154話 助けない理由がない
異変にはすぐに気づいた。
当然だ。私にはスーパー魔力感知がある。遠く離れていても、その目で直接見るよりもしっかりと見通せるのだから。
ミルク代表の商会に、多くのならず者たちが押し寄せていた。
彼らの中には中級が数名と、一人だけだが上級の戦士もいて、周辺を守っていた騎士たちを切り捨てて事務所に押し入った。
私は気づいてすぐに急いで向かったが、しかし間に合うはずもなく事務所は襲撃者たちに占拠されて、多くの従業員や用心棒の真似事をしていたかつての道場生たちが殺され、ミルク代表は人質にされてしまった。
足の遅い私が現場に駆けつけた時には多くの人だかりが出来ていて、騎士がその野次馬を押しとどめつつ周辺を囲って襲撃者を逃がさないようにしていた。
魔力感知で現場の指揮官らしき人を見つける。
私は人垣の中をかき分けて、無理矢理に進む。正直、蹴散らしてしまうか飛び越えて行きたかったが、今は慎重になるべきだ。騎士も襲撃者たちも刺激したくはない。
幸いにして小柄な体だ。押しのけた人たちからは多少の文句も出たが、私はすり抜けることに成功する。
規制線の前まで来ると、私はギルドカードを取り出し、騎士に見せるように掲げてその中に入っていく。
「おい、君!!」
「関係者です。通して下さい」
私を呼び止めた騎士は咄嗟に判断に迷い、上司であろう人物に目を向ける。
それは私の目指すところの、現場指揮官だった。
「商会の縁者です。助勢に来ました」
「なに?
君は……、そうか。セイジェンドだな。
協力に感謝する。私はエルピン・パラード騎士長だ。状況は理解しているか」
「事務所の中なら、そちらよりも正確に把握しています。ただ騎士様の準備状況は把握していません」
おそらくマージネル家の縁者であろうパラード騎士長は、私の言葉を疑うことなく事務所の見取り図を私に見せた。
「三階にある代表の執務室に主要人物は揃っています。代表と生きている従業員はここです。
襲撃者のリーダーや、上級と思わしき戦士もここにいます。その部屋の前に中級の戦士が二人。あとはまばらに周囲を警戒しているものが全部で十一名」
私は地図を指さし、その位置を正確に伝えていく。正面玄関に二人、裏口には一人の中級相当の戦士が配置されていたので、それも忘れず伝えておく。
「上級一人に、中級五人か。
……本気、ということだな」
「冗談でこんな騒ぎは起こされたくありませんがね。そちらの動きは?」
「良くはない。包囲はしているが、十分ではない。今の戦力では制圧できる公算が低い」
「……ネックは上級の戦士ですか」
「最大の理由はそれだな。伝令は出してあるが、応援が来るにはまだ時間がかかるだろう」
「私が上級を押さえれば、どうですか」
「……すまないが、こちらも部下の命に責任を持つ身だ。そこまで君を信用することは難しい」
私は舌打ちをこらえる。今の私は中級中位で、外見は幼い少年だ。パラード騎士長の言い分はもっともだろう。実際、死に戻りやデス子からの魔力供給という反則技を加味しなければ上級の戦士を抑えきる自信はない。
しかし私としても人手が欲しい。目的は襲撃者の捕縛ではなく、まだ生きている代表たちの救出なのだ。
今の私では多数の同格以上を相手にして、誰かを守りきることは不可能だろう。
だから他人を頼るしかない。だが頼るべき騎士は今は動けない。私では彼らを信用させるに足りない。彼らが信用し、頼りに出来る上級の騎士はいつ来るかわからない。
悠長に待っている時間があるかは怪しい。
代表のいる執務室では、いつ破裂してもおかしくないほどに緊迫した空気が充満している。
イチかバチか、単独で潜入してみるか。代表たちの命をかけて。
そう考えて、背中が冷たくなる。うまくいく採算は低いのだ。
