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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
4章 主人公はもう兄さんでいいと思う
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153話 ミルクという女性

 




 マージネル家での資料は役に立ったが、しかし決定的なものではなかった。

 犯人の顔や素性はやはり分からず、フレイムリッパーというコードネームがつけられていた。

 さてこのフレイムリッパーだが、遺体を調べた結果、武器は反りのある曲刀を使っているであろうことがわかった。


 また襲撃をかけ、家人を殺害して現場を去る際には必ず放火をしていた。現場から立ち去る不審な人影を見たものはいたが、容姿が一致せず、しかし犯罪の手法が同一で高い実力を持つものに限られることから幻影魔法を利用して姿を変えているものと思われる。


 つまりは目撃証言の外見は当てにならないし、兄さんの夢で見た外見も当てにならない。

 夢はあくまで兄さんの主観によるものなので、私の持つスーパー魔力感知が使えなかった。そのためフレイムリッパーの幻影魔法を見破ることができなかった。

 ……いや、兄さんは殺される前にフレイムリッパーを見つけている。なら幻影魔法は現場から逃走する前にだけ使ったのだろうか。それならば顔はやはりわかる。


 あと参考になったのはフレイムリッパーの人物分析(プロファイル)だ。

 フレイムリッパーは殺人を楽しむように生きたまま人を解体したようだが、そのやり方が単一で、初犯から確認されている最後の犯罪である三件目まで変化がない。


 快楽殺人者は殺害方法に工夫を凝らしていく傾向が有るため、これはよほど手馴れているか、殺人において厳格なルールを持っているか、あるいは仕事として作業的にやっているかの三パターンが仮定され、プロファイルでは三番目の可能性が高いとされていた。


 それには警戒を苦にせず襲撃をかけ成功させるフレイムリッパーの実力と、それに対する自尊心の高さ。放火した襲撃現場に戻ってきた様子がないことなど、いくつかの理由があった。

 フレイムリッパーはだれかの依頼を受けて動いていたと分析されており、その誰かはジェイダス家に深い恨みを持つものとされていた。

 つまりは内紛を好機とみて便乗した怨恨による報復行為だったと、その調書では結論がなされていた。


 ジェイダス家の内紛で暗躍した汚れ仕事専門の戦士か、何らかの理由でギルドや騎士に所属できず汚れ仕事を請け負っている戦士がジェイダス家に恨みを持つ者に雇われたか。


 九年前の事件ということで真相は分からないが、フレイムリッパーの立ち位置はおそらくそのどちらかだ。

 まあつまるところ、よくわからないというのが結論だ。

 とりあえず手詰まりなので、私は視点を変えることにする。

 囲碁は碁盤が広いので、部分的な敗北に気を取られすぎるのはよくない。気を取り直して碁盤全体を見直すと、部分的な敗北が厚みや利かしを生み、別の箇所に良い手が出来ていることもあるのだ。


 まあ何をするかというと、ミルク代表のところに行きます。あっちもジェイダス家と揉めているらしいので、何かヒントが手に入るかも知れないし。



 そう思って、何の気なしに商会の方に魔力感知を伸ばして、意識が切り替わる。冷たく変わる。



 本当にこの国は、この都市は、どうしようもない。

 わかっていたのに、わかっていなかった。どうも私には危機感というものが薄いらしい。

 だが今は反省するべき時間ではない。

 私は全力で走った。



 ◆◆◆◆◆◆



 ミルク・タイガは生粋の商人である。

 幼いころから汗水流して働く両親を見て育ち、気が付けばその手伝いをしていた。子供のやることだから間違いや失敗も多かったが、両親は優しく許し、間違った理由を教えてくれた。そして上手くいけば惜しみなく褒めてくれた。


