも失敗した。


「あんた、私のこと囮にしたわね」

「そういう段取りだったでしょ。助かりました。ありがとうございます」

「いい性格してるわねっ!!」


 降りてきたケイとセージがそんな言葉を交わした。

 戦士はその間に治癒魔法を使って足を治し、慎重に立ち上がる。セージはそんな戦士に向き直った。


「アキレス腱は身体活性では治らないでしょう。治癒魔法だけでは十全に力が発揮できるわけじゃない。

 その足では逃げられませんよ、降伏してください」

「舐めんなよ、ガキが」

「今のセージに手加減されてんじゃない、あんた。もう勝負は付いたようなものだし、これから先は私がやってもいいのよ」


 ケイはそう言って魔力を滾らせる。その中の殺意(まりょく)を感じ取ったセージが待ったをかける。


「待ってください。彼は生かしたまま捕まえます。彼には明確な依頼者がいるはずだ。それを聞き出さないと」

「何を言ってんのよ。上級の犯罪者を生け捕りなんて、リスクが高すぎる。後腐れなく殺しておくべきよ」

「かといって、これを命じた人間を放置するリスクも見過ごせません」


 口論を始めかけるセージとケイを見て、戦士は笑った。大きな口を開けて笑った。

 そして次の瞬間、事務所の壁に穴を開け、そこから飛び出した。

 セージとケイも特に驚くことはなく、その後を追う。

 騎士が規制線を敷いているため、三人が出た大通りは人通りが無く開けていた。

 一足先に飛び出した戦士は逃げる様子もなく大通りに立ち、出てきた二人を見据えていた。


「よう、エンジェル。今の俺が何を考えているかわかるかい」

「……死への覚悟、生きる意志。そして湧き上がる闘志と、明確な殺意。

 ここからは本気ってことですか」

「ああ、中途半端な死に方なんざしたくないんでな。付き合ってもらうぜ。魔人の落とした天使」





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