私の今のスキルならば上級の戦士にも奇襲ができるだろう。だが一撃で仕留められるかは分の悪い賭けだ。
よしんば最初の一撃で重傷を与えられても、すぐ近くには同格である中級の戦士が二人もいる。
彼らに割って入られ、その間に上級の戦士に傷を治されては負けになる。そしてなによりも彼らとの戦闘では代表たちを巻き込まないように配慮しなければならない。
今の私には荷が重すぎる。代表たちの安全を考えるなら、ここは待って騎士たちと協力するべきだ。
だが、待っていられる時間はあるのか。
「……私は彼らの近くに潜んで、突入に合わせて援護します」
結局、私はいざという時に突入出来る位置で待つという、中途半端な提案しかできなかった。
「勝手なことをしないでくれ。犯人を刺激して逃げられては困る。上級の戦士がいるのならばこの包囲では不十分なんだ」
「それならばここで待っていても逃げられる可能性はあるでしょう。とにかく私は――」
「なんだ」
「――応援です」
私の顔には、知らず笑みが浮かんでいた。魔力感知がこちらに向かってくる大きな魔力を捉えていた。それは間違いなく味方と呼んでいい魔力だった。
色々と面倒くさくて可愛いらしいお嬢さんだが、この状況では間違いなく頼りにできる相手だ。
私は少しだけ魔力を高めて、指向性を持たせて彼女にぶつける。
猪みたいな彼女はそれで私に気づいて、走ってくる。
彼女は人だかりの外から大きくジャンプし、多くの野次馬という人垣を飛び越えて、すぐ近くに着地した。
「お待たせ。何をすればいい」
ケイ・マージネルは事態を把握してもいないだろうに、気持ちの良い笑顔でそう言ってくれた。
******
「わかった。じゃあ私がその上級の戦士を倒せばいいんだね」
「ええ。いえ。倒すというよりは、引きつけてください。人質の安全を考えると派手に戦われると困ります」
「む。……巻き添えにしないのは出来るけど、庇いきれるかは自信ない」
「それは私がやります。犯人の気を引きつけてくれれば、むしろ私が後ろから仕留めてもいいくらいですから」
「わかった。じゃあ正面から挑発する感じだね」
「はい。お願いします」
ケイさんに簡単に状況を説明し、段取りを組む。
彼女の戦闘力は非常に魅力的で、上級の戦士を完全に格下扱いできるものだ。おそらくだがこの一年で私は差を詰めるどころか、むしろ引き離された感すらある。
せっかく手伝ってもらえるのだ。
その性が満足できるよう思う存分暴れてもらえれば良いのだが、しかし優先すべきは代表たちの安全である。私は彼女に囮を頼んだ。
さらには後ろから美味しいところを取ると言っても嫌な顔一つせず、ケイさんは意欲的にこちらの提案を飲んでくれた。ありがたい話だ。
「待て。勝手に話を進めないでくれ」
だがケイさんは納得しても、パラード騎士長はそうではなかった。
「ケイ様を室内に突入させるそのやり方では、犯人が逃げた時の対応が難しい。外から建物を崩し、逃げ出した戦士の頭を潰してください」
「それでは代表たちが見殺しになります」
「生きているかどうかもわからないだろう。それに生きていたとしてもケイ様との戦力差を知ればその時点で人質を殺し逃亡を謀るやもしれん」
「間違いなく生きています。それに彼らが逃亡を図るならなおさら人質は殺さず、盾とするか、傷をつけて捨て置いて、追っ手の枷にするでしょう」
「彼らは騎士を殺しているんだ。確実にここで捉えるか殺すかしなければならないんだ」
「それはわかります。ですが、だからと言って代表たちを殺させるつもりはありません」
騎士たちの包囲は確かに薄い。一点突破で逃亡を図られれば足止めもできない可能性は十分あるし、上級の戦士がその気になればケイさんの足止めくらいはできるだろう。