 そんなミルクには大きくなるにつれて、ひとつの夢が生まれていた。

 自分の店を持ってみたいという、商業都市の人間ならそう珍しくもない夢を抱いたのだ。

 ただそれには大きな障害が立ちふさがった。

 地元の高等学校に通い、そのまま大学に進学する予定だったミルクの将来設計は、他人の思惑で簡単に覆される。

 ミルクに目をつけた名家当主の兄が、ミルクを妻に迎えると決めたのだ。


 その男はミルクにとって遠縁の親戚であり、男は傍流で本家に逆らえない両親に無理を強いてミルクとの婚約を結ばせた。

 当然のことながらミルクは反対した。その男はミルクとは倍以上も年が離れており、さらにはミルク以外にも女を囲っていた。

 女たちは名家の側室に迎えられたとあって不自由のない生活を送っていたが、決して自由な生き方はしていなかった。彼のもとに行けば、ミルクが望むように商売をやらせては貰えない。


 ミルクは断固拒否したが、両親はそれでもと無理強いをした。そうしなければならなかった。

 商売の基本は作った物を欲しがる人のもとへと流す作業だ。その過程で駆け引きや取引の楽しみがあるが、物とそれを欲する人がいなければ始まらない。

 そして商業都市の名家は、法の裏で物流を牛耳っていた。彼らの意向に逆らうということは商品の仕入れができないことと同義である。


 娘を売るような両親の行いも、結局のところは娘の幸せを願った上での、最悪よりはまだましな悪い選択肢を選んだに過ぎない。

 ミルクもその理屈は理解していたが、決して納得はできずに家を飛び出した。


 転がり込んだ先は身分を偽りやすい守護都市で、そこでミルクはギルドに登録した。

 高校の実技の成績は優秀でハンターの仕事も聞き及んでいたから、簡単な仕事ならできるだろうとタカを括っていた。魔物を殺す仕事はできなくても、日雇いのアルバイトで食いつなぎげばいい。


 数年も我慢すれば名家からの追っ手もほとぼりを冷ましているであろうから、改めて商業都市から遠く離れた都市で再起をすれば良い。そんなふうに思っていた。

 今からちょうど十八年前のことだ。


 だが守護都市には聞いていたような日雇いのアルバイトはほとんどなく、教育係をつけられて半ば無理やり魔物との殺し合いに連れ出され、ミルクが生娘だと知られれば無理やりに女にされた。


 今から思えばどちらも教育係ならやって当然の行いだと理解できる。

 魔物の溢れる荒野に赴く守護都市のギルドに登録しておいて、街中の安全な仕事をしたいといえばまず根性を叩き直すだろう。

 初めてを奪ったのだって、お上りさんで危機感の薄いミルクへの洗礼みたいのものだ。むしろその行為はのちのちの経験と比較すれば、とても優しいものだった。


 だが当時のミルクは若く経験不足で、それを理解するには心の器が小さかった。

 多くのことを生きるためだと耐えはしたし、実戦を経験することで学生のにわか武術も、ハンターとしてなら一端のものにまで育ててもらった。


 だがやはり最初にこびり付いた嫌悪感と不信感は拭えず、さんざん世話になった教育係とは喧嘩別れし、一人で魔物を狩る生活もできず、さりとて貯蓄もないまま外縁都市に降りることもできず、ひと時の辛抱と思って春を売った。


 魔物を狩るよりもよっぽど短い時間で多くの金が手に入るその仕事を、長く続けるつもりはなかった。

 当然だ。ミルクは自分の店を持つという夢を諦めてはいなかった。

 ある程度まとまった貯金を作ったミルクは、娼婦仲間と小さなグループを作った。こじんまりとしたアパートを貸切にして、くつろげる待機場所を作り、客引きをする浮浪児を雇った。