そうなれば首謀者や他の戦士たちは取り逃がすことになる。
私の魔力感知ならそうはならないだろうが、しかしそれを理解してもらえるかは怪しい。それに包囲の外で、襲撃者たちの仲間が逃走の手助けのために隠れている可能性も考えられる。
その可能性を考えれば最大戦力のケイさんを室内に突入させず、襲撃者たちを外からいぶり出して、少しでもケイさんが動きやすいようにしたいというのは理解できる。
さらにパラード騎士長が言ったように、襲撃者たちは商会に押し入る際に護衛をしてくれていた警邏騎士たちを殺している。
彼らを許せないという騎士の心情と、確実に仕留めたいという面目も理解はできる。
だがしかしこちらとしても、人質を見捨てること前提の話に頷くつもりはない。
「……私はセージの言う通りにする。逃がした時の責任は私が負う。もちろん逃がすつもりもないけど」
私とパラード騎士長がにらみ合っていると、ケイさんがそう言った。
「行こう、セージ。騎士長たちは逃げた奴の足止めに専念して。そしたら私が何とかするから」
「ちょっと、ケイ様」
「騎士は市民を守るためにある。
私も学校で習ったから、ここで人質を見殺しにしてでも犯人を捕まえるのが正しいってわかる。悪い奴を絶対に見逃さないことが、広い視野で言えばより多くの力のない人たちを守ることに繋がるんだって。
でも、それでもやっぱり、助けられるんなら助けたい」
「――っ」
パラード騎士長は小さく、子供がと悪態を零した。
表情や態度には出なかったが、私と同様にそれが聞こえたケイさんの内心がビクッと反応した。ただパラード騎士長もそれ以上の反対をする気はないようで、部下たちに檄を飛ばし始めた。
「すいません。それじゃあ私は裏手に回ります。ケイさんは正面から突入をお願いします」
私はケイさんの背中を軽く叩いて、励ましておいた。
◆◆◆◆◆◆
商会の三階にある代表執務室。応接室も兼ねているその部屋は相応に広く、十人近い人間が入っていてもスペースにはまだ余裕があった。
その部屋の中で、こずるそうな男がミルク代表たちを見下ろして満足そうに笑っていた。
「身の程がわかったかこの薄汚い売女が」
「……」
ミルク代表は縛り上げられ、床に座らされている。
その彼女から離れた部屋の片隅では部下たちが同様に縛り上げられ、男の部下がその動向を見張っていた。
「何とか言ったらどうだ。涙を流して許しを請えば、俺の気も少しは変わるかもしれんぞ。男に媚びるのは得意だろう」
「……目的はなんだ、クラップ」
クラップと呼ばれた男はミルク代表の頬を平手で打った。
「さん、をつけろよ。娼婦風情が」
「……目的はなんですか、クラップさん」
ミルク代表は口元から血を流しながらも、しかし何事もなかったかのように平然とした態度で質問を繰り返す。
「ふん。お前に言っても仕方がないがな。いいぞ。教えてやる。貴様や監査官の呪縛を解き、魔人とその息子を我らジェイダス家に迎え入れる」
「出来ると、そう思っているのか」
「ジオレインはもともと我らよりだ。今の大人しさは竜の呪いによるものだろう。呪いなき子ならば、今の窮屈な生活に嫌気が差しているに違いがない」
「――はっ」
つい、ミルク代表は笑ってしまった。
「何がおかしい」
「お前、何も知らないんだな」
「何だと!!」
クラップは激高し、再度ミルク代表の頬を打った。
「舐めた口をきくなよ。お前や部下の命は俺が握っているんだぞ」
クラップが部下たちに目配せすると、彼らは腰元の武器を抜いた。
「止めろ。ここで人質を殺せば、騎士の突入が早くなる。それは分かっているはずだ」
「止めて下さい、だろう。自分の立場をわきまえろと言っているのがわからないのか」
「……っ、止めて下さい」
屈辱に歪むミルク代表の表情に満足を覚えると、クラップは部下たちに武器をしまわせた。
「ふん。面倒な女だ。それで、俺が何を知らないと言うんだ」
「……俺とシエスタを殺しても、セージは生き方を変えない。お前たちに従うこともない」
「馬鹿なことを。それで命乞いのつもりか。
妥協はしてやるさ。新たな名家の家名はジェイダスではなく、ブレイドホームにしても良い」
「そういう話をしているんじゃあない。お前たちは私たちがあいつを教育したとでも思っているようだがな。それがひどい勘違いだ。あいつは子供だが、同時に対等な大人でもある。
そもそもあのジオ殿の子供が、誰かに従うものか」
「なんだと」
「知らないようだから教えてやる。
私は仕事をする上で、あれを子供とは思っていない。高いところから下に見れば、何も気づいていませんって馬鹿な笑顔を振りまいて、内心でほくそ笑んでこちらを利用しようとする性悪だぞ。
あいつのあれに騙されて、金にならん慈善事業を何度やらされたかわからんさ。ああ、ひどい相棒だよ、あいつは」
ミルク代表はそう言って笑った。
セージと初めて会った頃から、気が付けば随分と変わった気がする。
地元である商業都市の強欲商人ほどがめつくやってはいなかったが、それは幼い頃から彼らを見てきた反感だけでなく、これ以上、名家の目にとまりたくなかったという理由もある。
だがそれでもミルクは生粋の商人で、金儲けが大好きだ。
四年前にセージを雇ったのも単純に損得勘定からくるもので、同情や善意はそこにはなかった。
不幸なことが多過ぎるこの都市でそんな物を持っていては、自分が食べるものにすらそうそうに困ってしまうだろう。
だがセージはそれを持っていて、それでいて要領良く上手くやっていて、気が付けば随分とそれに影響されてしまった。
今では浮浪児上がりの物覚えの悪いガキを抱え込む羽目にもなって、他の従業員のいろんな不満に突き上げられ、毎日起きる客との面倒なトラブルに振り回される毎日だ。
ミルクももういい歳になりつつあるというのに、毎日が波乱続きで、楽しかった。
悪ガキたちにお袋と呼ばれるのが、嬉しかった。
だからこの商会を守ると、お袋を守ると、そう集まってくれていた悪ガキたちを殺したクラップたちを許すことはできない。
「何だその目は……。金で飾って思い上がりやがって。
お前なんか所詮は薄汚い娼婦だと、その体に教えてやる」
クラップは腰から剣を抜くと、ミルクの服を切り裂こうとする。
「おい、クラップ」
そう呼び止めたのはミルク代表でも、彼女の部下たちを見張るクラップの配下でもない。
部屋の中でずっと黙っていたひとりの男が、そう声をかけた。
「なんだ」
「時間だ」
「何? 予定より早いぞ」
「だが騎士の突入が始まった。下で足止めしているが、そう長くはもたんぞ」
男は階下で戦闘が起きていることをクラップに伝える。
「騎士ごとき、お前がどうにかしろ」
クラップは興奮した声でそう言い放ち、剣を振るった。その切っ先はミルクの服を裂き、その下の肌をも薄く切った。あらわになった肌とわずかに滴る紅い雫に、クラップは興奮を隠そうともしなかった。
「やれと言われればやるがな。お前の護衛はいいのか――」
辟易した様子でそう尋ねた男は、ふと何もない壁に視線を送った。
「何だ」
「――気配を上手く消していたが、まだまだ青いな。感情の揺れで魔力が漏れたぞ。出てこい。そこに隠れているのは分かっている」
カチャリと、男の見ていた壁の、すぐそばの窓が開く。
そこから姿を現したのは、幼い少年だった。
セージ「いろいろネタにされてるけど、私の正しい二つ名は〈終わりを告げる天使〉らしいね」
ジオ 「……」←クラップに向け、静かに黙祷を捧げる