 客を捕まえるまで路地に立ち尽くしていることがなくなった娼婦は随分楽ができるようになったし、安定して客を取ることができるようになった。

 ミルクはなんでこんな簡単なことを誰もやらなかったのだろうと頭をかしげながら、その簡易娼館を経営した。

 ミルク自身が身体を売ることはなくなったが、娼婦という仕事を経験したからこそ実際に体を酷使する彼女たちには手厚く報い、利益はそこそこといった所に落ち着いた。


 そしてこんな簡単なことを誰もやらなかった理由は、雇っていた客引きの死体という形で突きつけられた。

 何の事はない。

 商業都市で名家が物流を牛耳っていたように、守護都市では娼館を名家が牛耳っていたのだ。

 許されていたのは個人レベルの身売りまで。それ以上を行ったミルクの娼館は叩き潰され、ミルク自身もその経営者ということで殺されるはずだった。


 だが運が良かったのか悪かったのか、娼館の元締めのマフィアの、さらにその元締めのジェイダス家の当主――正確には、後に当主となる娘――は、ミルクのことを知っていた。

 顔見知りというわけではない。だが名家に連なる男との婚約を嫌がって飛び出した少女の話を知っていたのだ。

 その当主は面白がって、ミルクを飼うと決めた。


 それからしばらく、ミルクは人間としては扱われなかった。

 男たちの欲望のはけ口。それがおそらく最も適当な表現。

 だが同時に欲望を吐き出す男達には深い悲しみがあった。

 またジェイダス家の男たちには一部、女は守るものだという気概があった。

 それはかつてジェイダス家に仕え、後に英雄と呼ばれる魔人を育てた男の残した教えだった。その頃にはまだ、その男の教えが微かに残っていたのだ。


 ミルクは乱暴な扱いを受けながらも男たちを慰め、時に叱咤し、また時には男達に助けられながらジェイダス家で認められていった。


 しばらくするとミルクは娼婦以下の扱いから解放され、娼館の経営に関わるようになった。

 あるいはジェイダス家の当主は初めからそのつもりでミルクを囲い、ケジメのために悪辣な仕打ちをしたのかもしれなかった。

 だがそうだとしても受けた仕打ちの惨さが変わるわけでも、ミルクの心の奥に植えつけられた黒い感情が消え去るわけでもない。


 ミルクはその憎悪をひた隠しにしてジェイダス家に尽くした。多くの利益を上げ、当主たちに恨みを持つ男を慰め、ついには独立を許されるまでに信頼を勝ち取った。

 それがおおよそ十年ほど前の話。大竜に襲われる少しだけ以前の話だ。


 その後はジェイダス家の援助を受けて立ち上げた商会を発展させつつ、ジェイダス家を支える男たちの燻らせていた恨みを焚きつけてジェイダス家の力を削いでいった。

 奇しくも同時期にジェイダス家を標的にした襲撃事件が頻発し、ミルクの願いは予定を大幅に前倒しにして叶うことになる。

 多くの恨みのあったジェイダス家の当主も死に、ミルクは晴れて自由の身となったのだ。

 ミルクはこうして、己の夢を叶えた。


 その後はゆっくりと商会発展させ、英雄の息子と縁ができ、他の名家と対等に渡り合う足がかりも得た。

 未だ格上のシャルマー家やスナイク家の動向に目を光らせ、胃の痛くなる日々が続くも、それはとても順調で、満ち足りた日々だった。

 そしてそんな日々が偽物だと、お前は男の心を煽動する醜い商売女だと罵倒するように、ジェイダス家という黒い過去がやって来た。


 セージが、そしてアベルがジェイダス家の縁者と聞いて、何も感じなかったわけではない。

 ミルクの中のどす黒い感情はジェイダス家が零落し、当主が死んだあとになっても消えずに心の奥にこびりついて残っている。

 その感情のはけ口はジェイダス家に関わるものなら誰でもいいと、そう思っている。

 だが子供たちにはその黒い感情よりも強い気持ちを持っていた。

 だから、関わらせたくなかった。


 ジェイダス家の行いは子供たちの性根と違って悪性が強い。

 そしてそこに囲われていたミルクの過去は――多くの酷い仕打ちを受けた被害者としての過去も、助けの手を差し伸べた男も悲しみにくれる男も関係なく唆して争わせた加害者としての過去も――知られたくないものだった。

 だからこそミルクは己の商会がもつ力だけで、戦おうとした。


 あるいは相手が金と言葉での戦いを挑んだのなら、ミルクは戦い抜き、そして勝利したであろう。

 だがここは守護都市であり、多少の改善が見られたものの、やはり暴力が支配する都市なのであった。

 それなのに下手を打った。

 その自覚があった。

 こんな直接的な手には出てこないと、タカをくくっていた。



 ミルクの事務所に、多くのならず者たちが襲撃を仕掛けてきた。





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